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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年1月 8日 (木)

彼女の頑張りを素直に感じとれないわけ

 

あすなろさんから私にとっては重要と感じられたことを指摘して頂いて,今の自分としてはそこをしっかり考えないといけないと思っているところです。

 それは私の理解では,「パートナーがぎりぎりの努力の中で頑張っているのに,どうして素直にそのことをまず受け入れる気持ちになれないのか」という問題かなと思います。

 これは私の場合は,ということですが,どうしても彼女の「表現の仕方」のほうに自分の気持ちが引きずられてしまうからだと思います。つまり,とても否定的な表現の仕方(と私には感じられるもの)で応答してこられて,それを「私が否定されている」というふうに感じてしまう問題です。

 このことについてはこれまでも具体的な場面について,そういうことが私と彼女の間で起こることを何度も書いてみたように思うのですが,そういう感じ方を私がしてしまうことについては,定型的には無理もないと思える部分もあります。

 たとえば仮にの話ですが,分かりやすくするためにちょっと極端な例で考えてみます。もし相手がものすごい形相で「お前なんかあっちへ行ってしまえ!」と叫んだとして,そう言われて「自分は激しく嫌われている」と感じないというのはちょっとむつかしいですよね。たぶんアスぺの方でもそこまでいけば同じなのかなと想像します。

 でも,その状況の中で「いや相手は私を嫌っているんじゃない(かもしれない)んだ」と考え直してみる,ということを要求されるようなものですから,これはほんとにむつかしい。定型的にはむちゃくちゃ不自然な,非常識なことを要求されているわけです。しかも,「常にそうじゃないと理解してよい」のならまだ対応しやすいかもしれないけれど,実際は本当に相手が自分を嫌っている場合もありうるわけで,簡単に断定もできない。

 こちらからすると,拒否されたように感じて強く傷つきながら,同時にそうでない可能性を考えてその気持ちを抑え,しかもどっちの可能性もあると言うので,自分の態度も決められないような,ものすごい不安定な状態に置かれ続けることになります。何をどう解決したらよいかが見えない状態で,宙ぶらりんになるわけですから,それがしんどくないわけがありません。(ちなみに,相手の表現がどっちの意味なのか区別がつかない状態に置かれて混乱し,へろへろになる,というのは,アスぺの方も定型とのやり取りの中でしょっちゅう経験されていることですよね。)

 ですから,このしんどさが改善されるには,「相手はこういう表現をしているけど,本当はその意味は定型的な○○の意味ではないかもしれない」というレベルにとどまっていては無理で,「○○じゃなくて,△△の意味なんだ」というふうなある程度明確な「翻訳」の仕方が割合に安定してできるようになることが必要なのかなと思います。

 そのためは「○○の表現で,実際○○をあらわしている」という場合と,「○○の表現なんだけど,本当は△△だ」という場合と,その二つを区別できることが必要になる。翻訳の比喩でもう少し言えば,それができないと,「意訳」が正しいのか,「直訳」が正しいのかがいつまでたってもわかんないままで,どう反応してよいか分らないまま,結局解決にならない,みたいなことでしょうか。

 

 で,ちょっと前振りが長くなりましたが,私が今回ちょっと思ったのは,そういう定型の人ならそんなふうになりやすいだろう,という話だけではなく,私という人間の特徴として,そうなりやすい部分もありそうに思うので,それはなぜそうなんだろう,ということについてでした。

 もう一度問題を整理しなおしてみると,こんなことです。

 「パートナーが私とのやり取りの中で否定的な表現をしている。それは定型的には私に対する否定とも感じられるような表現なんだけど,実際は別のことが原因で否定的な気持ちになっていて,それが私とのやりとりで,あたかも私に向けられているような形で出ているだけだ。」

という事態があったとします。ですから彼女の表現については「私に向けられたもの」という理解の仕方と,「私には直接は関係ない他の事情から生まれたもの」という理解の仕方と両方の可能性があるわけですけれど,私の場合,「私に向けられている」と感じてしまう傾向が強いように思うんです。
 
 なんでも自分につなげて考えるのは「自意識過剰」みたいな話になりますけれど,問題はなぜそうなるのかですね。

 そこで改めて自分の親との関係が思い起こされてくるのです。つまり,母親は強烈に自己中心的で,自分の感情で周りを振り回すタイプですが,その自分でも持て余している感情を誰かに受け止めてほしくて仕方がなくて,父親には一切受け入れてもらえなかったので,その相手を子どもである私に求めたわけです。

