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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2016年2月29日 (月)

バランスと八つ当たり

 定型アスペ関係でむつかしいのはもちろん「コミュニケーション」のとり方で,アスペルガーがコミュニケーションの障害と言われたりするのも,ようするに定型との間でコミュニケーションがとりにくいことが目立つからですよね。

 で,このコミュニケーションがとりにくい,という感じは定型がアスペの方に感じるだけではなく,逆にアスペの方が定型(あるいは場合によってほかのアスペの方とも)に対して感じることでもあります。

 定型にもいろんなタイプがあるように,アスペの方もものすごくいろいろだという気がしますので,一概にいうことはむつかしいですが,少なくともここに来られてコメントをくださるような方についていえば,ずっとコミュニケーションに悩まれていて,その悩みの中には「相手のいうことがうまく理解できない」ことと「自分の気持ちが相手にうまく伝わらない」ということ,そして「相手への期待が裏切られ続けること」といったことが含まれているように思います。

 そういうことの結果として,相手から繰り返し叱責を受け続けたり,迫害されたりということも起こる。そうやって自分を他人から否定された場合,対処として考えられることは,「気にしない(無視する)」か「指摘されたことを参考にうまくできるように努力する」か,そのどちらもむつかしい場合には「うまく相手の期待に応えられない自分を責める」か「無理難題を押し付ける相手を責める」,といったことになっている可能性を感じます。「相手は相手,自分は自分とはっきりと割り切る」というのも「気にしない」というパターンの一つの対処法かもしれません。

 そんな風に考えてみると,これ,定型でも同じような状況に置かれれば,普通にそうなることですよね。ふつうは定型についていわれるカサンドラも典型的にそうでしょうし。

 違いは,定型よりもアスペの方のほうがそういう状況に追い込まれる可能性がすごく高いということです。なぜ可能性が高くなるかといえば,大きな目で見れば,世の中の仕組みが定型優位で作られているので,矛盾は少数派にしわ寄せされやすく,厳しい状況に追い込まれやすいということがあるでしょう(家庭では定型アスペが逆の立場になることもあり得るわけですが)。アスペ的な感覚で自然な振る舞いが,多数派によってみんなから否定されるわけですから,孤立してしまいやすいわけです。

 それに加えて,人によってはキキさんが言われているように,自分の体の中でもバランスがとりにくいことがあって,それが原因の一つになる可能性もあります。(ただし,コミュニケーションの問題から体の問題に行くこともあると思うので,どっちがどっちなのかはすぐにはわかりませんが)

 
 さて,またバランスの話ですが,自分の中でのバランスにしろ,他人とのバランスにしろ,それが崩れた状態というのは人にとってはつらいわけですよね。病気というのは通常の体のバランスが崩れた状態ですし,人とうまくいかないというのもコミュニケーションのバランスが崩れた状態です。逆に言えば「健康的」な状態は,体のバランスがうまくいっている状態ですし,よい人間関係といわれるものもバランスがとれた関係になります。

 そういうバランスが崩れた時に,人はなんとかバランスを回復しようとします。病原菌が原因の病気なら,体はそのバランスを壊す原因となる病原菌を排除しようとしますし,体が疲れた時には休んでバランスを取り戻そうとします。「鬱」なども極度の精神の疲労状態で,体が強制的に自分を完全休業状態にしようとしている,というふうにも見えますよね。

 人間関係ではバランスにはプラスとマイナスの両方がありそうです。相手にお世話になったらお返しをしたくなる,というのは「恩をもらった」というプラスのほうのバランスの崩れで,これには「お返し」によって崩れを回復しようとします。これがマイナスのほうになると「相手にやられた」という崩れ方で,それに対しては「し返し」をする回復法になります。回復の仕方は「お」か「し」の違いでどちらも「返し」です(笑:すごい人はやられたら愛で返す,ということをしますが,これは大変な技ですね)

