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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2017年5月 7日 (日)

自閉症研究の最前線という本を読む

  「自閉症という謎に迫る:研究最前線報告」(小学館新書)という本を読んでみたのですが、研究の最前線というのも根本のところでは昔とあんまり変わってないなあというのが素朴な感想でした。

 もちろん、脳科学とか日に日に進歩しているわけですし、遺伝子のことも昔わかっていたことなど比べ物にならないレベルでいろいろわかってきています。ABAだのSSTだのTEEACHだの、そういういろんな手法も私の学生時代には聞いたことがありませんでした。

 自閉症の診断基準なんかもどんどん変わっていっています。

 でも、根本のところの発想はあんまり変わっていない。まあ個人の頭の中の理解の仕組みが定型発達者とどこが違うか(何が弱いか)、「定型のようになれない障がい」の原因を探ろう、というような発想ですね。その原因としては遺伝子とか、脳の仕組みの違い、ホルモンの出方の違いなんかが一生懸命調べられている。それに環境の影響がどのくらい効いているんだろうかとか、そういう話が加わる。

 なんにしても最終的には自閉症というのは個人の頭の中の特徴のようにとらえるのが基本でしょう。そういう基本路線の中でバージョンアップが進んでいるというレベルにとどまっている感じですね。

 でも、同時に大事なところでの変化の兆しも感じられました。そういう発想では自閉症の問題はとらえきれない、ということが、いろんなところで明らかになっていると、書いている人たちが感じてきているということです。

 それはどんなところに現れるかというと、そもそも診断基準がどんどん揺れ動き続けている、というところからして明らかなんですね。

 なんで揺れるのか?一つの理解の仕方は「真の自閉症」が本当はあって、まだ研究が不十分だからそれが何かをちゃんとつかみきれないから、研究の進展に伴って少しずつ「改善」しているんだというものでしょう。診断基準の変化は、その意味で「より正しい理解」に向かう変化なのだという考え方ですね。

 でもここでまたそういう考え方では追いつかないことがいくつも出てきます。この本でも繰り返し取り上げられるのですが、それがわかりやすく表れていることの一つに、時代や社会によって自閉症の発症率がずいぶん違う、という話があります。

 でもなんでそういう時代や社会による違いが生まれるのかがまた説明できないわけです。いろんな説、たとえば診断基準が変わったからだとか、自閉症への注目度が高くなって発見されやすくなったんだとか、化学物質の影響で増えたんだとか、世の中がせちがらくなってストレスが増えたから自閉が増えたんだとか、まあそんないろいろな説があるわけですけれど、でも部分的にでもそれが証明されているようなことはほとんどないということですね。車通りの激しい高速道路の近くで生まれたり妊娠の後期をすごした子どもは少し自閉を発症しやすいというのはわりと安定したデータのようでしたけど、まあその程度。だいたいは「そんなことじゃないのかな?」という推定のレベルの話みたい。

 なんでそうなるのかと言えば、これは私の理解ですが、それは「自閉症」という概念自体がなにか体の生理的な指標とかで決まらないものだからです。この本でも繰り返し言われていますが、結局その診断はその人の振る舞いの評価によるしかない。で、その人の振る舞いをどう評価するかというのは、自然科学的な評価ではなくて、評価する人の人間理解の仕方に基づいた社会的な評価だというわけです。

 社会的な評価に基づくわけですから、当然その人の理解の仕方自体が時代によって、社会によって揺れ動くことになります。

 そのことは、DSMとかの診断基準を見ればわかります。今は自閉症スペクトラムと診断されるポイントは「社会的コミュニケーションがうまくとれない」ということと「こだわりがずっと続く」というあたりが肝になってきているようですけれど(そしてこだわりがあんまりないアスペの方はもう自閉症スペクトラムとも診断されなくなるかも、ということですね)、社会的コミュニケーションがうまくとれるってどういうことか、こだわりがないってどういうことか、というのも物理的には評価しようがない。その人の持っている社会的な基準で考えるしかないわけです。だから社会が変われば基準も変わる。同様にお医者さんによって同じ人への診断結果が変わるのも当たり前です。

 というわけで、この本の著者のみなさんも、脳の仕組みの事とか、遺伝の事とか、いわゆる自然科学的な理解や分析のことをまずは説明しながら、最後は文化とか社会とかを考えずにはわかんない、というところに話が収まっていくわけですね。中には自閉症というのは社会的な概念だ、とはっきり主張する精神科医の方とかもいらっしゃるみたいだし。繰り返せば「コミュニケーションの障がい」なんだからそれはごく当然のことでしょう。

 で、著者のみなさんにかなり共通しているように感じたことは、「どの社会にも通用する自閉症の理解の仕方、対処の仕方があるのか?」ということへの疑問です。たとえばDSMとか、一応アメリカのものだけど、実際には「あらゆる社会で使えるもの」というデファクトスタンダードみたいな位置を占めています。ABAとかもネズミの心理学のオペラントの技法の応用版で、社会の違いによらず有効な普遍的な心の仕組みに基づく、と考えられているものです。でも、違う文化でそれがそのまま利用できるのか、ということに多かれ少なかれ著者のみなさんが疑問を感じているようでした。それも上に書いたことから言えば当然の結果です。

