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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2017年7月17日 (月)

アスペに「なる」しくみ

 キキさんとのこのところのやりとり(このコメント以降)で、「ああやっぱりそういうことなんだな」といろいろ腑に落ちてきました。

 ポイントは

 アスペの方は「感情がない」とまで言われたりすることがあるけど、それは絶対にない。人を求めていないと言われることがあるけど、それも嘘だ。共感を求めないこともないし、相手に喜ばれることもうれしかったりする。その意味で、よく聞かれるアスペイメージはだいたい偏った見方に決まっている。そういう「人が必要」というところ、定型と実は何も違わない。

 でも同時にアスペの方は人を避けがちで、定型との間に共感的な関係がものすごく作りにくく、わざとと誤解してしまうほどピンポイントで定型の怒りを招くような表現の仕方をしたり、非常に攻撃的に見えたり、場合によって実際に非常に暴力的だったりする人もある、というのもまた事実で、そこだけ見ると「誤ったアスペイメージ」もそう見えることにも一理あるように思える。そういうところはほとんど理解不能なくらいに定型と違っているように見える。

 この二つの矛盾したことをどう矛盾なく理解できるか、ということでした。そして私が模索してきた理解は、それを一次障がいと二次障がいに分けて考えるということでした。

 まず前提として、人とうまくやりたいと思う気持ちは定型もアスペも一緒と考えます。そして解決が困難な問題に出会ったときに、どう対処しようとするか、その気持ちの動き方も基本は一緒だと考える。これは単なる空想ではなくて、これまでのいろいろなやり取りなどから少しずつ確認を積み重ねてきたことです。

 しかし、そこでなぜか相手との感情的な関係や物の見方の調整という点で、定型とアスペの間に生まれつき大きなずれがあると考える。ここは定型の視点から言えばアスペの方の一次障がいと言われる部分で、周囲の環境や本人の努力によってどうこうなる部分とは違う。

 ここがずれるために、アスペの方がたとえ人を求めたとしても、どうしてもうまくいかずに否定されたり排除されたりする経験が積み重なる。その結果、それへの対応の手段として、①感情的に理解すること(感情的な関係づくり)に早い段階で見切りをつけ、頭で理解するような「知的な対応」を取りやすくなる。②感情的なかかわりを強く求められても混乱する結果になることが多いので、そこでは距離を取ろうとするようになる(と言う意味でも人間関係に感情を絡めないように心がける)。

 そうやってアスペの方には定型と異なる独特のコミュニケーションのスタイルが安定していき、それはアスペの方にとっては定型社会の中でなんとか自分を保つギリギリの工夫であるのだけれど、そうやって安定したアスペ的コミュニケーションスタイルは定型には理解しがたく、定型から否定的にみられることはなくならない。

 その結果、定型アスペ間にいろいろなトラブルが生じやすいという点は一貫して続き、定型的視点からそれらの状態は「障がい」の特徴として語られるようになる。ここは実はその多くが二次障がいと言われる部分で、その具体的な形は実際はその人の過去の経験や性格によって変わるわけです。たとえば極端に攻撃的で人を激しく避ける、という方があったとして、それは「もともとそういう人だ」というわけではなく、それまでの環境や経験によってそういう生き方を作り上げてきたということにすぎないわけです。

 だから、上の前提から考えれば、二次障がいの多くの部分は、定型が同じ状態に置かれたとしたら同じようになるだろう、と想像可能なものになります。実際ここではそういう作業をずっとやってきたわけです。もし自分が周囲の人と感情の動き方が全然ずれていて、自分の意図がなかなか周囲に伝わらず、逆に誤解され、責められ続けたらどうなるだろうか?とアスペの方の身になって考えてみれば、多くのことが「そりゃそうなるわな。私だって同じような状況に置かれればそうなるだろう」と思えるようになっていく。

 この見方をさらに丁寧に進めていって、一次障がいの中身をよりクリアにしていき、二次障害の生まれる仕組みへの理解を進めていけば、定型視点の自己中心的な「アスペルガー対策」とは大きく異なる、お互いの関係調整への工夫がいろいろ見えてくるはずです。

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コメント

パンダさん

朝からすいません!
私が泣くのは「責められて、悔しくて、ぐらい」と言いましたが、
「見捨てられ不安」でメッチャ泣くことあります!

