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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2015年1月11日 (日)

時間がかかる 時間をかける

 

ココチさんから頂いたコメントを読んで,ああなるほどと思ったことがいくつかありました。

 定型アスぺのカップル関係って,お互いの努力が相手に通じず,ひたすら空回りを続けたり,思っても見なかった逆の結果を生んでしまったり,頑張れば頑張るほど落ち込んでいく,という展開が結構ありそうに思えます。

 それで,自分が「強者」の立場にいる時は,相手を(身体的・精神的に)暴力的に押さえつけて従わせようとするようなことにもなったり,強者ではなかったり,性格的にそれができないときにはもう諦めて相手を物理的にか精神的にか切り離すようになり,アスぺの方なら自分の世界に閉じこもる方向に向かい,定型なら他の定型に共感を求める方向に向かったりする。

 専門家にもいろんな考えの人があるように感じますが,私の知っている精神科医の一人などは,あきらかにアスぺの方に強い反感を持っているようで,「あの人たちはもうどうしようもない。気持ちを切り捨てて現実的に(妻の立場の人であれば夫を給料運搬人と割り切って考えるなど)対応するしかない」というようなことを言われていました。

 まあ,そこまでの強烈な反発を持っていなくても,実際定型が持っている「関係修復のための誠実な対応の仕方」はアスぺの方にはまったく通用しない場合が多く(もちろんその逆も言えます),その理由を定型的な感覚の枠内だけで考えても,理解することはとてもむつかしいですから,現実的な対応として「距離をとるしかない」というアドバイスが専門家から来ることも理解できます。

 「何をやっても無駄だ」という感覚,「どんなに頑張っても何も変化しない」という実感が自分を支配してしまいがちなのが,定型アスぺ関係ではないかと思います。

 そのような状態に価値を見いだせないとか,逆に自分をひどい状態に追い込んでいくだけだと感じられる状況に置かれている場合は,身を守るためになんらかの意味で相手と自分との関係を切り離すことが必要になるような気がします。単なる「自己犠牲」の精神で問題に向き合ったとしても,結局それを受け止める関係が成り立たずに,その犠牲的な姿勢が意味を持つことは残念ながら少ないとも感じられます。

 一方で,何らかの理由で一緒に生きていく気持ちが継続する場合,相手に対する期待の持ち方を少しずつ調整していく必要がありそうです。そしてもうひとつ,時間をかけるスタイルを大事にすることが大きそうな気がするのです。

 そのことについてはココチさんがちょっと書かれたわけですし,私もこれまでの記事で,たとえば何か予定の変更がある場合など,パートナーに極力早く知らせるとか,あるいは提案があるときにはかなり前から話をしておくとか,そういうことでうまくいく場合があることを書いてきました。いずれも彼女が自分の気持ちを整理するための時間をできるだけとる,というところがミソのような気がします。

 逆にそこで結果をあせると,訳の分らない混乱が生まれてしまいます。私がパートナーに「挑発され,議論を吹っ掛けられた」(と誤解するような)場面で「どうしてそうなの?」とか理由を聞くと,彼女の方からちょっとびっくりするような理屈の通らない理由が飛び出てくることがよくあり,私が混乱してしまいました。普通の時にはそんなに考えることに理屈が通らない人だとか,そんな風にはとても思えないので,その驚きはひとしおになります。

 これもまた自分自身のことや人間関係がからんだ問題については,定型的な問題理解や整理,調整の仕方がなかなか理解しにくい,独自の理解の仕方や対応の仕方をするアスぺの方の場合,定型的な枠の中での答えをせっつかれればせっつかれるほど,混乱してしまって,結果として「とりあえず思いついた答えてしのごう」ということになってしまうのかなと思えます。

 

 そんな風に定型同士の関係よりもはるかに「時間がかかる」し「時間をかける」必要があるのが定型アスぺ関係なのかなという気がします。

 で,そのことを逆に言えば,時間をかければ少しずつ変化もあるということになります。その変化は相手に起こるだけではなく,自分にも起こるわけです。

 今書いたことは定型の視点からの書き方でしたけれど,ある程度同じことがアスぺの方の視点から見ても言えるかもしれません。実際私がパートナーの生きづらさを多少なりとも実感として理解し始めるにはものすごい時間がかかりました。彼女の言っていることの意味,実際求めていることを理解するにもものすごく時間がかかることがしばしばです。というより,いまだにほんの一部しか分ってきていない感じがします(というか,「まったく理解できない」という絶望的な状態から,「こう考えれば定型的な感覚の延長でもちょっと分ってくる」という可能性に気づきはじめたのが,ここまでの経過のように感じます)。

