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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2016年3月

2016年3月 8日 (火)

ちょっと一休み

 このところの緊張した状態で,にわとりさんとの間にもひとつの共通理解が生まれつつあるような気がしてきましたし,これまで以上に皆さん同士のあいだでの,定型アスペの垣根を越えた共感的なやりとりが増えてきた気がします。


 というところで,少し緊張が溶け始めたら,一挙に疲れが自覚されるようになりました。ちょうど仕事の方でもこれから大きな転換がある時期で,その他にひどく迫害された方のサポートも本腰を入れなければならないところ,そちらにしばらくエネルギーを注がなければならない状態でもあり,またここで私の方はちょっと一息,軽く休憩に入らせていただきます。


 コメントや掲示板の方などはいつも通り,どうぞご自由にお使いください。


 

2016年3月 7日 (月)

個別のご質問について

 このブログでは、みなさんとの情報交換や意見交換を大切に考えており、コメントや掲示板でのやりとりで運営をする方針にしています。また私個人のキャパシティーや能力の問題もあり、個人的にご相談を受けることは原則としてご遠慮させていただいています。

 ご意見やご質問などはブログ上で、あるいは掲示版上でみなさんと共有できる形で進めていただきますよう、お願いいたします。(今回にわとりさんからのご質問をご紹介してこちらで共有しましたが、炎上という特殊な事態でのご相談の中でのことでしたので、ごく例外的なこととお考えいただければ幸いです。)

 ではどうぞよろしくお願いいたします。

 
  
  

にわとりさんより2

 にわとりさんから以下の内容を追加してほしい旨,要請を受けました。(2)今回の炎上について の部分への追加になります。

●私の勘違いで、パンダさんや皆様を責めるような発言や掲示板を荒らしてしまったことは申し訳ありませんでした。

水入り前にまるさんやみるきさんが私の間を取り持ってくださったことには感謝の気持ちで一杯ですが、それを上手く言葉に表現できないのですが、ありがとうございます。

 私としては先の文章だけでも,にわとりさんの対話的な姿勢は伝わると思うと一応お伝えしましたが,謝罪の気持ちをより明確に表明したいというお気持ちのようで,上の文章を送ってこられました。

 なお,本来ならばにわとりさんご自身がコメントなどで直接お書きくださるべきところだと思いますが,にわとりさんとしてはご自分の「勘違い」に気づかれ,気持ちの整理をする間,しばらく閲覧や発言を控えるべきと考えられたようです。現時点でこの場で直接やりとりすると,また不必要に混乱を引き起こしてしまう危険性も危惧されています。

 このため,私が代理でにわとりさんのコメントをお伝えする形になっていますが,ごく例外的な措置としてご理解いただければと思います。また,閲覧そのものをしばらく控えられるということで,にわとりさんに対するメッセージについても,同じ理由で当面お返事がないかもしれませんが,そのような事情とご理解ください。


 なぜ何を勘違いされたのかについては,私とのやりとりで,少し見えてきている部分もありますが,またいずれご紹介できればと思います。一部はアスペ男さんの問題にされた部分にもかかわるような気もしますし,それ以外にも割合に重要な問題が含まれているように感じています。

にわとりさんからの質問

 にわとりさんから個人宛で質問(下の青字の部分です)がありましたが、内容は公開で考えるべき大事な問題だと思いましたので、こちらの方に書いてみます。

 
 
 
 このブログの目的はガイドラインにもあるように、定型アスペ間に生まれるいろいろな難しい問題を当事者間のちゃんとしたコミュニケーションの中で協力して乗り越えていくことです。

 そのためにはお互いに相手にわかるように説明し、わからなければちゃんと尋ね、相手を理解してやりとりすることが大事になります。けれども定型アスペ間ではその「相手の言うことを理解する」こと自体が難しいわけですよね。

 同じことを経験しても受け取り方が全く違ったりする、ということはごく普通のこととして起こるわけですから、自分の言いたいことが全然違うように理解され、それが原因でやりとりが紛糾することは珍しくありません。


 たとえていえば「あの人は色で言えば黄色のイメージ」と誰かが言ったとして、それを言われた人によってはそれは「卑怯者」と決めつけられたと思うかもしれないし、別の人は「高貴な人」とほめられたと思うかもしれません。もしその色のイメージの違いにお互いが気づいていなければ、その二人の間のコミュニケーションがおかしくなったとしても不思議はないでしょう。

 このとき「黄色」という言葉自体はどちらも理解できているし、その証拠に「黄色を指さしてください」と聞けば、どちらのひとも同じ色の物を指さすでしょう。その意味ではふたりはちゃんと「理解し合っている」わけです。ところがそのイメージの違いに気づいていないから、一人は侮辱されたと思って相手に怒りを持ち、一人は尊重されたと思って相手に対して好意を持つ。

