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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2016年9月12日 (月)

表現のズレ,二題

 またまた定型アスペ間の「表現のズレ」について,興味深いことがありました。

 このところ,仕事で新しいプロジェクトを行うかなりハードな作業が続き,お盆休みも草引きでダニに襲われながらあとはひたすらその作業を行うような日々でした。その甲斐があってなんとか形になり始め,周囲の人々にはその努力も認められ,できばえもわりあい評価されるような形になってきて,よかったなあと思っていました。

 で,パートナーは私の仕事内容についてはほとんど関心を持ってくれない(ように見える)のですが(彼女の仕事についてもほとんど話はしてくれない),私の方は定型アスペ問題の「後遺症」もあってなかなか仕事が十分にはできない状態に置かれ続けていたのが,ようやく本格的に抜け出したことでもあり,私としては自分が頑張っている内容を知ってほしい気持ちがあるわけです。

 それは私が長いこと「後遺症」状態にあったために彼女にもいろんな意味で負担を与えていたので,「もうだいぶん安心してもらってもいい状態になってきているよ」ということを理解してもらうためでもありました。そんなこんなで「喜びを共有したい」欲望が湧くわけですね。

 ただこれも予想できたことに,そういう「共感」状態が成立することはほぼありません。その理由は,もともと彼女の性格としてそうだからなのか,いろいろ彼女も大変だったのでその後遺症で簡単には安心できないからなのか,その辺はよくわかりませんが,とにかくそうです。

 ただ,いずれにせよ,私の仕事の状態については彼女は不安感を持っていることはわかっていたので,目に見える形では関心を示してくれないか,おざなりにつきあうていどですが,それでもまあ少しでも事実を伝えてそのうちに安心感につながればいいなと思って仕事に何かの進展があるごとに,折に触れてぼちぼち伝えていたんですね。ほんとにぼちぼちですが。

 ところがいくらそれを行っても,安心が増す様子がないどころか,最近は逆に険しい表情になるようにも見え,そういうことを話をすること自体がかえってマイナスなのだろうかと,結構悩んでいたのです。

 ただ,悩むだけではなんの進展もないので,もう一歩踏み込んで私の仕事に対する周囲の評価なども含めて,その順調さを伝え,そして何か不安があるのかどうかを直接聞いたのです。

 いくつかのことが時間をかけてぽつぽつと語られたのですが,その中でとくに「へえ!」と驚いたことがありました。それは「こういう風に言うとまた傷つくかもしれないけれど」みたいな前置きをしてのことなのですが,「(パンダが)仕事をしているように見えない」というのですね。

 これにはほんとにびっくりで,まるで意味がわかんなかったのです。で,以前の私ならここでたぶんプッツンして即座に反論体制に入っていたと思うのですが,まあそこは多少人間ができて来たのか(笑),どうしてそう感じるのかをまたゆっくり聞いてみました。

 すると,私がいろいろな作業をしていることについては理解はしていたのですね。まあ実際にその成果物とかもときどき見てもらっていましたから,当然と言えば当然なのですが。ところがその成果物の内容が,彼女にとっての「パンダの立場ならばこういう仕事をしなければならないはずだ」という理解の枠に入らなかったらしいのです。

 ということが少しずつ整理されてきて,彼女は言葉を変えてこう表現しなおしました。「やっている仕事の意味がわからない」

 このこと以外にも仕事上の対人関係調整のありかたについての不安など,いくつかのことがあったのですが,それはさておき,この

 「仕事をしているように見えない」から,それで「不安になる」

と言うことの意味が,実際は

 「自分のイメージしている仕事の内容と違う」ので,それで「大丈夫なのか不安になる」

ということだったという(少なくとも彼女自身がそういう形に言い換えることが可能だった)事実が,私には特に印象的だったということになります。

 私の言語感覚では「仕事をしているように見えない」というふうにポンと言われた場合,「お前はまじめに仕事をしていない。遊んでいるんじゃないか」という相当に厳しい批判として聞こえます。けれども実際に彼女が表現したかったことは,次のかっこを補った内容だったというわけです。

 「(私がイメージする)仕事をしているような(姿は)見えない」

 そうなら「(私がイメージしない)仕事をしているような(姿は)見えている」ということも可能性としては含んでいる発言と言うことになり,それなら何の問題もない。ただ仕事内容についての理解が違うから,というだけのことになるわけですね。