親友には、アスペなんだと話した時に「離れていかないで」と号泣しました。

恋人には時々「私が死にたい時は一緒に死んでよ!離れないでよ!」と泣きながら訴えます。

見捨てられ不安は、相当根深く心に巣食ってます。
(「見捨てられ不安」という言葉を知ったその昔、「ああ、私、境界性パーソナリティなんだ…」と誤解してました)

気まぐれだけど、人とのお喋りは好き、と認識したので、朝から投稿許してくださいね!

パンダさん

毎度毎度の連投すいません!
思い出したんです。
アスペ判定を受けた時の心理テストで、PFスタディというのがあって、絵が書いてあり相手のセリフがある。それに対して自分は何と答えるか、吹き出しに書き込むんですけど、
(例えば、車に水を跳ねかけられて、相手が「あ、すみません」と言ってるシーンで、自分は何と答えるか、のようなテスト)

私の結果は「攻撃性が高い、ただし直接相手を攻撃できず不満を表明する程度に留まっていて、率直な自我の表明を避ける制止が働いているとみられる」とありました。

「どちらかといえば環境や他人の責任を追及する傾向がある。この背景には、むしろいつも自分が非難されたり攻撃されたり、不利なことをされるのではないかと気にしていることが考えられる。防衛機制では「投射」が用いられ、相手に敵意があるとの見方を持ちやすい」

という結果だったのでした。

それに、テストの始まる前、心理士さんにはじめて会った時のことを「怖いくらい静かであったが、聞かれると良く話し、自発的に説明もした」と書かれていて、『え??怖かった?? 私としては礼儀として(気遣いの一種かな)静かにしてたんだけどなぁ??』みたいな違和感を感じた覚えがあります。

私も攻撃的、という判断をされていたことを思い出して書きましたー!

キキさん

 なるほど。なぜそうなるのか、とても分かりやすいと言えばわかりやすいですよね。

 そういうキキさんが、ここではほとんどそういう攻撃性を感じさせないのはなんでなのか、そこに私はすごく興味があります。
 
 「攻撃性が高い、ただし直接相手を攻撃できず不満を表明する程度に留まっていて、率直な自我の表明を避ける制止が働いているとみられる」

 という説明でOKなんでしょうか?つまり、ここでのキキさんは率直じゃない?(笑)

パンダさん

それは簡単明瞭、ここでストレスを感じることがないからですよー。
怒りを感じたことはありません。
そこはちゃんと一応、入れ子をわきまえてるのか、アスペがどう、と言われても「すなわち自分」とは考えないです。

自分を知りたい、相手(定型さん)を知りたいと思って来てるので、作ったら意味がない。ここでは全く素のままの自分ですね〜(^ ^)

怒った時を楽しみにしててください。
半端なくハチャメチャで怖いですよ!(笑)

キキさん

>それは簡単明瞭、ここでストレスを感じることがないからですよー。怒りを感じたことはありません。

 そこです,そこがまさにお聞きしたいところなんです。

 そういう状態は私には理想的だし,そういう場になってほしいと思って私なりに努力はしているんだけど,現実には激しく怒る方たちが繰り返し出てくるわけですよね?定型の側もそうだけど,アスペの方も非常に傷つく方たちが少なからず出てくる。お互いに激しく傷つき,傷つけあうということが起こってしまう。

 で,そこでキキさんがそうならないのはなんでなの?というのがものすごく関心があるわけです。

>怒った時を楽しみにしててください。半端なくハチャメチャで怖いですよ!(笑)

 いや,楽しくないです(笑)。できれば何が地雷なのかあらかじめこっそり教えてください(笑) キキさんにとっての「傷つく」「傷つかない」の違いの秘密にも迫れるかもしれないし。

パンダさん

それが、地雷がわからないんです。
あらかじめ分かっていたら、少しは冷静に対処できるんですが…。

私の場合は、過去に受けた何らかの傷と似たような場面を想起させるキーワードのようなものがあって、それを聞いた途端、体の奥のとても柔らかで繊細な部分に突き刺さり、怒りが自動的に発動する、みたいなイメージです。

親しい人にしかしませんが、まさに「突然の激昂」です(^^;
ホラーですよね。

他の人に対しては、まさに「抑制する」感じです。
抑制できる程度のスピードの怒りであるわけですが…

「甘え」とかと関係あるのかなぁ?

