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アスペルガーと定型を共に生きる

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2017年5月13日 (土)

「私の勝手」としての「障がい特性」

 

めがねさんの興味深いアスペ的体験談を読ませていただいて思ったことです。

 私はピスタチオを食べるときに、割った殻をティッシュの上に並べるのですが、それがどうも定型の人たちからすると興味深いようで、何故そうするのか、どんな意味があるのかと良く聞かれます。

私の中ではピスタチオの殻はティッシュに並べて置く事が自然で、特に考えて置いている訳では無いのです。もちろんグシャグシャに置くことも出来ますが、毎回なんの考えもなく、並んで置いています。

 これ、よく自閉の子の特徴の一つとして言われる「ミニカーなどを一直線に並べて遊ぶ」みたいな話につながりますよね。

 で、それは定型的に言えば「面白くない遊び」「創造性のない遊び」「意味のわかんない遊び」「奇妙な遊び」ということで「こだわり」の一つとされ、自閉の子の示す理解不能な「症状」ということになります。症状というわけですから、「ビョーキ」だというわけですね。


 で、ちょっと視点を変えて、定型の社会でも、実際は「意味の分かんないこと」はいくらでもあります。

 「食事の前に『いただきます』と言わなければならない。」なんで?「言わないとお行儀が悪いから。」なんで?「昔からそうなってるから。」なんで?「だって当たり前でしょう!」

 という具合に、「なんで?」を何回か繰り返していくと、「だって当たり前でしょう!」としか言えなくなるような話は、つまりはそこまで行くと「意味が分かんない」世界に入ってしまうわけですね。ただ、自分の感覚では意味があると「思い込んでいる」し、ほかの人も「普通」はそうで、だからあえて聞いてこないので、問い詰められて困らないだけのことで。

 じゃあ、「みんながそう思っているから、人として自然な、当然のことなんだ」ということかといえばそうでもない。いただきますと言わない社会だってありますし。だから、「身の回りの多くの人がそれを当たり前と思っている」ということ以上ではないわけですね。

 「私、ゴーダチーズが好きなんです。」なんで?「なんか味が濃くておいしいでしょう。」なんで?「あの独特のにおいもいいし。」なんで?「いや、だからおいしいから。」なんで?「そんなの私の勝手でしょう!」

 これは蓼食う虫も好き好きのパターンですね。この場合はゴーダチーズを嫌う人たちも結構いっぱいいるから、「個人の好み」だというふうに自覚しているので、最後は「私の勝手」になります。

 で、このあたりだと「そういう好みの人もいるよね。私は嫌いだけど」ということで、個人の好みの問題として理解されて、そんなに大きな問題にもならないし、それ以上は普通文句を言われずに認められます。

 中学校で習った英語で There is no accounting for taste.という懐かしいのがありましたが、そんなの説明がいらないことになっている。それこそ「説明できない」のが「当たり前」という話で落ち着きます。

 さて、ここでめがねさんの話にもどると、ピスタッチオを並べる話と「いただきます」と言う話とどこに違いがあるのでしょう?まあわかりやすいのは、「みんながやってるかどうか」のちがいでしょうか。

 ではゴーダチーズが好きという話とはどこが違うのでしょう?どっちも個人の好みの話だから、同じということにならないんでしょうか?でも実際はそうならずに個人の好みの話としても認められず、「おかしなこだわり」とみられることになっています。なんで?


 ということで、めがねさんはそこで堂々と「そんなの私の勝手でしょう!」と言ってもほんとうはいいはずなんですよね。 で、お互いに「そういう人もいるのが当たり前」と思えるようになれば、ずいぶん状況は変わるのではないかとも思えます。「当たり前」になれば、もうそれ以上人から文句は言われなくなりますし、自分の自然な感覚で生きられますから。

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コメント

自閉症の方の話からズレますが、今、弱視や視野狭窄の方が白杖を持っていると、『見えてるじゃないか!』と言って、白杖を蹴られるという話を見て、怒り心頭です。
私たちが作り上げている常識はみな、個人の勝手がたまたまたくさん集まった結果に過ぎないんですよね。
それでもある程度の常識がなければ統率が取れないのは分かります。