 お互いに相当違った発想のパターンがあるらしいので,どちらから相手を理解するにも,ものすごく時間がかかるのでしょう。そして生き方のパターンも相当違うので,自分自身の気持ちを調整しながら,相手の生き方と少しずつ合わせていくにも,ものすごい時間がかかるのだと思います。

 ただ,それは「変化しない」ということではなく「時間がかかる」ということなのだと思えます。だとすれば,そうやって「時間をかける」ことに意義を見出せるかどうか,ということが,定型アスぺ関係の中では,そのお互いの関係をそれ以降どうするかに関わる大きな問題になるのかもしれません。

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コメント

この記事には関係のない内容ですみません。
このブログへのリンクと一部文章の引用を掲載させていただきました。
引用の仕方などに問題がありましたら修正しますので、よろしくお願いします。
http://kiyokutadasiku.seesaa.net/article/412260329.html

読んでいて また考えさせられました。

時間をかけて…
時間がかかるのはわかりますが、時間をかけて、違和感感じないくらいになるのでしょうか?

月日をかけて…でも うなずけない
年月をかけて…でも なんだかうなずけなくて

やはり、私的には、一生を報われることを期待せずに、相手の特性を認めて、バランスと距離を見ながら、期待せず見守る、アガペの愛で…
としか言えないです。

実際、元夫は数年前、離婚した年に再婚し、新たな家族ができましたが…すでにうまくいってないようで、もう別居中らしいです。
一度めの結婚で、うまくいかなかったことをまた繰り返しているのかなと思います。

ひとさん

 ご紹介いただき,ありがとうございました。
 やっぱりあの感覚,随分と違いがあるんですね。
 定型アスぺ問題を考える上で,すごく大きなポイントの一つなんだなと
 改めて思いました。

 またいろいろ教えてください。


どんぐりさん

 どういう変化がありうるのかは私にはほんとにわかりません。
 人によっても場合によっても,ほんとにいろいろな可能性がありそうです。

 掲示板では杜若さんがとても印象的な変化について紹介されていますし,
 私の所でもあきらかに変化は起こっていますし,
 変らないことはないでしょう。

 でも,それが自分の望んでいたものをそのまま実現することなのか,
 ということになると,それは分りません。
 変化の中には自分自身が変っていくことも含まれていますし,
 それがないと関係も変わらないでしょうから,
 「そのまま」ということはあり得ないかもしれないですね。
 

 どんぐりさんの場合,今は日常的に接触のある関係ではない
 ということだとすれば,関わりの中でお互いが変化する
 ということもむつかしい状況なわけですよね。
 お相手の方が変るきっかけもむつかしいでしょうし,
 もしそうなら「変化しない」ことは自然なことになるのかもしれません。
 
 
 状況をよく理解できていなくて,的外れなことかもしれませんが,
 いただいたコメントの範囲からは,そんなことを考えました。

パンダさんのおっしゃる通りだと思います。

ただ 私が元夫と関わった時間は、20年以上と長いです。その年月かけて、数年前離れるまで話をした状況であることを添えておきます。

変わることを求めると パニックやフリーズ、一人になりたがることが増える…、変わるために本来の自分を殺し、どう振る舞えばよいかわからず、無理しているのです。
そこを求めないのも愛情かもしれません。

しかしそうなると、自分も苦しい、カサンドラとなる…

難しい問題ですね…。

どんぐりさん

 どんぐりさんが書かれているように,
 定型アスぺ問題というのは,「あちらを立てればこちらが立たず」
 というほんとに深刻な矛盾を思いっきり抱えてしまいやすい関係だと,
 そんなことを思います。

 中にはそれでもそれほど深刻にならずに
 乗り切っていかれる方もあるのかもしれませんけれども,
 でもやっぱりこういうブログにも多くの方が来られるように,
 それだけ深刻になってしまうケースもすごい数なんだろうと思います。

 その中でも何が問題をより深刻にしていく原因になるのか。
 たぶん,子ども時代の過ごし方も大事なポイントのように思いますし,
 さらにはどちらが男性で,どちらが女性か,ということも
 大きな原因の一つではないかという気がします。