 そのズレの結果コミュニケーションはちぐはぐになりますが、どちらもその理由がわからないまま、関係がどんどんおかしくなっていきます。こういうときはいったん立ち止まって「事実(何色か)」と、「解釈(高貴か卑怯か)」を分け、解釈にズレがあったのではないかということを考えてみる必要があるわけです。

 ですから、相手の言葉に不信感を抱いた場合、なぜ不信感を抱いたのか、どこに抱いたのかと言うことについて、「この言葉に不信感を抱いた」という「事実」を相手に示す必要があります。その「事実」が共有されて初めて、お互いに「何で相手が不信感をいだいたのか(抱かないのか)」という理由を考え、ズレを調整する可能性が生まれます。


 それ抜きにその「事実(黄色と言ったこと)」から得た自分の「解釈(侮辱した)」を相手にぶつける(おまえは私を否定したと決めつけるなど)だけでは何の解決も得られず、ただ不信感が深まっていくだけです。

 このことはガイドラインでも強調されていて「根拠を示さずに一方的に行われる批判や高圧的で決めつけ的な評価」は対処が必要な「違反投稿」の一種としてあげられています。

 にわとりさんから今回寄せられたのは、この問題についての疑問です。それは以下のようなことです。

「私は説明能力に欠けるため、具体的な説明や根拠を示すように言われても上手く伝えるのが苦手です。同じことを繰り返して話すしかできません。…中略…私に限らず、事実起きてる話を上手く説明や根拠を示せない人が出てきた場合はどうなのでしょうか?」

 私がにわとりさんとのやりとりで、非常に困難を感じた原因の一つがこの問題でした。ある特定の個人が書いたことが、あたかも「定型全体」の主張のように扱われ(あるいはそういう表現をされ)、それと全く反対の立場を表明している人への批判に使われる(ように見える)。そこで「一部」と「全体」を混同しない議論をしましょうと提案してみるが、それ自体が非常に伝わりにくい。そこで具体的に相手が何を言っているのか、その事実と解釈を確認しながら議論を進めましょうという提案をして、少し改善した部分もありましたが、今回はまた元に戻って同様の問題が繰り返されました。

 ただし、その後「にわとりさんより」でご紹介したにわとりさんのメールの中では、にわとりさん自身が「今までのパンダさんの書き込みを見ればそんな意味では言ってないことはわかるのですが、もともとあった不信感(これは定型社会全体です)に加えて、ある種の書き込みに反応しやすい傾向にあるようです。」と書かれていて(文章には少し私の理解に基づく編集が入っています)、少なくとも少し時間をおいて、にわとりさん自身が「冷静さに欠けて」いたと言われる状態を抜けると、「パンダがそう言っているわけではなく、定型一般に対する自分の不信感の話だ」という、全体と部分を区別した理解はある程度共有されるように思えてほっとしています。

 私の見方では以前は、「解釈の前の事実」の共有が難しく、そして事実を整理して考えるための「論理の基本的約束」の共有が難しいというふうに理解される状態で、心底途方に暮れていたのですが、少なくとも今回のやりとりで、それは共有が全くできないのではなく、冷静さを失うような状況で「共有しにくくなることがある」ということなのだという風に思えるようになりました。

 もしそうであるとすれば、にわとりさんは自分は苦手と言われていますが、やり方によってはこの困難はある程度は乗り越えられるかもしれません。ですから具体的な説明や根拠を示すように言われても上手く伝えるのが苦手とにわとりさんが感じられていることを前提に、そこに配慮したやりとりをお互いに心がけてみることで少し改善される部分もあるのではないでしょうか。

 具体的な工夫は手探りになると思いますが、やはり基本は結論を急がずに「どの発言からそういう風に思ったのか?」ということをお互いに確かめ合うことかなと思います。そしてそれがすぐに見つけられないときは、一方的な解釈で突っ走るのではなく、いったん保留してまた考えてみるゆとりを持つように心がけることでしょうか。「何が相手が求める根拠なのかがわかりにくい」といった場合には、そのこと自体を相手に質問することもありかと思います。そこはお互い忍耐強く説明と理解の努力を続けるしかないかも。


 ただし、別の機会にも書きましたが、ここで問題になったような「事実と解釈」「全体と部分」の区別の重要性理解を共有できるかどうかについては、それ自体は定型アスペのズレとは言えないのではないかと私は感じています。なぜならば、同じような問題は定型間でも起こりえますし、逆にアスペの方でもそこははっきり区別されている方も多いからです。場合によっては定型よりもはるかに厳密にそこを分ける方も少なくないと理解しています。実際問題、特に自然科学系や工学系、医学系、あるいは法学系など、アスペの方の活躍も多いと思われる仕事では、その厳密な区別は基本中の基本です。

