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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2016年9月16日 (金)

そりゃそうだ

 まだすごくはっきりしたことではないかもしれないのですが,昨日「第三者の目」を書いたことで,自分の中でだいぶ大きな変化が起こってきているような感覚があります。それはパートナーのことを「理解したい」という気持ちがより強くなったように感じることです。

 もちろんこれまでもそうは思ってきたわけですが,いつもある種の「いらだち」のようなものがなくなりませんでした。「なんでこういうことが伝わらないのだろう?」という気持ちがどうしても消えないんですね。頭では「違う」と思いながら,体が納得していないというのか。

 違いを理解しようとする,その視点が,どうしてもずれ続けて着地点がない,というのか,何を足場に違いを考えたらいいのかわからないというのか,そんな感じでしょうか。そこが昨日である意味すとんと抜けた。

 感覚的な言い方ですが「ああ,そりゃ通じなくて当然だ」という「ずれの当たり前感」とでもいうようなものが自分の中にできた感じたするわけです。「なんで?なんで?」ではなく「そりゃそうだ」。そういうズレでお互いにいら立ちが起こったとしても「そりゃ無理もない」と思える。

 そうすると,改めて「彼女の世界ってなんなのだろう?」という問いが,これもある意味「落ち着いた問い」として静かに湧き上がってくる感じがするんですね。いろいろ想像してみたくなる。

 その落ち着きと言うのは,理解しあえたからではないわけです。そうではなくて,理解しあえないことについて私なりに納得できたからなわけです。そしてそれは頭で納得したのではなくて,気持ちで納得したのでしょう。

 ようやく私にとっての定型アスペ問題の「本丸」に入ってきた感じがあるわけですが,それは私にとっての本丸で,私のこだわり方を突き詰める中で,そこを突き抜けることで見えたという部分があるのでしょう。だから,ほかの方にとってそこが本丸かどうかは私にはわかりません。それぞれの方がそれぞれの方の状況と,それぞれの方のこだわり方をもって定型アスペ問題を抱えていると思うからです。

 まあ,とりあえず「本丸」と思ったけど,さらに考えたらその先に「奥の丸」とかなんとかがあったとか(笑),そんな話になる可能性もありますけどね。とりあえずはまあ「そりゃそうだ,無理もない」感までたどり着いたということで……

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コメント

ぱんださん、おはようございます!

おお!素敵ですねo(*^▽^*)o
今日の記事、とても共感しましたー

まったくもってその通り。お互いにほんとに「そりゃそうだ」ですね。


あっ!そういえば、1つ前の記事かな?どこかでぱんださんとnoa さんがお話されていた内容にちょっと首を突っ込ませてもらっちゃいます(笑)
マジックミラーだと思ってたら透明の板ですごくびっくりしたし、恥ずかしさが倍増はしたんですけど(笑)、たぶん?noa さんが心配してくれたみたいなどちらが幸せなんだろう?の答えはどちらも幸せです・・になると思います。
私の個人的主観で言うと、今まではマジックミラー越しに相手の言動を予測してたのが、透明の板だったことに気づいたことでよりいっそうクリアになった・・そんな感じです。
ラッキー!!と(同時に確かに恥ずかしいけど)思ったので心配は無用ですよー


それじゃあまたー(o^-^o)

こんな問題もあるみたいですよ。
私もこれ、あります。
その場の反応に大きく影響します。↓↓

アスペルガーの私は、ときどき自分の感情がわからなくなる。なぜ? https://h-navi.jp/column/article/35025732 #発達ナビ

みるきさん

 ふと思ったんですけど,「みるき」って漢字で書くと「見る気」にもなりますね,「(あなた私のこと)見る気?」とか (笑)  だとすると,マジックミラーが透明な板になったあたり,ぴったりとか……


あすなろさん

 私も自分の感情の正体が何なのか,わからなくて理解するのにすごく時間がかかることがしばしばあります。あるいはその時はこういう感情だと思っていたのだけれど,あとからまたゆっくり考えてみると,違うものが含まれていたりとか,そういうこともあるような気がします。

