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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年5月 9日 (土)

うそんこの世界

 

Keiさんから寄せられたいくつかのコメントを拝見していて,定型的な中間領域の作り方がいかにアスぺの方たちの不信感を生み出すかについて,思いを新たにしていますが (^ ^;)ゞ,ふとこんな話を思い出しました。

 これも大昔に聞いて面白かったのですが,子どもが砂場でおままごとをしていて,砂でご飯を作ったりするわけです。それで「はい,ごはんですよ~」とか言いながら,それを「家族」に差し出したりする。で,差し出された方はたべる「ふり」をして,器から砂を砂場に落として空にして「ごちそうさま」と言ったりします。

 ところが面白い人(?変な人?)がいて,差し出されたその砂のごはんを,ほんとに口に入れて見せたんですって。こどもがどうするかと思って。

 そしたら子どもはめをまんまるにして,「そんなの食べちゃダメなんだよ」と言ったかなんか,詳しくは忘れましたが (^ ^;)ゞ,とにかくびっくりしちゃったというのです。

 この話なら,多分定型だろうがアスぺだろうが理解を結構共有できると思うのですけれど,要するに「うそんこ」の世界を楽しむことがあって,「本当は違う」んだけど,「そういう振りをする」ことでやり取りが成り立ち,その「うそんこ」の世界を遊ぶ,ということをやるわけです。

 人間の世の中,そういう「うそんこ」で成り立っています。遊びだけじゃありません。

 たとえばKatzさんの最近の話題でも出てきている経済の問題にしても,お金なんてそういう「うそんこ」の典型ですよね。2億円の札束だって,物としては結局紙切れにすぎません。銀行に入っていれば,「紙切れ」ですらなく,電子的なデータでしかない。

 でも,もしKatzさんが私に2億円の紙切れをくれたら,私は泣いて感謝するでしょう (笑)。私の人生はそこで変わります。うそんこのくせに,リアルにほんとのものでもあるのです。

 ほんとうはなんでもないものを「一応それは価値あるものにしておきましょう」といううそんこがお互いに認められた時,そこに経済が成り立つわけです。アスぺの方だって,そのうそんこを理解しなければこの世の中では生きていかれません。

 定型の人間関係って,そのうそんこをものすごく使うんですよね。中間領域ってうそんこのかたまりみたいな世界なのでしょう。それは「うそだけどほんと」の世界だから,そこで「そんなのうそでしょう」とか真顔で言われると,「それを言っちゃおしまいよ」という話になって白けてしまう。うそんこで差し出した砂のご飯を,いきなりほんとにたべられちゃった子どもの驚きとか,遊びを崩された白け感にも似ています。 

 あと,人や場合によっては,その「うそんこ」に命を懸けるような人もあるんですね。命を懸けてうそんこをほんとっこにしようとする。ある意味壮絶です。前に書いた例で言えば昔の殉死とか。今の感覚で言えば「なんで~???」となるかもしれないけど,当時の人にとってはめちゃくちゃリアルな感覚だったのでしょう。想像ですけど。

 そういう意味で,定型もアスぺもうそんこの世界の仕組みを基本的なところではたぶん共有しているんだけど,でもなんかその使い方とか,使う場面とか,そのあたりで違いがあるんでしょうね。ひとつ思いつくのは「明確にルール化されたうそんこ」と「ルール自体があいまいでゆれうごくうそんこ」の違いが関係するかも,というあたりでしょうか。

 ああ,2億円欲しい…… いや,その十分の一でも,とりあえず2万でもいいけど (笑)


    

 
 
 



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コメント

うそんこの世界、この喩えはとてもわかり易かったです。「うそんこ」の扱い方の違いと、その向こうにある「ほんとっこの世界」の個人差。そう捉えた上で定型アスペを考えるのは、私には合っていそうな気がします。

お金に関していえば、まだまだほんとっこの呪縛に囚われているんだろうな、というのが私の考えです。人間の歴史的にはほんのちょっと前、70〜80年前までは、少なくとも庶民が手にするお金はほんとっこ(の延長)だったんですよね。兌換紙幣というヤツですね。これをしかるべき場所に持っていけば、本物の金貨と交換してもらえました。

お金が本当にうそんこの世界になったからには、嘘を最大限に活用して貧困を無くす道もあるはずだ、と最近気付いたのでした。そして多分、日本の場合は、それが可能だと。

と、そんな私の独自世界は置いといて。現実問題として、私は2億円を稼ぐのに一生を費やしてしまいそうです。パンダさんに掲示板のショバ代2億円を支払う夢は、夢のまま終わりそうです…(^_^;)