 もちろんそこに定型アスペ問題が絡むことで難しさが増すことはあり得るとしても、中身は分けて考えた方がよいように思います。

 幸いにわとりさんとの間ではその理解の共有について、可能性が少し見えてきたような気がしますが、しかしもしその理解が全く共有されず、説明しても全く通用しない方があった場合は、また改めて対策を考える必要が出てくるでしょう。

 またにわとりさんの場合は「冷静さに欠け」なければある程度共有していただけそうですが、冷静でありながらなお事実に基づかない勝手な主張を繰り返し、矛盾を指摘されても(一応矛盾は理解されるようでありながら)平気で言い逃れるという、独特のパーソナリティを持つ方も現実に一定程度いらっしゃいます。私はその深刻な事例をいくつか実際に体験していますし、テレビなどを見ていても、しばしばそのタイプの方を見いだします。その場合には上に考えたような対処はほぼ無効です。ただ、この場合はガイドラインを意識して守っていただくことである程度対処可能かと、今のところは思います。

2016年3月 6日 (日)

にわとりさんより

 水入り期間中ににわとりさんから個人宛メールを何通かいただきました。投稿するとまたあれるので,ということを心配されて,私の発言の趣旨をメールで確認される内容もありましたし,にわとりさんの方の今回についての事情説明の内容もありました。


 そのほかに,アスペ男さんのコメントについて,事実無根の主張だから削除してほしいという要請がありました。これについては投稿ガイドラインの規定(Ⅲ)に沿って,まずはにわとりさんご本人から問題提起をしていただき,それについてアスペ男さんとやりとりをしていただいて,その結果,ガイドラインにそって対応します,とのお返事をしました。また,それ以前のメールのやりとりで,にわとりさんがご自分の問題を整理できるまで,投稿は控えようと考えているとのお話がありましたので,もし必要であればにわとりさんからの投稿を私が代理してもよいともお伝えしておきました。

 それに対してにわとりさんから,「先程の話(アスペ男さん個人宛か、皆様宛にするかはまだきめてませんが)と先日の騒動についてのコメントはお手数ですが、私がメールしたものをパンダさんが翻訳して伝えて頂けますか。」との依頼がありました。

 私にはにわとりさんの意見を翻訳する十分な力があるとは思いませんが,場を荒らしたくないということ,定型の方にできるだけ誤解のない表現で気持ちを伝えたいというにわとりさんの願いだと理解し,例外的な対応ですが,できるだけ本文を変えることなく,私の理解で最低限必要と思われる調整だけを加えて以下にご紹介します。当然私の方の理解の間違いなどもあるはずですので,それについてはまたにわとりさんから直接,あるいは私を通して間接に,修正をしていただければと思います。

 このほか,にわとりさんから大事な質問もありましたが,それについてはまた記事を改めたいと思います。


==============================
(1)アスペ男さんの投稿(Kagewari精神分析 読書ノート2016/02/19 (Fri) 13:36:00)について

ア> の部分はアスペ男さんの発言です)

ア>にわとりさんは自分が容姿と仕事の出来なさで差別されていると言って ますが、 具体的に何が原因かを言っていない。指摘されると巧妙に話をすり替えている。

話はすり替えておりません。 具体的に何が原因かを言われても説明のしようがないんです。「どんなに練習や努力をしても上達しない」としか説明のしようがありません。 何故?と聞かれても「発達障害だから」としか言いようがありません。

ア>「自分にはどうしても障害でできないことがあった」と言ってますが、それは嘘です。やりたくなかっただけです。

ひばりさんも仰っていたように思いますが、協調性運動障害を持つ人の中には集中力や体力と仕事の実力が連動しない人もいます。 私は仕事がやりたくなかったわけではありません。やる気や集中力があっても仕事が上達しなかったんです。 何故?と具体的な説明を求められても「 10年近く、自宅で自分なりに掃除の練習や工夫はしていてもできなかった」としか言いようがないんです。

ア>なぜなら知的能力が高く、体は何不自由なく動ける。インターネットで書き込めるほどの集中力と読解力がある

体が不自由なく動けて、もし仮にアスペ男さんが言うように知的能力と集中力があったとしても、それと仕事の能力に結びつかないんです。 メールでの文章能力はあると言われます。そちらには支障はなくても、掃除や仕事に関しては脳の働きに支障があってできないとしか言いようがありません。

ア>体力がないというのは言い訳になりません。

体力はないとは言ってなかったとおもうのですが。体力はもともとあります。 体ではなく、脳が疲れるんです。文章を書く時はすらすら書けるので疲れません。 しかし苦手な分野は他の人に追いつこうと必死になり、その分脳をフルパワーで酷使するので疲れてしまいます。人間関係でも疲弊します。 今は長年のことが重なって思うように集中できなくなりましたが、少なくとも掃除の仕事をやってる時は集中力はありました。

