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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2018年3月21日 (水)

折り合いのつけ方の違い?

 

つばめさんからいただいたコメントを拝見していて、なにか、ようやくアスペの方の悩みに話が届きつつあるような気がしました。

 私自身が同じような悩みをそのまま持っているというわけではないのですが、でも「そういうことならつらいよなあ」という感覚が割合すっと気持ちに入ってくる感じです。頭で理解している、ということを少し超えて、感覚的にわかる感じになる。自分とは違うことは理解していながらです。

 「頭でわかる」というのとは違う部分は、「でもなあ、そうはいっても……」という、自分の感覚から反発する部分がなくなっている感じなんですね。言ってみれば素直にそれを受け入れられる感じがするんです。受け入れるというのは、別に自分がそうなることでもありません。

 この感じ、コメントでも書きましたが、カウンセリングなんかでは大事にされるもののように思います。たとえばクライエントが「あいつが憎くて殺してやりたい」と言ったとして、「そんなことはいけないことだ」と否定するのでも「うんそうだね!そうしたほうがいいね」と賛成するのでもなく、ただ「(私は違うけど)あなたがそういう気持ちになることはよくわかります」と言える、そんな感じです。

 もしこういうわかり方がこれからも広げていけるのなら、少なくとも定型の側からはそんなやり方で定型アスペ間のコミュニケーションを調整していけるところが広がっていくかもしれません。

 ただ、そこで問題になりそうなのは、この「自分と他人とを区別する」ということと「相手と同じ感情を持つ(共感する)」ということと、その二つを同時に行うわけですが、アスペの方にはそもそもそこがとてもむつかしい場合が結構ありそうだということです。

 もしそうだとすれば、アスペの方から定型に折り合いをつけて行く時には、それとはまた少し違ったやり方が必要なのかもしれません。

 最近、さろまさんが掲示板の方であすなろさんとやりとりしながらこつこつとその作業をやられたりしているのかな、と感じることもあります。さろまさんのようなタイプの方がどんなふうに自分なりの納得を見つけて折り合いをつけられていくのか、気になるところです。

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コメント

私は折り合いをつけるためにやり取りはしていませんよ。誰とも折り合いをつけられるとは思いません。
ただ自分の思ったことを書いているだけです。

さろまさん

 相変わらず定型的な基準から言うと攻撃的で失礼なコメントという事になりますが、でも面白いです。

 たぶんこういうことなのかな。サロマさんは自分と折り合いをつけようとしてここで書き込みを続けられているんでしょう。でも実際はそこに他者とのやりとりが不可欠なものとして入り込んでいます。ですからそれはサロマさんの中で完結したことではなくて、他者に影響を与え、他者との間で何かを達成しようとしていることでもあります。

 ただ、おそらくサロマさん的にはその他者も自分の中の他者であって、その他者は関係ないという事になるのかもしれません。

 でもそのサロマさんの中の他者がまたいろいろサロマさんに反論してきたりして、そうするとまたサロマさんは自分の中のその他者と折り合いをつけないと落ち着かないわけですよね。

 だからこそ、ここにわざわざ書き込むことをされるわけで、本当に他者が関係ないのなら、そもそもここに書く(つまりサロマさんの中の他者に応答する)必要もないわけです。

 ということで、サロマさんは自分と折り合いをつけようとしていて、それはサロマさんの中の他者と折り合いをつけようとしていることになりますから、つまりはやっぱり他者と折り合いをつけようとされているのだ、というのが私の見方になります。

 どんな折り合いをつけていかれるのか、これからも関心を持って見せていただきますね。

はじめまして、サロマさん。

実は、わたしも「あすなろさんのご主人が定型的な感覚で、あすなろさんがアスペ的な感覚」だと思っていました。やっぱりアスペ同士の感覚は似たものがありますね。なんかうれしいです。

あすなろさんが気分を害すると思って、あいまいな表現にしてしまったので、ぱんださんも勘違いしてしまったかな、と新しい記事を見て、ちょっと焦ったので、ぶっちゃけて書きます。

わたしの遊び仲間同士が結婚したんですが、女友達のほうが結婚して出産した後、旦那さんとうまくいかなくなって、どうみても定型の旦那さんと子どもをアスペと呼んで、自分がジャイアン形ADHDでカサンドラ症候群だと訴えるんです。一緒に遊んでいたときには、女友達のほうがグループのリーダーで、旦那さんの方は学校の先生で、人当たりがいい感じでした。

女友達に会うたびに愚痴を聞かされて、はじめのうちはわたしも共感して、いろいろとアドバイスとかしてたんですけど、一切人の話を聞かないので、面倒になってきて、「そんな人とは離婚したら」と言ったら、「アスペだからしょうがない」というばかりです。

わたしはアスペって人の目を見て話せないコミュ障で、あんまりしゃべらない人だと思ってたので、何で旦那さんがアスペなんだろうと思っていたんだけど、インターネットで3年ほど調べているうちに、女友達のようなタイプのアスペもいるって聞いて驚いて、わたしはいろんな人にいじめられて自己肯定感が低くなった同じタイプなんだってきづいたんです。

アスペと定型は三年ほど前から見ているんですけど、サロマさんとかあすなろさんには、すごく共感しています。にわとりさんのコメントも、わかる、わかるって思いました。

一年ほど前に旦那さんとたまたま会った時に話を聞いたんですが、女友達の悪口をいっぱい言ってて、それがわたしの欠点と一致していたので、グサグサ刺さりまくりです。旦那さんが言っていることは社会の一般的な常識かもしれませんが、はっきり言って、こんなこと毎日言うような男とは一緒に住めないなって思いました。

わたしは独身のほうが気楽でいいです。最近は自己肯定感が回復してきたので、けっこう職場でも仕切ったりして居心地がいいです。自分の居場所は自分で作るっていいですね。

わたしが共感しているのは、あすなろさんで、常識的なことを言って攻めてくる家族の気持ちも分かるという意味で共感と書きましたが、自他の区分をはっきりさせると定型の常識を疑りたくなってくることが悩ましいです。

>さろまさん、つばめさん

よく、分からないのですが、私がアスペだと気分を害すとか、夫や息子が定型と思われるというのは、どういうことでしょうか?
我が家の中で、はっきりと診断を受けているのは、息子と娘ですし、息子は小学校の時、本に書かれているような典型的なアスペルガーなので、ぜひ論文の題材にさせてください、と通級の先生に言われたほど、特徴的だと言われています。(笑)
もちろん、私にもASD的な部分は大いにあると思いますが、なぜここで敢えて自分がADHDの部分が大きいと主張しているのかと言えば、これまで息子の感覚で理解できないところがたくさんあったのに、ここでアスペの方の感覚を聞いているとその謎が解けることが多いからです。私自身がアスペだと言ってしまうと、それを解く鍵が何も無くなってしまうからです。
ただ、発達障害であることは確かで、多くの失敗や生きにくさはADHDによるものであることの方が、対策が立てやすいので、日常では、自分でADHDを自覚して工夫していることが多いです。

