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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年4月25日 (土)

定型アスぺ感覚の部分的逆転体験

 少し前,ちょっと面白い体験がありました。


 精神科医でアスペルガーの専門家の医者さん,加藤進昌さんが書かれた「大人のアスペルガー症候群」という本を読んでいたときのことですが,「アスペルガー症候群がどういう障がいかを理解するのに,当事者の手記はとても役に立ちます。」ということで,ある20代男性のこんな文章を紹介されています。

 「親は心配からすべてについて干渉してきましたが、自分のほうは,自分を否定されるように感じるので幼少期から反発しています。中学生になって切符が大人料金になったのだから子ども扱いはやめてほしいと思ったのですが、親は子離れができていないようです。親は『家』世界の存在で外の世界に出現すると違和感があります」(88)

 私はこれを読んで,「ああ,そうだよね,そう感じるんだよね」とすぐに納得してしまい,ほとんど何の疑問も違和感も持たなかったんです。ところがその直後に加藤さんがこんなことを書かれていました。

 「 と「木で鼻をくくったような」文章をいただいてしまいました。これはこれで特徴的ではあります。私としては、大人になった印が「大人料金の切符」というのはいかがなものかと思ったのですが、Aさんには譲れない一線だったようです。」

 で,その加藤さんのコメントを読んで,私は一瞬頭が混乱してしまいました。 あれ?これって違和感を持たないといけない文章だったんだっけ?とか……(笑)

 で,ふと「頭で考えて」,もう一度定型的な感覚を思い起こしてみて,「ああそうか,定型的に見ればこれはそうしか見えなくなるのか」と「頭で納得」したのですが,何の違和感もなく「そう感じるよね」と思えてしまった気分は消えませんでした。

 外国人の方から,日本に来て何年かはすごく違和感があったのが,数年暮らしているうちに慣れてきて,母国に帰ってみたら逆にそっちのほうに違和感を感じてしまったりした,という話を聞いたことがあります。逆に日本人で海外在住が長かった方から,「あれ?ここは日本ではふつうどう感じるんでしたっけ?」とか尋ねられてしまって,すごく面白かった経験もあります。

 私の場合,分らないながらも,自分の感覚を手掛かりに,それを延長してみて,何かアスぺの方の感覚を想像できないかという作業を続けてきたわけですが,その作業になれてしまって,そういう構えが抜けなくなってくると,上のようなアスぺの方の文章もかなり違和感なくそのまま読めてしまうようです。

 もちろん私の理解はどこまでいっても定型的な感覚の延長でしかないのだとは思いますが,それでも「頭で無理やり理解しようとして見る」という段階を経て,一部のことについては「感覚的にも違和感なくそのまま受け入れられてしまう」状態へと進みうるのだなあと,この体験で思ったのでした。
 
  
 
 
 



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コメント

すみません、
 この引用文のはじめのほうは、アスペの方が書かれた文で、
 その下の引用は、本の著者(精神科の先生)の、それに対する感想、
なのでしょうか?

 私も、(始めに紹介された文章に)違和感を覚えなかったもので…
 何度か全体を読み直したのですが(そもそもこのブログ記事の意味を取り違えていたらすみません)
 そんなに変わった文章でしょうか(汗)
 どのへんが「木で鼻をくくったような」(=無愛想な、でいいんでしょうか、知らない言葉で・汗)文だったのか、気になります><

 他の方はどう感じたのかな…

ままさん

 はい。最初がアスぺの方の手記で,後のものが主治医?の加藤さんのコメントです。
 
 お母さんの手記も書いてもらったようですが,そちらが情感豊かに書かれていたものらしいので,それと比較して特に「木で鼻をくくったように」と感じられたのかもしれません。

 ただ,いずれにしても「大人になった印が「大人料金の切符」というのはいかがなものかと思った」という感想も書かれていて,言われてみればそこは違和感があってもまあありかなとは思います。ところが私はそこも全然スルーしてました (笑)

パンダさん、
 お答えありがとうございます~!