ア>毎日腕立て伏せや腹筋をしてれば 間違なく筋力がつきます。時間もあるはずです。

筋力が弱く、関節に負担がかかるためにダンベルやゴミチューブを使いながらやっていたのですが、体重が減っただけで筋力はつきませんでしたので、発達障害や協調性運動障害の人を診ている神経内科の医師に相談しました。 協調性運動障害を持つ人の中には筋肉がつきにくい人がいるとのことでした(詳しい説明も受けたのですが、詳細を忘れてしまいました)。

ア>容姿を気にするのであれば 中古の服をイン タ ネットで買っておしゃれをして 化粧の腕を磨けば良いだけ

以前あんこさんやあすなろさんのアドバイスどおりに髪の毛を染めたり、化粧をお店で教えてもらったりしています。服もプロの方に見ていただきました。 それでも現状は変わっておりませんが、できるかぎりの努力はしております。 恋人もいたことがありますが、そのうちの一人は発達障碍者、もう一人は*******(にわとりさんの要請によりこの部分削除)*******(元彼のプライバシーもあったので掲示板では公開してなかったですが)です。まともな女性からは相手にされないということで向こうもかなり妥協して私と付き合っていたのです(実際に本人から言われました)。

ア>自己正当化のための詭弁としか思えません。やりたくないことに力を注ぐことができないという気持ちは分かる。私もアスペなので、やりたくないことはできればやらないで済ませたい。

やりたくないことに力を注ぎたくなかったわけではありません。本当に努力はしてきました。だけどどの仕事もうまくいかなくてやむ得ず生活保護をうけているのです。精神病や障害を偽って不正受給などもしておりません。生活保護の不正受給はしてない、仕事はやりたくなくてできなかったんだ、嘘をついてないことだけはわかっていただきたい気持ちが強いです。 一部の不正受給を除いた他の生活保護受給者や発達障害者の名誉もあります。

ア>全ての書き込みはパンダさんのミスを誘うもので、ほんの少しでも攻める糸口を見つければ、躊躇せずに隙を突く姑息なやり方により、論理をすり替える場面が多すぎるということ。

論理をすり変えておりません。

ア>自分の失態が指摘される書き込みについては、全て削除するか修正してなかったことにして、人から証拠として指摘されることを恐れている。そのやり方が汚い。

修正や削除はしたことがありますが、自分の失態が指摘されたから削除や修正をしたわけではありません。アスペ男のでっち上げです。削除や修正をする前とした後も文章は変わっていてもこっちが言いたかった内容はかわりません。

(パンダ注:修正や削除については,これまでのにわとりさんのやりかたはガイドラインに沿っていないことを私から説明済みです。この点についてはにわとりさんから気づかなかったということで謝罪がありました)

>その主張のメーンは「人が一目見るだけで嫌悪感を抱かせるアスペである自分がいて、就労は不可能。全ては共同幻想である定型社会が悪い」ということ。

私が憤りを感じていたのは仕事の出来とは関係なしに容姿や一般とは変わっているというだけで排除する人が多いということです。 しかし仕事がクビになったり、退職に追いこまれたのは、わたしの容姿以前に自分が仕事ができなかったからだと納得しております。仕事ができない人間を雇い続ける義務が企業にはないことはわかっていますからそのことに関しては企業や社会が悪いとは思っていません。
 
同じ主張のくりかえしだといわれかねないですが、そうとしか説明のしようがないのです。何度も言うように、仕事はやる気がなかったのではなく、本当にできなかったのは事実です。 毎日自宅で教えられたとおりの掃除の練習をしていましたが、見落としは残る、拭き方が下手できれいになってないなどの指摘を受けましたが、「○○すれば良いでしょ」「集中力がないからだ」など、色んな指摘を皆から受けたところで、上手く説明ができません。当事者としての困難や事実を話していますが、皆からどう言われても『努力しても上達しなかった』としかいえない。具体的な話をしろと言われても上手く言えない。これしか説明のしようがないんです。
 

(2)今回の炎上について

 今回の一連の発言については,ある方のコメントから,「発達障害者が定型社会に攻撃的で歪んでいるのは過酷な環境を受けてきたからだ。それを考慮して理解してやらなければならない」とパンダさんが考えているのだと私(にわとりさん)が理解し,それに偽善を感じたことがきっかけでした。

 今までのパンダさんの書き込みを見ればそんな意味では言ってないことはわかるのですが、もともとあった不信感(これは定型社会全体です)に加えて、ある種の書き込みに反応しやすい傾向にあるようです。もちろん今はその書き込みもそんな意味で書かれていないことは理解しておりますが、冷静さに欠けてました。

 またおそらくパンダさんも皆様も顔や容姿で差別されるのは被害妄想だ、障害を言い訳にしてるとは言っていなかったのだとは思いますが、やはり相手の言葉の含みを解釈するのは難しいです。感情的になりすぎたことは反省しております。


