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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年3月 5日 (木)

「誇り」の問題

 引き続き,記事「アスぺも定型も似たようなもの」に寄せられたAS-Pさんのコメントから考えたことです。

 記事の中で私は時間的な見通しの持ち方について,「アスぺだから」短い時間の見通ししか持てないのではなくて,定型的な環境がアスぺの方にはわかりにくく,その場その場で手探りで対応するしかないから,長期的な見通しが持ちにくくなって,それで定型からは「一貫性がない」みたいな非難を受けやすくなる,という面があるんじゃないか,ということを書きました。逆に言えば定型だって同じような状態に置かれれば,「その場しのぎ」の「場当たり」に見える似たような生き方も多かれ少なかれせざるを得ないところに追い込まれるようになるでしょうし,その点では似たようなものではないか,ということでした。

 ところで,その際,そういう置かれた状況の違いを説明する比喩として,長期的な見通しを保証された終身雇用者と,その日その日を生きていくしかない日雇い労働者が置かれた立場という対比をしてみたのですけれど,AS-Pさんはその比喩はやはりしっくりこず,「サラリーマンとプロ野球選手」という対比のほうがぴったりくると感じられたようでした。

 それを拝見して,ああ,なるほど,と思いました。サラリーマンはある意味組織に頼って「群れて」生きていく。プロ野球選手は実力で個人として生きていく。サラリーマンの成功は組織の成功が前提になっているけど,プロ野球選手の成功は個人の才能や努力がもっと前面に出て来る。

 この二つの比喩の違いは何かと考えてみると,私があげた比喩は,アスぺの方が置かれた状況の困難さを強調する形になっているのに対して,AS-Pさんの比喩は個人の才能や努力の使い方の違いを強調する形になっているように思います。そしてなんでそういう違いが生まれるのかと考えてみると,それは「誇り」の問題に関係するんじゃないかと,そんなことを思いました。

 つまり,私自身は自分自身の置かれた状況からのシンパシーもあって,ついつい「日雇い労働者」の比喩を使ったように思いますが,その比喩では見方によってはその人の能力のなさとか,努力のなさが強調されることがあります。後ろ向きのイメージがあるかもしれません。それに対してプロ野球選手は前向きに頑張って,ある程度成功している人のイメージになるのでしょう。そういう意味でならもちろんAS-Pさんはプロ野球選手のイメージに近いですよね。

 そこはAS-Pさんが困難な状況を抱えながら,自分なりの努力で今を築かれている,「誇り」のようなものに関わる部分だと私には思えたのです。

 それで思ったのですが,「障がい者」というイメージって,素朴に言えば,一方では「差別の対象」として見て,切り捨てるようなものになったり,他方では「ケアの対象」として見て,つながりを保とうとするものになったり,なんかそのどちらかになりがちではないでしょうか。

 前者に比べれば,後者の方がいいのだと思いますけれど,ただそこには落とし穴もあって,ケアとか保護の対象として見るという見方は,どうしても「上から目線」になってしまう危険があると感じます。もちろん「それは当然のことだ」ということを前提にして考えることもできるのかもしれませんけれど,私はなんだかそこで「対等な人間関係」にこだわりたい部分があります。そしてそういう「上から目線」がおかしな具合に展開すると,にわとりさんとあすなろさんのやりとりの中で問題になっていた「支援者」など,本来味方になる人によって起こされる問題が生まれる可能性が出てくるように思います。

 そういう私自身も,パートナーから「その言い方には上から目線を感じる」と言われることがありますし,自分自身もいつも気にはしているのですが,なかなかむつかしい。

 そこで大事になることが,「差別の対象」として見るのではなく,「ケアの(というより関係を調整する必要のある)対象」としてだけ見るのでもなく,「人としての誇りをもって生きようとしている」人間同士の関係として見ることなんじゃないかという気がします。

 アスぺ父を持つ娘さんの父(ってややこしい (笑))の激しい暴力的な振る舞われ方の根っこにある怒りも,にわとりさんの苦しみも,どこか「人として誇りをもって生きていく」ことを否定されることへの怒りや苦しみを,私は感じ取ってしまいます。

 私のパートナーもそこではずっと苦しんできたように思えるし,今もそこをどうしたらいいのかが大きなテーマになっているように感じます。そのことについて私はほんとに無力だったし,むしろいろんな意味で傷つけてきた方だと思います。