ASDと、ADHDの大まかな違いが書かれたサイトを載せておきますね。多分それぞれの対策は似て非なるものだと思います。

https://h-navi.jp/column/article/167?page=1

ちなみに、息子も娘も、服薬をしていましたが、二人とも特性が違うので処方がかなり違いました。
つまり、問題はどういう特性が一番問題となっているかを見極めることだと思います。

こんばんは〜^_^
つばめさん、はじめまして。
サロマさんとつばめさんの話、私もよく分からないです。

私はASDがメインで、ADHDもギリギリの点数で入ってる、と診断されてます。
私は正直、バリバリのアスペさんであろう方々の話はちょっとわかりにくいです。
バリバリの定型さんのお話は、難しくなってくるとわかりにくくなります。
あすなろさんの話はわかりやすいです。

サロマさんやつばめさんは、同じアスペの私の話はわかりにくいですか?
アスペっぽく感じますか?

はじめまして、あすなろさん

わたしは三年くらいブログ見てたんで、はじめましてな感じがしないですー。

このブログに来る人も変わってきたけど、あすなろさんはADHDの立場から、このブログのテーマになってるアスペと定型の両方についてコメンテーターとして批評してて、すごいと思いました。三年間、炎上しても勝ち続けて、ぱんださんからは盟友とか言われて実質的なコメント欄の管理者になっているってゆうのはすごいことだと思います。

わたしはツイッターで安部首相擁護派にリプ飛ばして、あんな奴辞めさせろってギャーギャー騒いで、ツイッターバトルみたいになることもあるんだけど、相手に言い負かされて悔しい思いすることもあるんですよ。あすなろさんがツイッターバトルやったら無敵なんじゃないかと思いました。もしかして、フォロワー千人以上いるアルファーツイッタラーだったりして。そうだったら、畏れ多くて話しかけられないですね。

以前、あすなろさんが掲示板で紹介しているのを見たのがきっかけで、ツイッター論客の借金玉さんをフォローして見ているんですが、あの人、ずーっとADHDっていってたのに、最近は自分のことカリッカリのアスペとか言い出して、やっぱりなって感じです。わたしと同じタイプな感じがしてたんですよ。わたしも借金玉さんのファンになりました。あすなろさん、教えてくれてありがとうございます。わたしはあすなろさんのコメントの影響を受けて自己肯定感が回復したみたいです。すごく感謝してます。

自分ができないこと、苦手なことはできる人にやってもらえるように相手の機嫌を損なわないようにしながら誘導すればいいんですよね!借金玉さんの昨日のツイッターのモーメントにもありましたけど、人をコントロールすることが、わたし達みたいなできないことが多いタイプには必要だと思いました。もちろん、リアルではこんな話はしませんよ。嫌われちゃうから。匿名のネットだからしているだけですよ。

人をコントロールするって言っても、相手が嫌がらないようにうまくやって感謝してれば、倫理的にも問題ないですよね。定型発達者が相手に何かやってほしいことを頼むときも、実際そんな感じじゃないですか?ぱんださん、どう思いますか?


キキさん、はじめまして。

キキさんのコメントも読んでますよ!わたしが人にいじめられていた頃を思い出して、なんだか職場とかで辛そうだなって感じてます。キキさんもアスペだと思って共感してますよ。けど、どっちかっていうとHSPかなって思うところもあります。

自己肯定感が低下している時はわたしもキキさんみたいな感じだったかもしれないです。旦那がアスペって言ってる女友達に都合よく呼び出されて、いつも愚痴を聞かされてたんだけど、自己肯定感が回復してからは、けんかになったので付き合うのをやめました。嫌な人と無理して付き合うのはよくないですね。

キキさんはコメント欄を見ていても人を不快にするようなことを一言も言わないので、アスペでそこまでになるっていうのは、ものすごく自分を抑えるために努力しているんじゃないかと思って尊敬してます。

わたしは相手が不快になることも分かった上で好きなことを言っているので、これはアスペの特性を乗り越えたといっていいのかな?わたしは不注意ではなくて、意識的に人が不快になることも言います。強い人の顔色を忖度してなんか言うのはつまらなくないですか?そうした方が本当の議論になると思います?

定型の世界では、発言に自分で責任を取れればある程度は許容されるものなんでしょうか?ぱんださん。

つばめさん、こんにちは^_^

HSPという言葉?概念は知りませんでした。
こんなのがあるんですね。
私は残念ながら、人への共感力は鈍感なので違う鈍感思いますが、もしかしたら息子は自閉にプラスしてこれがあるかもしれないなぁと感じました。
とても興味深かったです。

自己肯定感はなかなか回復しないですね…
昔は自己啓発本とか読みあさっていましたが、どれも効き目はなかったです。
変な洗脳に巻き込まれなくてよかったですが(笑)
騙されやすさは少しはマシになったかもしれません。

つばめさんは、フランクに話されると、とても読みやすかったです。
イメージがガラリと変わりました、不思議です。
ぶっちゃけで話される方が親しみがわきます^_^

つばめさん

>人をコントロールするって言っても、相手が嫌がらないようにうまくやって感謝してれば、倫理的にも問題ないですよね。定型発達者が相手に何かやってほしいことを頼むときも、実際そんな感じじゃないですか?ぱんださん、どう思いますか?

 これはいろいろな考え方がありそうですが、ある程度一般的に考えると 第一に「その人のためで、自分のためではない」ということが必要かもしれません。

 たとえば意識のない人をコントロールするとき、それで自分が儲けるのではアウトだけど、意識がなくても自分の儲けではなくその人にどうしても必要なケアならOKでしょう。

 もうひとつは、自分も相手だけではなく、それで儲かるんだけど、そのことは予め相手が了解しているような時、そんなときはまあ一種の「合意の上の取引」ですから、OKですかね。

 合意もなく、自分の儲けのためにというのはもう最悪でしょうね。そういうコントロールは詐欺ですから。

 つまり「相手が嫌がらない」ことが重要なのではなく、「自分の利益ではなく、相手の利益のため」ということが重要なポイントかと。


>定型の世界では、発言に自分で責任を取れればある程度は許容されるものなんでしょうか?ぱんださん。

 責任を取る、というのが具体的にどういうことなのかも問題なのかもしれませんね。たとえば極端な話、自分が殺されてもいい、という責任の取り方をすれば、相手を殺してもいいかとか。そこは「決闘」が認められていた社会ならそういうことになるでしょうけど、今は普通はダメですよね。