==============================

以上,いただいたメールの文章を並べ替えてつなげたり,変換ミスを修正したり,つながりがわかりやすくなるように言葉を補ったり,誤解を生みそうな言葉を削除・置き換えしたりしています。あくまで私の理解による調整なので,ニュアンスが変わってしまっていたらすみません。

(補3月7日:以上について,ご紹介するタイミングについては少し私の早とちりがあったようでにわとりさんには失礼しましたが,内容についてはだいたいこれでにわとりさんの趣旨に反することはないとのことでした。もう少し補足があるかもしれないようですが,その時はまた改めてご紹介します)



 

 
  

2016年3月 5日 (土)

水入りの解除について

 水入り期間としてとりあえずご提案した2週間が経過しましたので,掲示板を投稿可能な状態に戻します。なお,今後も同様の事態の発生が考えられますので,ガイドラインに以下のような内容(この色の文字部分)を追加してみました。みなさんからのご意見をいただいたうえで,修正して用いたいと思います。  



<「アスぺと定型」投稿についてのガイドライン>


 問題が深刻であればあるほど,この場は気持ちを楽に,お互いにおおらかな気持ちで,意見の違いも楽しめるくらいの場になってほしく思いますし,またお互いに前向きに「援助しあう」形になることが理想と思います。幸いにこのブログでは基本的にそのような姿勢を皆さんが持って参加してくださっています。

 しかし,ウェブはあらゆる人に公開されていますので,残念ながらそのようなブログの性格や趣旨についてご理解がない方から,唐突で著しく攻撃的なコメントが寄せられ,場が「荒れる」こともありえます。その内容や展開の仕方によっては,どちらの側の人にとっても,無用に傷口を深め,二次障がいと言われる状態や,カサンドラ状態など,傷口をさらに広げてしまう可能性があります。

 定型アスぺ問題は「相手の為によかれと思ってやることで,お互いに傷つく」ということもしばしば起こる厄介な性格があり,コミュニケーションの中でそのような事態を完全になくすことは不可能です。しかし,できる限りそのような事態の発生を回避する姿勢を持つとともに,仮に不幸にしてそのような事態が発生してしまった場合にも,できるだけ早くそのような傷つけあいは収束させ,逆にそこから学んで修復へとつなげるようにできればと思います。

 そこで,無用な「炎上」などを避け,真摯な対話の展開を大事にするために,以下のようなガイドラインを明示し,必要な場合には管理人としての最小限の介入をすることとなりました(2015.4..20)。また補足も行いました(2015.6.25,2015.9.27,2016.3.5)。

 今後はコメントなどの投稿に際しては,以下のガイドラインにご注意くださるようにお願いいたします。このような決まりごとは,改めて大げさに書き立てたくはありませんが,大事な議論をのびのびと自由に展開していくための,最小限の工夫としてご理解ください。



Ⅰ 管理者の関わり方の基本姿勢


 管理者はみなさんの自由な意見や情報の交換を最大限に尊重したいと考えています。このため,仮に内容上,批判が起こりうるコメントであっても,

1. コメントについて削除といったコントロールすることは原則として行わない

2. コメントの内容についての問題指摘は,投稿者(私を含む)のやりとりにゆだね,管理人としての介入は可能な限り避ける

 といった姿勢で運営してきました。問題が起こっても,その都度参加者間の自由な議論の中で解決していくことを重視したためです。今後もこの基本的な姿勢は維持されますが,以下の点については御留意をお願いいたします。



Ⅱ 投稿時の注意事項


1. 発言者の同一性を大事にし,意図的な匿名による投稿等は避ける

 これは複数のハンドルネームを使って場を混乱させたり,ご自分の都合のよいときだけ匿名で書き込まれるなど,発言の一貫性を失うようなコメントを避け,お互いに責任を持って発言し,相手の疑問には可能な限り応答する姿勢を維持するためです。複数ハンドルネームや意図的匿名などの無責任なコメントは,ちゃんとした議論の積み重ねを不可能にします。

 さらに,投稿内容を投稿後に変えてしまうことも議論の筋道を分らなくしてしまい,自己の発言に責任を持たない行為となってしまいます。編集される場合は誤字脱字など,本筋を変えないためのものにとどめ,主張内容を変更される場合には新たな投稿でその旨を明示してください。

  投稿内容が差別的であることに気づくなど,このガイドラインで削除の対象になりうるものと考えられた場合に,自主的に削除する場合はこの限りではありませんが,その場合にも「このような懸念を抱いたので自主的に削除した」旨を表明して頂きたく思います。


2.個々人が責任を持って発言する姿勢を維持する

 ここで責任ある姿勢というのは,自分の発言にたいする批判には可能な限り誠実に応答する対話的姿勢を意味します。また誠実に,というのは,相手の人の発言を自分の都合のよいようにねじまげて解釈し,非難することをせず,可能な限り相手の発言の趣旨を踏まえ,それに対して応答しようとする姿勢を保つことです。

