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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2018年2月 2日 (金)

コミュニケーションスタイルのズレ

 パートナーとのやりとりで、どこがいつも「感情的」にずれるのかがなんとなくわかってきた気がしました。

 私の場合、自分のことを理解したいし、理解してほしいし、また話したい、という「欲望」が強いタイプです。それが一方的なものだとそれこそ傍若無人な「支配欲」みたいにもなり得ますけれど、私の場合はそういうのもいやで、相手の言うことも理解したい、聞きたいという「欲望」も強いんですね。なぜかはわかりませんが。

 そういうことで、お互いに「理解しあう」という状態を求めるスタンスがかなり強くあります。

 もちろん相手を理解するなんて至難の業で、完全に理解するなんていうことは最初から不可能ですから、自分の感覚で相手を理解できる範囲はほんとにちょっとだということも、経験を通してどんどんわかってきます。だから、無自覚な自分の感覚や考え方をできるだけ整理しながら、「そうでない(自分とは違う)相手」のことをできるだけ相手に合わせて理解したいというスタイルになっていきます。

 ということで、相手と話をするときは、まずはできる限り相手の人の言いたいことを、相手の人が感じている感覚に近い状態で理解したいと思うのですね。そうできるというのではなくて、そういう姿勢を保とうとします。どのレベルまでいくととりあえず自分として一段落したと思えるかというと、相手に「あなたはこんな感じ方・考え方をしてるんじゃないですか」と説明して、相手の人が「その通りだ」と納得してくれるレベルまでです。そこまでいくと、ようやくちゃんとしたコミュニケーションが取れるようになったかな、と感じるわけです。

 この場でもそれをやろうと努力して来ているわけですが、もちろんそんなことが完全にできるわけではなく、ただある種の「理想」としてそういう姿勢を保とうとしているということですね。実際そのことで、少しずつ見えてくるものがあるわけです。そしてその見えてくるものには、今までのアスペや定型についての見方では見えてこなかったものがたくさんある。だからそれは必要だと思えます。

 

 そういうやりかたを大事にするので、そこで問題が起こります。お互いにそういう姿勢でやり取りをしたいと思っているのに、そこが相手とずれてしまう場合です。そういう私のやりかたや姿勢は私の性格や、これまでの経験の中で作られてきたものですから、私にとっては大事でも、相手の人はまた別の生き方や姿勢を持っていても全然おかしくありません。それがずれたときに私は困ってしまうわけです。

 彼女とのやりとりも結局そのパターンに落ち込んでしまってうまく進まないことが多いようです。私が自分にとって大事な発見や大事な思いがあった時、それを彼女に対しても話したくなるのですが、まずそれが肯定されることは珍しいと言えます。だいたいがその私の話を否定するような方向で意見が出て来ます。

 もちろん意見が違うことは全然問題ではないのですが、私が言いたい事とは全然関係ないところで否定的な意見が出てくることがほとんどなのです。だからほんとに話がかみ合わず、説明を続けてもその状態がますますひどくなることがよくあります。そういうときの私の素朴な感覚は「こちらの言うことをもう少し理解してから反論してよ」というものです。そんなにでたらめにわかりにくい話をしているつもりはなくて、普通に聞けば「なるほどそういうことも言えるよね」という程度の話だと思うので。

 ということでなんでそういう風に自分が話したことにそういう否定のされ方をするのかがわからずに苛立たしい思いが募ったりするのですが、ただ、時間をおいて考えてみると、私が言いたかったところとはずれたところで、彼女が私の言葉をきっかけに何を感じたのかがわかることがだんだんでてきました。

 つまり、彼女は「私がいいたかったこと」とやりとりしているのではなく、私が言ったことのある部分に刺激されて「自分がいいたかったこと」を言っていると理解すると、ちょっとわかりやすくなるのですね。それは私の言いたかったことを否定しようとしているという風な意識はたぶん彼女にはなくて、ただ素朴に自分が普段感じていることの中の、私の話で引っかかってきた部分を語っているのではないか、という気がしたわけです。