私の娘には、人生の途中で2億円を稼ぎ終わって、その先の「真の自由」を手にして欲しいと願うものですが。そうすればきっと、定型アスペ問題の解決の為に費やす時間も十二分に確保できますね…。と、難問を娘に丸投げ。ひどい親ですな。わはは。

Katzさん

 しょば代,2000万におまけしておきますけど  (笑)

>お金が本当にうそんこの世界になったからには、嘘を最大限に活用して貧困を無くす道もあるはずだ、と最近気付いたのでした。そして多分、日本の場合は、それが可能だと。

 これ,なんだか面白そうですね。嘘で盛り上がった典型がバブルでしょうけれど,
 ああいう悲惨な結末に至らずに嘘を活用する方法,興味あります。

 ふと思ったんですけど,「嘘」と「夢」は紙一重ですね!

 あ,あと,「金(ゴールド)」はどうして価値があるんだろう,
 というのも興味を持つところです。
 食べられるわけでも,漬物石に便利なわけでもないのに…… (笑)

横レスすみません。  

Katzさん

>人生の途中で2億円を稼ぎ終わって、その先の「真の自由」を手にして欲しい
2億の話とは違いますが、Katzさんの理想に近い話がベーシックインカムかなと思ったのですが、これとはまた違うのでしょうか?

パンダさん

前のKatzさんとのやりとりが面白かったので、そこに繋げてコメントさせてください。ふと思ったのですが定型が居心地よく感じる「中間状態」ってアスペにとって「鬱状態」みたいな感じになるんじゃないでしょうか? 逆にアスペがその鬱から脱するために「白黒はっきりつけようとする」と定型は「居心地悪くなる」。

Katzさんが僕とのやりとりの中で「極論すれば、人生の値段は2億円です」「少なくとも私は(そこに)一歩でも二歩でも近付きたい」と言っているのですが、そこで用意周到に「…と断言すると猛反発する人が沢山出てくると思うんですけども」と断り書きを入れている。こういう予防的な言い回しは実に定型的ですが、「断言」するところはアスペっぽい。

こういう「夢の実現に対する断言」みたいなのって「やれるもんならやってみろ」とか「足の引っ張り合い」とか定型社会では反発されることがかなり多いから、二次障害があるアスペだと自分の「断言」によってどんどん追い詰められて鬱状態になる。そういう「定型的嫌がらせ」に対して「自己同一性」を保てなくなる。これは定型も一緒で、だから定型は「断言をやめる」わけです。そうやって自分を抑え付けることで周囲に順応し、半分自分を捨てたような状態で「自己同一性」を守る。

ではKatzさんもそんな断言しちゃっていずれ苦しくなるのかと言うと、僕はここで非常に感心したのですが、その同一性について最後に「私は本当に運が良かった」と言って「親の教育方針」や「人との出会い」を上げている。これはかなり真実に近いものであるように思えます。そういった「運」をひっくり返す力としての「2億円」。これは悩みますね、、、。

Keiさん

>定型が居心地よく感じる「中間状態」ってアスペにとって「鬱状態」みたいな感じになるんじゃないでしょうか? 逆にアスペがその鬱から脱するために「白黒はっきりつけようとする」と定型は「居心地悪くなる」

 これはたぶんそうなんだろうなと思います。居心地のいいポイントがずれちゃうんですよね,きっと。

>そういう「定型的嫌がらせ」に対して「自己同一性」を保てなくなる。これは定型も一緒で、だから定型は「断言をやめる」わけです。そうやって自分を抑え付けることで周囲に順応し、半分自分を捨てたような状態で「自己同一性」を守る。

 このあたり,日本の社会では特にその傾向が強いような気がしています。他の社会の人の場合,びっくりするくらい「断言」する人たちもいますし (笑)。

 そういう社会の方がアスぺの方は生きやすい面もあるのだと思うのですが,でもやっぱり相当苦労もされるみたいな話も聞いたことがありますし,むつかしいです。

>ではKatzさんもそんな断言しちゃっていずれ苦しくなるのかと言うと、僕はここで非常に感心したのですが

 Katzさんとのやりとりは,ほんとに定型的な感覚でもかなりスムーズにいく感じが確かにするんです。それだけたくさん工夫をされているのかなあと思うんですが。

 Katzさんがどうやってエルサのような苦しみを回避されているのかは,みんなで解明すべき「大事なテーマ」なのかも (^ ^)