  それを実現するためのひとつの工夫としては,批判すべき対象となる発言に対して,まず「あなたの主張はこういうものですね?」と自分の理解を書いたうえで,それに反論・批判するという方法があります。この方法をとると,相手の主張を捻じ曲げて攻撃するようなことがかなり防げるようになります。

 「好き勝手に相手を非難し,傷つけておいて,あとは何を言われても無視をしたり,知らないふりをして逃げ去る」という姿勢は,対話的関係を大事にするこのブログでにはもっともふさわしくないものとなります。


3.投稿者の個人的体験で,関係ない人に八つ当たり的非難をしない

  定型アスぺ問題に関し,投稿者の経験したご自分のつらい体験を語られることは,ご自分の傷を見つめなおして癒す上でも,他の参加者が自分を考える上でも大事だと思いますので,この場でもそのような内容の投稿も大切にしていきたいと思います。

 ただし,そこで傷ついた体験は,あくまでその投稿者本人とその相手の方との間で生じた出来事だということを明確に意識しておく必要があります。そしてその個人的体験に基づいて,それとは直接関係ない他の参加者や「アスぺ全体」「定型全体」などを非難するような,八つ当たり的な投稿は決してなさらないようにお願いいたします。

 もちろん,自分自身の体験と,この場の参加者などの間に共通点を感じ,その共通点について議論をすべき場合はあります。その場合は,何をどうして共通と感じるのかについて,投稿者は可能な限り説明を尽くしてください。また異論があった場合には,それに対して誠実に答える責任を負ってください。その時点では応えきれない場合は,その旨断って,一時保留にさせてもらうという形はあってもよいと思います。

  その責任を放棄して一方的に相手を決めつけるような発言については,これも対話的姿勢を持たない,たんなる誹謗中傷や差別に当たるとみなされることになります。


4.助言や批判を行う際は相手に理解を求める姿勢を崩さない

  相手を一方的に非難したり,傷つけたりして自己満足に浸るような発言は問題外ですが,定型アスぺ問題を考える上で必要で大事な批判を行う場合も,あくまで相手に理解してほしいから批判する,という姿勢を最後まで維持してください。それはやはり「誠実な応答」を行うことによって可能になると考えます。

 助言を試みる場合も,お互いに一当事者として、対等な立場で情報を交換したり、助言しあったり、疑問を提起しあったり、励まし合ったりするという姿勢を崩さないで下さい。また助言はあくまでもひとつの提案であり、それに納得できるかどうか、取り入れるかどうかは相手本人の選択の問題で、相手に強要することではなく、それを相手が理解しなかったり取り入れなかったりしても、そのことを自体を批判することはできないだろうと思います。

 いずれの場合も,要するに「私は真実を知っている」という思い込みに基づき,「私にとっての真実」に「あなたが従わなければならない」という強要にならないように,その点の区別を常に自覚することがポイントだろうと思います。ただしガイドラインに反すると考えられる内容について疑問を提起する場合は「みんなが等しく従わなければならない」ことですので,この限りではありません。

  もちろん,展開によっては一時的に感情的に冷静な対処がむつかしくなる場合もあるでしょう。その場合は一旦そう断ってやりとりを中断し,時間を置いて考えるなどの対応も必要になると思います。


5.他者の権利を否定するような書き込みをしない

 全ての人が認められている権利について,あたかもご自分が裁判官にでもなったような形で否定する書き込みがたまにあります。全ての人が持っている権利について,それを何らかの理由で制限する権利は,合法的な手続きを経ない限りは誰にもありません。そのような手続きを経ずに暴力的に(言葉の暴力を含む)人の権利を否定するということは,法治国家ではなく,リンチ(私的制裁)の社会になります。このブログは法治社会としての常識を守ることが前提となっていますので,それに反する見解を宣伝するような投稿はそのまま削除されます。


(補足的注意)投稿頻度

 明確な制限事項とすることは今の段階では控え,皆さんの良識に任せたいと思いますが,議論の流れの中でのやりとりではない,自分独自の新たな話題提供や主張の展開については,概ね一日にひとつか,多くとも二つくらいをめどにしていただければと思います。他のコメントに対する応答にしても,特別の事情がない限りはひとつに対して一回の応答で済ませるようにし,立て続けに書き続けるようなことはご遠慮ください。

 一人の方が一方的に連続して書き連ねる状態というのは,要するにそれに対する他の方からの反応が得られない,あるいはしにくい状況を意味しています。そのようなやりかたは議論を一方的にしてしまう可能性が高く,有意義なやりとりを困難にすると思われるからです。「みんなで意見や情報の交換をする場」であるという理解を大事にしていただければ,おのずと出て来る投稿姿勢であると思います。



