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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年4月20日 (月)

「自閉症だったわたしへ」

 積読になっていて,なかなか読み始められなかった「自閉症だったわたしへ」という本を読み始めているのですが,すごい本ですね。

 この場でも手探りで想像してきたことが,すごくリアルに表現されたりしています。たとえば

 「おそらくあの十二歳の頃,とうとうそこで「ルールに従ってゲームをする」よう,追い込まれていったのだろう。生き残るために。生き続けるために。  だが,どんなに母と兄がわたしの独特のふるまいやその場に適応できないことを嘲笑(あざわら)っても,私はやはり,世の中からふっとワープして,自分だけの世界に引きこもるのが好きだった。二人への憎しみと,こんなやり方はひどいという思いとでなんとか戦おうとしながらも,自分自身の感情が揺れ動くことが恐ろしくて,絶えずわたしは自分の殻の中へと呼び戻されていた。外へ出ていって戦おうとする力と,自分のうちにうずくまろうとする力。この逆方向の二つの」力は,私の中で激しく対立し,私本人がつぶれてしあいそうなほどだった。どちらも,わたしが「感じている」本物の感情だった。そしてわたしは,自分に手を差し伸べてくれようとする人たちにも,この矛盾した感情を,そのままぶつけていたのである。」(p.137)

 彼女にとって定型の世界で生きるということが,どれほどに演技を必要とするものであるかということは,私が想像していたレベルをやはり超える部分があって,自分の見方の甘さを感じさせられます。そして,自分の世界,物との世界のなかで,彼女がどれほどの安らぎと,また生きる喜びを感じられるのか,ということについても,とてもリアルに表現されていて,読んでいて痛みを感じるほどです。

 この本はパートナーが自分をアスペルガーだと理解するようになったきっかけの本の一つなのですが,彼女にとって家でくつろぐということが,どれほどの重みを持つことなのかについて,少し私の理解が深まった気もします。その彼女の世界の中に入れてもらえた,ということがどれほど大きな意味を持っていたのか,ということも改めて思いました。

 定型の感覚からすると,彼女が私に対して示してくれる行動は,私を必要としてくれている,となかなか実感しにくい「かすかな」表現であり続けました。でも,彼女が人との関係でそれまで持っていたベースと比較してみれば,それはほんとに特別の特別だったのだろう,という想像力も,前よりリアルに働き始めた気がします。

 「その人にとって自然な世界はどういうものなのだろう」ということを想像し,理解することはほんとに大事なのだと思えます。そしてこういう本は,そのための大事な手がかりを与えてくれるものになるのですね。ここでみなさんからいただくコメントもそうですし。

 「あたまで理解する」のではなく,実感を伴って「気持ちで納得する」ことができるためには,専門的な「解説書」では届かない部分があって,それはこういう当事者の思いをつづった本によって得られたりするのでしょう。定型アスぺ問題を考える際にひとつ大事なポイントかなと思います。

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コメント

ご紹介ありがとうございます。是非読んでみようと思います。

>定型の世界で生きるということが,どれほどに演技を必要とするものであるか

演技なしの素の自分は、演じている自分とは正反対だったりします。なので、もう演じ続けるしかなくなり、それが結果的に苦しくなって逃げ出したりします。(何かの本に書いてありましたが、これがいわゆるアスペの「橋を焼く」という行為でしょうか?)
周りに受け入れてもらうため、「演技すること」は必要不可欠なものでした。

コアラさん

よろしければ教えていただきたいことがあります。

コアラさんはご自分がアスペだろうと思われて、一生懸命関連の本を読まれ、理解を深めることで、一つ乗り越えられたという意味のことを書かれていましたが、その時の経験と比べて考えた場合、このブログや掲示板がコアラさんに持つ意味というか、役割というか、特徴というか、それはどんなところと感じられますか?