パンダさん

おお、ショバ代、赤字覚悟の出血大サービス、驚きの9割引ですね!(^_^)

>  食べられるわけでも,漬物石に便利なわけでもないのに…… (笑)

純金の漬物石…
バブル期の銀座の貴金属店にありそうな(^_^;)

金の価値は、人間を惹き付けてやまない色んな特徴から来ているのでしょう。
ちなみに銀の価値は、歴史的にものすごく上下したみたいですね。昔は金に次ぐ価値があったはずですが、今や二束三文です(と言っても高いですけど)。

にわとりさん

おお、ベーシックインカムって言うんですね。不勉強でした。
ウィキペディアでざっと見ましたが、大体同じような内容です。日本銀行が直接国民に払うという事と、もう一つ、直接税(所得税と法人税)を無くそうと考えました。その関連で現金もやめよう、という過激な発想です(^_^;) 詳細はまた後ほど。

Keiさん

私に関して言えば、断定口調にしてるのは意識的にやっています。間違ってたら恥をかきたいんですよ。そのくらい強烈でなければ、私はなかなか記憶に残せないものでして…。

私はワーキングメモリが非常に小さいので、覚えようと思ったら長期記憶に刻み込むしかないんですが、普通にやってたらなかなか長期記憶に落ちてこないのです。それでなくても文章は記憶に残りにくいもので…。例えば漫画なら、覚える必要の無い事まで覚えてしまって、時々カミさんに呆れられてます(^_^;)

予防線を張る書き方は、実はあまり好きではありません。話が回りくどくなるのと、責任回避の匂いがしてくるのがどうも好きになれなくて。ただ、あまりにも強烈な言葉を置いた後には、さすがに予防線を張らないとアクが強過ぎる文章になってしまうので。

表現というものは、印象に残らなければ意味がありません。かといって刺激が強過ぎると、読む人を選んでしまいます。その間でバランスをとるように心掛けています。が、バランスをとるというのはとても難しいです…。多分、私が思ってるよりずっと強烈な文章になっちゃってるんじゃないでしょうか。

> 「白黒はっきりつけようとする」

私は「白」と「黒」と「グレー」をはっきりさせる事にしてます。「グレー」の場合は、問題を細かく分割して小問題を設定した上で、どれが「白」でどれが「黒」かを推測します。その総合としての「グレー」ですね。まぁ、リアルの会話の中でこれをやるのは難しいんですけど。とりあえずグレーである事だけ意識しておいて、後で機会があれば中身を詳しくみる予定…としてやり過ごしてます。

あれ、パンダさんのコメントと前後してしまいましたね。

>  Katzさんとのやりとりは,ほんとに定型的な感覚でもかなりスムーズにいく感じが確かにするんです。それだけたくさん工夫をされているのかなあと思うんですが。
> Katzさんがどうやってエルサのような苦しみを回避されているのかは,みんなで解明すべき「大事なテーマ」なのかも (^ ^)

…そんなにスゴイ事なんですかね。そういう意識はあんまり無いんですけど(^_^;;)私、何をやってるんでしょうか?? (^_^;;;)
そういえば心療内科の先生にも驚かれたなぁ…。なんなんでしょう(?_?)

ちなみにカミさんには、アスペ的に期待できない所はやっぱり期待しちゃいけない、というような事を言われます。

パンダさん

「居心地のいいポイントがずれる」ということについてですが、このズレ方が「好き嫌い」みたいな単純なものじゃないんですよね。たぶん基本的な「感覚」とか「感情」の部分では定型アスペカップルは意気投合してるはずだと思うんです。そこに「生活」「家事」「育児」「仕事」「お金」とかが絡んだ時ですね。「今日は晴れてて気持ちいいよねー」と言いながら「でも仕事を優先しよう」という時の「気まずさ」みたいな、、、。

Katzさん

グレイの話ですが、本当に細分化した上で「黒か?白か?」を決定するという感覚があるんですか? そういう心のメカニズムがアスペ側から言語化されるというなら極めて興味深いです。Katzさんは「後で機会があれば中身を詳しくみる予定」として「やり過ごす」とおっしゃっていますが、

定型は

「グレイ=もう白黒を問わない=やり過ごす=深く考えない・忘れる」

Katzさんは

「グレイ=いずれ白黒を問う=やり過ごす=ずっと憶えている」

という感じがします。こういった「同じ言葉が全く逆の心の状態を作り出す」というのは、定型アスペ問題の大きな特徴だと思います。

僕はKatzさんは定型に似た「グレイの言い回し」をすると思っていたのですが、今回のコメントを読んで自分自身に対しては「白黒宣言」をして、そこで(本意ではないが)定型対策として意識的に白には黒を、黒には白を対置して予防線を張り「擬似的なグレイ」を作り出す、というアクロバティックなことをしているんだなと思いました。これは定型の「グレイ」を「小問題の白黒に細分化する」ことと表裏一体で、「黒か白か」をはっきりさせることはやはりKatzさんの「記憶」や「行動」にとって重要であるように見えます。自閉症スペクトラムの特徴として「白黒思考」というのがありますが、Katzさんのそういった部分も「アスペ的」と考えていいのでしょうか?