Ⅲ 違反投稿及び炎上状態への対処 

 以上のような内容について,ガイドラインに反すると思われる投稿が見出された場合や炎上状態になって冷静な議論が不可能になったと考えられる場合には,次のような対処が予定されます。


1. 参加者間での問題点に関する質問

   私を含む参加者が,コメントの内容に疑問を持った場合,そのような疑問を持った参加者自身でその問題点を指摘し,投稿者の投稿意図を確認し,改善を求めることが出発点となります。その対象とすべき内容としては以下が想定されます。

「相手を傷つけることが目的になっているもの」

「根拠を示さずに一方的に行われる批判や高圧的で決めつけ的な評価」

「提起される疑問を無視して一方的に行われ続ける主張」


 定型アスぺ問題で自分自身がその相手の方によって傷ついた「恨み」を,この場で直接関係のないみなさんに激しくぶつけるような,「八つ当たり」的な書き込みは,上記のような問題を含む典型例になります。


2. 投稿禁止の措置

 上記1.で他の参加者から指摘された問題について,投稿者から責任ある誠実な応答がなく,かつその後も同様の投稿が続くような場合に限り,私がブログの管理者としての判断に基づき,該当者からのそれ以降の投稿をご遠慮いただくなど,特別の措置をとります。 


3. 水入り期間の設定

 真剣な議論は相手を尊重することで可能になります。しかし議論の中で残念ながら相手を信用できなくなる事態も生じえます。この場合,基本的にはⅡの4の姿勢を維持しつつ,上記1.にしたがって相手に修正を求めることが必要です。逆に以下のような行為はその精神に反するものとみなされます。


 相手に対する疑問の提起や批判ではなく,単なる不信表明を繰り返すこと。

 個人としての見解を述べるのではなく,他者に対する否定的な行動(たとえば「○○を相手にするな」「○○を攻撃しよう」など)を呼びかけること。

 同一の投降者に対して,回答がむつかしくなるほどに多数で一斉に攻撃的な投稿を行うこと。


 このような行為が目立つようになった場合は,すでに建設的なやりとりができない,炎上状態になったものと考え,水入り期間を設定していったんそのテーマに関しては投稿を行えないように措置をします。水入り期間はその都度の状況を見て管理人から提案を行います。

 

  以上,このブログではごくまれにに起こりうる事態を想定したものです。日常的にはこれまで通り,あまり肩ひじ張ることなく,自由で豊かな交流を続けていければと思います。ご協力をどうぞよろしくお願いいたします。

2016年3月 4日 (金)

具体的な描写が下手な私

 私の話は分かりにくいと,よくパートナーに言われるのですが,何がどうわかりにくいのかわからなくて困っていました。その一部がちょっとわかりかけた気がしました。

 久しぶりにある施設に行ったのですが,そこがすばらしくなっていて,自分の感想を話していたんです。で,例によって話がわかんないといわれたのですが,今日は何がわかりにくいのかを少し話してくれました。私の話はあることについての自分の印象がメインで,具体的にその施設がどういう構造をしていて,どうなったのかがわからないので,彼女はなにも理解できないというわけです。

 考えてみると,私は確かに具体的な情景の描写とかを言葉ですることは全然苦手です。小説家とかならその辺上手に書くんでしょうけれど,そういう才能はゼロ。自分の考えとか印象を書くことはある程度得意なほうなんだと思いますけれど,逆に彼女のにはそういうのは伝わりにくい感じがします。

 で,彼女は定型同士ではそんなふうに具体的なことが語られなくても,感じたことを言うだけで伝わるのか,といぶかしげに尋ねました。そこに関しては私が特に具体的状況描写の才能がゼロだというところがあるけれど,まあでも感じたことについて具体的なことがなくても共感的に受け止めるようなことは比較的あると思えます。

 たとえば相手がうれしそうにしていたら,その原因がわからなくても,なんとなくこっちも楽しい気分になるとか,そういうことはあるわけですし。

 そうすると,原因がわからないのなら,実際にはその原因を知ったら自分のほうは全然同じ感想にならないことがあるんじゃないか,と聞かれました。それに対する私の答えは,その可能性はあるんだけど,でも普段の付き合いとかで,だいたい「この人がこういう風に感じているなら,自分も同じように感じるだろうな」とか「この人は自分と感覚が違うから,そこはわかんないな」とか,ある程度その人その人への見通しみたいなものを持っていて,その見通しに基づいて「この人が言うんだからそうなんだろう」とわりに安心して思ってしまう,という話をしました。

 彼女の疑問は,でもそういう期待は裏切られることがあるんじゃないか?裏切られたらもう関係が終わるんじゃないか,ということで,私はそれはもちろんあるけど,でもそこでずれていたら,また相手への理解を調整していくわけで,そうやって相手との関係を作っていく,というような話をしました。だからちょっとくらい期待から外れていても,それで関係がだめになるようなことはふつうはない,と答えました。