 相手に傷つけられているときに、反撃をする、という形で相手を攻撃するのは、そうみられる限りは許容されやすいかも知れません。一方的にやられ続けなければならない、という考え方はあまりないでしょう。「正当防衛」みたいな感じですよね。

 逆に言うと相手が手を出していないのにこちらが一方的にということは許されない、と考えるのが一般的なように思います。

 ただ、現実問題としてはむつかしいのは、自分は攻撃されていると感じていても、相手の方は攻撃している気持ちが全然ないときです。あるいは相手にとってそれが攻撃の意味を持つということが全く理解できない時です。

 この時は「反撃」をすると、相手がそれを「反撃」と理解しないので「一方的に「攻撃された」と受け取ってしまうことになります。定型アスペ間ではこういうことが起こりやすいですね。「自覚なしに相手を攻撃している(相手はそう受け取る)」というパターンです。

 この場合は許される許されないというより、「不幸なすれ違い」の問題になると思います。だから責任云々ではなく、そのずれに気づいてそういうことが起こらないようにしていくことが必要、という事になるような気がします。

 権力的な上下関係がある場合もそういうパターンが起こりやすいですね。上の人間は下の人間が苦しんでいることに気づきにくい。苦しめている方は苦しくないことがよくあるからです。その場合は善意で苦しめていたりします。それに対して下のものが反撃することはある意味正当防衛とも言えますが、もともと上下関係があるので、それをやると「不当な攻撃をしてきた」と一層押さえつけられることが多いでしょう。

 上下関係でも、上のものがほんとに善意でやっているのに、相手に伝わらないこともあり得ます。変に誤解されて、そこに悪意を見られたりする。これも難しい問題です。

 …… まだあるかもしれませんが、そう考えてみると、まず「善意かどうか」は判断に影響すると思いますし、「相手がそれを被害と感じていることを理解できるかどうか」も判断に影響するでしょう。そしてお互いにやっているのか、一方的なのかも問題になる。

 善意かどうかは簡単に決められませんし、本人が善意と思っていても、実は悪意がそこに交じっていることもあり得ますから、いろいろ考え出すと頭がぐちゃぐちゃになりますよね ('◇')ゞ

 ただ、そのぐちゃぐちゃを整理して考えるときにはそのあたりが問題になるかなと思います。

 私の場合は一見自分にとっては悪意に見える場合でも、実は相手の人の中では善意である可能性は一応考えようとします。そしてもしそうであれば、その善意が相手には悪意になってしまう、ということを理解してもらおうとするでしょう。逆に自分の善意が相手に悪意と受け取られるときも、それはあなたは悪意と受け取ったけど、自分はそういうことではないんだという説明をしようとします。

 ただ、本当に相手が悪意であることもあるわけで、その場合は反撃することもあると思います。実際にはここでも判断はむつかしいですけれどね。あえて分けて考えると理屈ではそうなりそうです。

>つばめさん

はじめまして、というご挨拶を忘れていました。はじめまして。
まるで準管理人のように、思われてしまっていたとは……。申し訳ない感じです。前に出しゃばるなと言われたり、卒業しますと言いながら、ついつい戻ってきてしまうのは、このブログのお陰で色々なことがわかりかけているので、途中でやめられないというのと、ADHD特有の、三歩歩いたら忘れる習性からかもしれません。一部の方は、私のしつこさに辟易してこちらから離れてしまったかもしれません。自重しろよといつも思いつつ、色々出しゃばってしまいます。
借金玉さんのことを紹介したんでしたっけ?すっかり忘れていました。直接やり取りはないし、時々タイムラインで見かける程度で、最近はあまり見かけていなかったんですが。
偶然そのモーメントは見ていました。
アスペのご自分の特性を鋭い視点で分析していらして、感動しました。で、いつものごとく、感動したということは記憶にあるのに、細かい内容を忘れてしまったんですが。
借金玉さんは、主張が非常にアスペ的な人ですよね。ツィッターって、言葉だけのやり取りなので、ADHDの特性というのは、あまり判断できないと思いますが。主張の仕方はアスペの人はよく分かります。ここでのやり取りと同じような平行線になることが多いので、やっぱり私は、アスペの方とは感じ方が違うんだなと思うことが多いです。このブログのお陰で、平行線になる原因が分かってきたので、ある程度距離を置くことができるようになりました。
私が苦手なのは、自分は正しいと思い込んでいるお偉い定型ですね!一度、話がこじれて、障害があるなら病院で診てもらえ!と吐き捨てられたことがあります。あ、もうこの人、アウトだと思って話を切りました。それまでまじめに議論していたのがバカらしくなり、時間を返せ!と思いましたよ。でも、良い社会勉強になりました!
しょっちゅうこんなことをやらかしている私です。^_^;

ぱんださん、長文の回答ありがとうございます。たくさんの方面に向けて気を使って考えていただいてありがとうございました。
ぱんださんの話には、単純にお金や貸し借りの話だけでなく、悪質な洗脳なども想定されていることを感じました。
マルチ商法やカルト宗教、ブラック企業やパワハラ上司が「自分の利益ではなく、あなたの利益のため」といって人をだまそうとするのは、定型発達者の共通認識として重要なポイントを抑えているからなんですね。言葉から相手の狙いを考えるのは難しいです。
人をいいように利用してやろうとして近付いてくる人は、大体はじめは親切ですからねー。人並み以上に経験済みです。

以前に福祉のボランティア活動に誘われて参加した時、主宰者の人と仲良くなったんですよー。
何回か参加しているうちに、だんだん本音で話すようになったんですけど、「ボランティア活動は本業から福祉事業に転換するためにやっている。福祉は儲かるんだ」とか言って、職員にならないかって誘ってきたんですよ!ついでに交際も迫ってきた。
新聞とかでも取り上げられる立派な人だったのに、がっかりしましたよ。金と女が目当てのボランティア活動なんて最低ですね。こういうのは印象操作って言うんでしょうか?
「相手が嫌がらない」ことが重要なのではなく、「自分の利益ではなく、相手の利益のため」と相手が自然に思うようにコントロールすればいいんですね。
ボランティア団体の主宰者の人に最後までそれで押し切られていたら危ないところでした。
たぶん、これから大金が入ってくるってことを印象付けて、いいかっこしようと思ってボロを出したんだと思います。

あと、責任については、会社であれば問題を解決した後に進退が問われるのが一般的だと思います。
上下関係がある場合は、上の言うことを聞かない下の人は、基本的には処分されますよね。見過ごせば組織が崩壊するから。
パワハラ上司でなければ仕事を回せないようなブラック企業の場合、最終的には自分がやめるか、会社を訴えて会社ごと潰して社員全員が路頭に迷うかの究極の選択になっちゃいますね。
わたしの友人が同僚を守ろうとして労基署に訴えたら、調査が入ったとたん社長は会社をたたんでしまいました。中小企業にとっては致命的ですからね。