このブログが果たすべき役割とかをまた考えていきたいので、教えていただければありがたいです。

>一つ乗り越えられた

いえいえ、まだまだ乗り越えられてはいないんですよ(^^;)今の段階で、勉強して良かったと思うことや成長したこと、収穫できたことを書きます。

・幼少期からずっと抱えていた「生きづらさ」「体調不良」「自分でも自分を難しく思う」感覚があり、ずっと何なのかを模索し続け、やっとその謎が解明できそうなところに立てた。
(発達障害に対して間違った理解をしていたので、そちらは疑いもしていませんでした)

・私より状態が重い家族や親戚や友人などからずっと苦しめられ(本人には自覚なし)、また彼らの症状に対しても違った意味の捉え方をしていたので、パーソナリティー障害だけを疑い、その治療の難しさを知っているだけに頭を抱えていました。逃げ出せない相手だととにかく我慢の連続で、身体が悲鳴を上げていました。でも発達障害を正しく理解し始めてから、彼らが自分と同じ感覚の延長線上にいるのだとわかり、「なんだ、そういうことだったのか!」と、彼らにに対する見方が全く変わりました。

とまあ、「ようやく謎を解明するスタートライン立てた!」という事が大きな収穫です。

>「あたまで理解する」のではなく,実感を伴って「気持ちで納得する」ことができるためには,専門的な「解説書」では届かない部分があって

過去にも発達障害の本は読んでいたし、当事者に触れる機会も多くありました。ただそれは「あたまで理解」しただけの状態であり、間違った捉え方をしていたようです。それが、実感を伴って「気持ちで納得」することが出来て、結果、正しく理解できたように思います。

ようやくスタートラインに立てたものの、これから勉強していくには、本だけじゃわからない部分が沢山あります。また、当事者会なども(素晴らしい当事者会も中にはあると思いますが)定型アスペどちらかに偏りがちで、その結果いろんな不満だけを述べる会になり、傷の舐め合いだけをして、最終的には「教育が良くない!」「日本(地方)は遅れている」となって終わるパターンが多いような気がしていました。(ちょっと言い方が悪くてすみません)
あと、前から危惧していることがありまして、身近に発達障害者やその疑惑の者がいる場合、周りが無闇にそのことをオープンにするのは(顔出しで)いかがなものか?という思いがあります。本人が支援や理解を求める場合、また、自閉度によってもそこは必要になってきたりするので、それはまた別です。発達障害を正しく理解できているのは(他の病気や障害もそうですが)世の中でいうとほんのひと握りの人たちだと思うので、やはり無理解による偏見や差別が出てきてしまうのが今の日本の現状です。それを無闇にオープンにして騒ぎ立てるのは、すごく危険なことであると思います。
ですので、ここのような「顔を出さない状態でやり取りできる」という環境は、とても魅力的でメリットが多いと感じます。

>このブログや掲示板がコアラさんに持つ意味というか、役割というか、特徴というか、それはどんなところと感じられますか?

思いつくままに書いてみます(^^)

・自分のどの部分(感覚)が一般的でないのかまだ把握しきれてないので、定型側の方の気持ちや不満などを見て初めて、「え!?それ違うの?」と気づくことができる
 
・アスペ側の方のコメントや、パンダさんのように定型側の方がアスペ側の気持ちを分析して書かれた内容から、自分の中のモヤモヤしていたものが整理される事がある

・記事を読んで感じた事をコメントしたり、考えたりしているうちに、新たな角度から自分や周りを見ることが可能になる

・本でもわからなかった事を、とてもわかりやすい例えで説明してくださったりする方がいるので、より正しく理解できる

・定型側もアスペ側も、その幅や奥行きがあると知ることができる

・みなさんの具体的な例などを聞いて、それを考えたり参考にしたりすることができる

・定型アスペの「違い」を一つずつ知る度に、それに基づく新たな発見がある

・身近な人には相談できない・したくない・するつもりないけど、ここでは素直な気持ちで相談できるし、プレッシャーがないからか楽な気持ちでいられる

・自分より重度の人の感覚は未知な部分が多いけど、それを知る手がかりがないので(腫れ物に触るような状態の相手だと皆無に等しい)そのヒントをここで探している

他にもまだまだ出てくると思いますが、とりあえずはこんな感じです。
このように、私は本当にお世話になっていますm ( )m
そして時間の経過と共に、また違った意味合いに気づいていくと思います。


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