 ところで,この「仕返し」のほうですが(基本的な理屈はお返しも同じだと思いますが),自分が苦しい目にあったとき,その「原因」を見つけて,それに対して「仕返し」をするわけです。ところがこの「原因」というのが曲者で,同じことでも人によって理解が全然違ったりします。

 たとえばある人がお金がなくて困っていたとします。なんででしょうか?お金をもらえないからですね。なんでお金をもらえないのでしょうか?働いていないからです。じゃあなんでは働いていないんでしょうか?ある人は「その人が怠け者だから」というかもしれません。実際無気力状態に見えます。でも「じゃあなんでその人が無気力になったのか?」ということを問う人があるかもしれません。「もともとそういう性格だよ」と考える人もあるでしょう。「病気なんだよ。」「脳に問題があってね」「ホルモンバランスが悪いんだな」

 「親のしつけが悪いんだね」と言うひともありそうです。「友達に恵まれなかったんだ」「上司に悪いやつがいて,徹底してやられたんだ」「会社の対応が悪かったんだ」「いやそういう困難に耐えられないような人間を作る学校の教育が悪かったんだよ」「政府の政策がなっていないんだよ」「社会が悪いんだ」「時代のせいだね」……といくらでも理由が出てきます。ついには「それが彼の運命なんだ」「神様のお決めになったことだね」といった話にもなるかもしれません。はたまた「家の方角が悪い」「悪霊がたたっている」「前世の報い」「呪いの結果」なんていうのもあります。

 どの理由が「正しい」のか,ということをここで追及するのはむつかしいですが,ひとつほぼ確実に言えることがあります。それはその人が何を原因と考えるかによってその人の対処法が決まるということです。病気と思えばお医者さんに行く。親のせいだと思えば親を責める。上司が悪いと思えば上司を訴える(かあきらめる,会社を辞める)。政策が悪いと思えば政治的に対応する。呪いの結果と感じればお祓いをする……
 
 で,何に原因を求めるか,ということについて,もちろん人によってもいろいろになりうるんですが,でも世の中でだいたい多くの人が同じような理解になることがあります。たとえば病気の原因については,今は病原菌を探したり,ホルモンや神経伝達物質など体が作る物の不調に原因を求めたり,神経の回路に問題を見ようとしたり,何か形のある物,物のように扱えるもので説明して対処しようとするのがはやりで,実際多くの効果を上げています。そういう見方からすればお祓いで病気をどうこうしようなどというのは馬鹿馬鹿しいことにしかなりません。

 でも,漢方とかはまた見方が違うみたいですね。詳しくは知りませんが,気の問題とか,陰陽の理解とか,そういうことに目を向けて「全体としてのバランスの回復」を追求する。「気」という「物」があると考えるとおかしな話になりますが,自然も含めての「気の巡り」みたいなバランスのとり方,状態の崩れの問題としてみれば,とても重要なことを問題にして来ていると私には思えます。

 鍼とか灸とかは体を刺激することで自分の力でバランスを回復するきっかけを与えることなのでしょうし,自然治癒力の考え方に結び付きやすいのも自然なことでしょう。人を物として見て,物理的に対処しようとするより,心を持ったものとして考えて対処しようとしやすいのも同じようなことだと思えます。一見同じような病でも,その人の体質などを見て,対処法を変えていくというのも「その人の自然治癒力を生かす」という発想につながっていそうです。

 実際漢方も数千年にわたる治療の積み重ねの歴史を持ち,今も実際に生きているわけです。「お祓い」というのも,そんな形で気分を変える(気の巡りを変える)みたいな工夫として考えれば,あながち荒唐無稽というわけでもないでしょう。(私はやりたいとは思いませんが)

 つまり,問題が起こったとき,その原因をどこに求めるか,ということにはいろいろな考え方があって,そのうちあるものはその時々の「多数派」に共有されやすく,その場合,その問題に対してどう対処するかはお互いに理解しやすく,納得しやすい。そしてお互いに理解の仕方が同じであれば,一緒に対処しやすいことにもなります。それだとプラスのバランスの回復も早まることが多くなる。