わたしが個人的な関係で責任を取るということは、相手と距離を置くことだと思っています。
議論を尽くして平行線になったら、わたしが離れるか、相手を追い出すかのどちらかになるのではないですか?一緒にいる意味が分かりません。
家族や会社関係とか生活や経済的な理由でなら分かりますけど、わたしが一般の参加者だったら出て行くし、わたしが主宰するグループに敵対する人がきたら全力で追い出します。
そういうのがグループを守る主宰者としての責任だと思うんです。それができなくてつぶれていったボランティア団体をたくさん見てきたもんで・・・。

立場によって判断が変わってくるという、ぱんださんの言葉には実感がこもってますね。
はじめから対立する可能性が高いアスペと定型のブログを続けてこられたことに頭の下がる思いです。


あすなろさん。準管理人のお勤めお疲れ様です(笑)

あすなろさんがあってのアスペと定型だと、わたしは思いますよ。これからも、ぱんださんをサポートして調整役をがんばってください!

わたしは自分のことアスペと思っていて、あすなろさんやサロマさんは、わたしに似ているから同じアスペだと思っているという意見を言っただけですよ。
あすなろさんは、わたしの意見を無理やり変えようとしなくてもいいんです。あすなろさんも言っていたように、アスペとADHDと定型の定義は人によって全く違うんだから、ある人から見たらアスペだったり定型だったりしてもいいんじゃないですか?そこを徹底するのであれば、ぱんださんがどう見ているか言葉を詳細に定義しない限り無理だと思います。

わたしはこれからも、あすなろさんのことを同じアスペの同志として見続けていきますが、あすなろさんは、アスペをADHDに変換して見てください。

サロマさんは個別に登場する人をアスペと定型に分けず、「こういう人がいた。許せない」と書けばいいんじゃないでしょうか。

サロマさんの想定している定型は、わたしやぱんださんが想定している定型とは違うんだと思いますよ。むしろ、サロマさんが言う定型は、わたしと同じタイプに思えることの方が多いので。
皆さん、アスペと定型として話しているから混乱するわけで、個別の出来事について一つずつ○○さんはこういう人で、こういう欠点がある、ここを直した方がいいって感じで話し合った上で、ぱんださんがアスペと定型の問題に切り分けていくようなスタンスがいいと思います。

わたしからの提案です。

キキさんは自分に自信を持つためにも、ここでは本音を出す練習をしたほうがいいですよ。みなさんやさしいから変なこと口走っても大丈夫(笑)

パンダさん
攻撃的な意図はないので困惑していますが…。
自分自身とも他者とも折り合いをつけようとは思っていません。
自分の思ったことを書いただけであり、共感を求めるとめとか何もなかったらここには書き込まないというのは、パンダさんご自身の固定観念ではないでしょうか?

つばめさんはじめまして。

>サロマさんは個別に登場する人をアスペと定型に分けず、「こういう人がいた。許せない」と書けばいいんじゃないでしょうか
鈍くて申し訳ないのですが、どの部分をご指摘なさっていますか?反論ではなく、単純に質問です。

あと初対面から申し訳ないですが、つばめさんご自身から私が私がこう考えているのではないかとお話するのはやめていただけないでしょうか。
私のことは私の口から語らせていただきたいので。

私もつばめさんに共感できることはいくつかあります。

お友だちの話で思い出しましたが、アスペでも相手の目を見て自分の話ばかりしたがる(人の迷惑は省みない)タイプの人や強い人には媚びてコントロールしやすい人には利用するタイプもいますね。
そういう人は自覚がない人もいるから指摘されたら、なんで自分が怒られなければならないのかと逆ギレする人もいると思います。
私も過去につばめさんと同じ扱いを受けたこともあります。私は友達が少ないからその人に依存していたのもあります。
アスペはのび太的なイメージが私も強いですが、ジャイアン型、スネ夫型のようなタイプもいると思います。

お友だちのご主人は一般的なタイプだと思います。普通は極端に要領が悪いアスペを受け入れられないと思います。

あすなろさんがアスペだと感じることがあるのは、アスペだという方と共通している部分が多いからです。

息子さんはわかりませんが、ご主人のお話を聞いているとアスペだとは感じます。ただ「部分的には」ご主人は定型的だと感じることもあります。
例えば前にちひろさんが彼に料理がまずいと言われた話をした時、あすなろさんもご主人は料理の感覚が得意で、あすなろさんは苦手だとおっしゃっていましたね。
私の周りではADHDや定型はできる人が多く、アスペはできない人が多いので、その部分ではあすなろさんがアスペで、ご主人が定型的だと感じました。
あすなろさんができないと言っていることを、ご主人は(ルーチンワークでも)家事はできていて、ご主人があすなろさんを受け入れられずに責めているところ(あすなろさんはご主人もカサンドラになっている部分があるかもしれないと言ってましたね)も定型だと感じました。

あすなろさんはぐいぐい切り込んで周りから反感を買うのもアスペ的だと感じることもあります。私の周りのADHDの方は空気を読んで行動する人が多いので。
それが悪いとは思いません。わたし自身はあすなろさんと対立した方より、あすなろさんの意見の方が共感できることは多いです。

>サロマさん

>サロマさんは個別に登場する人をアスペと定型に分けず、「こういう人がいた。許せない」と書けばいいんじゃないでしょうか
鈍くて申し訳ないのですが、どの部分をご指摘なさっていますか?反論ではなく、単純に質問です。

サロマさんに、ごまかしは効かないですね。わたしは、あんまり書きたくないことをあやふやに書こうとすると、すぐにばれるか伝わらないので思ったことを、そのまま書いたほうがいいのかもしれないです。

具体的に何の話をしているかというと、以前、こちらにコメントしていたトマトさんの話です。今、反論できない人に何かを言うのがいやだったんで、あいまいに書いたんですよ。
過去にさかのぼって、ぱんださんの記事や皆さんのコメントを読んだんですけど、トマトさんのコメントをアスペの立場で読んでいると、アスペを見下しているような話が多く、はっきりいって不快になってきます。定型の人ならもう少し気を使った書き方をするんじゃないかと思いました。

わたしはトマトさんこそ、サロマさんの言っている「アスペでも相手の目を見て自分の話ばかりしたがる(人の迷惑は省みない)タイプの人や強い人には媚びてコントロールしやすい人には利用するタイプ」に見えました。トマトさんは定型を名乗っていたけど、自分を定型だと思い込んだ無自覚のアスペそのもののコメントをしていたように思います。
だから、定型のトマトさんがにわとりさんを攻めたのではなく、無自覚アスペのトマトさんが定型の支援者を名乗り、にわとりさんを見せしめに吊るし上げて他のコメント者を操作していた。炎上してきたら無責任に放り出して逃げてしまい、ぱんださんはトマトさんの尻拭いをさせられていたんじゃないかと思いました。

もし、そうだとしたらトマトさんを定型と考えるのは間違いで、全員が被害者だったんじゃないかと思ったわけです。


>あと初対面から申し訳ないですが、つばめさんご自身から私が私がこう考えているのではないかとお話するのはやめていただけないでしょうか。
私のことは私の口から語らせていただきたいので。

了解です!