 ま,感情の問題にかかわらず,私の場合,「謎」が現れると,他の人に比べて極端に反応が遅くなり,考えるのにすごく時間がかかるみたいなんですけどね。他の人はどうしてそんなにすっとわかるのかが不思議だったりします。

 だから言葉にしてみたらものすごく単純になる「そりゃそうだ」みたいな話にしても,そこに納得するのにものすごい時間がかかります。いったん自分なりに謎解きができると,あとは早いですが。

 定型の場合だと,この話はしばしば「抑圧」とかで理解されたりするみたいで,たしかにそういう部分もあるのかなとは思いますし,私がパートナーの表情と言葉のずれに驚くときに,まず考えたのは抑圧ということでした。

 でもやっぱりどうもそういう話ではないんですよね。挙げてくださった話みたいに感情を意識的に理解するのに時間がかかるということが大きい場合もあるんだと思います。私自身についても同じようなことがあるように思うのですが,パートナーとは違う部分もあるようで,なんなのか,またちょっと興味深いことでした。

  

ぱんださんも、そうなんですか!
私は、こうやって整理ながら書けば、大方のことが誤解なく伝わるということが分かりました。
もちろん、誤解したりされたりも、たくさんありましたけど。
リアルよりはよほど正確に伝わるし、誤解を弁解する余地もあります。

しかし、リアルはまさに、その場でのやり取りなので、非常に誤解が多い。

この自分の感情がすぐに整理できないことも、その大きな原因です。

笑うべきときに笑えない。
怒るべきときに怒れない。
悲しむべきときに悲しめない。

瞬時にそれが出来ないことで、『あの人、気持ちが通じないね』『足並みがそろわないね』という評価になり、それは二度と取り返しがつかないのです。

奥様の無反応、冷たい対応というのにも、これが原因であるものが多いかもしれません。

しかし、ぱんださんもそうだとすると、逆にぱんださんも、奥様から見て、反応のズレがあり、奥様からは『冷たいわね』と思われている可能性がある。

私も、こうやって書いているうちは、まるで安定した感情があるように見えますが、実際には、それを表すタイミングが非常にズレていて、『何を考えているのか分からない人』と見られている。実際に対人関係では、それが起こっていて、トラブルは多いです。

ズレを抱えるもの同士で、気持ちが分かり合えるかというと、そうではなくて、ズレているところが違うので、余計にすれ違いが大きくなるような気がします。

このタイミングのズレがどこにあるのか探るのは多分不可能に近いのではないかと。よほどお互いに深く信用していて、お互いを見つめ合う時間が有り余っているなら、『あの時はこういうことで、反応が遅れてしまった』とか、『つい、先に感情がでてしまったが、後から考えたら間違っていた』と、説明をする機会もあるでしょうが、忙しい日常では、そんなことはやっていられません。

そうなると、みるきさんがおっしゃるような、相手の反応にかかわらず(みるきさんはその反応自体がわからないと仰っていますが)、自分のことは自分で解決する、という姿勢がベストなのかなと感じます。

相手が共感してくれるかどうかも分からなければ、共感していたとしても、適切な反応を表せなくてこちらに伝わってこないこともある。
二重のズレが起こっていることになりますから。

あすなろさんへ~

なんとなくまたふらっと寄ってみたら面白いことをお話されていたのでついやってきてしまいましたー!

‘そうなると、みるきさんがおっしゃるような、相手の反応にかかわらず(みるきさんはその反応自体がわからないと仰っていますが)、自分のことは自分で解決する、という姿勢がベストなのかなと感じます。’

ふふふ~あすなろさんーここであの言葉の出番ですよー
「私には関係ない」(笑)
あすなろさんにぶっ飛ばされそうですけど(いやあすなろさんはそんなことはしないけどー)なにか最近私もなんですけど色々とごちゃごちゃしてるから頭が混乱するから使いどころが分かりにくいかもしれませんが、まさに今あすなろさんのおっしゃっていることがまさに私や息子さん?の言う「私(俺、自分)には関係ない。好きにしたら?」につながる部分です。
ちなみに私は相手の反応が確かに分からないですが、気づかないんじゃなくて(たまに本気で気づかないうっかりもあるんですけど^^;)私の領分じゃないし関係ないから放置?というかそこまでだよ・・と線を引く、そういう感じです。