 で,子ども時代の私はその母親の要求に必死で応えようとし続けてきたわけで,それが自分の対人関係の作り方の基本パターンのようになってしまったところがあります。

 つまり,母親は常に自分の感情を私に対してぶつけ,それを受け止め,それに共感することを求め続けていたわけで,母親の表現は常にダイレクトに私に対する表現であり,要求だったことになります。私はそれをそういうダイレクトな表現として理解する以外の道を許されていなかったのですね。

 この,私の体にしみこんだパターンをパートナーに対して向けると,彼女のすべての表現は私に対する訴えとして「理解しなければならない」ものになり,それに「応えなければならない」課題になってしまいます。ところが彼女にとっては素朴に自分のしんどさがそのまま表れているだけのことで,別に私に共感を求めているわけでも,何かを要求しているわけでも,私を非難しているわけでもないのだとすれば,それは私の側の極端な過剰反応ということになってしまいます。そこに私の「自意識過剰」状態が生まれることになる。

 そうすると,それは彼女が抱えている本当のしんどさを見つめられないことにもなってしまい,結局空回りの繰り返しになってしまい,その私の側のしんどさから,ますます彼女のしんどさや頑張りを素直に見つめて受け入れることをむつかしくしてしまう。


 そんなふうに考えてみると,定型アスぺ問題というのは,一般的に定型とアスぺの間ではこういうことが起こりやすい,という話だけではなく,その人その人の持って生まれた傾向や,生後に作られてきた体に染みついた生き方,置かれた状況などによって,ほんとにその人なりの現れ方をするんだなと改めて思います。そこはほんとに千差万別でしょう。ですから,定型アスぺ問題にまともに向き合おうとすればするほど,それは相手に向き合うだけではなくて,同時に自分自身に向き合うことになっていくのかもしれません。
 
 
 

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コメント

パンダさん

私も その通りだと思います。

核心をついていると思います。

お気持ちわかる気がします。 実際のパンダさんの詳しい出来事はわかりませんが、そのようなことは、頻繁におこる気がします。
読みながら思いましたが、パンダさん、カサンドラが入ってないかなと気になりました。

自分が悪いのではないか?と どこまでも謙虚に反省されたり、考えてはご自分までもせめてらっしゃるきらいがある気がします。
どのようなことがおこってかは、詳しくわからないのでいえませんが…

アスペルガーの言動では、わざといってる?
そういう言い方をしては筋がたたない という 言い方をしてきますよね。

いくら悪気はない?とはいえ、現実として、いい方向へとらえることはできない言動にしかみえないし、何かショックな言い方をされたら、別れる気持ちがないのであれば、流すしかないかもしれないですね。
多分、その点は治らないのではないかと思うし、いい方向へ変わった気がしても、いつのまにか、そんな原点にまで帰りましたかってくらい、悪い方向へいきますから…

私も 以前、専門科の先生に相談しに病院へいきました。そのときに言われたのは、方法は離れるしかないです。離れることが可能ならばそうしなさい。それだけでした。

パンダさん、前の記事にもありましたが、割りきる、ある意味、あきらめるというか、その人らしさとして認めて、あなたはそう思うのね、でも自分はちがうけど、それはそれで、ま、いっか!…と終わらせる…
なにか厳しく否定されても、流すか、そのいいかたはちがわないかな?とだけ軽く伝えて、伝えたことでよしとして、それ以上は悩まない。

そちらへチャレンジされる方がいいかもしれません。パンダさん自身の心を、守ってください。

パンダさん

パンダさんと、このブログの良いところは、「わからないので、考えてみようとおもいます」と締めくくられるところだと、私は感じています。パンダさんが謙虚にそうおっしゃるので、いろんな意見を交わせる余地がありますから。
以前指摘されても、言い切るくせが抜けない私ですが。

今回、あくまで私から夫に言いたいことだったのですが、多少パンダさんの思われるところに共通するものがあったのですね。

違うところで、独身のアスペの方が「アスペは結婚するべきではない。これ以上定型に苦しめられる必要はない」と書かれていて(ちょっと精神的に不安定な方のようですが)それって、原因は違うとしても自分の感じてきた生きづらさと似た感情によるものなのかなと感じたのです。

そして、これは単にアスペ=定型の問題ではなく、発達障害者同士でも起こることで、どちらかが我慢すればいいという問題ではないような気がしました。

パンダさんが気付かれたように、そこに依存というものがあることが問題ではないかと私も思っています。
アスペ=定型の関係でも、発達障害者同士でも、自我が確立していれば、カサンドラになる可能性は低いのかな?
おそらく否定自体に反応してしまうところが問題なのかも?