 そういう「人として生きる誇り」に関わる問題と,AS-Pさんが比喩の仕方で違和感を感じられたことが,やっぱりつながっているのかなと思えたのです。

 なんか,「傷つけあうことをどうやって減らすか」という問題と同時に,お互いにそれぞれの理想をもって前向きに生きていく人間同士の関係をどう作るのか,ということが,最終的には大事になるのかなあと,そんなことを考えました。


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コメント

支援者は「何もできないんだから支援してもらわないといけないでしょ」との考えなんですが、上から目線で押しつけないでほしいというのはあります。
何でもない話ですが、ある企画で、私が魚をさばこうとしたら「にわとりさん、私がさばくから」と支援者に言われたことがあります。

ちなみに私も不格好ながらも魚はさばいたことがあります。
私はあぶなかしいからほっとけない、自分達に責任が来たら嫌だとのことで支援者がさわらせなかったんだと思いますが、小学生でもやってるレベルのことくらいは自分でもできるようになりたい私からしたら支援者の態度には不満を感じました。

これは一例ですが、幼児的な扱いをされるんですよね。
職場の障害者雇用なら仕方ないですが、プライベートで支援者にそんな扱いはされたくありません。
で、肝心なところで障害者の支援をしないわけです(生活や家族関係などで困ってる障害者の話は聞くけど、積極的に協力しない)。

あとはクレームではなくても色々支援者に意見や要望を言う障害者は生意気扱い、従順な障害者の方が好かれることはあると思います。
何でも上から目線ですね。
※もちろん良い支援者もいます。


一方で、仕事では支援を受け入れなければいけない現実もあります。
しかし軽度知的障害者や私のような発達障害だと定型者と同じプライドはありますから仕事内容や給料に不満を持つわけです。
でも健常者と同じ仕事はできません。
支援してる側からしてみれば、こういったところでは中度の知的障害者以上に扱いづらいかと思います。

対等な関係は理想ですが、能力がない障害者は健常者と同じ仕事はできない。下の立場で謙虚にいなければならない。
ここはどうにもならないと思います。


支援者は「何もできないんだから支援してもらわないといけないでしょ」との考えなんですが、上から目線で押しつけないでほしいというのはあります。
何でもない話ですが、ある企画で、私が魚をさばこうとしたら「にわとりさん、私がさばくから」と支援者に言われたことがあります。

ちなみに私も不格好ながらも魚はさばいたことがあります。
私はあぶなかしいからほっとけない、自分達に責任が来たら嫌だとのことで支援者がさわらせなかったんだと思いますが、小学生でもやってるレベルのことくらいは自分でもできるようになりたい私からしたら支援者の態度には不満を感じました。

これは一例ですが、幼児的な扱いをされるんですよね。
職場の障害者雇用なら仕方ないですが、プライベートで支援者にそんな扱いはされたくありません。
で、肝心なところで障害者の支援をしないわけです(生活や家族関係などで困ってる障害者の話は聞くけど、積極的に協力しない)。

あとはクレームではなくても色々支援者に意見や要望を言う障害者は生意気扱い、従順な障害者の方が好かれることはあると思います。
何でも上から目線ですね。
※もちろん良い支援者もいます。


一方で、仕事では支援を受け入れなければいけない現実もあります。
しかし軽度知的障害者や私のような発達障害だと定型者と同じプライドはありますから仕事内容や給料に不満を持つわけです。
でも健常者と同じ仕事はできません。
支援してる側からしてみれば、こういったところでは中度の知的障害者以上に扱いづらいかと思います。

対等な関係は理想ですが、能力がない障害者は健常者と同じ仕事はできない。下の立場で謙虚にいなければならない。
ここはどうにもならないと思います。


パンダさんのおっしゃる誇りの問題と、にわとりさんのおっしゃる幼児的な扱い、とても良くわかります。

この問題に関連して、具体的な方法論を述べさせていただくと、「私の判断に口を挟まないで!助けを求めた時だけ、それだけを黙ってやってくれればいい!それ以外は黙って遠くで見てて!」という事ではないでしょうか。

今、私には1歳3ヶ月の娘がいますが、娘に対して出来るだけこの事を心掛けるようにしています。実はカミさんに対しても、ですね。

Katzさん ココチです

>助けを求めた時だけ、それだけを黙ってやってくれればいい

私も 自分だったらそうして欲しいので,夫にそうするように心がけてきました(夫が家でしていた仕事を手伝うような生活の中で)
でも わたしとは どうにも違うんですよね。
大きいのは、困り感のなさ というんでしょうか。