 逆に言えば,その理解の仕方がずれている場合には,お互いに「なんでそういう対処をするのか」が訳が分からなくなるわけです。そうすると,相手のやっていることがめちゃくちゃに見える。コミュニケーションがうまくいかなくなって,傷ついたりすることがあって,「なんでそうなるのか」と考え,その時に思いついた「原因」に対して,マイナスのバランスを回復するために相手を攻撃し始めることがある。

 それはその人にとってはものすごく理屈に合った行動なわけですが,相手からすると理解の仕方が違えば,まったく理屈に合わない。「本当の原因」を見誤って「八つ当たりをしている」というふうにも見えてくるわけです。「この病気の原因はあの一族の怨念が原因だ」とかなれば,その一族を滅ぼそうとするかもしれません。でも,相手が「自業自得だ」とか,違う原因を考えていれば,そんなのめちゃくちゃな話になります(世の中そんな話であふれていますが)。

 定型アスペ関係では,そんなふうに感覚の違いなどでコミュニケーションがうまくいかずにバランスがくずれ,その原因を探ろうとしてその理解の仕方にずれがまた起こり,対処法が食い違うのでさらに問題が深刻になり,さらに崩れたバランスを最後はマイナスの方向で回復しようとする,といった展開が起こりやすいのかなと,そんなことを思うのでした。

 

  

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コメント

何となく感じていたことを、こんな短い文の中に集約してくださって、パンダさんすごいです^^
逆に集約されているからこそ、読む人にとっていろんな捉え方もできるのかなと思いますが。

この記事を読んで、私なりに解釈して、私なりに結論するとしたら、
『原因とは、本来、自分の中にあるものである』
と、割り切れる人が増えたら、社会は変わるのではないか、ということです。

病気、悪いものが取り憑いた、能力の限界などは、まさに自分の側の原因であって、それを改善するには、他者の力を借りる。

医者に掛かる、お祓いをしてもらう、見合った能力が活かせるところにいく、理解してくれる人を探す、などですね。

これは、他者の力を借りながら自分自身を変えていく努力をすることになるのだと思います。がむしゃらに他人の意見どおりにするのではなくて、利用できる意見をチョイスしながら最終的には自分が努力する。これが自己責任といえるのではないでしょうか。

成育環境が悪かった、職場の人間関係が悪かった、時代のせい、社会のせい
そう言った外部の問題であったとしても、そこに自分がどう関わっていくか、どこと距離を置くか、その選択をするのが自己責任なのでしょう。

成育環境の悪さを自分の体験として語ることで、虐待問題に真剣に取り組んでいる方もいますし、職場の人間関係は、自ら変えようと努力する場合もあれば、限界を感じてその場から身を引くこともある。時代や社会に抗うのは難しいと流れに従う人もいれば、問題を明らかにして変えていこうとする人もいる。

すべて自己選択なんですよね。

無理なく自己選択する人が増えていったとき、世の中の『動ける人』と『静観する人』のバランスは、実は丁度良くできているのではないかと思います。

自分にはないものを求めて『無理ゲー』をしようとする人、さらに自己選択、自己責任も自覚できていないのに、他人に要求しようとする人が多いことから、今の世の中のバランスが崩れているのではないかなと感じます。

あすなろさん、こんにちは。

今回のあすなろさんのコメント、本当にその通りだと思います。
私が常日頃考えていることにとても近く非常に共感できました。

あまりにも共感できて自分が書いたのか?(いや、違う(笑))と思うくらいに嬉しくなりました。あすなろさんのコメントが読めて本当にありがとうと言いたいです。(私が勝手に感謝しているというだけなので、特に返事は不要です。礼(笑))