>ぱんださん

ぱんださんの奥さんの特徴について、たくさん読ませてもらったんですけど、ぶっちゃけアスペとして、あまり共感できません。定型のぱんださんから見た客観的な姿だからかもしれないですが、わたしとはアスペのタイプが違うように思いました。

サロマさんが「のび太的なイメージが私も強いですが、ジャイアン型、スネ夫型のようなタイプもいる」というように、いろいろと特徴の違うアスペがいるんだと思います。

>つばめさん、さろまさん

ご自身の経験で、この人はアスペかそうでないかということを、見かけから判断されているようですが、話が非常に混乱しているので、他人のことを判断するのはやめませんか?
つばめさんや、さろまさんは、私の家族や、パンダさんの奥様とは、違ったタイプのアスペなのでしょうし、例えばイギリス人だからと言って、みんなが同じ性格なわけではありませんよね。イギリス人と日本人だから、共感できないわけでもありませんし。
私がアスペだという根拠を、私がグイグイと話を切り込んでいくことに共感できたからという点も、私からしたら全く共感出来ません。私自身がどう思おうと勝手だけど、つばめさんやさろまさんからはそう見えたからそう言ったまでだと言われてしまったら、どんな話も許されることになってしまいます。あの人は背が高くて髪の色が薄いから、イギリス人のはずだ!などという根拠は成り立たないはずです。
ここではそんな話をしたいわけではなく、単なる感覚の違いがなぜ傷つけ合うまで行ってしまうのか、その根拠を知りたいだけです。
トマトさんにしても、他人や他人の家族について勝手な判断をして話を混乱させるのは良くないと思います。
ご自分のことを語るのは良いでしょうが、他人のことをとやかく言うのは単なる噂話の域を出ない不毛な話ですし、読んでいて不愉快です。

あすなろさん、やっぱり気分を害してしまいましたか。

こうなるんじゃないかと思っていたので、とりあえずいいたいことを早送りで書きました。わたし的には良かったかな、と思いました。

まだ、話しが途中だけど、準管理者のあすなろさんに不毛で不愉快とまで言われてしまえば、わたしとしましても怒りと攻撃したい気持ちにしかなりませんので、炎上する前に退散します。

責任を取ってこの場を去ってツイッターに戻りますね。お邪魔しました。

私はあすなろさんに聞かれたことを話しただけです。
周りの人のことは決めつけではなく、事実を話しているだけです。
アスペでもADHDでも社会でうまくやったり、子育てできている人もいれば、社会適応できない人もいるので、その人自身の問題であり、枠組みでの決めつけはよくないのはあるかもしれませんね。

トマトさんがにわとりさんを陥れるために他の人を印象操作をしていたのかは本人の心をのぞかないとわかりません。
しかし無理解な言葉でにわとりさんを非難したのは紛れもない事実なので、一部の方々から非難されたのだと思います。
私は推測で彼女のことを言っているわけではありません。

わたしが質問したことでつばめさんにまでご迷惑かけてごめんなさいね。


こんにちは^_^

つばめさんにオススメしていただいたので、私も本音を… というか、私はあすなろさんに全く同意です。
私の発言があまり人を不愉快にさせないのは、多分、他の方のことをとやかく言わないからだと今思いました。
言わないようにしてるのではなく、発想自体あまりないと思います。

そう、「本音を語る」というのが、「思ったことをそのまま言う、書く」のであれば、それは本音というより勝手のように思います。
だからといって、表現を変えればいいのではなく、多分、いったん自分の中で飲み込んで、相手の立場も考えてみて、相手がどう思うかも考えてみて、発言しないとトラブルになると思います。

あすなろさんのいつものコメントが、私は全く不快にならないのは、そういうところだと思います。
色んな話をポンポン活発にされるところは、私の性格にとっては「楽しい面白い人」と感じるし、そこは相性かもしれませんが、やっぱり私が言う「バリバリのアスペさん」というのは、あまり相手の気持ちを考えずに発言される方のことだと思います。

抑制じゃなく、最低限考えないといけないことではないでしょうか。
いくらアスペだからといって、何でも言っていいというわけではないと思います。

ちなみに、今回ちょっとしつこく書いたのは、私もつばめさんに「キキさんはここで本音を言う練習をしたほうがいい」とコメントをいただいたからです。
ちゃんと本音を言っているし、皆さんにゆるしてもらうような過激な本音はありませんし、私は抑制もしていませんので、なんだかちょっと「私のことどれだけ知ってるの??」と不快な感じがしたからです。

昔来られていた男性のアスペの方も、ひたすらご自分の興味の話をされていて、人のことをあれこれ言うことはありませんでしたので、とても楽しかったです。

私は変わらず、皆さんの言葉をもとに、「自分の分析に励んで」これからの人生に生かしたいと思います。


アスペだから何を言っても許されるとは思いませんし、言っていませんよ。
バリバリのアスペが悪いような言い方をされますが、悪いのはバリバリのアスペではなく、アスペでも定型でも自分のことしか考えられない人が多いからですよね。

相手の立場になって考えて物を言うことは大事ですが、相手側の立場になって考えても、相手側がこちらの立場になって物を考える姿勢がないといさかいは起こります。これはネットでも同じだと思います。
バリバリのアスペに限らず、定型側でも相手の立場を考えずに言う人がいただけでなく、にわとりさんやアスペ側の人達にばかり、相手の立場に立って考えることを求められたのだから炎上したのだと思います。
仮ににわとりさん達が歩み寄ったとしても、相手側はにわとりさんたちの立場に立って物を言えなかったのだから、それは本当の意味での分かち合いとは言えないと思います。
あすなろさんは相手の立場も考えて物を言っているのは文面から伝わってきますが、あすなろさんを批判した方はあすなろさんの立場になって物を言ったわけではないから炎上したとも言えると思います。

サロマさんへ

こんばんは。
サロマさんのことを批判したのではないんです。

でも、そうですね、お互いに相手のことを考えながら話していても、その考えが互いにズレていたら、考えているのにトラブルになっちゃいますね。

「相手のことを考えたら、こういう表現(考え)になりますよ」という正解が、定型アスペ関係なく、ありませんもんね。
標準(平均)回答をする確率が高いのが定型さんなんですかね。