これ 夫だけの問題ではないみたい に思えます。
たとえば「わたし困ってるの?」という題でブログの記事を書いたASの女性がいます。
自分に合った仕事をし 結婚して 子供もいる方です。
(ここ 説明 はしょります)

ともかく 長い間に,良かれと思って心がけた尊重の仕方が 夫のようなタイプには むしろ合わないところもあった と思うようになりました。
そう思うのはわたしだけではなかつたようで、ASの人には,一般的なカウンセリングは合わない と言っているASの方たちや専門家の方がいますね。

(,ちょっとまとまってないかもしれませんが,こんな考え方 やり方もある ということです。あしからず)

以前、発達障害者が対象の職業訓練に行ったことがあるのですが、そこでの支援者の対応が「小学生かっ!」って言いたくなるような感じでした。
私の方がだいぶ年齢は上だと思うのですけどね・・・。
他の方もそういう感じの扱いを経験されているのですね。
私はプライドがないので、徹底的に小学生レベルの反応を示して差し上げたので、支援者からはよい評価をいただくことができましたが。
普通にプライドがある人にとっては、かなり耐え難い対応だったかと思います。

ココチさん

なるほど、、、
詳細がわからないのでこうと決め付けるのもナンですが、もしかしたら優先順位の問題が絡んでいるのでしょうか。アスペは物事の優先順位を誤る事が多い、という…。独自のコダワリと合わさってしまうとかなり厄介な特性です。
私も、仕事でもやらかす事が多いんですよね…。私の場合は自覚する事で、とにかく事前に、誰かに聞いて確認する事にしています。そうする事で、何がどのようになったら困るのか、評価基準を明らかにしておきます。

カミさんの場合はそういう部分はしっかりしている、というのが長年の付き合いでわかっています。だから自由にさせておいても踏み外す事は無いだろうと確信できたんです。
カミさんの話ばかりで恐縮ですが、もう一つ、私と付き合うまではとにかく抑制と我慢ばかりだったようです。でも付き合っていく内に、基礎はしっかりしている事がわかってきた。あと必要なのは自由だけだったんですよね。だから私は彼女の判断はそのまま受け入れる事にしました。私が判断するより優れている場合が多いですし(^_^;)
お義父さんお義母さんには随分頼りないダンナに見られたようですが…。

ひとさん

プライドという言葉の定義の問題だと私は考えています。自分のレベルを誇示する事に価値を見出すのか、それとも、必要なモノを何が何でも手に入れる事に価値を見出すのか。
世間的には後者は汚いと認識される事も多いようですが、私は尊いと感じます。その上で、そういう決意を持った人間を不当に低く扱う輩は、まぁロクでもないヤツなんだろうな、と。

Katzさん

刺激的な,エキスのような内容で,,,時間がある時に お返事いたします。

それにしても 実践できてるところが すごいですね。

案外 知る機会のない,うまく行っているケースの内情を聞けて嬉しいです。

Katzさん

>私の場合は自覚することで、とにかく事前に、誰かに聞いて確認することにしています。そうすることで、何がどのようになったら困るのか、評価基準をあきらかにしています。

すみませんが、どんな聞き方(ことば)をされるのか 教えていただけませんか?

>カミさんの話ばかりで恐縮ですが

いえいえ、ぜひ いつでも聞かせてください。

>カミさんの場合は、そういう部分はしっかりしている、ということが長年の付き合いでわかっています。だから自由にさせておいても踏み外すことはないだろうと確信できたんです。

とても引用しきれませんが、素敵な お似合いな組み合わせですね!

うちは (どうにか)最近になって、夫が 私が(大事なことがらで)何度も主張する時は 意味がよくわからなくても譲る、と決めたように思える出来事がありました。
マイルールにしてくれたんだったら 、時間やエネルギーの節約になって助かります。
そうされても、増長するようなことはないと思っているもので。。

ひとさんへのコメントにも うなりました。

プライドをどこに置くかもそうですが、「尊い」という表現はいいですね!
プライドを感じます。
「まぁロクでもないヤツなんだろう」という表現も なんだかさっぱりした感じがしていいと思いました。

忙しくなるので しばらくは めったに書けないと思いますが、今後ともよろしくお願いします。

Katzさん

今頃ですが、もう一度お聞きしてみていいでしょうか。(もし可能だったらでかまいませんので、よろしくお願いします。)

>とにかく事前に、誰かに聞いて確認することにしています。そうすることで何がどのようになったら困るのか、評価基準を明らかにしておきます。

どんな聞き方(ことば)をされるんでしょうか?
それと 聞くタイミングは、どうやって 見極めていらっしゃるんでいょうか?

