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2017年5月 7日 (日)

綾屋さんのたとえ話

 連休で少し頭が働きました(笑)。

 「自閉症という謎に迫る」の最後の章に、アスペの当事者の綾屋さんという方(当事者研究の方)の言葉が紹介されていて、とても分かりやすい比喩だと思いました。ちなみに綾屋さんは、ずいぶん前にここでもご紹介したことのある、当事者研究をやってる脳性麻痺の小児科医の熊谷さんのパートナーでもあって、ご夫婦で面白いなあと思います。

そもそもコミュニケーションにおける障害とは、二者のあいだに生ずるすれ違いであり、その原因を一方に帰することのできないものである。たとえるなら、アメリカ人と日本人のコミュニケーションがうまくいかないときに、「日本人はコミュニケーション障害がある」というのは早合点であろう。

 定型とアスペとトラブるのは、たとえて言えばお互いにコミュニケーションに使う単語も文法も違っているんだという話ですよね。英語と日本語なら聞いただけでそれが違うことがわかるから、トラブってもそれは「言葉の問題だ」というふうに考えることができて、どちらかのせいだとは思いません。ところが定型アスペ間では使う言葉は一応同じ日本語だと思えるので、そこにずれがあるとは気づきにくい。

 で、一応日本語を話せるのに、定型的なTPOにあった話し方ができない、ということでアスペの方の方に「コミュニケーション障がい」があるんだということになる。で、その原因はアスペの方の「おかしな脳の性格」にあるとかいう話にもなっていく。でもそれは定型中心の見方で、アスペの方にはアスペの方なりの文法(理屈)があるのだから、お互いの理屈の調整が必要なんだ、という話になります。

 ま、今まで書いてきたことの繰り返しですけど、綾屋さんのたとえがわかりやすかったんで、改めてちょっと書いてみました。

 
 

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