しかし、実利のないことに常識論を押し付けたり、狭い常識から外れたことをしているように見える人を叩くというのは大きな間違い。

常識の便利さに慣れてしまった人たちは、この記事のような、禅問答のような問い掛けをしてみないと、それ以外の人たちの事情を想像しようとさえしないというのが、情けないですね。

あすなろさん

> 弱視や視野狭窄の方が白杖を持っていると、『見えてるじゃないか!』と言って、白杖を蹴られるという話

 その人はある意味「思考狭窄」に陥っているとでもいえるのでしょうか。もちろん誰でも思考の幅にはその人なりの限界が必ずありますが、その限界を意識しつつ行動するかどうかでずいぶん変わりますね。

 自分の限界を意識するのはどうやってできるのか。そこもまたむつかしい問題ですが。

>パンダさん

『思考狭窄』
なるほど。そういう言葉で表現すると分かりやすいです。

この弱視に人の話に限らず、私がこのブログに出会って、アスペの人の目線というものに気付かなければ、アスペの人を思考狭窄で理解していたことがよくわかります。

弱視の人がなぜ白杖を使うのか?

説明されないと、白杖は全盲の人が使うものだと思い込んでいたと思います。
たまたま、どこかで説明を見たから、白杖を持つ人を攻撃する人に嫌悪感を抱きましたが、知らなければ『見えているくせに、同情を買いたいから持っているの?』という思考に陥らなかったとは言い切れませんね。

誰もが、自分の範囲でしか物事を見ていません。すべてが見通せる人間など絶対に存在しない。そしてその範囲は、育った環境で決まる。だからとても限定的。

それを自覚できるかどうかなのでしょうね!

思考を広げていく作業は、パンダさんがこれだけの年月をかけてもまだまだ足りないぐらい、地道で大変な作業だと思うと、謙虚な姿勢を保ち続けなくてはいけないなと痛感します。

>パンダさん

世の中の多くの人たちも、徐々にパンダさんと同じ疑問を持つようになってきたようですよ!!

定型発達症候群
http://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/about_nt.html#video-01

前述の紹介サイトについて。

私は定型発達症候群というのは、発達障害の対極にあるとは思いません。
重複している人がかなり居ると思うし、重複しているほど周囲を混乱させたり問題を引き起こす可能性が高いと思っています。

例えばめがねさんのピスタチオの皮を並べる行為が、ある土地ではみんながやっているとすれば、その土地でやらない人はおかしいとなります。

しかし、他の土地に引っ越したら、おかしい人ばかりだった。

パンダさんも記事でおっしゃっているように、『普通』は流動的なことで、状況によってまるで変わる。

発達障害とは、認識の仕方や表現の仕方に限定的なものがあるから障害というのだとすると、

その『限定的なもの』が『普通』だった場合、障害とは気づかないし、そこに定型発達症候群が重なってしまったとき、その他の人を強く排除しようとする傾向になるのではないかと思います。

あすなろさん

 バリバラとか,さすがに面白い展開をしていますね。ネットも重要ですが,マスコミの力ももちろん大きいので,心強く思います。

 なんにしてもこういう考え方はまあひとつの必然的な流れになるのでしょうね。今までの「ふつう」の見方をひっくり返すような部分もありながら,でもむしろそちらのほうがだんだん自然になっていくような勢いを感じます。

 「定型が一枚岩ではない」という話はこの間も書かれていましたし,大事なポイントだと思います。ほんとは多様なものなのだけれど,「共通の敵(異質なもの)」を作ることで自分たちのほうに「まとまり」を見出すようなことを人間は普通にやりますし(アスペの方も「定型」に対する「(私たち)アスペ」という理解を成り立たせているわけですし),そういうあり方はいつまで行ってもなくなりはしないだろうと思います。

 問題はそれを固く固定的に考えて身動きできなくなったり,その人のことをその面でしか見られなくなったり,そのことで相手やあるいは自分を全否定してしまうことかなと。「そういう部分もある」ということは思いつつ,具体的なところで柔軟に関係を調整していくことが大事なのだと思います。

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