うちの夫の場合ですが、この2点も苦手なため、前もつて聞くつもりはあっても、パターンの決まった状況でないと難しいみたいなんです。。


ココチさん

遅くなりましてスミマセン。
なんだか色々おほめいただきまして、とても恥ずかしいです…。

>>とにかく事前に、誰かに聞いて確認することにしています。そうすることで何がどのようになったら困るのか、評価基準を明らかにしておきます。
>どんな聞き方(ことば)をされるんでしょうか?
>それと 聞くタイミングは、どうやって 見極めていらっしゃるんでいょうか?

主に仕事の場合ですが。仕事だと間違ったらマズいですから必死です(^_^;)

作業の指示をうけたら、その時ですね。復唱するくらいのタイミングで、ちょっと曖昧かなと思った箇所を、とにかく全部しつこいくらい聞いてしまいます。「すると○して×すればいいですかね」くらいの言葉で相手に言って、相槌を打ってもらいます。私の場合、この段階で「いや〜それはそうじゃないな、△してもらった方がいいな」と言われる確率が結構高いです。△と前後のつながりが曖昧に感じた場合も「なるほどそうですか、という事は○の後に△で、×は無しですか」と再確認します。

○△でうまくいかないケースが予想される場合には、それも一緒に聞いておきます。「う〜ん、その場合、○した時に◇になったらどうしましょう?△の作業は☆の問題が出ると思うんですが」という感じですかね。ここで即座に明確な指示が出ればいいですけど、指示者が言い淀んだ時には「あ、じゃあその時は、改めて報告します」という事にします。大抵は「そうだね、そうしてくれ」って返事になります。

もう一つのタイミングは、作業の途中経過を報告する時です。作業量が多いのに途中経過の報告を指示されてない場合、大体は一日の終わり頃か、あるいは作業が明確に区切れた場合です。ちょっと複雑だけど似たような作業を何度も繰り返すような場合なら、とりあえず最初の一つが終わった時に、作業内容のチェックを兼ねて経過報告します。そして経過報告の後に「この後の作業は、最初に指示いただいた通り△します」と申告してうなずいてもらいます。

作業量が多い場合は、特に指示が無くても一日に一度は指示者に経過報告するのが基本です。「あの、指示いただいた件、順調に進んでます」の一言だけでも。もちろん応用も発展もありますけど…。それに指示者は、指示した作業の進捗を把握する義務があるわけで。その為にも順調なら順調の報告は必要です。

仕事の管理にプライドを持っている上司なら、多少しつこくても丁寧に付き合ってくれます。何度か小さい失敗をしてみせればなおさらですね。…そんなに付き合いがいい上司はIT業界だけですかね?一応、業界の内実としては、管理をちゃんとしないとまず間違い無く失敗するんで(しかも1案件で何百万円なら安い方)、仕事の管理方法論が世界レベルで研究され続けています。仕事の管理者(プロジェクトマネージャー)なら、多かれ少なかれそういうのを勉強してます。そういう人は失敗を防ぐ為の工夫なら、ちゃんと付き合ってくれます。こういう作業指示のレベルで「そんな事は自分で考えろ」と言われた事はありませんねぇ…。

という感じですが。ダンナさんのつまづきポイントがわからないので、新人研修か何かで言われるような内容までとりあえず書き出してみましたが、参考になりますでしょうか。

Katzさん

詳しくありがとうございました!(お忙しいと思いますのに。驚いています。)
具体的でとても参考になります。

幸い うちの夫は、自分に合った仕事に恵まれて来ているので(たとえば塾の先生とか)、基本的には
大丈夫なんですが、変化はありますから、そういう時が大変みたいなんですね。
ぜひ参考にさせていただきます。

ココチさん

いやあ。
要点を要領良くまとめるという芸が出来ないものでして…。これもアスペの特性らしいですね。頭に思い浮かんだ事を書いていくとこうなります〜、という感じです。

ダンナさんも合った仕事に恵まれているそうで、良かったです。私も仕事の変わり目とか、変化がある時はかなり気を使って、疲れる事が多いですね。自分なりに掴むまで、それなりに日数がかかります。

というわけで。ご不明点などあればまたどうぞ。

Katzさん

そうなんですか。
いつも感じるんですが、ご自分の特性を自覚されている上、それを活かしていらっしゃるところが違いますね!

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