パンダさん、あすなろさん、こんにちは。
みるきさん、初めまして、最近お邪魔させてもらってます、キキ(アスペ+ADHD)と言います、よろしくお願いします。

私は、大きな社会というものに、昔から関心が抱けず、政治のことなども勉強しても、わからなすぎて頭に入らず、社会というのはピンとこないというか苦手なのですが…

ただ、「原因は自分自身にある」という、狭い意味での自分個人レベルで、少し変化があります。
このブログで沢山の方々のご意見や考え方、感じ方を(過去ログを遡って)読ませてもらってるんですが、その影響だと思います。
とりあえず、この記事のタイトルの「八つ当たり」に関して書きますが、少し変わっていけるかな?という期待を持ち始めました。

今までは、怒りの気持ちやモヤモヤ感が出てきたら、わりとパートナーのせいにしてきてて、そのまま感情をぶつけたりしていたなぁと。
そこを、怒りやモヤモヤを感じたら、いったん置いて考えてみる、すると、「なんだ、私も悪いんじゃん」「ああ、先読みしすぎて勝手に期待されてると感じてプレッシャーを感じてたんだ、相手は何も要求してないのに」とか、ほんの少しだけですけど、考えることが出てきたんですね。
すると、昨夜はパートナーに「いつもなら責めてきて色々言うのに、今夜は落ちついてるね」と言われました。
ああ、こんなに、私の理不尽な責めを、黙って受け止めてくれてたんだなぁと、なんだか涙が出そうになりました。

あすなろさんの息子さんの、「どうせ俺がおかしいから感情はぶつけない」というのと似てるのでしょうか?
違ったらごめんなさい。
「怒りの原因は本当に相手なのか?」と考える修行を始めた私から見ると、もしかすると息子さんは、その悟りの境地に至っておられるのかも…?
とふと思いました。

大変に小さい社会の個人、家族レベルの話ですけど、原因が自分にあるのに八つ当たりしてたこと、たくさんあったなぁ、と思って反省いる次第です…

キキさんへ。こんにちは。
はじめまして。みるきと申します。私も今年に入ってからこちらにお邪魔させていただいています新参者です。

こちらでたくさんの方々から色々なことを学ばせていただいているところです(笑)
キキさんからもたくさん吸収させてもらっちゃいますね(笑)

こちらこそよろしくお願いします(◎´∀`)ノ丁寧なご挨拶ありがとうございます(*´ェ`*)

あすなろさん みるきさん キキさん

 私の記事が皆さんの中で皆さんの思いを言葉にする刺激の一つになったみたいでよかったです。もともとが私は自分自身の経験と,みなさんからいただいているコメントでの経験や見方から,私なりの言葉でまとめてみているだけとも言えますから,それがある程度うまくまとまりさえすれば,元に戻ってみなさんの思いにつながっていくのは当然なのかもしれません。

 記事に関連したことで書けば,もしかすると私の記事は皆さんの中で何かが生まれようとしている,その「自己治癒力」に対して,針や灸のようにちょっとした刺激できっかけを提供する役割を果たしているかもしれませんね。もしそうであればうれしいです。鍼灸院でもはじめましょうか(笑)

 ブログに寄せられるみなさんのコメントが,現実にキキさんの家庭に変化を生み出すきっかけになったという話もとてもうれしいです。実際にそういう力をこの場のみなさんのやりとりが提供するわけですね?願いとしてはそうでしたが,それが現実になっているというのはありがたいことですし,励みにもなります。

 自己責任という言葉自体は,私自身は日本の中では特殊な色が付きすぎている気がして,実はあまり好きではないのですが,ひとりひとりが本当に自分の人生を作る主人公になっていく,そしてそこにお互いに刺激を与えあう人間関係がある,そんな展開は私も理想です。そういう関係が作れたとき,「障害者」は「援助される人」ではなくて,それぞれの事情を抱えながら「共に生きる」人になるような気がします。

