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  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2016年2月 9日 (火)

お化粧に夢見る定型?

 今日も定型がしばしばアスペの方の発言に傷つくのはなぜか,という話です。定型的な説明のしかたではそれは「アスペが人の気持ちを考えないから。思いやりにかける。人の気持ちをわからない」という説明の仕方になることが多いわけですよね。でもアスペの方にはこれが多分わかりにくくて,定型の会話は正直さに欠けていて嘘っぽく感じたりする。

 以前にこの問題について書いたときは,ひとつは定型が「化粧を大事にする」というたとえ話で考えてみました。整形はもっと激しくそうですけど,化粧というのはある意味「嘘の自分」を作って人に見せることですよね。で,そういう化粧をしている女性(男性も?)に惹かれる側は,もちろんそれは素顔ではないことはわかっているんだけど,でもその化粧をしている相手に引き付けられる。

 そこで「まあ○○さん,きれい!」とみんながほめたたえて本人もうれしい気持ちになっているところに,「それってお化粧だよね。お化粧は上手だね」とコメントしたとしたら,みんな白けて○○さんはショックでしょう。それがもしかすると定型的な世界なのかも。

 これって,少し言葉を変えると,「(化粧している)私ってこういうのが理想なの」という相手に対して「僕はそういう理想は好きだな」と応じて,そこで「理想」が一致すると恋愛関係が成立みたいな,(ちょっと漫画チックな単純化ですが(笑))そんな世界が成り立っていることになります。

 それって,「素顔じゃない」という意味では嘘の世界ですし,「理想を共有している」ことでほんとに夫婦になっちゃうという意味では現実の世界のことです。嘘だけど現実で,現実だけど嘘,みたいな世界ですね(笑)

 これはものすごく個人差が大きそうには思いますが,おおざっぱな話としては,定型はそこでそのあいまいな世界の「現実」の方により大きく気持ちが動き,アスペの方は「そんなの嘘じゃん」という方に気持ちが動きやすい。

 これ,根が深くて,少し視野を広げれば,今の世の中なんてそういう「嘘」の塊でできています(しばらく掲示板などで「共同幻想」という言葉でも議論されていましたけど)。なんか今日も株価がどうのこうのというニュースをやってましたけど,あんなの嘘の塊ですしね。

 だって「実際の物(会社とか製品とか)」が変化するわけじゃなくて,ただそれに対する人気とか期待とか先行きへの不安感とかが激しく揺れ動くだけなわけじゃないですか。売れるとか売れないとか,実際にお金があるかどうかも関係あるけど,それより「お金を使いたい気持ちになるかどうか」みたいなことが大きいし。だからほんとは堅調な会社だって何かのきっかけで株価が暴落して没落することがある。それが一挙に世界規模で起こるのが恐慌ですよね。
 
 そんなふうに嘘で固めた世界によって,世界の経済が動いていて,お金で生きている限りは誰もそこから抜け出られなくて,それで人生が決まってしまったりするのが今の世の中なわけです。その結果戦争だって起こってしまう。

 ばかばかしいといえばこれほどばかばかしいこともないし,でもリアルといえばこれほどリアルな現実もない。人の人生や命がかかってますものね。

 というわけで,ものすごく乱暴な,みそくそ一緒の言い方ですけど(笑),今の定型優位の世の中は「お化粧でできている」と言えなくもないわけです。だからこの問題,すごく根が深い。

 で,みるきさんは定型的なものの扱い方について,こんなことを書かれています。

「あーなるほど、つまり根本的に定型さんはそんな汚い自分は見たくないし、見ないように努力していたわけか。綺麗な部分と綺麗な世界を信じて生きていきたいという人生観なのか。とやっと納得したわけです。」

 これについては先にも書いたように,かなり個人差はありそうですし,私の限られた経験からしても,社会によってもかなり違いそうです。私はみるきさんが指摘されているように「美しい世界」の幻想を見たい方なので,お化粧なしに汚い部分を突き付けられると,「ちょっと,それはないでしょう!」とか思っちゃうことがあるんですね。

 もちろん私も「汚い」現実もたくさん見てきていますし,自分自身の醜さも繰り返し思い知るわけですから,そこから目をそらそうとは思わないわけですし,だからこそ「アスペの方から見る定型のおぞましさ」みたいなことも,可能な限り理解したいと思っているわけですが,でもそれも含めてやっぱりハッピーエンドを夢見るところがあります。