もう一点、定型は「グレイ=深く考えない」とか言いながら実は「何となく考える=何となく行動する=とりあえずやってみてうまく行った=私ってすごい=定型社会に依存した自尊心」みたいに、Katzさんから見るとものすごくいい加減で場当たり的な「背理」のようなものをその「グレイ」の中に含んでいると思います。

その「何となく生きてる人たち」(もちろんそれぞれに努力はありますが)が結構「うまいことやってる」のが定型社会だと思いますが、以前おっしゃっていたように、この時代その『何となく』もだんだん通用しなくなるから、これからは「アスペB」の時代が来るかもしれないですね。

ちょっと一回休み(?)で、お金の話の詳細です〜
まともに書いてくと長くなり過ぎると思うので、要点だけ並べてみます。

その前に。私は、権力とか利権とかを否定する気はさらさらありません。そういうものはあってもいいし、欲望はむしろ無ければダメだろうと考えています。格差の問題は、唯一、貧困を招く事だけでしょう。逆に言えば、貧困さえ無くせるなら、格差は問題になりません。金持ち万歳。資本が集中しなければ文化は発展しません。日本は金持ち優遇国になるべきです。そしてそれは庶民礼賛と両立するはずです。

と、予防線を張った所で本題。

細かい事は抜きにして、大雑把に言って私が考えたのは、主に3つ。
・世帯年収にして200万円の保証。これを日本銀行の事業として実施する。
・現金の廃止。すべては銀行(またはクレジットカード)による決済で。
・直接税の廃止。代わりに消費税を売上税に変えて、これで賄う。

日本の世帯数はざっと5000万世帯です。統計によれば、年間所得が200万円未満なのはおよそ20%弱。つまり1000万世帯ほどとなります。実際に200万円ばらまくとなると、労働意欲を削がないような配慮とか色々必要になりますが、そういう話を抜きにして簡単に計算すれば、200万円×1000万世帯=20兆円。65歳以上の人口が25%くらいですから、世帯数も大体20%強として、年金も世帯当たり200万円で統一すれば、総額は同じ20兆円となります。合わせて40兆円ですな。

つまり毎年毎年40兆円分、日本銀行がお金を発行して庶民にばらまく事になります。すごい金額で、あっという間にインフレを招くようにも見えますけども。よく考えると、40兆円というのは、日本の国債発行額と同じなんですよね。そして一般会計の内訳は、大部分が社会保障費です(だからなかなか歳出を抑制できない。政治家のやる気が無いからではない)。40兆円分を国債発行の代わりにこれで置き換えてしまえば、インフレなんかおきないでしょう。

そして現金の廃止。すべては銀行またはカード決済にします。リアル人格と結び付ける必要は無いと、私は思っています。1人につき最低1口座は、本人確認する口座を設けて、ここに上記200万円を振り込むようにしますけども。それ以外の経済活動は、無記名の口座を作って財布代わりに利用するようにします。BitCoinみたいなものですね。いえ仕組は全然違いますけど。そしてこれ、日本中の全取引を把握するという意味があります。

最後に直接税の廃止。まず、消費税を取引税にして、税率を10%にします。すべての取引には例外無く10%の取引税がかかります。で、税金と言うから反発を招くのではないかと思うんですね。上記の現金の廃止と絡めて、すべての決済には決済手数料として額面の10%がかかる、とします。

日本のGDPは500兆円から600兆円と言われています。そのすべてが円建て決済だったと仮定すると、この決済手数料は50兆円ほどの収入となります。この内の10%、5兆円ほどを銀行の取り分として、システムの維持管理費用に充ててもらいます。ま、体のいい銀行の利権ですな。残りは45兆円。これが国庫に入りますが、今の税収とほぼ同じ金額なんですね。従って所得税も法人税も、その他すべて廃止しても今の国家予算(一般会計)は維持できます。