 それでも彼女は納得がいかないようで,定型はすぐに切ると言うので,私は,それはすごく重要なポイントで裏切られると,関係を断たれることはある,という話をし,定型アスペ間ではアスペの人にとってはなんでもないことが,定型にとってはそういう重大な意味を持ってしまうことがしばしばある,と言いました。彼女は,それは逆も同じでしょう,というので,それはそうだと答えました。


 ということで,改めて彼女はよくわからないところで定型からすぐに切られる,という思いを強く持っていることを感じましたし,もうひとつ,「具体的なこと」を見て自分で確認しなければ相手の感じたことをそのまま受け取ることはしない,というかなり強い姿勢も感じ取りました。で,私の話が彼女には分かりにくい一つの原因がたぶんそこなんですね。具体的な状況を語ることがへたくそだからです。だから彼女としてはどういう場面について語られているのかがまったく具体的に見えないまま,自分の意見や感想を持てず,私のいうことに対して反応ができない。

 私の場合は定型の中でも自分の「思い」がわりに先行しやすい方ですので,具体的なことで自分でひとつひとつ確認しないと安心できない彼女にはますますわかりにくいんでしょうね。

 まあ,考えてみれば,このこともアスペの方の特徴の一つとして言われてきたことかもしれませんが,なんとなく,私の実体験の中で少し納得がいき始めたかもしれません。
 

2016年3月 2日 (水)

ポジとネガ

 これまでのアスペの説明は,だいたいが定型的な視点からのものでした。定型的な視点をポジとして,そのネガのようにアスペの方を説明する。それが,アスペ当事者の方からの発言が行われるようになって急激に変化しつつあります。アスペの方がアスペの世界を語る試みが続いています。

 でも,まだむつかしいのは,その語る言葉がどうしても定型的な視点から作られた,定型をポジ,アスペをネガとするような語り方に引きずられてしまうことかもしれません。それは定型にとっては自分の言葉で解説してもらえることですから,ありがたいことですが,(私の勝手な想像ですが)それだけではやはりアスペ的世界は語り切れないものがあるだろうと思います。

 逆にアスペ的な世界をポジに置いたとき,定型的世界はネガになります。定型からすると今まで白黒に見えていたものを,黒白で見せられるわけですから,ショックは大きくなります。ほとんど理解不能になるかもしれません。

 「ネヴァーエンディングストーリー」というのがありました。ミヒャエルエンデの。あの話の中に,少年勇者アトレーユが旅に出て,幾多の試練に出会う場面があります。その最大の関門は「真実の鏡」だったか,そんな名前のものでした。それは「本当の自分」を見せる鏡です。自分はこういう人間だ,と自分が思いたい自分ではなく,すべての飾りを取り払った自分そのものを見せつけられる鏡。これに耐えられる人はいない,という設定でした。

 アスペの方が「真実の鏡」だというつもりはありません。定型の鏡が定型的にひどく歪んでいるように,アスペの方の鏡もアスペ的に相当歪んでいると思えます。その限りでどっちもどっちです。でも,少なくともその歪みも含んで,それまで思い込んでいた自分とは違う自分を見つけるきっかけが与えられることは間違いありません。それに耐えられれば,ですが。

 ポジの世界もネガの世界も,どちらも一面にすぎません。どっちからみても,見える部分と見えない部分が必ずある。だから,この場は少しでもポジとネガと,その両方を自由に行き来しながら豊かに自分や他人を理解するきっかけになってほしいと思っています。いきなりは(特に定型のほうは)ショックが大きいかもしれないので,そこはちょっとずつ,免疫を作って? (笑)

 ふと考えてみると,ポジっていいところに目が行くことでもあるでしょうし,ポジネガをひっくり返してみると,定型的な視点からマイナス面を基準に見る見方から,その正反対にプラス面を基準に見る見方になるわけですよね。ここでもいくつかそういうコメントがあったように思いますが,そのポジとして見る見方が定型にとっても説得力があれば,自分のマイナス面をつきつけられることのショック以上にプラスがあるかもしれません。というか,お互いにそういうプラスの面がなければポジネガひっくり返すことにあんまり意味がないですよね。

 補:次の金曜日ぐらいで,水入りを提案させていただいてから2週間が経過しますので,当初の仮提案通りであれば,土曜あたりに掲示板のほうも保留されていた投稿を公開設定にするのと,新たな投稿を可能にしたらいいのかなと思いますが,もしみなさんからこの点について何かご意見や提案などがありましたらお寄せください。場合によっては今後も水入りの工夫が必要だとすれば,その基準をガイドラインに加えたほうがいいかもとか,そんなこともちょっと考えたりはしました。

 

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