 現実のおぞましさを直視する,という意味では韓ドラとか見てると,そういう人間の部分について容赦なくあからさまに描いているように感じられるものが多いですね。そこがまたリアリティがあって面白いんですが(笑)。見た目「美しい」,やさしさの塊のような「振る舞い」をする女性が,まさにおぞましいという感じの振る舞いを陰で行い,あるいは親しい人にはあからさまにそれを示す。

 でも,やっぱりそういう「おぞましい世界」を描き切った後に,どこかで救いを求めるのが多いんです。必ずしもハッピーエンドではなくて,当人はボロボロになって終わって,その子どもの代で救いが訪れるとか,そんな気の長い展開があったりもしますけれど。 

 最近,「あの野菊の如く」という,韓国ホームドラマの原点みたいに宣伝されているのを見てたんですが,まあとにかくお互い激しく傷つけあってすごいんです。泣きわめくは怒鳴りつけ合うは,自分はこんな世界は耐えられないな,もうプッツンしてこの人をぶっ飛ばしてるに違いない,とか感じることが繰り返されてました (笑)

 でも,それと同時に,その厳しい状況の中で,ものすごく人を思いやって生きている。あの,ぼろぼろに傷つきながらなお,思いやる気持ちのすごさは迫力ものです。そして最後はささやかな子どもの成長を喜ぶ家族が描かれておしまい。うーん,この展開でも最後はそこに落ち着けるか。となんだか不思議なような,少しほっとするような,微妙な気分になりました。

 といってももちろんそういう「ハッピーエンド」を望む気持ちは別に定型アスペに関係ないんだろうと思いますし,違いは望み方に表れやすいのかもしれませんね。まだよくわかりませんが,「理想の共有のしかた」と「醜さとの折り合いの付け方」のあたりに,もしかすると何かポイントがあるのかなあと思ったりもします。ほんと,わかんないですけど。

 

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コメント

お化粧の例えは、とても分かりやすくて、その点から考えてみると謎が解ける気がしますが。
私はパンダさんが考えられているポイントとは、少し違う視点です。

アスペはお化粧に重要性を感じないのではなく、お化粧の仕方がことごとく定型と異なって違和感を持たれ続けられた結果、お化粧をしなくても生きられる方法を編み出してきた、のではないかと思うのです。

前に息子の会話が、録音したテープを再生しているよう、とお話しましたが、これは息子が言葉を覚え始めた2から3才の頃、特に顕著だったんですね。
普通の子よりも、難しい言葉や堅苦しい言い回しをするので、この子は言語能力に優れている!と親バカに思ったこともあります。
しかし、どうも違和感がある。その言葉がうまく使えていない。この場面でその言葉は違うでしょということがすごく多かった。もちろん、小さい子にはありがちなことですが、それがすごく多いのです。
息子はもともと、人にすごく興味があり、何とかして関わりたいという気持ちが強かったが、どうやっていいか分からないので、テレビなどで楽しく会話しているシーンを丸覚えしていたんですね。
成長したり、親から使い方を指摘されたりしても、彼の感覚では、的確な言葉の使い方というのがなかなか分からないようで、この部分はアスペの特性なのだと感じます。なので、他人からお化粧の仕方を見て覚えるということが成り立ちにくく、お化粧に頼らないコミュニケーション法を編み出した。そのためには、自分をしっかりと見つめて自分のことは自分で対処しなくてはならなかった、ということなのかなと感じています。

次女の方は、長男よりも人に興味があります。長男は人の顔や名前を覚えるのが苦手なのですが、次女は一度会った人でも名前を覚えてしまいますし、その人の行動をよく見ているなと思います。
けれどやっぱりお化粧はうまくいかなくて、関わろうとすればするほど、トラブルになる。自分はこの化粧が一番なの!と思って接すると、定型的メイクをバッチリ身につけた友だちからは嫌われてしまう、というようなことが、幼児から小学校中学年くらいまで激しかったですね。
帰ってきて、私はこれがいいと思うのに、なんでみんなは理解しないんだ!と訴えるのですが、あなたはそれでいいと思っていても、みんなにはいいとは映らないんだよ、と説明してきました。娘にはそれはどうしても理解できない。私がいいと思うものは、いいに決まっている!と言い張っていました。
高学年になるにつれて、私はみんなとは違うんだ。私のやり方を主張しても通らないんだ、と言うようになり、それでも私がいいと思うものは誰かにわかってもらわなくても自分で温めておけばいいと割り切ったようです。
これが、理解できない定型のメイクを必死に覚えようとしても無理なので、素で勝負しよう!という決意にも思えます。