それで、こういう仕組にシフトするタイミングですけども。国債発行残高がアレでナニなのは周知の事実ですけど、日本の場合、国債を買ってるのはほとんどが国内の金融機関なんですよね。そして実際のところ、かなりの部分を日本銀行が引き受けているそうです。だからいよいよとなったら、全国債を日銀が買い取って、それからデフォルトするというシナリオが考えられます。こうすれば誰にも迷惑がかかりません。そしてその時に、お金の仕組みをガラッと変えます、と言う事は可能であろうと思います。

一番大事なのは、その時に国民がパニックにならない事です。たぶん、マスコミ総動員で、インターネットも駆使して、国民を抑えにかかることになるのでしょう。それでも一部の外国人が騒ぎそうですけど。その挙げ句に円が暴落するなら、それもまた良し。日本の工業力は世界有数ですからね。外国から見たら、超高性能の日本製品がタダみたいな値段で買い放題になります。輸出は一気に増えるでしょう。国内景気はウハウハです。それを利用して国内事情を立て直す為にも、国民はパニックになってはいけません。

円の暴落で大問題になるのは食料と石油の輸入ですけど…って、既に超長文になってしまいました…。スミマセン。とりあえず、私は楽観していて、その根拠もあります、とだけ。

アスペとは何の関係も無い長文で大変申し訳ありません。もう二度とやりませんので。もしアレだったら、問答無用で削除していただいても構いませんので、パンダさんよろしくお願いします(_o_)土下座

>Katzさん

経済のことには全く疎くて、小学生以下の知識しかないわたしなので、Katzさんの構想がどれほど実現可能なものかは分からないのですが、最低ライン200万の保証というのは、今の社会の問題の多くを解決してくれると思います。
世界的にも豊かな日本で、何故、餓死とか、その日食べるものもないような人が存在するのでしょうか。しかも若い世代に貧困層が多く、裕福な年寄りは存分な年金を使って悠々自適に暮らしている。
昔のように仕事も多様化して、食らいついていかないと仕事が得られない、あるいは就職してもブラックで身も心もボロボロになって辞めざるをおえなくなる。
そんな社会で、本人の努力不足ではなくあぶれてしまうことはざらにあります。
そこで最低限の生活が保障できなければ再起は本当に難しい。
年を取れば、今度はもらえる年金などほとんどない。
200万という最低ラインを確保することで、どれほど埋もれてしまった人材を確保できることでしょう。
悪用対策ももちろん必要ですが、そういう人間を差し引いたとしても、真面目に頑張ろうとする人や適所を見つけてみようとする人が出てくるはずです。

ちょっと別の件で、海外の飛び級制度について調べていました。
その中で、日本に何故飛び級制度が導入できないかという問いに対し、それを導入すれば、ますます受験競争が激しくなり、教育にかけるお金がかかるようになり、格差が広がるからですという答えがあって、めまいがしました。
欧米では、やりたい子はどんどん先に進み、ゆっくり身につけたい子は、例え留年してもそれを身につけるまで何年でもやり直す。習得の速さは問題ではないのだそうです。
日本という国がいかに利のない『うそんこの世界』に支配され、自分たちの首を絞めているか分かりますね。
それならKatzさんの立てられた仮説の方がよほど現実味があると思います。

あ、グレーの話ですが、
私は、その場で白か黒かを決められないときに、敢えてグレーの位置を決めて、白寄りか黒寄りかを意識に置いておくと心がけています。保留案件に順位を付けておくという感じかな?
そうやって意識に上らせておかないと、忘れてしまうからです。
それでも曖昧なのは忘れやすいんですけど。
そういうのとは、違いますかね^^;

あすなろさん

過分に評価していただきまして、ありがとうございます。

この制度が仮に実現したとして、それを最大に利用する方法は、田舎に引っ込んで自給自足の暮らしをすることなんですよね。食と住は自前で調達、現金収入は黙って200万。もちろん一人頭ではなくて一家全員で合わせての金額ですけど、それでも田舎暮らしなら十分すぎる金額だと思います。

で、私が理解している世間様の標準的な価値観では、そういう利用方法は極めてグレーな受け取り方をされると思うんですけど、どうでしょう。こういう方法をズルいと見るか、上手いと受け取るか。ちなみに私は、むしろ推奨されるべきと思っています。

と、強引にグレーの話に結び付けてしまいましたが(^_^;)
私の場合は、こういう抽象的な問題を提示されたとき、それをもう少し考え易い小さい問題の組合せに分解します。という方法は多分、アスペがどうとかではありませんね。理系の人間として叩き込まれた方法論を、人間関係にも応用してるだけです。といっても身近な人間関係やら感情やらにまで適用しようとするのは珍しいのかも知れませんが。この方法は応用範囲が広くて、漠然とした将来不安にまで対応できるので、極めて便利なのです。

Keiさん

> 自閉症スペクトラムの特徴として「白黒思考」というのがありますが、Katzさんのそういった部分も「アスペ的」と考えていいのでしょうか?

