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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年12月19日 (土)

我慢と怒りの不毛なサイクル

かつて、まだ定型アスペ問題に気づかなかった頃、私がおかしいと思うことについて最初は我慢してパートナーが察してくれるのを待ち、けれどもたいていそれはうまくいかないので、苛立ちが溜まってきてもう少し直接的に説明し、普通ならそれで十分理解されるはずの事が伝わらず、結果として無視された印象になり、やがて怒りが爆発する……、というような展開が繰り返されたような気がします。

そうやって怒りが爆発してもほとんど何も解決するわけではなく、段々としんどさが溜まるばかりで逆に状況は悪くなっていきます。

定型アスペ問題に気づいたあとは、我慢と怒りの間に「定型アスペのズレを考慮して、もう少し違う理解を探ってみる」という態度が膨らんできました。このブログがまさにその作業の大事な柱のひとつで、皆さんの貴重な体験や視点、ご意見を教えていただきながらその作業を進めてきました。

そんななかで最近感じたことです。

知り合いの方から今年も牡蠣を沢山送っていただきました。今は二人暮らしなので、とてもすぐに食べられる量ではなく、どんなふうに食べていくか「贅沢な迷い」をもって考えたのですが、そのひとつにふと牡蠣御飯を思いつき、早速ネットで作り方を見てみました。これなら私でも作れそうだと思い、パートナーに「牡蠣御飯作ってみようかと思うんだけど」と言ってみました。

すると彼女の表情は途端に険しくなり、即座に「牡蠣御飯は好きじゃない」と言われました。例によって何かこちらが悪いことを言って、そのことをなじられているような印象を与えられる言い方です。


定型アスペ問題を考えてきた経験から、これは彼女には私をなじる気持ちはなく、自分の気持ちを素直に表現しただけで、定型なら笑顔か、あるいは普通の顔で「牡蠣御飯は好きじゃないんだよね」と言うとか、「悪いけど」や「残念ながら」などのクッションを何かひとつ入れようとするところ(特に日本ではその傾向が親しい間でも著しい)、そういう他人行儀の「飾り」を省いただけなんだ、というふうに理解を切り替えてみる事ができるようになってきています。

それで軽く息を吸ってなじられたように感じて反発する思いをすっと収め、そのまま引き下がりました。

それからしばらくして、特にこちらが何を言ったわけでもないのに、彼女の方から「私は味御飯があまり好きじゃない」とごく簡単な説明を始めました。

最近時々そういうことがあるように思います。即座に(ほとんど反射的に)否定したあと、しばらくしてその言い方を自分で気にして、言葉を足す気持ちになるという印象で、彼女の私への気遣いが感じられます。そういう気遣いが感じられると、それだけでこちらの気持ちもすごく変わりますね。我慢と怒りの不毛なサイクルに違う道がちょっとずつ拓かれていくような、そんな気持ちにもなります。まだ微かな兆しというレベルかもしれませんし、今後どうなるかも予想できませんが。

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コメント

以下、偉そうな事を言うようですが…

状況が好転する兆しだと思います。定型アスペ問題自体は最後まで残ると思いますが。私の経験では、「怒らない人」と認識されてから数年くらいかけて心理状態が変わるようです。そうすると心に余裕が生まれて発言も行動も変化し、周囲の人間関係すべてが改善を始め、何かきっかけがあって人生が激変するような経験をします。そうすると自信も出来て、更なる余裕が生まれます。それまでは焦らずに、反発を控えて引き下がる事を徹底されるのがよろしいかと思います。

Katzさん

ありがとうございます。体験者からそう言っていただけるのは励みになりますね。こういうの、大体の人は経験がないわけですから、手探りでいろんなことを試してみるしかないのだけれど、仮にその中にいいやり方があったとしても、すぐには効果がでないものだとすれば、それがいいやり方なんだと気づくことが難しいですから、結局さ迷い続ける結果になり、消耗していくことも少なくないんだと思います。

もしかすると定型アスペ問題は「すぐに変化が現れる」ということが特に起こりにくい傾向があるのかも。だからせっかくのいい努力も見逃されて無駄になり、絶望感が蓄積されていくとか。

そんなときに経験者の体験談はすごく力になるんだと思います。

ところで「怒らない人」と認識されたのはKatzさんご自身ですか?