相手のことを考えて、なんて偉そうに言ってしまったけど、その考えが合ってるかどうかは相手に聞かなくちゃわかりませんもんね…

>つばめさん、さろまさん

やはり、どうも認識の仕方が異なっているようなので、おそらく話が平行線になるかもしれませんが、お二人には、私が何を不快に感じたのかが、伝わらないのだなということは、よく分かりました。

キキさんが解説してくださったことが、全くその通りなのですが。
私は基本的に、予測で誰かを『あなたは、こうだと思います』と書くことを避けています。
以前は、よくやってしまっていました。しかし、それをやって相手にメリットがあれば良いのですが、何の見通しもなく『あなたは、こうだと思います』ということは、差別や偏見でしか無いことに、途中で気付きました。だから、あくまで自分の経験の話に留めておいて、それによって気付く人がいれば良いし、そうでなければそれで良いのだと思うようになりました。本人がどう捉えるかで、その情報がメリットになるかどうかが決まるのですから。
今回つばめさんが、私をアスペだと言われたことは、私自身、別にどちらでも良いことで、たしかにそう言われれば思い当たる節はたくさんあるけれど、元々発達障害を持っているために苦労してきたことに変わりは無いので、あまり意味がない事です。
それなら、つばめさんがそう思われた根拠に興味がありましたが、まるで関係のないお友達の話が語られ、そのお友達がそれを乗り越えてうまくいっているならまだしも、相手のご夫婦が別れてもなお、憎み合っているようなお話。そして、つばめさんも、そのお友達に嫌気がさしたとのこと。
どちらにしても救いようが無い話と、なぜ、私と私の家族が関連しなくてはならないのでしょうか?
アスペであるか、そうではないのかという話以前に、『どうせその程度の諍いなのよ!』と言われているように感じられてしまいます。
おそらく、つばめさんご自身は、そんなおつもりがないのかもしれませんが、文脈でそう捉えられてしまうのだと思います。
しかし、文脈を抜きにしても、つばめさんは、私がアスペで夫が定型だったとして、何を伝えたかったのでしょうか?それで何か解決策のヒントがあったのでしょうか?
相手にものを伝える時、ただ、あなたはこう見える!と言うだけでは意味がありません。それはレポートに過ぎず、別に言わなくて良いことなのです。
伝えるということは、その先に相手の役に立つことや、共通の問題を解決していこうという意思、あるいは一緒にその場を楽しもうという気持ちの共有が必要なのだと思います。
もちろん、怒りを伝える手段になることもあります。
そうした共有を考えずに、レポートという形で情報発信するなら、特定の人について述べることは避けるべきです。
私は自分の感想はなるべくレポートとして掲示板で情報発信しています。
私の視点は、私だけのもので、さらに発達障害もあるので非常に狭い。だからこそ、私だけの狭い世界を見たまま感じたまま書くことで、誰かが『へえ』と思うかもしれないし、誰も思わないかもしれない。
それで良いのだと思います。

つばめさんや、さろまさんは、このブログの過去に登場してきた人たちに思うところはあるかもしれません。しかし、私も同じ発達障害者として数々の失敗から学んできた身から言わせていただくなら、自分自身の経験すら狭く偏った見方が多いのに、さらにコメントだけの印象で自分の狭い価値観と照らし合わせる時、その視点は全く別の物になってしまう可能性を、自覚することが必要かもしれません。

私が偏見や狭い認識で物を語っていると言われて困惑しております。
それであれば相手方が偏見や狭い認識で批判して来たわけですから。
相手方が親切心から言ってきてもそのズレが摩擦の原因となることもありますが、こちらの掲示板でも親切心を装った偏見で叩くこともありましたから、それに対して批判したことがこちらの偏見や狭い認識で物を決めつけられていると言われるのは違うかと思います。

>さろまさん

同じ発達障害を持つ者として、ズバリ言わせていただきます。

さろまさんは、アスペなのですよね?
アスペとは、いえ、発達障害を持つということは、具体的にどういうことを指していると思われますか?
周りから排除される、不遇な人生を送るという、漠然とした印象論はナシです。

視覚障害者は、目が見えないという障害であって、定型から邪魔者扱いされるという障害ではないのと同じく、発達障害にはある部分の認知発達が遅れているという障害があります。
目が見えない人が、白杖も持たず、往来の激しい道に勢いよく飛び出せば、事故に遭う確率が高くなるのと同じ。それで事故が起きても、ぶつかった相手には目が見えないことが分からないのだから、何故配慮しなかったのだ!と責められても、お門違いです。

私は自分が発達障害なので、全てにおいて認識が浅いことを自覚しています。浅い上に、広く色んなことに手を出してしまい、混乱させてしまうことも自覚しています。
それを他人から指摘されると確かに不愉快ですが、後でやっぱりこれが自分の特性から来ているものだと知ることが出来て、後々改善していこうと思い直すようにしています。
だからこそ、つばめさんがどうしてアスペという印象を持たれたのかが興味深かったのですが、その根拠があまりにもつばめさんの独断的な見方だったので、がっかりしたわけです。

これまでのトラブルの相手は、はじめから私を陥れようと嫌がらせをしてきたわけではなく、発端は私自身が特性をコントロールできなかったために起きたイザコザであり、事実なのだということが多々ありました。

その認識を持たないと、目が見えないのに、往来へ飛び出して事故を起こし、ボロボロになることの繰り返しではないかと思います。
特性を理解することは別に自分を否定することではなく、そういう不完全な自分でも、確実にできることがあると信じて模索する第一歩になるのではないかと思います。

あすなろさんのおっしゃることは正しいこともありますが、賛成しかねるところもあります。

目に見えない方がいきなり交通量の多いところに飛び出すのは危ないですが、盲導犬や杖をついて歩いてる方の通行の邪魔をするのは問題ですよね。
アスペも障害に対しての対策は必要ですが、こちらが対策をしても自分達が正しいと押し付けてくる人もいるわけです。
アスペと定型のずれによるいざこざや障害特性で周りに迷惑をかけている事実ももちろんあるでしょうけど、はじめから陥れようと嫌がらせする人も少なくないです。
にわとりさんのように中には見るからに障害者だと分かる方や普通とは違う雰囲気を持っている方を避けたり、気持ち悪がる人も存在します。
普通はそういったことがないからにわとりさんの勘違いとか人を悪く見すぎだと疑問から非難したり、あなたにも原因があるのではないかと言う方もいましたし。
にわとりさんが職場で迷惑かけていたなら追い出されるのは仕方ないかと思いますが、こちらの方は少なくとも庭とりさんに被害を被ったり、仕事で足を引っ張られたわけではないのですから。
歩み寄っても歩み寄っても相手側が無理解な言葉を言ってくれば対策の取りようもないと思います。