そういう訳で、アスペ的な特性をベースにして、訓練して身に付けた方法を、一般的な想定よりも広く応用している…という感じです。それがいかに私に合った方法であったのか等々を議論する事も出来るんですけど、それを書く時間が今は無くて…スミマセン。

> 「何となく考える=何となく行動する=とりあえずやってみてうまく行った=私ってすごい=定型社会に依存した自尊心」

ちょっと脇にそれますが。「私ってスゴイ」はとにかくとして、そこに至るまでの道は、私には出来ません。とても残念なんですけど。とりあえずやってみるというのは、トラブルへの臨機応変な対応ってヤツを暗黙の内に含みます。定型の方はこれが難なく出来るんですよね。私には臨機応変は鬼門です…。だから事前に、可能な限り考え抜くしかありません。そのため「何となく考える=何となく行動する=とりあえずやってみてうまく行った」の道をたどる事が、出来ないんですね。これが可能だというのはとてもスゴイ能力なんですけど、定型の方はそう思ってませんよね。

ちなみにこれがスゴイというのは、アスペから見てスゴイというだけではなく、客観的に見てもスゴイ能力です。人間の脳が生物進化の結果として手に入れた、最高の能力の一つかも知れません。コンピュータの技術者として断言します。

> この時代その『何となく』もだんだん通用しなくなるから、これからは「アスペB」の時代が来るかもしれないですね。

私もそう思います。そろそろ、人間の能力の限界を超え始めているのかも知れません。仕事上で最近色々言われている事って、実はアスペにとって都合の良い方向なんですよね。ロジカルシンキングとか、指示は明確にしろとか、統計に基づいた判断とか。ほとんどの人達はまだ気付いていないと思いますけど。

> その「何となく生きてる人たち」(もちろんそれぞれに努力はありますが)が結構「うまいことやってる」のが定型社会だと思いますが、

私が思うに、今の社会制度って、8割方の人々が8割方幸せになれるように運用されているんじゃないか、と。日本中のトータルで、幸せ度数は64%(=80%×80%)といった所ですかね。以前の話の中で出てきた、最初からの有利な立場ですね。だからリスクを負わないようにしているだけで、まぁまぁの幸せは掴む事が出来るんだと思います。これが「何となく生きてる人たち」が結構「うまいことやってる」という事の正体じゃないでしょうか。とすればその努力の正体とは、いかにリスクを避けて生きるか、という事になります。結果として今の日本人のステレオタイプと一致するように感じますが、どうでしょうか?

Katzさん

経済のお話は僕も知識がないので今ひとつ理解できませんが、庶民が幸せになれるのなら良いです。ただ「金持ち優遇と庶民礼賛の両立」はきっと「定型アスペの共感」みたいにかなりの難関になりそうな気がします(笑)。

「何となく考える=何となく行動する=とりあえずやってみてうまく行った」がKatzさんは「出来ない」と言うことですが、定型もほとんどが「できてるわけではない」んだと思います。たぶん「うまくいった」のハードルが低くて「できたような気になってる」ぐらいで、そんな人たちが群れて「お互いを持ち上げ合ってる」ような感じではないでしょうか?「トラブルへの臨機応変な対応」も「難なく出来る」わけではなく、何か責任押し付けあったりごまかしたりが多いような気がします。

そこでびっくりするぐらい柔軟に「臨機応変なトラブル対応ができる定型」というのは、パンダさんが他のところで中間状態の比喩として「境目のない遠近両用眼鏡」みたいなことをおっしゃってましたが、そんな感じでグレイのスペクトラム全体をシームレスに把握しながら、同時に細部にフォーカスした時にはKatzさんみたいに細分化して因果関係を見極めることができるような理系的思考(アスペ的思考?)を兼ね備えた、そんな「才能」を元々持った人なんでしょう。

この「境目のない遠近両用眼鏡」の例えを僕は面白いと思います。手前にフォーカスしていても視野全体はぼんやり意識している、という意味で。それは「手前か?遠くか?全体か?細部か?」みたいにそのいずれかしか意識に上らないのとちょっと違う。

