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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2017年8月19日 (土)

アスペ的一生懸命?

 子どもが帰ってくると、パートナー出勤前の朝の忙しいときに必ずお昼ごはんを作っておいてあげます。で、厳しい顔でお昼ごはんの説明をして出て行ったり。

 その表情とかを見て、最初はいやいや義務感でやっているのかなと思い、そこまで無理しなくてもいいのにと感じていました。

 でも、だんだんと、なんか子どものためにそうしたいんだろうな、というふうに私の方が理解するようになっていきました。なんとなくその一生懸命さの方をより強くかんじるようになったからだと思います。

 それで、ふと思ったんですが、例の表情の問題です。

 定型だとそこで昼ご飯の説明をするときに、笑顔になる場合が多くなります。で、それがないから彼女は「義務感でいやいややっているのかな」と私が感じたんだということに気づいたんですね。

 じゃあなんで笑顔になるのか、と考えてみると、そんなこといちいち意識していませんが、結局「私はあなたのために喜んでこれをしているんですよ。義務感じゃなく。あなたが喜んでくれれば私もうれしいから」という自分の気持ちを相手にアッピールしているんだなと思ったわけです。


 そうやって、定型はひとつひとつ自分の行動の相手に対する意味や意図、そこに込められた感情を無意識のうちに伝えることをやっているんですね。だから、当然のように相手の振る舞いもそういう点を気にしながら見ていて、自分と同じ基準で相手の意図を読もうとする。

 なにしろそうやって絶えずお互いにアッピールしながら、関係を調整しようとしているのが定型的な関係づくりなのですから。(それをいちいち頭で考えないで、直感的にやってしまうわけですから、そこをアスペの方が頭で考えて補うのはほんとに大変だと思います)

 そうするとアスペ的なたんたんとした表情は、定型的には「相手のことを考えない」「いやいややっている」「不機嫌だ」などと、否定的なメッセージを伝えているのだ、と直感的に感じ取られてしまうことが起こりやすいわけです。それが実際は誤解のことが多い。

 そんな風に理解されるアスペの方は悲劇でもありますよね。自分自身は相手のためにと思って一生懸命やっているのに、それを「いやいややっている」と誤解されて、評価されないわけですから。

 

 

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コメント

ごめなさい。私、そういうの、義務感でやるので、すごく機嫌が悪いです。

かと言って、お願いするのもまた、面倒で、『この忙しいのに、用意してやったんだから、ちゃんと食べてよね!』みたいな感じで出て行きます。

で、言った通りにやっていないと、『ちゃんと、どこに何があるって伝えたでしょ!せっかく用意したのに、何でちゃんと聞いてないのよ!』と怒り出します。

自分で全部やってくれて、私は仕事のことだけ考えられるのなら良いんですが、それも出来ないので、面倒くさい!!っていうのが、私の主婦としての本音です。

家事を卒なくこなせる奥様とは違うかもしれませんが…(^^;;

あ、そういうことなのかとストンと胸に落ちるものがありました。パートナーが海外から帰国したころは荒れ気味の庭の除草をよくやってくれていました。でもなんか不機嫌そうでわたしにもとげとげしいことが多かったのです。余りにも感じがよくないのでしまいには「疲れて不機嫌になるくらいならもうやってくれなくてもいいから」と言ってしまったのです。草取りにしろその他の家事にしろ結構やってくれていましたが、いらついた様子が耐えられませんでした。…今は庭仕事は全くやってくれません。今回の記事を拝見して、もしかすると、自分(彼)が何か行動することは言い争いの種になると結論付けてやめてしまったのかもしれないと思い至りました。

ところで今日は「君は僕に批判されると怒るね。怒るの好きなの?僕のお母さんもそうだよ。批判されるの大嫌いだよ」と言われました。私にすれば彼の表現の仕方の問題で(神経を逆なでするような物言いが多いのです)、ちょっとしたミスをとらえて完膚無きまで叱責されたと感じてしまうのです。

でも、庭に来る鳥を眺めて「トリさん、飛んでるの?」とか虫に「ムシさん眠いの?」とか抑揚のない口調だけれども彼なりに優しく生き物たちに話しかけている姿を見て、他の人にはない良さに気付かされたりしています。

まあ、こちらが気を取り直す機会も少なからずあるので、それには助かっています。さて、あしたはどんな日になるのかなあ。

義務感もありますが、家族のためにやったあげたい(家族の負担を減らしてあげたい、手料理を食べさせてあげたい)のと両方だと思います。
義務感も見方を変えれば、家族のためを思ってやっていることも含まれます。
一方で要領の悪い当事者だと、頭の中で時間配分を決めていても思い通りにいかなくてイライラすることも多いです。
頭の中は常にフル回転、過剰ワーク、それでも体が追い付かない。
自分の思い(理想)に実際の作業能力(現実)がついていけず、そんな自分にイライラし、さらには作業疲れも伴って不機嫌な顔になることもあると思います。
常に余裕がないです。

規律を重要視するアスペの場合は「手伝う」ことが義務感としてあり、それを果たさなければならないと思うこともあるかもしれませんね。
「家族が楽できたと誉めてもらいたい」気持ちもあると思います。
でも思うようにできないとイライラが募り、相手のためにやってあげたいとの気持ちを持つ余裕もなくなり、思うようにできないイライラが別の方向に向かったり、自分へのいらいらを人に八つ当たりする形になってしまうこともあると思います。
余裕があれば人に八つ当たりしないように自制もできますが、作業で一杯一杯の場合は八つ当たりしないようにとの自制にまで頭は回らなくなることもあると思います。

あすなろさん

 そうですね。たしかに実際はそうなることは少なくないだろうと思います。
 だから、もうちょっと正確に言えば、「そういうのが望ましいよね」みたいな感覚を
 どこまでリアルに強く持っているかどうか、というあたりが定型はより強い
 そんな感じかもしれませんね。

carryさん

 鳥や虫に語り掛ける話、なんとなく分かる感じがします。
 定型的な感覚で見ると、ほんとに「微かな表現」なので、
 ついつい見過ごしてしまうんだけど、静かに見ていると
 そういうやわらかい気持ちの動き方をされているのを感じられたりするんですよね。
 ただ、定型の場合はそれを「他者にも感じ取れるような<表現>として」するけど、
 そこがないから、よほどこちらの感度をあげておかないと見過ごす。
 そういうことがいろいろあるんだと思います。

サロマさん

 やっぱりそういうことなんでしょうね。
 状況がほんとに大変だから、余裕が持てない。
 余裕が持てないから、ギリギリの対応になりやすい。
 そうすると、それよりは余裕を持ちやすい条件を持った定型が
 そのギリギリの対応に驚いて傷ついたりする。

 そういう条件の違いというものを
 どこまでお互いに理解して調整するのかは
 大きな課題だなと思います。
 基本、どちらも自分の感覚でしか理解がむつかしいですしね。

 

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