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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2017年8月 5日 (土)

性格の差の大きさ

 定型には定型の、アスペにはアスペの、それぞれの特性を踏まえた生き方や人生観、世界観が作られていく、ということを考えてきているわけですが、それって、男には男の、女には女の、それぞれの特性を踏まえた生き方や人生観、世界観が作られていく、ということと基本同じなのかなと思います。

 男とは何か、といったって、固定的なものはありません。大雑把に言えば体が女性より大きくて、骨っぽくて、力が強くて、闘争心が強く、持久力はそれほどでもなく、命は短くて、みたいな傾向はあるでしょうけれど、個々のケースでは男女逆転することもいっぱいあります。

 男らしさとは何か、といったって、それこそ時代や社会によって全然違う。光源氏なんて、マッチョな見方からすればぜんぜん「めめしい」と馬鹿にされる男でしょう。

 しばらく世の中のトップは男性と言う時代が続きましたが、最近は女性がトップになることも多く、テレビのニュースとかのキャスターを見ても、女性がメインでちょっと年下の男性がサブになる、と言う組み合わせが目立っています。男女の権力関係も変化しています。

 LGBTとかいう言葉が割と最近急速に広まりましたけれど、性差を固定的に考えない思想が今のはやりですよね。テレビもお姉が大活躍です。「お兄」はどうなんでしたっけ?(笑)

 定型とアスペの関係も、今やスペクトラムと言われるほどですから、常に相対的なものでしかありません。定型の特徴、アスペの特徴と言われるものたちも、個々の人の個々の部分を見れば、そうだったりそうでなかったり。いろんなバリエーションがある。

 当然時代や社会によってもその扱いは全然変わっていくわけです。

 そして男にも女にもいろんな性格の人間がいるように、定型にもアスペにもいろんな性格の人間がいる。当たり前と言えば当たり前なんですが、だんだんとそのことの意味をリアルに感じられるようになってきました。

 定型アスペ問題と言えば、「定型」VS[アスペ」と言う話になりますが、でも現実に自分が向き合っている定型アスペ問題は、そういう大雑把な話では対応しきれません。お互いの個性の部分がそこにすごく効いてくる。だから定型アスペ問題への対処は、ほんとにそれぞれに個性的になるのが当然なわけです。

 ちょうどそれは夫婦関係の問題を「男」VS「女」の問題としてだけ理解するのが不可能であるのと同じですね。そんな大雑把な見方では夫婦間の具体的な問題は解決しません。

 ようやくそのあたりのことが、たんなる頭での抽象的な理解ではなく、もっと具体的な問題として見えてき始めた気がします。そうなったのも、定型アスペの差の問題について、多少自分なりに安定した見方ができ始めたからかなと思います。大雑把な話が見えてきたから、より具体的な問題に目が向き始めたということかも。

 あるいはこんな風に言えるかもしれません。男女差と性格の差ははたしてどちらの方が大きいだろうかと言うと、何とも言えない感じがします。ある面では男女が、ある面では性格の差の方がはるかに大きく感じる。

 ところが定型アスペの差と性格の差は果たしてどちらが大きいかというと、これは定型アスペの差の方が大きいと思えたりするわけですね。なにしろアスペの方自身が自分を「火星人」と言ったりするくらいに、お互いにわけのわからない世界に生きていたりするのですから、定型が持っている性格の差についての理解の物差しが全然役立たなくなって、「アスペ」という大雑把なくくりでしか見られなくなってしまうわけです。

 昔猫にそれほど関心がなかったときは、猫の個性なんか気づかなかった。顔が一匹一匹違うことも見分けがつかなかった。だからまとめて「猫」でしかなかったのが、だんだん慣れてきて、知ってくると一匹一匹の特徴がわかってきて、付き合い方も変わってくるんですね。定型アスペ間でもそういうことが起こるのかもしれません。

 そうやって個性の差が見えてくると、その大きさにも気づき始めるのでしょう。

 

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コメント

特性も、性差も、バラバラなあすなろ家ですので、いくらアスペやADHDだといっても、千差万別だなぁというのは日々実感していますが、それでもやはり、アスペ、非アスペの違いには、決定的な何かがありそうだなと。

ここで、娘や息子の話をすると、男女関わらず、共感される方がいて、その感覚はどうも私にはわかりにくい。生まれてからずっと毎日一緒にいる家族であってもわからなかったことが、同じ特性を持った人には、ここでたった数行様子を書いただけで、容易に想像できてしまう。

ここの意味はとても重要だなと感じます。

だからといって、何がそんなに大きく違うのかが、お互いに分からないんですよね。
何だろう?でも、決定的な何かがあるはずだと、日々、モヤモヤしています(笑)

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