「まあまあの幸せ」ですが、今の日本ではだんだん手に入れにくくなっていますから、自分に合った社会的居場所を見つけるには「何となく生きてる」だけじゃだめなんでしょうね。そこで「定型」も細かく白黒つける分析能力として「アスペ」を身につける必要が出てくる、と。

Katzさん

>私が理解している世間様の標準的な価値観では、そういう利用方法は極めてグレーな受け取り方をされると思うんですけど

私は逆に感じますね。とても白黒をはっきりさせたやり方であり、究極の効率化だと思います。
田舎ぐらしを推奨するとおっしゃいますが、私は都会でもいいと思うのです。
200万では、都会では光熱費と家賃と切り詰めた食費で目一杯。それも工夫をしなければ食いつぶしてしまいます。贅沢をしたら最後です。
だからこそ、最低限は援助するが、そこから必死に頑張らなくてはならないのです。
十分な援助をしてしまったら、ニートが増えるだけだと思いますね。
もちろん田舎暮らしでは十分な額かもしれませんが、田舎暮らしは都会よりも努力が必要ですし。
最低限の資金を持って、本人がどこで頑張るかは選べるわけです。

こういった、誰にでも白黒の分かる(非常に明確な効率が臨める方法)を、政府は絵空事と割り切ります。
それはあまりにも今の政治がグレーゾーンで為されてきたために、白黒を決められてしまうとマズイことがたくさんあるからです。
そのグレーゾーンは、もう、白寄りか黒寄りかもはっきりしませんし、はっきりさせてはいけない領域なのです。
時代劇の中で悪代官と越後屋が無言でやり取りするような(笑)

3・11以降、本当に日本ってグレーしかないんだと痛感しましたし、何事もグレーに染められようとしているなと、危機感を感じますね。

Keiさんがおっしゃるように、アスペBのような人物が上に立ってどこかでスパッとメスを入れる必要があると、私は思います。

すみません。
アスペ定型問題とはかけ離れてしまいましたが、普段ニュースを見てモヤモヤするものと今回のお話は、どこか共通点があるような気がしたもので。

なんでしょう、あすなろさんのコメントからは珍しく、微妙な部分をハッキリ断言するような雰囲気を感じましたが…ニュースを見てのモヤモヤがよほど腹に据えかねてますか?(^_^;)

ホントに最近、私もようやく、モヤモヤするニュースの裏側がちょっとだけ透けて見えるような気分を味わえた気になる事が出てきました。それで実感すること。やっぱり社会には中心というものがあり、そこにはお金と権力が集まっているのではないかと。そしてやっぱり、すべてを明らかにしてしまうと非常に困るんでしょう。

でも「中心の意思」を推測するヒントは、確かにそこかしこに散らばっています。ヒントを丁寧に選り分けて、つなぎ合わせて、足りない部分を想像で補って、そうするとちょっとだけ何かが見えてきます。そういう作業ってのは、流れの先を予測できるかどうかにつながると思うんですよ。先が見えれば今を判断できます。アスペB的な、荒波を泳ぎ抜く少数派への第一歩ですね。結局は自力で泳げなくても、それはいずれ大きな差になると信じています。

で、こういう作業は、身近な人間関係にも直接応用できます。そこで要求されるレベルは非常に高い上に、私は記憶力と注意力が足りないので、なかなか思うようにはいきませんが。妻と子だけに限定すれば、私にも部分的には何かが見える事もあります。そうすると面白くなってくるんですよね、段々と流れを掴めてきますとね。

何となく考えて何となく行動したら的を外す可能性が致命的に高いので、頭で考えて流れを掴む事は必須事項です。とりあえずやってみる事で遭遇するトラブルへの対処も、定型の頭なら大抵はそれなりに対応できてるようで。恐らく、Keiさんが考える以上に私の対応能力が低いのだと思います。私の場合、例えば自分が設定した(だから誰にも迷惑をかけない)予定の時間を1分過ぎただけで、ものすご~く不安になりますから…。そんなレベルです。で、そうやって四六時中頭を使って疲れないのかという声も時々あるんですけど、疲労を抜く技術もそれなりに編み出しているので、まあまあ何とかやれています。

> 「まあまあの幸せ」ですが、今の日本ではだんだん手に入れにくくなっていますから、自分に合った社会的居場所を見つけるには「何となく生きてる」だけじゃだめなんでしょうね。そこで「定型」も細かく白黒つける分析能力として「アスペ」を身につける必要が出てくる、と。