本来なら、素の自分が一番大切であって、それを理解してもらうためには多数派の化粧が必要である。
ということなのだと思います。

しかし、どうも最近の社会は『化粧第一』の意識が暴走している感があります。定型の中には、化粧に頼らなければ生きられない人がたくさんいて、そこが崩されることに恐怖を抱きます。

アスペであっても、定型流化粧を有無を言わさず身につけされられてしまった人は、強迫的に自分の化粧法を守ろうとします。
まさに私の夫ですが、親から古い化粧法を叩き込まれてこれさえ守っていれば困ることはないと信じ込まされてきた。
なので、時代が変わって通用しなくなってきても、頑なにその化粧法を守っています。
アスペゆえに、どんどん変化する定型の化粧法を理解することは難しいんだろうなと感じます。

あすなろさん

 これもまたすごく大事なポイントですね。
 また記事で考えてみます。

こんばんは、先日おじゃましたキキ(アスペ)です。
あすなろさんのおっしゃること、何となくわかります。
私も小学校高学年から、自分のやり方(おとなしかったですが)が、友人にも先生にもわかってもらえない、これは良くない方法というか、良くない性格なんだと思いはじめました。
六年生の時、引っ越しによる転校を機会に、性格を180度変えようと決意しました。
そして、「明るく元気でひょうきんな転校生」に初日から成り切り、その後、そのキャラクターが、どこまで本当の自分かわからないまま、成功していたので続けています。
もちろん今は、全てが演技ではないですが、やはり、人といる時は、全然別人のように見えると思います。
(外ではキャラクターを演じてしまうので、素の自分は私しかわからないのですが)
演じてるうちに、本当にひょうきんな部分も出てきたような気がしますが、でも人に受けるギャグというか冗談は、たいていが「誰かの物まね(コロッケさんみたいに)をする」時なので、本当に私が面白いのではないかもしれませんが…(^o^;
小学校六年生くらいから定型さんの真似をすると、私のような感じになる方もいるのかな?と思います。
アスペと診断されたと近しい人に言っても、誰も「全く違和感がないからわからない」と言います。
ちょっと変わったところのある人、ぐらいだそうです。
でも、私はいま、社会生活に困っていて、生きにくさは昔から変わらないどころか、年々ついていけなくなっているようです。
長文すみません。

何度もすみません、キキ(アスペ)です。
コメントを書いてからふと思ったのですが…私のする、コロッケさんのような物まねは、実は対象とされた人をひどく傷つけたりしていたかもしれません。
うけている、と感じていたのは私だけで、白い目で見られていたり、傷つけたりしていたかもしれません。
私は最近アスペ(ADHDもあり)と診断されたのですが、実は全く自分ではそんなことは思ったことはなく、生きにくさは「うつ」または性格なのだと思っていたのです。
ある方(医療関係者)に指摘を受けて、判定をしてもらったのです。
そうですね、コロッケさんの物まねは、私でも不快に思うことがあるので、やはり現実は誰かを不快にしていたのでしょう。
そういう意味では、人の気持ちが全くわかってなかったのかもしれません。

>キキさん

初めまして。
キキさんのお話から、私も子どもたちと自分のことを振り返ってみました。
キキさんのお悩みは、まさに息子が先日話していたようなことと同じで、前の記事のコメントにも書かせていただいたのですが、私から見ると、彼はとても上手に対人関係を結んでいると見えます。
息子が数人の同級生からいじめられていた時期があり、彼はそれで悩んでいたので、私は辛いなら学校に行かなくてもいいと思っていたのですが、同じ時期に、同級生の女の子のお母さんから、「娘が、あすなろくんは面白くていいって言ってるよ」と声をかけられたのです。それからいろいろと話を聞いてみると、息子をいじめている仲間以外は、ひょうきんな息子を好意的に見ていることがわかりました。そのうち息子にも親友ができて、彼はいじめる仲間のことを気にしなくなりました。
彼をいじめていた仲間は、どうやら本人たちがいろいろと心理的問題を抱えていたようで、中にはその後に飛び降り自殺を図ろうとした子までいました。彼らはそれぞれジレンマを抱えていたので、息子の突飛な行動が鼻について仕方なかったんですね。
相手の反応に関係なくユーモアを保ち続けることは、好意的に見てくれる人を増やすように思います。
息子本人は、それでも自分の中の不安定な部分を抑えたまま軽く振舞うことに違和感を感じてしまうようですが、息子にとってはベストの社交術であって、それを批判する人のことまでは考えなくていいのではないかなと、側で見ていて思いますが。