キキさん

 まあ見えないから地雷なんでしょうね (笑)

> 過去に受けた何らかの傷と似たような場面を想起させるキーワードのようなものがあって、それを聞いた途端、体の奥のとても柔らかで繊細な部分に突き刺さり、怒りが自動的に発動する、みたいなイメージです。

 この説明はわかる気がします。定型でもそういうことはあると思います。ただ、もしかするとアスペの方の方がそういう「地雷」が多く作られている、ということはあるかもしれません。しかもなぜそこが地雷になるかが定型にはわかりにくかったりするので(キキさん自身もわかりにくいくらいですし)、定型アスペ間でトラブルが起こりやすい条件が整っているわけですよね。

 ああ、思い出しました。昔あるニュースを見ていて、突然パートナーが激しく怒りだしたんです。ところが私は彼女の怒りのポイントがわからなくて戸惑いました。それまであまり聞いたことのない、体験したことのない怒りのポイントだったんですね。いまだになにに憤慨したのかよくわかりません。

>他の人に対しては、まさに「抑制する」感じです。抑制できる程度のスピードの怒りであるわけですが…

 とはいえ、ここではキキさんは抑制はされていないわけですよね?

>ここでストレスを感じることがないからですよー。

 と書かれていることから想像すると。

 つまり、ほかの一部のアスペの方にとっては地雷になる部分が、キキさんには地雷でないということなのでしょうか……

 なぞだ!

 引き続き、キキさんの解説を期待しています m(. .)m

パンダさん

おはようございます、いま思いついたことを書きます(推敲しない派…)

ひとつはですね、ネット経験年数の長さも関係するかも?と思ったんです。
私は(歳がバレるけどー)Win95の頃からネットはじめて、チャットやら掲示板やら麻雀ネット対戦やら、HTMLを勉強して自分のホームページ作ったり、まあほぼネットで出来ることはやってきた方なんです。

チャットではやっぱりグサッとくるようなこともあったし、荒らしのような人もたくさん見た。
掲示板も同じ。麻雀対戦でさえ、当時はチャットしながら対戦する形式のものだったんですが、色んな人がいたんですよね。

いまではここに書き込むくらいで、自分のブログを持とうとかいう気持ちは全くなく、おとなしく生活してるわけです。

そういう長いネット経験で、ある程度ネット上でのやりとりには距離感が必要だなぁとわかってるんじゃないかと。
だから文字列を見ても『あらあら…』とかは思いますが、感情的にまでならないです。

仲良くなったネット友達が急にいなくなったりしたことも数多くあったので、(もちろん自分が消えたこともある)、「そんなもんだ」くらいの気持ちがどこかにあるのかもしれません。
だからあまり人に入れ込まない。
「ああ、この人はこうなんだー」で済むのかもしれません。

…ってー、的外れ回答その(1)でしたー(笑)

キキさん

 いやあ、なんかいろいろ勉強になりますね。
 私の場合はキキさんに比べると、まだまだこのネットの距離感の調整がへたくそだなと感じました。

 ちょっと思ったんですけど、リアルな世界だと、殴られたら痛いじゃないですか。そしてひどく殴られたら悪ければ死んじゃうわけですよね。そして死んだら生きかえれない(まだ死んだことないからわかんないけど(笑))。