例えば私の場合、夫が私の行動を否定的に見ている。けれど私にとってそれは重要ではない。もし私に自信があれば、「はいはい」と少し合わせながらも「別にいいのでは?」と心で思うことができる。
夫にしても、私に依存していなければ、私の行動を逐一指摘することはないのだと思います。

おそらく相手が否定的な言葉をかけた時、不快に感じたり、違和感を感じたりしたことは事実なのでしょう。
しかし、本気で直してもらいたいことなら、ではどうしようかと具体的な話し合いになるはず。
しかし、一方的に不快感を表して投げることは、解決を望む以上にストレスをぶつける目的が勝ってしまっているのではないか。つまり自分を分かってほしいという依存なのではないでしょうか。
と、パンダさんの記事を読みながら私の中でもいろいろな意見が出てきました。

全く依存のない人間など存在しないでしょうし、今の時代、完璧な親のもとに育った人のほうが少ないでしょうから、少なからず存在する問題だと思いますが、どこからどこまでが自分の問題で、どこまでが相手の問題か見極めることがすごく大切なのかなと思えてきました。

理想は、発達障害だろうが定型だろうが、自分自身が確立していて、お互いの距離感をうまく取れる関係なのでしょうね。
最も難しいことですが、そこを目指したいですね。

ココチさん

 ありがとうございます。よかったです。
 … って,短いお返事 (笑)


どんぐりさん

 ご心配いただいて,すみません。
 特に何かがあったからというわけではなくて,
 前からなんとなく気になっていたことについて,
 あすなろさんのコメントがとても刺激的だったので,
 触発されてこんな風に整理してみました。
 自分としてはちょっとすっきりしてきた部分もあります。
 特に落ち込んだりとかではないと思いますので,
 たぶん大丈夫だと思います。
 ありがとうございました。


あすなろさん

>このブログの良いところは、「わからないので、考えてみようとおもいます」と締めくくられるところ

 そこを評価して頂けるのは私としては嬉しいです。

 私の考えは単に私の考えにすぎませんし,それも今の時点での私の考えていることですから,これから先どうなるかもわかりません。結局生きている限りはいろいろ変化し続けていくのだと思いますし,いつまでたっても「最終的な結論」に落ち着くとかではなく,考え続けること自体が生きていくということなのかな,という感覚があります。

 ブログでも自分の書くことは常にそんな「経過」にすぎないと思っていますので,そこからお読みくださったみなさんが,それぞれの方が生きる現実の中で,それぞれの方のやり方で次の一歩を進めるきっかけの一つになればいいなと思いますし,またコメントでのやりとりなどで,お互いがそういう刺激を提供しあえることが私の理想です。

>そして、これは単にアスペ=定型の問題ではなく、発達障害者同士でも起こることで、どちらかが我慢すればいいという問題ではないような気がしました。

 この「どちらかが我慢すればいい」のではないというところ,私もいつも考えていることです。ここは人によって,置かれた状況によってだいぶ違うかもしれませんけれど,私はとりあえずそういうスタンスで何が可能かを考えてみたいです。

>理想は、発達障害だろうが定型だろうが、自分自身が確立していて、お互いの距離感をうまく取れる関係なのでしょうね。

 私も賛成ですが,そのことを裏返して言えば,自分自身が確立しているということは,人に上手に依存できることではないかという気がします。定型アスぺ間でもそれが可能になるコツが少しでも見つかればなあと思います。

パンダさん

パートナーさんの拒否の表し方というところで、うちのアスペさんたちの傾向を振り返ってみて、ちょっと思いついたことがあります。

高校生の息子は、幼少期から療育を受けてきたので、肯定的な大人に触れ合って育ってきました。なので彼はわりと穏やかで、激しく攻撃的な言葉を投げ掛けることはあまりありません。嫌なことはジョークでかわして聞かないという感じです。
しかし、夫は正反対で、とにかくちょっとしたことや、こちらに原因がないことも、自分の都合で罵ります。前にも書いたと思いますが、聞くに耐えられないような言葉をなげかけることも。表情も鬼の形相です。