怒りが収まったのでとりあえず、返信しますね。炎上を避けるために一旦離れましたが、あすなろさんは挑発を続けていますし、解釈が間違えていますので真剣に釈明をしておきます。

わたしが書いた論旨は、定型とアスペは、たとえ本人がそうだと言っていても、本人が勘違いしている可能性もある。しかし、人によって様々な捉え方があるので、その是非は責められるべきものではない、ということです。
その一例として友達夫婦の話をしました。なぜ、それがあすなろさんがアスペだという根拠として、わたしが挙げたことになっているんでしょうか?まだ、その根拠は言っていませんよ。

三年間あすなろさんを見てきて、特に炎上が起きた時の特徴的な行動に注目していました。ネット論戦が好きなわたしとしては、とても興味深かったからです。それがあすなろさんをリスペクトする理由でもあります。

あすなろさんをアスペだと感じた根拠は、ブログのコメント欄であすなろさんが責められる場面があると、必ず活発に掲示板への投稿を始めて、二個所で話を展開させて戦いの場を分散させて、「私の考えは掲示板に書いた」と言うパターン的な戦術が見られること。
ほかのコメント者も参加するため相手は心理的に翻弄されて話を追い切れなくなる効果がある。

ADHDとしての衝動性は一切見られず、反撃の機会をうかがってタイミングを見計らっており、わたしから見ても最適のタイミングで反撃に転じているのを何度か見て、わたしと同じ考え方をする人だと思いました。相手の返答を予め想定し、計算を尽くした計画的な行動をしている。
相手を攻撃(反撃)している時に全方向から攻められないように防御を固め、基本的には隙がない。何を言っても攻撃に転じられる用意(罠ともいう)が文章の中に散見される。

かなりネット論戦をやりこんでいる人物であることは、私も同じくやっていますので文章を見れば一目で分かります。

アスペと定型を見始めたのは友達夫婦のことがきっかけですが、ここで勝ち続けるあすなろさんの姿に感銘を覚えたのは嘘ではありません。だから、はじめからあすなろさんを攻撃する気持ちなどなく、あすなろさんと少し話してみたいと思ったことと、サロマさんがトマトさんと同じ定型というくくりで、ぱんださんを責めるのはちょっとかわいそうではないかと思い、定型やアスペと本人が言っていたとしても、そうとは限らないため、枠組みで人を決め付けるのはよくないのではないかという提案をするのが目的です。

あすなろさんはいつも、アスペの家族の話をことあるごとに出してアスペの印象を伝えていたので、わたしを含めアスペの人が見たら不愉快になるような内容が多いですが、あすなろさんはそういうのは気にしない人だと思っていたんで友達夫婦の話題を持ち出したんですが、わたしの論旨には一切触れずに恫喝した上、

>まるで関係のないお友達の話が語られ、そのお友達がそれを乗り越えてうまくいっているならまだしも、相手のご夫婦が別れてもなお、憎み合っているようなお話。そして、つばめさんも、そのお友達に嫌気がさしたとのこと。
どちらにしても救いようが無い話と、なぜ、私と私の家族が関連しなくてはならないのでしょうか?
アスペであるか、そうではないのかという話以前に、『どうせその程度の諍いなのよ!』と言われているように感じられてしまいます。
おそらく、つばめさんご自身は、そんなおつもりがないのかもしれませんが、文脈でそう捉えられてしまうのだと思います。
しかし、文脈を抜きにしても、つばめさんは、私がアスペで夫が定型だったとして、何を伝えたかったのでしょうか?それで何か解決策のヒントがあったのでしょうか?
相手にものを伝える時、ただ、あなたはこう見える!と言うだけでは意味がありません。それはレポートに過ぎず、別に言わなくて良いことなのです。
伝えるということは、その先に相手の役に立つことや、共通の問題を解決していこうという意思、あるいは一緒にその場を楽しもうという気持ちの共有が必要なのだと思います。

という言葉を見てびっくりしました。今まで散々、ぱんださんがアスペに対して理解を示す記事に被せて毎回のようにアスペの家族のダメな話を書き込んでいたじゃないですか。それはアスペを貶めることになり「文脈でそう捉えられる」と分かっていてやっていたことだったの?何の目的でそんなことをしているの?完全にブーメランですよね。しかも、「相手のご夫婦が別れてもなお、憎み合っている」とか勝手に話を捏造して、より悪く印象付けているし。今でも離婚してないですよ。あすなろさんにはがっかりしました。

>自分自身の経験すら狭く偏った見方が多いのに、さらにコメントだけの印象で自分の狭い価値観と照らし合わせる時、その視点は全く別の物になってしまう可能性を、自覚することが必要かもしれません。

いなくなった人に追い討ちをかけて引きずり出そうとする態度などは、炎上を望んでいるように見えますね。上の言葉、そのままお返しします。


>キキさん

「キキさんはここで本音を言う練習をしたほうがいい」とか言ったのは、社交辞令でした。ごめんなさい。

返事をもらったので何か返さないと、と思いまして、自己肯定感が低い人は本音を言えないことが多いと聞いていたので、何となく軽い気持ちで書いてしまいました。申し訳ありません。

>つばめさん

申し訳ないのですが、つばめさんの中で、勝手な『あすなろ像』が出来上がり、そのイメージに基づいて私への抗議を行っていらっしゃるようなので、こちらからは何も申し上げることはありません。

なるほど、そういう見方をされる方もいるんだなという感じですし、全て事実無根で、驚きでしかありません。

しかし、家族のことについて書くことが、アスペの人を不愉快にさせるということには思い至りませんでした。

これはもしかしたら、トマトさんが同僚のアスペの方について語っていたことが、アスペの方には偏見と見られ、ひどく傷付いたと言われていることと似ているのかもしれません。

つばめさんは、私がアスペで立場が逆だったらどう感じるかと投げかけられたのかもしれませんが、私はアスペだからこういう行動に出るのだ!と非難したいわけではなく、私には不可解に見える行動も、私とは違う感覚と想像すると、理解できるように感じると言うつもりで書いていました。

私の見え方ではこう見えるが、アスペの人にはこう映るのかもしれない、ということです。

おそらく、私の感覚はどちらかといえばトマトさんに近いと思います。
別にトマトさんが重度のアスペだろうと、私こそが同じであろうと構いません。
それなら、軽度の良識あるアスペの人はそういう見え方になるのかもしれないと、理解力のない頭で考えた結果だと思っていただければ良いでしょう。

しかし、両者の間には決定的に見え方の違いがあることは確かですし、うちの家族と同じ感覚の方もいれば、アスペでも全く違う感覚の人がいる。
つばめさんには理解できない感覚だと言っていただければそれで済むことです。