 ただ、私の方はそれを私の話、私が伝えたかったことに対する「反論」として受け取ってしまうので、それに対して説明を加えたり、その「反論」の内容が「おかしい」という説明をしようとすると、今度は彼女の方が「自分の言っていることを理解しない。頭から否定しようとする」と感じて、ますます話がかみ合わなくなっていきます。

 

 この話、コミュニケーションの基本的なスタイルのずれと考えるとわかりやすくなる気がします。彼女は自分がいいと思ったものを私に見せてくれたりするとき、自分の感想もあまり言わないし、私にそれを求めることもありませんでした。最初はその意味が分からなかったけれど、今ではそれは「自分の感覚を押し付けず、その人の感じるままを大事にする」姿勢だったという事がわかります。

 この感覚の延長で考えてみると、ここでも同じことが起こっているのかもしれませんね。私はお互いの考えていることのズレを議論で「調整する」ということをめざすタイプです。でも彼女にとってそういうことはあまり問題にならない。それをやるのは場合によっては「自分の意見を相手に押し付ける」こととして感じ取られてしまうのかもしれません。だから、私の意見に対して彼女が意見を言うときは、それはいってみれば「感想を述べあう」というスタンスで、そこから議論を展開する、というスタンスではないということですね。

 だからそこで言っていることのズレをかみ合わせようとして私が話を「議論」として進めようとすると、「なんで?」という受け止め方をされることになる。そして「また私の言うことが否定された」と感じられることになる。

 お互いに知らず知らずに相手を否定しているのでしょう。彼女は私の「議論」のスタイルを理解しないことで私の意見を「否定」することになる。私は彼女の「感想」のスタイルを理解しないことで、彼女の意見を「否定」することになる。どちらも「自分の言いたいことが否定された」と感じてしまうことが起こります。

 
 ネット上のやりとりだと、お互いに時間的にも距離をとってズレを考えられますから、そのあたりもある程度調整できたりしますが、面と向かってやりとりしているときは、そういう「余裕」も作りにくいので、ずれたまんま話がおかしな方向に展開してしまいやすくなるのでしょう。

 

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コメント

こんにちは。相方とのやりとりで疲れるとこちらに来て「そういうことなんですね」と一旦理解して落ち着きます。ありがたいですcat
今回のパンダさんの記事も最初から最後まで納得でした。

わたしたちは最近言い争わなくなってきました。決してお互いが理解した上でではないのですが、これを言ったら気まずくということを学習したというわけです。また相方は議論が大嫌いです。説明することも、です。彼が言ったことやしたことに対して理由を訪ねると「僕がしていることには何でも意味があるんだよ」で終わりです。話を打ち切りたい気持ちがありありですから追求しません。またわたしに何か言った後は「今の話分かってる?」と確認します。子どもでもわかるような簡単なことに限ってそう聞いてきます。以前はバカにされたような気がしていましたが今は「この人は自分の言うことが分かってもらえないことが多かったんじゃないか」と思えるようになりました。

ところで先日私は彼から「宇宙人」だと言われました。こちらから言わせれば「そっちこそ」なんですが、よっぽど奇妙な人間に見られているようです。まあ、わたしも多少変人寄りではあるのだけど(*^-^)

わたしたちって関係が深まらないなあ、寂しいなあと感じることがたびたびですが、お互いに何かしら補い合っていることがあるはずという認識でいこうと思っています。

carryさん

そうですね。私も言い争いはほとんど稀になりました。なるほど、と思うことも増えました。けれども本当に相方(この言い方いいですね、私も真似しよう)の思いを素直に受け止められるかと言えば、まだまだ全然だめです。

関係が深まる、という感覚にももしかしたらずれがあるのかもしれないなあということも時々思います。この辺は定型アスペに関係なく人による差がありそうですが、定型アスペ間では特にそこが問題になりやすいかもしれません。

それにしてもcarryさんの相方は自分をアスペだと考えていらっしゃる方なのでしょうか?もしそうで、そのうえでcarryさんを「宇宙人」と呼ばれているとすれば、ある意味すごく面白いなあと思いました。アスペの方が自分を宇宙人と表現する話はときどき見聞きしましたが、逆に定型をそう表現する話は初めてなので。

実際「お互いに宇宙人」というのが正しいんでしょうね(笑)

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