その過程で、本物のアスペの能力を自分の周りで活かす方法を、定型の方に見出していただけると嬉しいと思う今日この頃です。

自分に合った社会的居場所を見つけにくくなってきたという現象は、庶民とか金持ちとか関係無く、日本全体で起こってきているのではないかな、と思っています。だからこれからは、金持ちにも新しい居場所を探して欲しいんですね。…で、「金持ち優遇と庶民礼賛の両立」の話に戻るんですけど(^_^;) 今までの「金持ちが日本を運営して、庶民はその流れに乗る」というモデルは、もう限界じゃないかと思うんですね。なぜなら社会の流れのスピードが、個人の能力の限界を超え始めたから。従って、庶民を底上げして運営に参加してもらう事で金持ちは更に上へ昇る、という社会モデルがこれからは必要なんじゃないかと。

余談ですけど私は、日本の中心には、世界の中心と対等に渡り合える存在であって欲しいんですよ、日本人として。そうなるには多分、日本の中心にいる方々にはもう1段階か2段階くらい上に昇ってもらわなければならないのではないかと、ちらほら見え隠れするヒントをつなぎ合わせて推測する次第です。

 ビルゲイツやジョージルーカスやスティーブジョブスや,アメリカの文化・経済活動をリードするような人たちが言われるようにアスぺなのだとすれば,アメリカの強さはアスぺ的な力を最大限に活用するような社会を作っていることなのかもしれませんよね。たぶんそこは日本の社会は苦手なところかも。

 自然科学だって,発想,物の見方はすごくアスぺ的と感じますし,アスぺの研究者がたくさんいなければ,今の自然科学の発展はなかったでしょう。法律の世界なんかもそうじゃないかという気がします。

 もちろん,そういうやり方にはそれなりの限界はあるとは思いますけれど,少なくとも今の日本社会が置かれている状況の中では,アスぺ的な世界観(?)に学ぶところは決して小さくなさそうですし,もう少し言えば定型アスぺ問題に学ぶことは実はかなり大きいんじゃないかという気もするんです。

 軋轢はたくさんのものをつぶしていきますけれど,そしてえてして血も涙もない弱肉強食の世界を生み出しますけれど,同時になにか新しいものが生まれるのも,そういう軋轢の中からということが多いように思えます。「危機は最大のチャンス」とか。…… と考えて,かろうじて自分を励ましているだけかもしれませんけど (笑)

伝統的には、日本は多分、他のどこよりもアスペを理解してきた国だと思うんですよね。職人の国ニッポンってやつです。私も自分の性格を一言で表すのに「骨の髄から職人気質でねぇ」なんて時々言ったりしてます。これで「あぁ」と言ってもらえるんですよ、大抵は苦笑いしながらですけど。

アップル社は、ソニーの社風を取り入れたんだそうですね。今の、ではなくて昔のソニーです。で、同じやり方をやったのだとして、日本ではソニーというブランドだけが立ち、アメリカではジョブズが率いるアップルなのはナゼか。それは、日本人は金持ちが嫌いだから、なんですよね。アスペとの付き合い方の観点からは、実は思ったほど大きな違いは無かったのではないかなと、そんな気もしています。とすると日本人がアスペと付き合いにくくなったのはナゼか、というのが問題になりますが、今一所懸命考え中です…。

弱肉強食と言ってしまうと負けた者は去れ!となってしまいますけども。適者生存と言えば、適材適所によってみんな共存の可能性が出てきます。どうでしょう?

Katzさん

 職人堅気とか,こどもならみそっかすとか,「変わった人」との付き合い方は昔はまた違ったものがあったんでしょうね。なぜ変わったのか,また面白い展開があったら是非教えてください。

 適者生存というと,不適者死亡がセットになりそうなので,適所生存の方が私はいいかも (笑) 棲み分けというやつです。

いえいえ、不適者死亡ではなくて、敗者復活の可能性を模索しましょうよ(^_^) その為の適材適所と試行錯誤だという事で。

適所生存にはウケました。

なんと言いますか、日本語って面白いですねぇ…

Katzさん

適所生存、我ながらうまく言えました(笑)

定型アスペ問題もこのスローガンで考えようかな。

Katzさん

私がしゃしゃり出てくるのはよろしくないと思うのですが、参考になれば。
http://kagewari-retour.seesaa.net/s/article/422213367.html

記事の中身は私には難しすぎてわかりませんでしたが…。

記事の中にオランダの第4都市だったか、ベーシックインカムが実験的に試される話のURLが載っています。
Katzさんの仰る話と似てるかなと。

失礼しました。

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