 前の文と比較して、なら、自分も普通に読めるかもしれないですね(汗)あはは。
 「切符が大人料金」という表現はすごく分かりやすいというか、そういうところで「はっきりと分ける」感じは、それらしいなと思うかも…。
 でも(自分も)似たような感覚で、きっぱり線を引いてるところがあるかもしれないですね…。

 正直『木で鼻をくくったよう』の方がよっぽど違和感がありましたww
 もちろん私に知識がなかったせいだと思いますがw 全くイメージの湧かない言葉w
 と思っ(て調べ)たら、言葉が変わってたのですね、どっちにしろ、背景の知識がないとさっぱり理解できない言葉でした……
 話ずらしてすみません><

パンダさん、いつも考えさせられる記事をありがとうございます。

私はこのアスペの男性の文に対し「確かに切符の料金を判断基準として重視し過ぎでは?」とは思いましたが、加藤先生がおっしゃるような「木で鼻をくくったような」は少々言い過ぎではないかと思いました。

少し前までの私なら「定型の先生が言うのだから、男性の文は冷たい感じなんだ。それを大して違和感なく感じた私はやっぱりおかしいんだ」と思い詰めてしまっていたところでした。でも、定型の言うことが全部違和感なし

途中投稿失礼しました。


定型の言うことが全部違和感なしなわけではない、定型の方だって「木で鼻をくくったような」物言いを無意識にする方はいるはずですよね。
なので、これをアスペの特徴の例として挙げるのは、少々行き過ぎではないか?と感じます。無愛想というように言われなければすぐにピンとくる台詞でもないと思いますし、微妙な線かと思います。(私だけかもしれませんが(^-^;)

連続失礼します!(。>д<)


もしかして、先生がアスペの特徴として取り上げているのは「木で鼻をくくったような文章」ではなく「切符」のことなのでしょうか?
コメントしているうちに私の認識がぼやけてしまっていたかもしれません。加藤先生にも申し訳ないです(;_;)

ゆかさん

> これをアスペの特徴の例として挙げるのは、少々行き過ぎではないか?と感じます。

 私の想像ですが,毎日いろんなアスぺの方と接している「定型の」加藤さんから見た時に,アスぺの方には共通して感じる特徴を,「定型的な言葉」で表すと,そんな感じになるのかもしれません。私も定型の一人のようなので,その言葉の使い方の感覚は分る気がします。

 ただ,多分ゆかさんなど,アスぺの方から見ると,その言葉は少し違うイメージになるのかもしれないですね。見るポイントにお互いにズレがあるとか。

 「同じ言葉」を使っているから同じ意味だと思っていたら,実は全然違う意味でつかわれていたとか,意味は同じでもニュアンスが違っていたとか,そんなことが定型アスぺ問題では多そうに思いますので,こんなふうにお互いに「違和感」があったときには伝え合ってそのズレを発見することが大事になるのかなと思います。

 そのズレを知るだけで,だいぶ軽くなる問題もあるんじゃないかな,という気がします。

私も ほとんど違和感ありませんでした。

なぜだかまではわかりませんが。

「木で鼻をくくったような」という表現の方に むしろ違和感を感じてしまいました。

私は、天然ぽい定型だと思っているのですが。。。

かずきです。

私からすると、先生の言葉の方が患者さんに寄り添うどころか、それこそ「木で鼻をくくったような」冷たい言い方のように感じますが…。

切符が大人料金、というのも
中学生になったんだから、とか、何かの区切りに年齢や年度の区切りを利用することも多い事から、
定型の方にも比較的受け入れやすい基準ではないかと思います。
違和感を感じなかった理由も、そこら辺にあると思います。
この患者さんの区切りが成人(20歳の誕生日)だとしたら、もっと違和感がないのではないでしょうか。

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