パンダさん

はい、私は人に対しては滅多に怒らないので(^_^;) 機械とかには時々怒鳴り散らしてますけど(^_^;;)

こういうのはある日突然面と向かって伝えてもらえるようなものではないからわかりにくいんですけど、自分に対する態度などが明らかに変わってきますので、その辺を考えて推察してます。

カミさんの場合は自分でその辺も自覚して、普段のイライラ程度なら私をダシに使って解消するようになってました。女に構ってもらえれば男として素直に嬉しいんで、むしろどんと来い!でしたね(*^_^*) そういう状況になるまで5~6年かかったでしょうか。

カミさんと出会う前に付き合ってた女性もどこかに何かを抱えている人ばかりでしたが、そこまで行く前に私を「卒業」していってます。

> だからせっかくのいい努力も見逃されて無駄になり、絶望感が蓄積されていくとか。

だから、成果を期待して努力しよう…ではなくて、より良い自分になって人生丸ごと変えよう!という気持ちで臨まないと難しいのかも知れません。

Katzさん

>だから、成果を期待して努力しよう…ではなくて、より良い自分になって人生丸ごと変えよう!という気持ちで臨まないと難しいのかも知れません。

 ここですね。これがある意味でアスペ的な形での前向きな人生観のひとつの形なのかもしれません。もちろん定型がそういう人生観を持てないということではなくて、状況次第でそういう人生観を迫られることもあると思いますが、アスペの方は人生の非常に早い段階からそういう人生観を模索せざるを得なくなる可能性が大きいとか。

 決して「期待」という気持ちがないわけでもないし、そこは定型と同じでも、期待を裏切られる経験が多く、しかもそのレベルがきつい場合が多ければ、「期待」は「甘え」として断ち切らなければならない、という人生観が早く身についても不思議はない気がします。

パンダさん

私としてはそんなにスゴイ事を言っているつもりは無いのですが(^_^;) 自分の生き方が状況に合わないなら、辛くないように生き方の方を変えて楽になりたい、それだけです。それが出来ないと聞くと逆に、そんなに自分に執着して辛くないですか?執着に理由がありますか?と聞きたくなります。もちろん生まれもっての能力などは変えようがありませんが。その境界線については、パンダさんの記事内容を参考にさせていただいています。kagewari心理分析などに興味が湧くのも、そういう執着の理由が明らかになるからですね。

前向きという点で私個人の事を言えば、私は男性ホルモンの過剰分泌のケがありまして、そこから軽躁が出ている可能性があります。きちんと診断されたワケではありませんが…というか、普通の病院ではそんな事まで調べてくれませんから、色々な機会に色々な検査をした結果を知識で結び付けるとそんな話になるのでした。そんなワケで私の前向きは生まれもっての能力だったようです。またそれに気付かずに、更に自分で磨きをかけてきました。アスペとはまた軸の異なる部分ですね。

Katzさん

>それが出来ないと聞くと逆に、そんなに自分に執着して辛くないですか?執着に理由がありますか?と聞きたくなります。

 これ、おかしいですね(笑)。普通、執着が強いのはアスペみたいな話がないですか?
 ここでは逆になってますよね。
 結局自分が理解できるこだわりは「信念」とかになり、理解できないこだわりは
 「執着」と名付けられるだけとも言えそうです(笑)。

>その境界線については、パンダさんの記事内容を参考にさせていただいています。

 お役にたてばうれしいですが、私も変わり者なので、定型の標準的サンプルとしてはお役に立たないこともあるかも(笑)

>そんなワケで私の前向きは生まれもっての能力だったようです。

 なるほど。ま、でも鶏が先か卵が先かみたいな部分もありそうですが。

>>それが出来ないと聞くと逆に、そんなに自分に執着して辛くないですか?執着に理由がありますか?と聞きたくなります。
> これ、おかしいですね(笑)。普通、執着が強いのはアスペみたいな話がないですか?

面白いかなと思って意識して書いてみました。ニヤリとしていただければ幸いです(^_^)

生き方を変えると言っても、私自身、自分の根本的な部分が変わったのかと改めて振り返ってみると…実は何も変わってないような気がします。ただ、自分の表現方法というか意識の持ち方というか、そういうのはだいぶ成長したかな、と。それでもフツーの人と比べれば10年遅いと思いますが。

一つだけ自分の生まれ持った特性を乗り越えられたと思うのは、情緒不安定というか怒りっぽさですね。何かでスイッチが入ると、まあいわゆるアスペっぽい、周りから見ると恐らくは原因不明の癇癪を起こしてました。それだけは何とか。泣き虫でお調子者でおだてに弱いのは今も昔も変わりませんが(^_^;;)

Katzさん

>面白いかなと思って意識して書いてみました。ニヤリとしていただければ幸いです(^_^)

 そこまでお見通しでとは、おそれいりました <(_ _)> (笑)

>一つだけ自分の生まれ持った特性を乗り越えられたと思うのは、情緒不安定というか怒りっぽさですね。何かでスイッチが入ると、まあいわゆるアスペっぽい、周りから見ると恐らくは原因不明の癇癪を起こしてました。それだけは何とか。泣き虫でお調子者でおだてに弱いのは今も昔も変わりませんが(^_^;;)

 これはどうやって乗り越えられたのか、気になりますね。
 私も最近以前に比べると怒りっぽさがなくなってきた気がするのですが、
 定型アスペ問題を考えてきたことがそのひとつの理由のような気がします。

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