>みるきさん

掲示板の方でも思ったのですが、みるきさんとは、本当に考え方がぴったり合わさるなと。リアルでは私はかなり奇抜な発想をする方なので、お口にチャック!と自戒していますが、ここまで同じ考えの方がいたことが嬉しいです。
私は言葉がきついので、みるきさんの文で、こういう風に言えばいいのかーと勉強させていただいてます^ ^


>キキさん

はじめまして(?)でしたよね?
息子のことですが、私から見ると、相手に怒りをぶつけるorひたすら我慢する、という両極思考だなと感じます。そこまで自虐的にならなくても、その中間があるのに、と思ってしまうのですが、そこがASDの方の両極思考なのでしょうか?

ただ、彼自身が楽になって、周りとの関係も良好、静観する余裕があるので相手のことを観察する余裕ができる、というメリットが多いようなので、自虐的であっても、こちらの方が断然いいのかもしれないと思います。
そうやって関係が築ければ、自虐も和らいでいくのかなと。

あすなろさんへ。
こちらこそ・・です。本当に。あすなろさんの考え方や感じ方が本当に共感できることが多く私も世の中には似たような感覚の人がいるのだなと嬉しくなりましたし、幸せな気持ちになりました。
私もあすなろさんの分かりやすい文章からたくさん学ばせていただいています。本当にお世話になっています(o^-^o)←最近顔文字の入れ方を発見し使いたくてウズウズして多用してます(笑)

少しだけ話がそれてしまうのですが、あすなろさんのような母親がいる息子さんはとても幸せですね。息子さんの人生は息子さん自身が歩いていくものですし、何か問題があったとしても息子さんがどうにかしていくしかないとは思いますが、それでも近くに、それも母親という特別な立場であすなろさんのような理解者がいてくれるというのは本当に幸運なことですし、それだけで自分は大丈夫なんだと思える大きな力になっていると思います。私も家族大好き人間なのですが、その中でも母親には特別感謝と尊敬と深い愛が止まりません(笑)私が辛いとき苦しいとき、それでも自分は大丈夫なんだとお気楽にあれたのはどんな私も全て受け入れ肯定して愛してくれた母の力が大きかったと思います。あすなろさんを見ていると(実際は見てないけど(笑))なんだかとても暖かい気持ちになって、ああきっと息子さんは大丈夫だななんてのんきに思えて仕方ないです。子供には決して見せないところで涙を流したことも憤ったこともやるせなさに思いを飲み込んだこともきっとあったと思います。(←私の勝手な妄想が爆発してます(笑))だからこそ、それでも腐らず自分を見つめ続け自分を変えることで受け止め方を変えようとしておられるあすなろさんを尊敬します。
お前誰だよ(笑)みたいなコメントになっていて本当にすみません。だけど、私の正直なあすなろさんへの印象?というか感じた想いなので伝えておきたかったので勝手に書いちゃいました。失礼だったらすみません。それでは、今後ともよろしくお願いします。

あすなろさんへ

初めまして、キキ(アスペ+ADHD)です。
実は、2月の記事のコメントで、あすなろさんから「初めまして」といって下さってたのに、私は「初めまして」抜きでいきなり話しかけてしまった感じになっていてすみません!
※「お化粧に夢見る定型?」の記事です。

うちは精神遅滞+自閉の息子(中学生)がいますので、あすなろさんの教育方針はとても勉強になります。

これからもよろしくお願いします!

