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アスペルガーと定型を共に生きる

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2018年9月21日 (金)

集中力

 相方と電話をすると、話が一応終わった後に「それじゃね」などと一言挨拶が入らず、いきなりぷつんと切れる、ということが目立ち、子どもともお母さんらしいという話になることがよくありました。

 家を出る時も「それじゃ言ってくるね」と顔を見合って言いあうタイミングもなく、向こうを向いたままそそくさと「じゃ」などと言って行ってしまうとか。

 定型的にはそれをされると、相手は一刻も早くその場を去りたいと思っているという感じを受け、自分が拒絶されているような印象を持つのですが(私はずっとそうだと思っていました)、でもどうもそうではない。

 この感覚のズレをどう理解したらいいのか、ずっと分からなかったのですが、ふとこういう考え方をしたら自分の定型的な感覚でも少しわかった気になるかもしれないと思いました。

 もし自分がかなり強力に「次にやるべきこと」に気持ちをとらえられていたとしたら、その時は挨拶などもそこそこに次のことに移っていくのではないかという事です。ただし、それはかなり特別な場合で、あとからそのことに気づけば「申し訳なかった」という気持ちになりますが、少なくともその場ではそういう感じになることは「あるかもしれない」という程度には想像が出来そうです。

 少し別の言い方をすると、定型的な人間関係では「今は二人で○○をしている状況」と「今は一人で△△をしている状況」の間に「気分」的に大きな違いがあって、その二つを切り替えるときには儀式が必要なんです。

 「二人で」の時は、相手もそういう気分になっている必要があるので、お互いにそういう気分をベースにやり取りが成り立ちますし、「一人で」の時は相手に関係なく自分の振る舞いが行われます。だから「二人で」の時に「一人で」に移る場合は、相手にそれを伝えないと、「二人の世界を勝手に壊してしまった」という気分が起こる。

 あいさつは「二人の世界」に居る人が「今からあなたとは別の世界に行きますよ」という合図になるんですね。それで相手の人は「ああそうか。あの人は別の世界に行くんだ」ということで気持ちの切り替えがしやすくなる。それがないと、びっくりしてショックを受けます。

 たとえば、二人でゲームをやっていたとして、相手が何も言わずにその場を急に立ち去ってしまって、トイレにでも行ったのかと思ったらそのままいなくなっちゃったとします。そうすると、取り残された方は「自分は相手の気分を害したんだろうか?なにかわるいことでもしたかな?」と心配になったり、あるいは「なんて失礼な奴なんだ、自分勝手な奴だ」と腹を立てたり、まあトラブルの原因となります。

 たぶんそういう感じなんですね。定型はそれだけ「二人(以上でもいいですが)の状態」を特別な状態として意識して調整しようとするわけです。

 これも私の勝手な想像ですが、アスペの場合は基本的に一人の世界がベースで、ときどきちょっとそこから出てほかの人とやりとりをするけど、すぐに自分の世界に戻るという感じなのかなと。だからもともとの世界に戻るだけだから、別に特別の事ではないし、相手に対してはやりとりをしていること自体が特別なできごとなので、それにさらに何かのあいさつで切り替える必要も感じず、用事が終われば自動的に終了して何も問題ない世界という感覚になる。

 そんなふうに想像すると、なんとなく分からないでもない感じがあります。

 仮にそうだとすると、たとえば夫婦で一つの部屋に居ても「二人でいてもひとり」がベースなのがアスペなんでしょうね。ただ時々必要や気分に応じてつながるときがある。

定型は「二人でいれば二人」ですし、場合によっては「一人でいても二人」ということを重視する。ただ、時々必要や気分に応じて「二人でいてもひとり」の状態を作ることがある。

          ふだんの状態        特別の状態
 定型     「二人でいれば二人」   「二人でいても一人」
 アスペ    「二人でいても一人」   「二人でいれば二人」

 そうすると、普段の状態でいつも「二人でいても一人」の感じになると、定型は自分が拒否されているような感覚になって、カサンドラになったりするわけです。

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コメント

この記事をみて、よくファミレスや居酒屋なんかでもみる光景を思い出しました。
若い人に多いですが、友達といるのに全員がスマホの画面を見ている異様な光景(笑)
私も周りにいますが、その場にいたら自分が空気を読めないみたいで何だか焦りますねー。
相手にしたら何でもないことなんですが。

ありますね。カップルのようなんだけど二人とも向かい合って座りながら、お互いに下を向いてスマホをいじっているとか。実はツイッターかなんかでその二人でチャットしてたりするとさらに可笑しいですね(笑)

ある意味社会全体がアスペ化している部分もあるのかもしれません。もしそうならアスペの人が活躍しやすい空間が広がってきている可能性も。

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