一方で、息子が不安定を抱えながらも、自分を貫き通す強さはどこから来るのかなと考えました。
それは、息子の不安定さを知りながらも一緒にいてくれる友達(1人ですが)や、これまでのトラブルを知っていながら、息子のことを全面的に認めてくれた先生や支援者の大人の存在なのではないかなと思います。小学校低学年のときは息子の精神的負担があまりにも大きかったので、敢えて学校を休ませて、ボランティアや支援してくれる団体を渡り歩いていました。そのとき、息子の特性を全て分かった上で、君はそれでいいよ、と言ってくれる人にたくさん出会いました。そういう人たちから掛けられた言葉が息子の自信の根底になっているのかなと感じます。
一方で、私を振り返ったとき、私は幼い頃から自分をさらけ出すと親や先生から叱られたり呆れられたりしてきたために、自分を押さえつけて、他人の社交術を真似して身につけることばかりをしてきました。身につけた自分なら人は受け入れてくれるのですが、今更になって、自分がありのままをさらけ出したとき、ほとんどが引くのではないかと考えてしまいます。それ以前に、どこまでが作られた自分で、どこまでが素の自分かが分からなくなっています。
大人になるというのはそういうものだと言われればそれまでですが、根底の自分があって表面を取り繕うのと、取り繕った表面ばかりなのとは、まるで違います。私は、いい年をして、この根底が分かりませんが、これは幼い頃から、素をさらけ出すと認めてもらえないために、素を見せてはいけないと思ってきた結果なのだと思います。
ユーモアで乗り切るキキさんの社交術は似たような方法で乗り越えている息子の様子を見ていると、とても良い方法だとは思いますが、キキさんが本当のご自分を認めてもらっていないような不安にかられるのは、私自身の実感としてよく分かるように思います。

〉あすなろさん

はじめまして、キキです。
よろしくお願いします。
あすなろさんに共感(と書きますが)してしていただいたことで、何だか鼻歌でも唄いたくなるほど気持ちが明るくなりました!
わかるよ、というメッセージは、こんなに嬉しいものなんですね。

息子さん、娘さん、これからも色々と壁にぶつかるとこがあると思いますが、側に、本当の自分を認めてくれた上で導いてくれるお母さんとしてのあすなろさんの存在があることが、どんなに好影響を与えるだろうと想像ははかりしれません。

自己否定がアイデンティティの確立に悪影響だということは、嫌というほど味わってきたので、自分を反面教師として、息子には自己肯定感を崩さないように、本当にそこしか育児として大事にしてないといっていいほど気にしてきました。
中学生のいまのところ、自己否定はなさそうですが、逆に、「肯定しすぎ」と思うようなところも出てきて、肯定も過ぎれば良くないだろう(身の程知らずな程の自信は、砕けた時に、ひどい挫折感を味わってしまうかなと)、どうしようと思い始めていたところです…

>あすなろさん

何度もすみません。
書くのが遅れましたが、息子は知的有りの広汎性発達障害です。
広汎性とはいえ、自閉的な面が強いです。
息子さんの幼い頃の言葉の使い方、テレビの丸暗記、まるで同じでした。
(うちは話し始めるのは遅かったですが)
テレビからの丸暗記なので、きれいな標準語使ってました(笑)
普段口語では使わないような大仰で古めかしい言葉とかもありました。
今は、周りからの情報で、だんだんに方言も入ってきてますが、チョット変です^ロ^;
息子をずっと見てきたのに、自分がアスペだなんて全く気付かず…驚きました。
理由のひとつは、同じく息子の父親がアスペだから、あっちの影響とばかり思い込んでいたのはあります。
あまり苦しまず、楽しいことの多い人生を歩んでほしいと思っていますが、定型の私の母親からは、もっと心配しないと!と言われたりします。私の思考は、どこか幼稚で、現実的ではないかもしれません(振りや言葉の真似だけで、定型さんのいわゆる現実の世界観は学んでいないと思います)。
パンダさんの作ってくださったこういう場所は、多くの定型の方にもアスペの方にも、すごく生きる、そして子育てする参考になると思います。

キキさん

それぞれの方の悩みが、それを語り合うことで他の方の力になるわけですよね。私としては願ってもないことです。

考えてみるとマイナスがマイナスのまま、プラスになれるということですよね…。それを可能にするのが他の人との繋がりだという訳ですが、それが定型アスペ間でも可能だということは、本当に心強いことです。

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