しかし、私にはある一部のアスペの方の神経に障るような発言をする傾向があるのかもしれませんね。

それは一連のトマトさん批判に、どこか共通するものがあるかもしれません。

つばめさん
私がパンダさんのことを言っていたのはトマトさんと同じ定型だからではなく、管理人としてのスタンスで疑問があったから言ったのです。

>サロマさん

そうなんですか。勘違いで余計なことしてしまって申し訳なかったです。
あすなろさんとも無駄な争いをしてしまったようで、すみませんでした。
ぱんださん、荒らしてしまってごめんなさい。

今度こそ、ツイッターに戻ります。

トマトさんのことを言っているのはアスぺの友達のことを話していたからではないです。
アスぺの友達の支援を上司に求めるために「6歳の孫だと思ってください」と上司に言ったことに対して、一部の当事者から非難されていたことに対し、「アスペと定型の文化の違いなんて言っても普通は伝わらないから6歳児だと思って下さいという方が良い」と反論なさったことには当事者としては腹が立ちましたが。
私達は6歳児ではないし、障害でできないことはありますが、ご友人がいうようにアスペと定型の感覚や前提の違いで噛み合ってないこともありますからそのことまで子供並みの頭しかないからという理解の求め方をされることで(そう伝えた方が上司に理解されやすいとの思惑もあったのかもしれませんが)さらに私達がばかだからわからないとんだの決めつけがさらに強くなりますから。

トマトさんの言い分が全て間違ってるとは思いません。お友だちの件に関してはお友達に問題があったり、トマトさんの言っていることがうなずけることもありました(しかしあすなろさんもトマトさんのことを優しい虐待とかメサコンなどとおっしゃっていましたよね)。
彼女に疑問を感じたのはにわとりさんの件があったからです。にわとりさんの件やあすなろさんの優しい虐待のお話を聞いて、彼女の言っていることは正しいと思うこともあるけど、彼女の深層心理ではもしかしたらお友達に対しても自分はお世話係と思っていて、アスぺはできない人として下に見ていたのかなと感じました。


つばめさん

>ぱんださん、荒らしてしまってごめんなさい。

 あ、いや、トラブル自体は定型アスペ間では避けようもないことなので、あとは時間がかかっても調整しようとする意志を持続できるかどうかの問題でしょう。その気のない方はここには適さないですね。その気があれば基本的にはOKかと。

>つばめさん

いえ、全然無駄な争いではないです。
つばめさんに悪意が無いというところから、文章の綴り方だけで何故お互いにこんなに感情が乱れるのか、謎を紐解くとても良い機会を与えてくださいました。

もう少し、私の中で分析して、感情的にならない方法で書けるように工夫してみます。

一つお伝えしなくてはならないのは、私が気分を害したのは、まず最初から『気分を害するかもしれない』と前置きをされたこと。不愉快ですと伝えると、『やっぱり怒るじゃないですか!』というような返しをされたことです。

これは『最初から、あなたはどうせ攻撃的な人間だから何か言うとすぐに怒ると思うけど!』と、相手を決めつけて煽っているように感じられます。
なぜ、そういう風に取るんですか?と言われても、そういう印象を持ってしまうのですから仕方ありませんし、同じように感じられる方もいると思います。
私は何も喧嘩がしたくてここや掲示板に書き込んでいるわけではありませんし、そういう意図なら最初から利用規約に違反していますので、書き込むことは出来なかったと思います。

>サロマさん

トマトさんの言動が『優しい虐待』に通じるものがある。と言っていたのは確かです。
しかし、今回つばめさんのご指摘を受けて、私も家族をそういう風に見ている可能性があるということに気付きました。
実際うちの家族は、私が何を言おうとそれに動じる事はないので、私が勝手に決めつけておしまいですが。
人を見た目で判断するというのは、大なり小なり誤解が生じるものだと思います。
その時、相手を見上げているのか見下しているのか、という自覚はなかなかできないものなのだと思います。
同じものを見ても、肯定的に見ているのか否定的に見ているのかで、その印象も変わってきます。
私はおそらくアスペの家族を『理解するのが難しい』ということから、まず否定的に見て、そこから何か肯定するものを探しているのかもしれません。
しかしこれは、逆にすれば、アスペの側からも、定型をまず否定的に見てから肯定するものを探しているという状態になると思います。
私は自分の発達障害を否定的に見る定型を、『説明しても分からない人たち』と見ています。つまり私の中では、定型の一般人の発達障害に関する知識を6歳児どころか3歳児くらいだと考えます。だから自分の特性を無理に説明することはしません。3歳児にも分かるように、具体的にこうしてね、と説明して理解してもらうようにしています。
それは全般的知能が遅れているという意味ではなく、ある限局的な知識に関しては、どうやっても理解してもらうのは難しいという意味です。
トマトさんの言う、6歳児のレベルとは、発達障害者が定型社会の『常識』を理解することに関して、という意味なのかもしれません。
ただ、6歳児という例えに、やはり差別的意識が透けて見えるのは確かです。

自分の知らないことに関して、まず肯定的に見るというのは、とても難しいことだと思います。
優しい虐待とは、自分が否定的な目線を持っていることを自覚せずに、相手とその周りをコントロールしようと躍起になる状態なのじゃないかと。
トマトさんが上司に6歳児だと思って、と言ったことと、私が家族を理解しようとするとき、まず否定に感じてしまうところを何とか否定にしないように無理な理屈を付けることが、似ているのではないかと感じたわけです。

実際にはその過程を経なくては先に進めないので、直接家族に言ったら怒り出しそうなことをここに書き込んでいるわけなんですが。

アスぺの場合は本当に6歳児以下だから理解できない場合もあれば、感覚の違いで理解できない場合の二通りあると思うのですが、前者なら子供のような接し方にならざるを得ないこともあると思いますが、後者の場合は定型側も(少数派に対しては)子供と同じ知能だからそれなりの対応でいくしかないのかもしれませんね。
トマトさんのお友達は前者の理由もあるのかもしれませが、後者の理由を認めようとしない感じは受けました。

私は同じアスぺでもあすなろさんのご家族の気持ちはピンと来ないのですが、あすなろさんもトマトさんと同じ部分があるのだとしたら、ほとんどの定型の親がアスぺの子供(逆も同じ)に優しい虐待をしているのではないでしょうか。
ただあすなろさんは謙虚な姿勢に対し、トマトさんはご自分を振り返ろうとせず、アスぺの特性に問題があるような言い回しやご自分のことを正当化することが多い違いがあります。トマトさんに限らず、ほとんどの方はそうだと思います。
ほとんどの方は多数派の方から受け入れられやすいからご自分のことを振替える必要性がないと思っていることもあると思いますが。

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