 彼女は決して不注意でそういう発言になったとは思えません。なぜならあらかじめ「こういう風に言うとまた傷つくかもしれないけれど」というような(ちょっとうろ覚えで不正確かもしれませんが),少なくとも私に対して否定的な意味で伝わる可能性をはっきりと意識しながら,あえてそういう言い方をしたわけです。

 だとすると,彼女の中ではもともとは「仕事をしているように見えない」という言い方と「(私がイメージする)仕事をしているような(姿は)見えない」という言い方の間には区別がないのだということになります。ただ私の反応から,うまく自分の気持ちが伝わっていないと感じて,考えて言い直したという展開だと思えます。

 私はなぜ「仕事をしているように見えない」=「怠けている」という解釈を行い,彼女は全く異なる解釈で同じ言葉を言ったのか,何か結構大事なしくみがここに隠れているように感じます。言葉になりそうで,まだちょっとならないのですが,割と大事なことがありそう。

 
 で,みるきさんの最近の発言でもすごく面白いと言っては申し訳ないですが,興味深いことがありました。みるきさん自身が「出て行く出て行く詐欺」といった面白いネーミングをされているところです。

 みるきさんは掲示板でこれまで何度も「これでお暇します」みたいなことを書かれていて,でも実際にはわりとすぐ戻ってこられることも多くて,面白かったのですが,最近「もう私はここから完全に去ります」みたいな印象の書き方を何度かされて,それもあってあすなろさんと噛み合わない話が展開したところもありました。

 で,私が見てもかなりの決意で「私はここを去る」と言われているように感じて,なんなんだろうなと思ったのですが,他方でかすかに「私はここを」の「ここ」が一体何を指しているんだろうか,ということが気になってきていたんですね。「ここ」ではなくて「この掲示板」と書かれていることもあったような気がしますがそれも含めて。で,もしかすると「ここ」「この掲示板」とは掲示板の中のひとつのスレッドのことではないか,とか考えていたんです。

 そしたら今日の投稿で,みるきさん自身がそのことを書かれていて「ああやっぱりそうだったのか!」とおかしくなりました。

 まあみるきさんの言葉の中にはほんとにこの掲示板やブログ全体からいったん離れる,とうふうに言われていると思えるところもありますし,そこは多少ややこしい感じもしするんですが,しかしみるきさんの言う「ここ(またはこの掲示板)」には「スレッド」の意味もある。

 で,理屈からいえば,「ここ(またはこの掲示板)」というのは,特定のスレッドを指す可能性もないわけではない。でも実際にはあすなろさんも私もそうだったように,そしておそらく多くの定型の人はそうであるだろうように(アスペの方についてはちょっとわかりません),あの文脈では「ここ」は「明らかに」アスペと定型の掲示板とブログ全体を指すと,ごく自然に理解してしまうわけです。

 この違いは何なのか。

 多分,「この表現の仕方では何を意味するのか」ということについて,定型は普段からかなりおたがいの理解がずれないようにすり合わせをやっているのだと思います。それはほとんど無意識にやるようなもので,よくわからないけれど,何かを手掛かりに「どっちの解釈をとるか」について共通理解を作っている。

 私のパートナーもそうだし,この点ではたぶんみるきさんもそうではないかと今考えてみているんですが,その点でアスペの方は「自分なりの理解の仕方」を優先して身に着ける傾向が強く,私のパートナーが私とのやりとりを経て言い換えたり,みるきさんがやはりズレに気づいてあすなろさんに説明しなおしたりしたように,なにかのきっかけがあれば調整は可能なんだけど,その優先順位が低いのか,「自分なりの理解」そのままで進む傾向が強い,ということは言えそうに思うわけです。

 まあそのことは自閉性の方の思考の特徴としてよく言われることにそのままつながる部分でもありそうですが,ただそこでもうひとつ私が興味を持つのは,なぜそういう「自閉的思考パターン」とも言えそうなところからくる「表現」が,定型にとってショックであることが少なくないのか,というその仕組みです。なんかかなり安定した秘密がありそう。

 

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コメント

素朴な疑問です。

奥様は、ぱんださんのお仕事について、どんなに説明されても、内容が理解できませんでした。

ぱんださんは、奥様が仕事の話をほとんどしないので、奥様の仕事について、正しくは理解できていません。

パンダさんと奥様の立場はフィフティフィフティではないでしょうか?