 ネットの世界は、ゲームなんかもそうだけど、殴られても数字が変化するだけで、ぜんぜん体は痛くない。そして死んだっていくらだって復活可能なわけです。

 この世界の違いはむちゃくちゃ大きいわけですね。ネットで生きるのは(経済が絡めばまたちょっと違いますが)言ってみればみんなゾンビになっているようなもので、何を言っても何をやってもいつでもリセットできるから、結果を考えないで好き勝手なことをできる。相手の反撃を気にしなくてもいいし、その人にその気がなければ自分の言葉に責任を持つ必要もないわけです。

 そういう世界での「人生観」はリアルな世界での人生観と全く違ってしまいますね。考えてみればあたりまえのことなんだけど、ようやくちょっとわかった気がします。

 ネットはそういう場なんだ、という理解がすっとできればうまく距離感を保てて、「身を守る」ことができるけど、そこでリアルな世界の感覚で生きると、とにかく傷つきまくってしまう、ということが起こるのでしょう。

 キキさんはその辺の切り替えがもう上手にできるようになっているんでしょうね。だからもしリアルな世界で面と向かって言われたらグサッと来るようなことでも、ネット上ではすっと距離をとって「まあそういう人もいる」と言う形で適度に流せる。

 ここ、ある意味では「アスペ的処世術」に関係しているのかもしれないと、ちょっと思いました。つまり、アスペの方は定型的なやりとりが感覚的にわからないところが多いので、感情をかかわらせずに距離を置いて「観察する」ということをやるわけですよね?そのパターンになんか似ている気がしません?

 キキさんはその処世術をネットの中で割合早く身につけられたので、傷つくことが少なくて済んでいる。それがまだうまくできない人は定型もアスペも激しく傷ついて炎上になっていく。

 ちょっと面白いなと思えるのは、今「アスペ的処世術」と書きましたけど、実際は定型も同じような対応ができる場合もあります。逆にそれができないアスペの方もいるわけで、その意味では「アスペ的」と言う必要はないんだけど、とりあえず私がここでいろいろ考えてきた中で、リアルな世界で「感情をかかわらせない付き合い方」をアスペの方は常に処世術として求められているという風に思えてきたので、その延長上で「アスペ的」をつけてみました。

 うーんとつまり、リアルな世界でも、ネットの世界でも、「わけのわからない人(たち)」に対して、適度な距離を保って付き合うことが必要になって、それは定型だろうがアスペだろうが同じ。で、アスペの方は定型に比べリアルな世界では「わけのわからない人たち(つまり定型)」だらけなので、そういう距離をとった処世術をより多く身につけないと生きていけない。

 ただリアルな世界でそれができても、ネットの世界でできるかというとそこはまたちょっと別で、そこではキキさんのように割合早く距離を保っていけるひともあれば、それがむつかしい人もいる。ここも定型も同じと言えば同じだけど、もしかするとアスペの方の方がその差が大きくなるかもしれないと、なんとなく思ったり。

 ま、まだちょっとごちゃごちゃしていて頭が整理しきれませんが、なんかそのあたり、面白い問題がありそうな気がします。

 ……と言う私の話はお気になさらずに(笑)、「的外れ回答その(2)」を楽しみにしています。

パンダさんへ

「的外れ回答(1)-a」??です(笑)

爆弾発言しちゃうと、私はネットをやり始めた頃、ネットで知り合った人と恋愛関係になって実際にお付き合いしたことがあるんですよー。

結果的にはお別れしましたが、まぁー、なんとネット上での時間の体感速度の速いこと速いこと。
その覚えが強烈です。
知り合ってすぐにネット上で意気投合して毎日メールを待ちわび、付き合う話になるまで1ヶ月もかかりませんでした。

他にも、友人として急速に仲良くなって、急速に決裂した、という体験もあります。

それほど、ネットって異次元的で、時間感覚も違うものだと思います。
そして、居場所を探している人にとっては、そこはとても大事な場所になってしまう。
もちろん私もここは大事ですが、依存的というのとは違います。
ここで否定されようと、多少は寂しいでしょうが、リアルな生活ではあまり影響しないと思います。