みるきさん、キキさん

キキさん、失礼しました!忘れっぽいのと、似たようなHNの方が私の中でごっちゃになってしまうのと……。すみません。

みるきさん、過分なお言葉をいただいて、うれしいですが、ちょっと誤解があるので、申し開きさせてください。

息子にとって、私は一番の無理解者です。いや、一番は夫かな?
そこはやはりアスペと非アスペの感覚の違いも大きく(夫の場合は他人を一切理解しないという点で)、早いうちから家庭外に息子の理解を求めたのが、彼の人格に影響したのかなと感じます。
家庭内だけでは、おそらく虐待になっていたでしょうし、自分自身も追い詰められていたでしょう。息子と落ち着いて接することができるようになったのも、理解のある他人がいっぱい助けてくれたからです。もともと私が自分の能力の限界を感じていたので、なりふり構わず、あちこちに助けを求めていたのが、結果的にいろんな価値観を知ることになって、良かったのかなと。
相変わらず、息子とは不毛な争いになることが多いですが、そんなとき、こちらのアスペの方のお話を思い出して、なるほど!と思い直し、泥沼になるのが防げるという感じです。
パンダさんのおっしゃるように、どちらも同じように感じていながら、感覚のズレが亀裂を生むんだなーとつくづく思います。
そんなとき、いろんな他人のいろんな意見を取り入れると、一方的にどちらかが悪いわけではないことが分かるんだなと。
もちろん、家庭がしっかりされているお家はそれだけでも大きな機能を果たしてくれますが、そうでないとき、どんどん外に意見を求めるのは大切だなと感じています。

あすなろさんへ。

そうなんですね( ^ω^ )なんだか私も少しズレてたみたいで失礼しました(笑)
ただこれはズレてないなと思うことが1つあるんですが、あすなろさんが理解者ではなかったとするなら(笑)、あすなろさんが問題を家庭内や自分のことだけに留めずに周囲の人にも協力を求めたというか助けを求められた・・そのことがやっぱりすごいなと思いました。あすなろさんにしてみればそれどころじゃなかったとか必死だったとかなのかもしれませんが、私の中では、それができること、実際にそうしたということだけで十二分に尊敬できることです。
これはまたしても私個人の感覚ですが、それがいいか悪いかは別としてどうにもならなかったときに周囲を巻き込めるか否かはとても大きいことだと思っていて、あすなろさんのお話を伺っているとあすなろさんがそれをしたのがあすなろさん自身の為なのか息子さんたちのためなのか(前回息子さんに限って書いてしまったのですが、その後娘さんもいらっしゃることを知りました)、それは私には分かりませんが、結果としてそのことが当事者である子どもさんたちにプラスに働いたのならそれが素晴らしいなということなんです。私の感覚では。
それと今回のコメントを頂いてさらに驚いたのですが、あすなろさんが息子さんと不毛な争い(笑)をしていらっしゃるとすれば、どれほどあすなろさんはこの定型アスペ問題?を勉強されているんだろうと・・すごいな~(←ばかっぽい)と思いました。正直に言ってしまえば、私はあすなろさんがアスペなのか定型なのかよく分からなくなることがあります。勿論他意はありません。なんだか、私の感覚ではいかにもアスペっぽい文章(私も(笑))やいかにも定型っぽいと感じる文章もあるのですが、あすなろさんの文章はなんというかかなり中道的なものを感じます。(あくまで私個人の感じ方)
なんだかよくわからないけど、とにかくすごい人だなーという印象が深まりました。馬鹿丸出しの表現ですが、あすなろさんを馬鹿にしているわけでは全くありません。

あと、最後の

    いろんな他人のいろんな意見を取り入れると、一方的にどちらかが悪いわけで     はないことが分かるんだなと。
    もちろん、家庭がしっかりされているお家はそれだけでも大きな機能を果たしてく    れますが、そうでないとき、どんどん外に意見を求めるのは大切だなと感じてい    ます。


ですが、本当にそうですね。その通りだと思います。またしても共感しました(笑)

追記です。なんだか、変人みるきがあすなろさんを褒めたおしているみたいなコメントになっていますが、私はあすなろさんから特に欲しいものはありませんので流していただいて構いませんよー(゚ー゚)自分語りの一環としてあすなろさんに思ったことを言いたいというだけで個人としてはあすなろさんを喜ばせたいわけでもなければましてや苦しめたいわけでもありません。なんか変なこと言ってるなーと思っていただけると嬉しいです。