パンダさんも気付かれたように、アスペの奥様に定型的説明が伝わらないということは、話さないことと同じ。

対等の立場で、それぞれのポジションで頑張って暮らしているということになるのではないかなぁと、すごく割り切れるような気がしました。

あすなろさん

 ありがとうございます。その意味ではフィフティフィフティですね。

 あまり具体的でなくてわかりにくかったかもしれませんが,今回の印象はそのポイントと言うより,表現の問題で,仮に私が彼女の仕事について理解できなかったとしても,いろいろ動いているのを見たり,見せてもらったりしていれば「仕事をしていない」という表現は生まれなかっただろうと,そんな感じのことです。「仕事が理解できない」とは言うかもしれませんけど。

はい。具体的でなくても、ここでは、ぱんださんは、表現の違いを話題にしていたのは理解しています。

>仮に私が彼女の仕事について理解できなかったとしても,いろいろ動いているのを見たり,見せてもらったりしていれば「仕事をしていない」という表現は生まれなかっただろう

ぱんださんが気になっているのは、『仕事をしていない』という言葉でしょうか?
それとも、仕事を理解してくれないということでしょうか。

奥様にとっては、仕事のことを理解出来なければ、ぱんださんの仕事について、自分がとやかくいうことは出来ない。
それが相手のやり方を尊重することに繋がると思っていらしたのかな?と思いました。

それに対して、仕事をしていないという言葉を選んでしまったのは、奥様の言葉遣いの間違いだと思いますが、ぱんださんの仕事ぶりを理解して欲しいという想いが強いとしたら、それは無理な話なのかな?と。

そうだとしたら、例え奥様が言葉に出さなくても、奥様の仕事を理解する工夫をしなくてはならなくなりますから。

つまり、お互いに同じように理解しようとするフィフティフィフティの立場に持っていくには、そういうことになるのかなと思いました。

あすなろさん

> ぱんださんが気になっているのは、『仕事をしていない』という言葉でしょうか?それとも、仕事を理解してくれないということでしょうか。

 ここで書いたのは言葉の方です。

> ぱんださんの仕事ぶりを理解して欲しいという想いが強いとしたら

 というより,安心してほしい,と言う気持ちですね。

 理解できないのは理解の仕方が違うので,仕方がないことだと思います。そこはそことして工夫が必要。ただ,その理解のズレを調整するためのやりとりそのものがずれてくる。二重三重のずれがおこるわけですが,そのずれ方についてのことでした。

 常に想定外のずれが起こっている。そこを馬鹿みたいにひとつひとつ考えているということでしょうか。もちろんその動機は究極的には理解したい,理解してほしい,ということがあるわけで,私ん場合はそれがなければたぶん成り立たないことだとは思いますが。

> 常に想定外のずれが起こっている。そこを馬鹿みたいにひとつひとつ考えているということでしょうか。


そうなんです。ぱんださんのこれまでやってこられたことで、それがよく分かると思うのですが、何もかも想定外なんです。
で、今やっていることも、馬鹿みたいにひとつひとつ考えていますよね。
アスペ定型の違いをとことん実感しないと、アスペの人にとっても定型を理解することは『馬鹿みたいなことを考えなくてはいけない』ことで、定型にとってもアスペの人を理解することは『馬鹿みたいなことを考えなくてはいけない』ことになる。
それを、今、地道にやっているから、お互いにしんどいんだと思います。


>もちろんその動機は究極的には理解したい,理解してほしい,ということがあるわけで,私の場合はそれがなければたぶん成り立たないことだとは思いますが

だからこそ、ぱんださんがここまでの努力されたのだと思いますが、その動機が達成されるためには、もう何年もしんどい思いをしてきてもたどり着けていない。
私の場合、生まれた時から見てきた我が子でさえ、できないんです。
理解はしたいけど、できない。
もちろん、理解したいという努力は続けるべきだと思いますが、日常の細かいことについて、これをやっていたら、身が持ちません。
理解できないなら、相手を信じて、相手のことには何も意見を持たない。
同時に、同じことに関して(この場合、お互いの仕事)自分の方も理解してもらおうとは思わない。
この関係がいちばん割り切れるし、お互いを信用して尊重するということなんだと思います。

奥様は、安心しているからこそ、いや、安心していなくても、ぱんださんなら何とかしてくれるのだろうと信じているからこそ、ぱんださんの仕事については考えないのではないでしょうか。

