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アスペルガーと定型を共に生きる

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2018年3月 7日 (水)

否定の肯定

 相方は何かについて話をする時、そのマイナスの面を語ることが多いし、私がどんな話をしてもその否定的な面について語ることが多く、私には「それって単に難癖をつけてるだけじゃない」と感じられてしまったわけですね。もし公平に判断しているのなら、いいところも悪いところも話に出てくるはずですが、まあほとんどと言ってもいいくらいの印象で、悪いところばかり話に出てくる。

 私の方もそのことについて同じように悪い評価をしているときは「共感」みたいな感じでいいわけですけれど、私の場合どちらかというとプラスの話をすることが多いので、結果としていつも私の話は頭から否定される、という印象になります。だから共感を拒否しているような感じを受けてしまうわけです。そんなふうにいつも私の話が否定されるという体験が積み重なると話を拒否されているのではなくて、「私」を拒否しているのではないか、という気分にもなってくる。

 私もいろいろ彼女には苦労を掛けていますから、もう私にはほとほと愛想が尽きて、拒否しているという可能性はもちろんゼロではないのですが('◇')ゞ、ただ彼女は私のことを認めていると言いますし、どうしたらそれを理解されるのかという事を言ったりもしますので、たぶんそれも嘘ではないだろうと感じます。だからますます訳が分からなくなる。

 それがごく最近、私の受け取り方が少し変わりました。考えてみるとこれも以前から書いている「相手に対してどうこうではなくて、自分の気持ちを素直に表現しているだけ」という話の一部なのですけれど、彼女は単に出てきた話題のマイナスの面、危険な面、注意すべき面を最初にチェックしているだけで、「それを話した私の気持ち」に対して反応しているのではない、ということです。

 定型の場合は相手が「○○はとてもいいよね」と話しかけてきたとしたら、「○○」についてではなくて、その「○○」を「いい」と評価した相手の気持ちに応答しなければならないと考えるのが普通です。だから「○○はよくない」という答え方はたんに「○○」についての評価にとどまらず、「○○をいいと評価したあなたはおかしい」という、相手に対する非難になる場合がある。

 だから定型は相手の意見と反対のことを言う場合はかなり気を遣って、遠回しの言い方をしたり、賛同できる部分とできない部分をバランスをとって伝えようとしたり、あるいは相手を否定していない、純粋にその「○○」についてだけの話なんだ、ということをわざわざ強調しようとしたり、いろいろ工夫するわけです。逆に言えばその工夫をせずにストレートに相手の意見を否定するときは、半ば喧嘩モードになっているという宣言にもなる。

 そういう定型的な感覚をベースに見れば、彼女の言い方は常に喧嘩モードだ、という話になってしまうわけですね。だから私も最初はそれに対してまた答えるときには最初はできるだけおだやかにと思うのですが、その私の応答にまた否定的にということが繰り返されると、いよいよ「彼女はけんかを売っているのだ」と思ってしまい、こちらも議論の姿勢になっていきます。

 ところが彼女はなんで私がそうやってムキになって反論してくるのかがまたわからなくなる。自分の言い方がその引き金になっている、という理解はぜんぜんなくて、ただ「○○」について、まずは危険な部分がないかどうかをチェックしているだけという気持ちなので、それに反論されることの意味が分からず、逆に「自分が理不尽に攻撃されている」という理解になる。

 たぶんそんなことが起こっているんです。なんとなくそんな気がして、そう考えたら少し私の気持ちに余裕が出てきたのか、彼女の否定的な反応にもわりに「ああそう」という感じでそのまま受け止めたりし始めたんですね。そしたら彼女もなんとなく嬉しそうにしている感じがあったんです。

 つまり、私の方は私のいう事を「頭から否定された」と感じ、それが繰り返されることで「共感を拒否された」と感じるようになっていき、さらには「共感を求めない人だ」という理解になっていったわけですが、実はそうではなく、彼女には相手(私)を否定した意識がなく、ただ素直に自分が気になることを話して、そして「その自分の心配に共感してほしい」と思っていたわけでしょう。だから彼女の方は逆に私のことを「自分を否定ばかりする」と感じることになる。

 そういうふうに改めて書いてみると、こういうパターンは何も定型アスペ関係だけで起こることではないなあとも思えてきます。定型同士だって似たようなことは起こります。ただ、定型同士のそういうずれ方は何がずれたのかをわりと気づきやすいのに対して、定型アスペ間ではそのずれに気づくこと自体がかなりむつかしいのだという印象があります。

 そのずれかたのポイントの一つは「素直な気持ちの表れ(アスペ的感覚)」と「相手に対する表現(定型的受け取り方)」のずれだろうという気がしてきているのですが、このあたり、これからさらに考えてみたいところです。


 
 

 

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コメント

ぱんださん

その通りです!!
そこに気づいたら、多分、これからの奥様との関係はとっても穏やかになって行くと思います^_^

私もそんな感じですけど、外では気をつかって合わせてますが、家族には気をつかわないので(安心しているので)正直に答えちゃいますね。
子どもにだけは、彼の気持ちを考えて、共感の言葉をかけますが…ある意味対等じゃないですね。

そう考えると、奥様のお仕事は適職なのかもしれませんね。
ぱんださんも前におっしゃってましたが、冷静さを失わずに、感情に走りすぎずに、また外では気をつかってらっしゃるとのことなので、適度に合わせながら、うまく進めていける分野ですね、そういえば。

うちの父(アスペ)と母なんて、話が合うことありませんもん(笑)
母が「この番組は面白いね」といえば「前のほうが面白かった」、「これ美味しいでしょう」「ちょっと硬いな」、こんな感じで、万事が合いません。
母は時々、シュンとなってしまうのですが、私はそこで「もー、お父さんは本当に天邪鬼なんだからー、絶対にウンと言わないもんねー」とチャチャを入れると母も笑顔になり、父も笑いながら「ワシは思ったことを言っとるだけだ。でも、硬いけど美味いですよ ワハハ 笑」などと場が緩みます。

母は、なんとなく、ぱんださんのおっしゃること、わかってはいるんだけど、ハッキリと認識してるわけじゃないから、時々気分が悪くなるんだろうなー。

私も外では合わせまくりで「わあ、可愛いですね!」「そうですよね!」言いまくりですよ、ある意味、バカにしてるみたいですよね。
本当のことが言えるのは、対等に信頼している証拠だと思います。


キキさん

 おお、そうですか!
 アスペの方にOKを出していただいて、ちょっと希望が出て来ました (笑)
 この線で頑張ってみます。
 

ぱんださんの、

「 定型の場合は相手が「○○はとてもいいよね」と話しかけてきたとしたら、「○○」についてではなくて、その「○○」を「いい」と評価した相手の気持ちに応答しなければならないと考えるのが普通です。」

ここ、すごく参考になります。
私はいつも多分、人の話を真剣に隅々まで聞きすぎるんですよね。
そんで余計なところにツッコミを入れてしまうのかも。

話2割、雰囲気8割、くらいに構えておけば、もっと気持ちに着目できるかもしれないなぁ。極端かな(笑)
私もいいこと聞いたので、この路線で頑張ってみます^_^

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