世の中結局は自分のことは自分でする・・そういうものじゃないですかー

その上で自分にできることできないことを素直に受け入れて、同じようにできることとできないことのある相手を受け入れて、認め合って必要なことは助け合う、それが重たすぎず甘えすぎず共依存的にもなりすぎないベストな大人の距離感だと思うアスペな私でありました。

まあ、好みは人それぞれですからねー。
好きな選択をしたらいいと思います。

ちょっと上で自分の書いた文章に補足です。

あれを言うと定期的に必ずといっていいほど誰もがみんなあなたみたいにできるわけじゃない!とか言われるんですけど(汗)・・・そんななんでもできる超人を目指せ!とかスーパーマンになれ!とか完璧人間を目指せ!とかそういうんじゃありませんからね~\(;゚∇゚)/というか私が一番そんなものとはかけ離れてるし。私超絶できないことだらけだし。ぶつぶつぶつぶつ・・(笑)

ぱんださんへ

しつこいな自分。連続投稿だ・・荒らしじゃないですよー(;´▽`A``

‘「(あなた私のこと)見る気?」とか (笑) ’

すごく笑いました~(≧∇≦)ははははははー

じっくりみなさんのこと見てますよー!みなさん面白いし優しいからついついじーっと見ちゃいます。見る気満々です!
だけどこっちはあんまり見ないでいいです(笑)←単なる自己中!マジックミラーだった方が緊張しなくてよかった気もする・・ぶつぶつ・・。

ま、いいやー

それではーぱんださん、みなさん、よい休日を~(お仕事の人はご苦労様です。あなたのおかげで休日を楽しく過ごすことができて感謝ですーありがとー)

>みるきさん

そうそう、『私の領分じゃない』ということなんですよね!

ここで、他のアスペの方やみるきさんと、やり取りをするまで、私は『関係ない』という言葉を、すごく冷たい仕打ちのように感じていたのは事実です。

世の中に『自己責任』という言葉が強調されることが多いので、それで余計、嫌悪感があったのだと思います。

世の中に氾濫している『自己責任』は、

『言わなくても共同幻想に従うのが当然でしょ? え? 言わないと分からないの? ダメね。あなたに教えるの面倒だわ。共同幻想について、自分で勉強してちょうだい!』

という意味です!(←と、敢えて言い切りましょう!経験上、絶対にそういう底意地の悪いニュアンスを含んでいるんですよ)

だから、言われた方は、見放されたと感じますし、実際にそういう含みがある。

その底意地の悪さを教育と言っている人が多いんです。

定型は、言わなくてもつながっている。言わなくても意見は一致しているという『幻想』を抱きやすいんです。
そして、そのつながりが感じられないと不安になる。不安になると依存する。依存された方は何とかつながりを持とうとする。
共感と共依存が、微妙なバランスで成り立っているように思います。

でも、実際には、そんなつながりはほとんど無いんですよね。
これは、アスペ定型の関係だけではなく、どの人間関係にもいえるのだと思います。
親子でさえ、相手のことは分かりません。
つながりを強く感じるのは、親が子どもを自分のコピーとして矯正してしまったからかもしれません。

みるきさんの『関係ない』は、無いものをあるように感じる『幻想』から目覚めることだなと理解しましたよ。

またまた来ちゃったみるきです。ほんとにしつこいな(笑)
最近ずっとここに入り浸ってるよ^^;


あすなろさんへ~


私、ほんとにあすなろさんのことが好きです!(あーばかが何か言ってるよーと流してね^^)

上のコメントとか感動しました!
とっても今幸せです。

無いけどある、あるけど無い・・面白いですね。

ちなみになんですけど、私は最初にあすなろさんとやりとりした時より今のほうがずっとずっとあすなろさんとの目に見えない繋がりを感じてます。
そして、これは距離がどうとか、見た目がどうとか、年齢がどうとか、仕事がどうとか、特性がどうとか、・・そんなものには左右されない、そんなものでは変わることの無い、奇跡みたいな本物だと思っています。