私が細かいところで根本的にアスペの思考を理解できないと感じたのは、息子との衝突を、ここでお話させていただいた時、かずきさんやAS-Pさんは、すぐに息子の気持ちを察することが出来たということからです。
親子なので、他人どころか、夫婦よりも深く理解しなければいけない、理解することが親の責任であると努力してきた私でさえ、全く観点が違っていた。ある程度、アスペの基本を勉強したり、向き合ってきたはずなのに、それでも無理だった。
しかし、ちらっとこちらで書いた一文で、かずきさんたちは、その動機に察しが付いたんですよね。
これは本当に驚きでした。
その後も、みるきさんとか、多数のアスペの方には、シンプルに息子の行動に察しがつく。
娘と対立すると、息子の目から見れば妹の行動は察しがつくわけです。
究極は、私には理不尽きわまりない夫の行動も、動機は分かると息子が言ったことですね。
息子は、動機は分かるけど、いろいろ間違えているとは言っていましたが。

理解したいという思いと、そのための努力は、私もぱんださんと同じくらいあるんですよ。
でも、本当に分からない。分かったと思っちゃいけないんでしょうね。
だから、平行線で観察していくのが、共存のあり方としてベストなのかなと思っているんです。

ぱんださん、この度はまたしてもお騒がせしましたm(_ _)m

私もなんでこうなったーと頭の中が「???」でしたが、そんなに定型さんからすると衝撃事件だったのかーと今思うと面白くもあり申し訳なかったなと思います。

あすなろさんから、あれだと今生の別れみたいだったよと教えてもらい、私からするとちょっとトイレ~(←言い方すみません)くらいだったんだよーと今書き込みしてきました(/ー\*)

スレッドっていう言葉そんなのあるんだーと今初めて知りました!
どうもかみあってないと思ったんですよー。ようやくかみあってとても安心しました。

会話もかみあったしやっぱりここの人たち好きなのでまたお世話になると思います。
よろしくお願いします。


でもなんだか面白いくらいすれ違いますねー

あと、実はこの前ぱんださんやあすなろさん、アンブロさんとズレながら話していたときに急に今更ながら思ったことがあったので書いてみます。

なんだかすごく不思議で急に妙に恥ずかしくなったんです。

今更・・・なのかもしれませんが、急に私もみんなに見られてるんだ!と気づいてしまいました・・・。

あの時、どうして会ったことないのにみんな私の性格を知ってるんだろう~とすごく不思議で、そうしたら、マジックミラーだと思ってたのにただの透明の板だった!みたいな衝撃がありまして急に本気で恥ずかしくなってきちゃいました。
結構今も恥ずかしいです。

これが定型さんの言うところの人目が気になる・・っていうやつかなもしかしてー!と思ったのと同時によくこんな居心地の悪い気恥ずかしさの中で生きていられるなーすごいな!尊敬ものだわ!!と妙に改めて定型の人たちを尊敬してしまいました!

アスペ状態のときって相手がーとか見えてこないことが多いので、相手が見えるととたんに逃げ出したくなるくらい本気で恥ずかしかったです。
見。。見られてる。。。と気づいたら本気で見ないでほしくなりました。
今思えばずっと見られてたとするとなんて恥ずかしいんだ自分!と穴があったら入りたい気持ちです。

あすなろさん

 また少し違う説明の仕方を含めて,記事を書いてみますので,そちらの方をお返事と言うことで。

>私が細かいところで根本的にアスペの思考を理解できないと感じたのは、息子との衝突を、ここでお話させていただいた時、かずきさんやAS-Pさんは、すぐに息子の気持ちを察することが出来たということからです。

 ここは私もほんとに繰り返しおどろくところでした。私にとって謎のパートナーの姿を,謎のままそのまま表現すると,アスペの方から彼女に対して繰り返し理解や共感の言葉が寄せられる。そうすると,訳の分かんなかった彼女の言動に,すごいリアリティが出てくるんですね。それは「わかる」というリアリティではなくて,「なにか得体のしれないものが,そこに確かにある」というようなリアリティ。「信じられない」ではなく「ほんとにそうなんだ」と思えるリアリティ。理解を伴わないリアリティ。そんな感じです。

 このリアリティを共有することが大事なポイントの一つになるのだろうと,私も(は?)感じています。それは私にとってはズレをひたすら見続けることでもあります。


みるきさん

>ぱんださん、この度はまたしてもお騒がせしましたm(_ _)m

 いやあ,前にちょっと紹介した昔の友人(人が黙っているとあせってしゃべり続ける人)のこともそうでしたが,そういう人,私は結構好きだったりします(笑)

 なんか楽しいじゃないですか。本人が苦しまれているのなら申し訳ないですけど,ちょっとぶっ飛んじゃう感じとかも好きですね。ある種のクリエイティヴさでもあるし。

 穴があったら入りたい話については,ちょっと記事を書きます。

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