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アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年3月27日 (金)

接待と搾取

 このところ展開しているコメントのやりとりの多さと濃さにびっくりです。ブログ主としてはひとつひとつに丁寧にお答えすべきとも思うのですが,すでに私のキャパを完全に超えてしまっていますし((^ ^;)ゞ),無理しても長続きしませんし,ここは「みなさんの間の交流場所を提供するブログ主」というふうに自分の役割を都合よく限定させていただいて,議論には基本的には「参加者の一人」として参加させていただく,という形にさせていただけるとありがたく思います。

 ところで私は「定型的な感覚とアスぺ的な感覚をどうやったらつなぐことが可能なのだろうか」ということを考え続けてきたところがありますが,そこで今までのところ感じていることは,「上手な比喩はうまく感覚をつなげる(ように感じられる)ことがある」,ということです。

 今回,アスぺの側からKatzさん亜紀子さんが「接待」と「搾取」という言葉を使って定型アスぺ問題でアスぺの方が出会う辛さや苦労を説明してくださいました。これが私にはすごくリアリティがあって,「ああそういう感じで見るとちょっと分った気になる」と思えたのです。

 詳しくはお二人のコメントを直接ご覧いただければと思いますが,多分「接待」というのは,自分の気持ちはとりあえずおいておいて,何かの目的をもって相手の人の気分を良くするように努力して対応することでしょうから,多かれ少なかれ気疲れもしますし,目的によっては罪悪感さえ感じるかもしれません。

 この感じは定型でも別に違和感なく想像できますよね。で,Katzさんが言われるように,毎日仕事など,家の外に出て人と接するときには全てその状態が続くとしたら自分がどうなるかを考えてみます。それはもうへとへとになるでしょう。家に帰ってまでその状態を続けろと言われれば,それは地獄になるはずです。

 新婚ほやほやとか,特別の時にはそれでも気分の高揚もあるでしょうし,しばらくは「家でも接待」でいけるかもしれませんが,それが長続きするわけはない。身が持ちません。……ということを少なくとも「そりゃ無理もないよな」という程度には感じられるようになります。

 「搾取」という話も,私はこれまでそういう見方が全くできませんでした。自分が持っているものを極限まで搾り取られる,という感じでしょうか。たとえば子どもが勉強していて,あるいは大人が仕事をしていて,自分なりに精いっぱい頑張る。ところが力を出し切ったと自分では思っても,相手(大人とか上司)が「まだまだ」と言って全然満足してくれない。もっと頑張れ,もっと頑張れとずっと言われ続け,最初は息切れしながらもなんとか頑張ろうとするが,そのうちにもうつばも出ないような状態になってしまう。それでもまだ相手の要求は留まる事を知らない……

 ちょっと恐怖の事態ですよね。

 もしそういうことを定型として私がパートナーに求め続けていたのだとすれば,これはちょっと深刻です。求める気持ちがなくなるかどうかはわかりませんが,でも彼女の置かれている状況のしんどさが,多少なりとも感じられるようになります。


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コメント

私の使った「接待」は、りんごさんのコメントにあった元婚約者さんの言葉を持ってきたものです。人様の手柄を横取りするのは気が引けるので、その点ご留意いただければ…(^_^;)

Katzさん

 あ,そうでしたっけ (^ ^;)ゞ
 いや,でもそこを取り上げて使われるところがKatzさんの「手柄」かと (笑)

パンダさん

あはは、いや、ありがとうございます。状況を説明する言葉としてはわかりやすいですよね、接待。

しかし本当に、ここへ来てすごいですね、コメントの量も濃さも。皆さんのパワーに私も圧倒されます。しかも見かけ上のパワーのやり取りだけではなくて、ちゃんと皆さんそれぞれ自分の中に取り込んでいらっしゃいます。それがこの濃さの源ですね。並の掲示板などではありえない状況と思います。

私は最近、諸々事情で睡眠時間が少し削られていて、ちょっと疲れ気味です…。皆さんのパワーに負けないように頑張らなければ。ま、あんまり気合いを入れ過ぎても続かないので、息を抜きながらぼちぼち参加させていただきます☆

余談ですが、息を抜くにもそれなりの理屈がありまして。短時間で効果的に休憩するには、やはりそれなりの技術があるようです。最新科学も参考になりますが、そういう話になると日本古来の古い伝統文化の方が良いモノを持っているようですね。

あ〜、気を抜くと話が発散しますねぇ。これも私の中のADHDの気質のなせるワザなんでしょうか。

コメントを控えていましたが思わず。かずきです。

まさに私の毎日は接待ですね。
同居なので朝起きて部屋から出たら即。
部屋にいる間の夫と子供ととは気を抜けるんです。
つっけんどんかもしれませんが。

その状態を私は接客と呼んでいました。
みんながそうだと思っていたことの一つです。

同じように感じてる方も多かったので何だか嬉しくおもったので
ついついコメントです。

かずきさん

 接客,接待,似たような感覚をやっぱりみなさんおもちなんですね。
 ますますひとつの大事な手掛かりが得られた気分です。

 夫さんと子どもさんと一緒の時は気を抜ける
 というのは,やっぱりいい環境を作ってこられたんですね。

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