二人の違いは、性格もあるかと思いますが、幼少期にどれだけ肯定されてきたかということ。
この肯定というところが、アスペ的なので、親からみればなかなか肯定できないこともあり、叱咤=否定となることが多いので、他人から肯定されてきたところが大きいです。
夫の幼少期はほとんど否定の繰り返しだったようですし、それ以上に悲惨な体験もしているので、もしかしてフラッシュバックのようなものなのかなと感じます。

しかしふたりに共通しているのは、たとえばAの行動がこちらには好ましく思えない時、Bをしたほうがいいよとやんわり指摘しても、Aを否定した=自分を否定したと捉えてしまうところです。
普段穏やかな息子でも、この地雷を踏むと、ネチネチと嫌味を言いつづけたり、どうせ俺はダメですよといじけたりして、手がつけられなくなります。
夫の場合は言わずもがな…。
相手が自分の行動を拒絶したと受け取ったときの反応は激しいです。
息子にはそれでも、直してほしいことは繰り返し言いつづけますが、アプローチを工夫しないと、その話題が出ただけで無視したり不快感をあらわにしたりします。
この辺り、アスペの感覚では一番敏感なところなのかなと、私から見て思うところです。

あすなろさん

 やっぱり小さいころに受け入れられた経験を積んでいるかどうかによって
 その後に違いが出てくるというのは,定型アスぺで変わりないんですね。
 その上で両者に違いはあるわけですけれど。

 否定ととらえやすいのは私のパートナーについてもそう感じます。
 彼女の場合は周り中からずっと否定されて生きてきたので,
 そうなるのは無理もないとも感じられます。
 
 ああ,でもあすなろさんも否定されて苦労してこられたんですよね。
 でもそこは違う育ち方をされているのだとすれば,
 それはなんなのか,気になるところです。

 全てのアスぺの方がそういう傾向があるのかどうか私にはわかりませんが,
 場合によって環境の影響を強く受けてそうなりやすい原因が
 何かあるのかもしれませんね。
 

パンダさんの伝えたいこと、よく分かります。私も同じように感じてます。

で、最近、自分でも実感したことがあるんです。以前から、きんぎょさんのブログによく書かれていたことなんですが、「アスペの人は幼い」
ものすごく理解できるようになりました。

アスペの人(主人)の否定的な捉え方、それに伴う反論の仕方、言葉。私は責めているわけでもないのに、なんでそんな反応をするんだろう・・・話し合いになんない・・・。と思うことが度々あります。これって、幼い子供が、お母さんに叱られて拗ねる行動そのものじゃないかって。

拗ねて、ダダこねて、脅し文句を言う。

例えて言うならば、「千と千尋の神隠し」に登場する「坊」ですね。「坊」がそのまま大人になってしまった感じ。更に、私の主人は、「顔なし」でもあるんです。何も語らず、私に関わろうとしてくる。かと思えば、調子に乗って、自分は偉い存在だ!とばかりに大きな態度に出る。宮崎駿監督のこの映画、心理学的にも沢山のことを伝えてくれているという講演会を聞きに行ったことがあります。とても興味深いものでした。奥深いです。

このように彼のことを分析して捉えることができるようになって、発達障害と言われるゆえんを、私も娘も理解できるようになったんです。自分が幼い思考のままであると彼は気づかないまま大人になり、対等に話しているつもりでいるから噛み合っていない。娘の思考の方が、父を抜いてしまった。

私と主人の噛み合ってないやり取りを見ていた長女が、「(母が言っている事を私は理解できるのに、父は理解できないのか伝わってない。質問された事を理解できないのか、返せないんだ。)なんか父が可哀想に思えてきた・・・」と言ったんです。父に嫌悪感を示し、いろんな事を父のせいにして毒を吐いていた娘がです。

このように、幼さを理解してからは、「このような態度、発言が出て来るのも、しょうがないんだよな・・・」と思えるようになり、私の方が、以前のように、いちいち真剣に捉える事はなくなりました。少し気が楽になりましたよ。

私の伝えたいことが、上手く伝わればいいのだけど・・・。

コクーンさん

 ある程度子どもが成長してきたときに, 
 定型アスぺ問題を抱えた夫婦にとって,
 子どもが果たしてくれる役割はものすごく大きいような気がします。
 コクーンさんのお宅でも,娘さんの受け止め方が変わるとともに,
 コクーンさんの気持ちもまた変化して行かれたわけですよね。
 