あすなろさんへ。

こんにちは。何度もしつこくすみません。
先日私の書いたコメントについて再度追記させてください。
正直私はあすなろさんがアスペなのか定型なのかよく分かっていないので(過去記事を読めって感じですよね(笑))ふつうに自分感覚で書いてしまったため、とてもアスペっぽい文章になったなと思います。それでなのですが、もしかすると私の深読みかもしれませんが、私の追記部分が意味不明だったりどう受け取っていいか分からなかったりするかもしれないなと思いました。

伝わっていれば何も問題ないですし、もしも伝わっていなかったと仮定するとたぶんあすなろさんは戸惑われたか困惑されたかな?と勝手に想像できたので一応どちらでもいいように解説をしておきたいです。

あの追記は、「私はあすなろさんにプレッシャーをかけたいわけでも味方とか仲間になってほしいというお願いでもましてやあすなろさんからの好意を求めるものでもなくただただ単純に私はあすなろさんのことが好きだ(おかしな意味ではなく人として好感を持っているという意)」ということが単純に言いたかっただけです。
これは私の勝手な憶測ですが、(私自身はまるで何も感じないが)私の文章は人によってはもしかすると何かたくらんでるんじゃないかと思うくらいにあすなろさんを持ち上げてるというかよいしょ?しているみたいに思われるのかなーと思ったので、「別に何も見返りなど求めてないから安心してください、私は単にこのブログに限りあすなろさんの文章を見てイメージするあすなろさんという人間性に好感を持ったという事実なので謙遜もいらないし、まあ気色悪ければ受け取り許可も結構なのであまりきにしないでくださいね~ということが伝えたかっただけの話でした。
自分としては、①自分はこう思った→②でももしかすると重いしプレッシャーに感じるかもしれないね→③別に私はそれほどの重さとプレッシャーになろうと言ったわけじゃない。むしろそんなくらいなら忘れてくれ、コメントを削除してもいい。というか、プレッシャーになるくらいなら削除のほうがよっぽどマシだ。
みたいな感情です。
ますます分からなくなっていたら本当にすみません。私が良くも悪くも好きも嫌いも全面に出る人間なのでややこしくなったのかもしれません。
不明な点や不快な点があれば訂正なり削除なりするので教えてください。伝わっていたとしたらそれはそれで問題ないので気にしないでください。
さらに追記:何度もコメントしてかなり面倒というかまどろっこしいと思いますが、ここは定型もアスペもいますし受け取り方の個人差もあるので確認という意味で書きました。

>みるきさん

私の方は、特にみるきさんの言葉が気になったとか、アスペ的でわかりにくいとか、そんな風には全然おもっていませんので、気になさらないでくださいね。
むしろ、みるきさんとは主張したいことがすごく似ているんだなと感じています。

逆に、似たような感性だからこそ、この場ではお互いに「そうだよ!」と同意し合ってはいけないのかなと感じています。ついこの間の騒動で、私も初めて気付いたことです。いろんな価値観や見方の人が集まる場なので、同じ意見の人が複数寄ると、何か反対意見が受け入れられづらくなってしまうんだなと。

もちろん、みるきさんのように、意見が一致する方がいたのは、私にはとても嬉しいです。お気持ちも本当に嬉しいです。ありがとうございます。

また、みるきさんの意見を拝見して、そこも同じ!あるいはここは違うなというのが発見できたら嬉しいです。

>似たような感性だからこそ、この場ではお互いに「そうだよ!」と同意し合ってはいけないのかなと感じています。ついこの間の騒動で、私も初めて気付いたことです。いろんな価値観や見方の人が集まる場なので、同じ意見の人が複数寄ると、何か反対意見が受け入れられづらくなってしまうんだなと 

それで皆からフルボッコにされたのになぜまだここに書き込もうと思うのでしょうか?

疑問さん

皆からフルボッコにされてなんかいないですよ。
何か 状況を読みまちがっていらっしゃるようですね。

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