ところが依存的な気持ちや「受け入れてもらえる!」という期待が大きければ、その分落胆も大きいというか、感情的になりやすいというか。

私が恋愛に至った人とは、文通のようにメールでのやりとりをしていたのですが、「僕の文面の、どこをどう読んだらそういう(変な)解釈になるの?」「悪いようにばかり受けとらないでほしい」と言われていたことを思い出しました。
まさにパンダさんがよく呟かれていることですよね…(^^;

ちょっとの文面の違和感から「関係を終わらそうとしてるでしょ!」みたいに極端に解釈してしまってた頃がありました。

今考えると、リアルで人の表情や雰囲気を察しにくいのに、ましてや文字だけの情報なんて、正確に読みとれるはずがなかったんです。
自分の思いを込めて行間を読んでしまうから、とんでもない解釈にまでなってしまう。

今の私なら、そんな経験もあって、文字列に勝手な行間をできるだけ挟まないようにしようとはします。
だから私にとって解釈不可能なトピックスは本当にわからないし、変に解釈するよりはわからなくていい、読み飛ばしていいと思ってます。

そんな感じで、ネット世界では誤解がもともと起こりやすい、というのはありますよね。

そんな私も現実世界では、今日も『なんだか弾かれてる気がする、笑われた』などと、本当なのか違うのかわからないままの妄想を繰り広げているのですよ( ; ; )

キキさん

 ほう,爆弾が飛び出しましたね(笑)

 ネットはほんとに距離の取り方がむつかしいと思います。
 ああ,でも定型の場合,アスペの方に比べればリアルのほうは
 距離の取り方が比較的適度にとりやすいのでしょう。
 もちろん失敗もたくさんあるにしても。

 そこはアスペの方のほうがむつかしいんでしょうね。
 
 あと,ネットのほうは面と向かってのやり取りに比べて
 その気になれば時間をおいてやり取りすることも可能なので,
 そこをうまく利用すると距離は取りやすくなるかもしれませんね。

 ではその(2)を楽しみにしています。

パンダさん、第2弾ではないですけど…

色々考えようと思って、改めて掲示板の「にわとりさんとのやりとりについて」http://communicative.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=6533161#133424407を読んでいたら…
切なくて涙が出そうになりました。

アスペさんの叫び、辛さにも共感したし、パンダさんの丁寧なやりとりには尊敬したり。
どちらも悪くなくて、どちらも必死に説明してて、すごく切なかったです。

ズレの解明、ぜひ急ぎたいですね(私としてはですが(^^;。
あー、私も会社で人とうまくやっていきたいのになー。
なんでこうなるんだろう。
昨日は幼稚園児に話すように話されました。
よっぽどトンチンカンで空気読めず、知能低く見えるんでしょう。
ちょっとかなり、辛かったです。

では行ってきまーす、戦場へ…

キキさん

>アスペさんの叫び、辛さにも共感したし、パンダさんの丁寧なやりとりには尊敬したり。どちらも悪くなくて、どちらも必死に説明してて、すごく切なかったです。

 感覚的にわからないところが多い場合、できるだけ丁寧にやりとりしていくしかやり方がわかんないですものね。一度は感情で訴えるようなこともやりましたけど、結局逆効果にしかなりませんでしたし。自分本位に期待はせず、でもあきらめることもなく、時間をかけてじっくりすすむしか私には方法がありません。

>ズレの解明、ぜひ急ぎたいですね(私としてはですが(^^;。

 そうですね。あせらず急ぎましょう (?)

>あー、私も会社で人とうまくやっていきたいのになー。なんでこうなるんだろう。昨日は幼稚園児に話すように話されました。よっぽどトンチンカンで空気読めず、知能低く見えるんでしょう。ちょっとかなり、辛かったです。

 またよければ具体的にどういうことがうまく共有されなかったのか教えてください。考えるきっかけになるかもしれないし。

>では行ってきまーす、戦場へ…

 そうなんですね?やっぱり。
 「男は外に出れば七人の敵」なんていう言いかたが昔ありましたけど、
 「アスペは外に出れば全部が敵」とかだったりするのかも。

 ここでは一緒に問題を考える仲間が増えてほしいです。

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