あすなろさんを好きになれて、こうしてここで出会うことができてこの幸運に心から感謝します。ラッキーだ!自分!!なんて素晴らしい!!←気にしないでね(笑)


あはははははーあっぱれ!って叫びたくなってきたー!叫ばないけどー

それじゃあまた。


追伸:最近、ここのストーカーみたくなってるので、今日はこれで泣く泣く撤収しますね(笑)

こんにちはー(^ ^)

「そりゃそうだ」私もあと一歩で届きそうな気がしています!まだ時々「そりゃそうだ」が頭から消えてしまう時あるので、目指せパンダ師匠です 笑

みるきさん、ストーカーされてたんですね 笑
泣く泣く撤収されたあとにコメントすみません(^^;「どちらも幸せ」なんですね、みるきさんは!なんか、やっぱりみるきさんが好きだー 笑
幸せそうなみるきさん見て私も幸せな気持ちになりました!

『私の領分じゃない』という事なら確かに私も目指す所ですねー。つい近しい関係だと踏み込みたくなりつつも我慢我慢…って感じでなんとかいい距離保ってます。
ただ、なぜか敢えて言葉にされると寂しい気持ちになるのが定型の特性ってやつですかね 笑

noaさん

 たぶん,それぞれの人になにかこだわりの「ツボ」のようなものがあるのかもしれません。そこにはまるとすっと変わるのかも。

 そこが見つかるのがなかなかひとりひとりの長い模索が必要なんでしょうね。

 あと一歩のご健闘を! scissors

この話題にぴったりの記事、見つけました!!

アスペルガーでも夫婦円満?その秘訣を聞いてみた
https://h-navi.jp/column/article/35025733

あすなろさん

 記事ではこのお母さんは何の葛藤もなくうまくやってきたという感じになっていますが,もしそうだとすれば(記事の書き手がアスペの方なので,どこまで定型的なニュアンスを拾っているかはなんともわからないので),ほんとにそういう人もいるんだなあと感心します。まあ,いてもおかしくはないとは思いますが。

 仮にそういう方があるとすれば,カサンドラになるタイプの人がある種の「欠乏感」に悩む部分について,もともと別の形で満足できているからだということになります。それがなんなのか,この記事からだけでは読み取れませんでしたが,重要なポイントの一つでしょうね。

noa さんへ


‘『私の領分じゃない』という事なら確かに私も目指す所ですねー。つい近しい関係だと踏み込みたくなりつつも我慢我慢…って感じでなんとかいい距離保ってます。
ただ、なぜか敢えて言葉にされると寂しい気持ちになるのが定型の特性ってやつですかね 笑’

ふふふ~目指すのはとめないけど、あんまり我慢我慢しすぎちゃだめですよー(笑)
定型さんに我慢してアスペになってほしいわけじゃないですからねー。
寂しい気持ちになるのが定型さんの特性ならそれは大切にしたほうがいいと思います。さっき、ぱんださんとみつみさんが、アスペと定型を猫と犬に例えてる話を覗いてきたんですけど、猫が犬になったり、犬が猫になったりしちゃったら、せっかくのそれぞれのよさが~と色々と妄想しちゃいました。
やっぱり、猫は猫の持ち味で、犬は犬の持ち味で、それが私の妄想としてはしっくりきましたー。

ちなみに私はどちらも現物は苦手でしたー(;ω;)よりリアルに想像したら可愛いけど怖かったよーー

じゃあまたー( ^ω^ )

>ぱんださん

多分、このお母さんは、天然に大らかな方なんじゃないかな?と。
無理をしていたら、こんなに明るく言えませんし。もちろん葛藤はあるでしょうけど、ま、いいか!と、最後には楽観できるというか。

> 仮にそういう方があるとすれば,カサンドラになるタイプの人がある種の「欠乏感」に悩む部分について,もともと別の形で満足できているからだということになります。

そこなんですよね!
大らかというのは、おそらく幼少期から、十分、周囲の愛情に満たされてきた結果ではないかと。

カサンドラは、相手の問題だけでなく、受ける自分の中の欠乏症も大きく影響しているんじゃないかと、私自身の実感で思うところです。

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