 今ふと思いましたが,ある面,自分のつらい状態を分ってくれる
 「同志」のような存在に子どもがなるのかもしれません。
 この問題を身内で経験していない方には
 ほんとにわかりずらいのが定型アスぺ問題のようですけれど,
 そこは子どもは生まれた時から知ってるわけですものね。

 「アスぺの方は子ども」という見方については,
 それで理解できる部分もあると思います。
 気持ちの動き方に,ものすごく素朴で純粋なものを
 感じさせられることもあります。
 定型なら「計算ずく」で立ち回るところを
 「それは不誠実だ」と感じて出来なかったりするところも
 パートナーには時々体験します。

 同時に私のパートナーについては
 私よりもずっと冷静で大人だなと感じさせられる経験もします。
 「相手の感情に巻き込まれることを避けて,冷静に現実的に
 対処を考える」というアスぺの方にかなり強いように思える姿勢によって,
 ほんとに適切な対処を考えられる。
 私の場合は親の介護の問題でも,そういう感じを受ける場面が
 しばしばありました。

 ある面では「すごく子ども」とも見えるし,
 別の面では「すごく大人」とも見えるし,
 そこがまた定型アスぺ問題の奥の深さなのかなという気もします。

 あ,でも相手の方が男性の場合は 
 女性よりもさらに「子どもっぽさ」が強まるのかもしれませんね。
 女性に比べると男性はいつまでたっても子どもというところが
 たぶんあるのでしょうし。

パンダさん

うちの主人も、
>「相手の感情に巻き込まれることを避けて,冷静に現実的に
 対処を考える」というアスぺの方にかなり強いように思える姿勢によって,
 ほんとに適切な対処を考えられる。

私が彼に惹かれた理由の一つが、まさにこれだったんです。私は、人の感情に巻き込まれ、同調しやすい。だから、お互いに無いものを持っているから、補い合えるかな?と思い込んだのですね。

だけど、話し合うことができないために、補い合うのではなく、逆に自分の嫌な部分がクローズアップされるようで、自分自身と向き合うことになってしまう・・・。

私が失敗したら、「馬鹿だな・・・」とその事に共感して言って欲しい。自分でも悪いことをしたな・・・と反省しているのに、何も言われなかったら、余計に自分で自分を責め続けてしまう。「馬鹿だなと言ってよ」と伝えても、「言わない人に言ってというのはおかしいと思います」と返されてしまっては、もう何も言えない。それは私を気遣っての言葉なの?真意が見えない。言う人に「言って」とは言わないのにね。会話が噛み合わない。

結局、自分で自分を締め付けているだけだったんだと気づいて、カサンドラの峠を越え、彼に振り回されないで、冷静に彼を観察?できるようになりました。

彼の生育歴だけに問題があると思っていたけど、パンダさんがおっしゃっていたように、自分自身の生育歴も関係があったのだと、最近実感するようになりました。

私という人間を考えた時、私の両親が私ときちんと向き合って育ててくれた事が大きく影響していると思います。だから、人と向き合う関係が当たり前になっていたのだと気づきました。

だけど、主人の家族は真逆だった。彼の弟(実家とも実の兄(我が主人)ともずっと接触を持っていなかった)から、つい最近証言を得ることができたんです。仲が悪いのではなく、(家族なのに)とても希薄な家族関係で、煩わしい関わりを避けるのが当たり前になっていたんですね。なのに、親の価値観を子に押し付けてくる事が義弟君は嫌で、距離をとっているのだそうです。
主人はこんなこと、私に一度も話してくれたことはなかった。でも、私はそれを感じ取っていたので、義弟の話を聞いて、いろんな事が腑に落ちました。

向き合いたい私と、向き合いたくない彼の問題でもあったんだと気づいたんです。

その気づきの中で、今、いろんな事を考えている最中です。私に刺激を与えてくれる方々との新たな出会いがあり、私の中に出来上がっていた固定観念が、いい感じに崩されていく。自分でどんな結論(答え)にたどり着くのか、楽しみです。

コクーンさん

 悲惨な状況の中で,にっちもさっちもいかなくなって,
 固まらざるを得なくなった状況が,そんなふうにまたほぐれていく。
 すごいことだなと思います。
 
 抱えている状況はそれぞれみなさん個性的なものだと思いますが,
 それぞれの個性的状況の中で,それぞれの方の工夫で
 少しずつそんなふうにほぐれていくものが増えていけば,
 すばらしいことですよね。

 これからコクーンさんの所でどんな展開があるのか
 私も楽しみにしています。
 
 

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