 最後のまとめの章はそれまでのお医者さんや心理学の人(?)ではなく、社会学の人が書いてますけど、もう完全にそういう社会のことを重視した視点でまとめと問題提起をされています。わかりやすい言い方をされていますが、社会学ではコミュニケーションというのは「シンボルを使った双方向のやりとり」と定義されていて、つまり「お互い」の関係が大事になるわけなのに、今の自閉症の議論は「お互い」がなくなって、自閉症の人の側の個人の問題になっちゃっている、というわけです。

 当然の議論だよな、と私なんかはそう思います。もともとこのブログの基本的なスタンスは、「定型アスペ問題」を考えるというものなわけで、その問題はアスペだけの側にあるのでも、定型の側だけにあるのでもなく、お互いの関係の中に生み出されていくものだという視点からずっと考え続けてきているわけですし。

 そういう風にお互い様で考えていかなければならない問題だから、自閉の問題を外側から客観的に分析するような話ではなくて、当事者の方の見方が重要になります。定型の側から決めつけるのではなく、当事者の方の感じ方や理解の仕方を大事にして、そこから問題を見直すことが必要になるわけです。当事者研究が魅力的なのはそういうことですね。

 そのうえで定型とアスペの両者がお互いの感じ方や理解の仕方のずれに気を配りながら、調整の仕方を工夫していくことが必要になる。

 コミュニケーションの障がいなわけですから、結局そういうやり方でなければ本当には解決に進んでいかないわけです。「治すべき病気」ではないわけすしね。「調整すべき障がい」なわけで、そしてその「障がい」はアスペの方の中にあるのではなく、アスペと定型の間にあるわけです。

 

 で、そここそが定型アスペ問題の本丸だと私は思っているのですが、この「研究最前線」の本はその入口のところまで語って力尽きています。つまり、「お互い様のコミュニケーションの問題」だというところまで指摘して、「じゃあどういう形でそのコミュニケーションを調整していったらいいのか」という具体的な話は一切なし。その具体的な中身こそが大事なのになあと、私は思うのでした。つまり,「最前線」のみなさんも,悩みは同じということですね。

 ということで、我田引水ですが、この「研究最前線」のだいぶ先の方をここでは模索し続けている、ということがこの本を読んでよくわかった気がします。もちろん「だいぶ先」なのか「はずれたところ」なのかは人によって見方が違うでしょうけれど (笑)。「なんでアスペの方の言葉で定型は傷つくのか?」「なんで定型のやり方でアスペの方は苦しむのか」というそのあたりをうじうじ考えていくことがやっぱり大事なんだと思います。脳の話は参考にはなるけど、それ以上を期待することは無理だということでもあります。

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コメント

パンダさん
ご無沙汰しています。
星です。 o(_ _)oペコッ

この記事とは関係ないのですが、市川拓司さんの『ぼくが発達障害だからできたこと』と言う本を読まれたことがありますか?(もしも過去にこちらで話題になっていたらごめんなさいですが)

読んでみて、こんな感覚の人もいるんだな、って思うことがあり、彼の描く人間ってどんな感じなのか、彼の描く恋愛ってどうなのか、と思い、彼の恋愛小説『恋愛寫眞 もうひとつの物語』と言う本を読み始めてみました。
まだ読み始めなので小説のことは書けませんが…。
パンダさんのことが頭に浮かんだので久しぶりにコメントさせていただきました。

星さん

 おひさしぶりです。その本はまだ読んでなくて、とりあえず注文してみました。
 また星さんが感じられたこと、考えられたことなど、教えていただければうれしいです。

パンダさん

お返事ありがとうございました。
こんな言葉がありました。
なじむのに時間は掛かるけど、一般のひとちのような恋し方ではなく、僕なりのやり方であれば結婚だってちゃんとできる。

パンダさん
お返事ありがとうございました。

一生奥さんに恋し続ける純愛タイプ。毎朝、起きるたびに奥さんと恋に落ちる。
こんなことを書かれいました。とても素敵だと思いました。

この本を読んであらためて色んな感覚のことを知り、自分も相手の人にもとても愛しさが増しました。
お互いに何も知らなくて、わからなくて傷つけたりする前に知りたかったことがたくさんありました。
この本を読んで、自分が愛されていたことを教えてもらえた気がしました。
上手く書けなくてすみません。

本を注文して下さってありがとうございました。

すみません o(_ _)oペコッ
23:26のコメントを訂正している途中で誤送信していたようです。
コメントがしり切れとんぼになってごめんなさい。

一文つけ加えさせて下さい。
市川さんの感覚をもっと早く知りたかった。
です(*^-^)

星さん

>この本を読んで、自分が愛されていたことを教えてもらえた気がしました。

 これ、いろんな意味ですごいですね。何かまだわかりませんが、なんかとにかくすごい気がします。じっくり考えてみたいところです。

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