 ほんとにそれぞれのカップルが抱える状況の違いで,
 問題の現れ方はものすごくいろいろだと思うので,
 私としては「別れるべきだ」とも「別れるべきでない」とも
 一般的に言うことは絶対にできないし,これからも決して言わないと思います。
 その人,そのカップルによって,「最善の道」は様々であるはずです。

 仮に別れる道を選ばれたとしても,それで気持ちが整理される方も
 あるのでしょうし,またどんぐりさんのように,その後もずっと
 考え続けずにはおれない方もあるのでしょう。
 そこもさまざまですよね。
 お子さんがいらっしゃるか否か,そのお子さんにも
 定型アスぺ問題があるかどうかによって,またいろいろになりそうです。

 分れない状態で考えるべきことと,別れた後に考えるべきことと,
 そこで解決すべき問題にはかなり大きな違いがあるように思いますが,
 でもそのいずれもが大きな意味で定型アスぺ問題だと考えています。
 そこでの違いを前提にしたうえで,なお大事な部分でお互いに学び合えることが
 きっとそのうちに見つかってくるだろうという,(あまり根拠はないけど)
 そんな予感がします。いつになるかはほんとにわかりませんが。

 ほんとに深刻でむつかしい問題ですけれど, 
 大きく言えばひとがひとと生きるということについて,
 ものすごく大事なことを考えさせられる問題でもあるような気がします。
 そういう思いは私にとっての支えの一つのようです。

 どんぐりさんにとっても,その大変な悩みを悩み続けることが
 大事な何かを生み出していく過程のように感じられれば
 同じ悩む状態でも,それがないときとは違いが出てくるのでしょうね。

 うーん,やっぱり自分の悩みに「意義がある」と感じられるかどうか,
 定型アスぺ問題はそこがとてもむつかしくなりやすいのでしょうけれど,
 でも本当にそう感じられるようになれば,それはすごいことかもしれません。
 そんな気がします。

どんぐりさん

やりきれない気持ちですら吹っ切るしかなかった母を見てるのでお気持ちはわかります
「変わらない」私も父と15年共に過ごし…変わりませんでしたよ
まぁアスペという存在すら知らなかった訳ですが
「変わる」「変わらない」どちらにしても、人間相手に言い切れることはないと私は感じます
どちらの可能性も秘めている…人間ですからね!(^!^)y~

ただ、私の父なんか特に「相手を決めつけて自己完結」するタイプで、こちらの考えに耳を傾けない、こういう人は難しいようにも感じます(姉の自殺未遂の理由まで何かわからないけど決めつけてるのがいい例です)
自分がアスペという自覚もなければ、アスペの相手の感情が読めないところを踏まえると、譲り合う関係に近づくのは難しい
なので、そのあたりの自意識と個人によるとも思います
それと、どんぐりさんの『本来の自分を殺し、どう振る舞えばよいかわからず、無理している』これは、うちのアスペ父の一度だけ見た外モードで感じました
そして父は「定型に合わせる道」を選ばなかったと私は解釈しています
それは父にとって、相当なストレスを強いるものと考えられたからです

しかしまぁ、私がアスペ父の独特な考え方には興味ありますが……なんせ家族がこうなった経緯を「俺は被害者だ!」と言い切れるんですもん(笑)
自分が一番の被害者だと思っている…… 一体、彼の中で家族の不幸は、どんなストーリーになっているのか?(笑)
共に過ごしても、これほど見える景色が違うんだと思うと、なんかズレが面白くなってきます(笑)


どんぐりさんのコメントの中に、変わることを求めると・・・とありますが、定型だって、誰かから変わることを求められると、困惑したり、拒否したり、無視したりしませんか?

だって、自分という人格がある以上、他人の言いなりになるのなんて真っ平御免ですもの。人間として、障害に関係なく、そこのところは同じじゃないかと思うのです。

自分も変われなければ、同じように相手も変わらない。話し合いができる相手なら、折り合いも付いていくのかもしれないけれど、脳の仕組みのせいで、その可能性が極めて低いと言えそうだから、アスペの方にこちらの価値観を結果的に押し付けようとしている事になり、アスペの方はますます混乱を招くばかりになるというのは、納得できる話なのではないかと考えられるようになりました。

私もかつてはどんぐりさんと同じように主人に腹を立てていました。が、いろんなことに気づき、自分が変わることによって、家族(家庭)に少しずつ変化が出てきていることは確かです。定型同士のご家庭と比べると、全く違うので、気分が滅入ることもありますが、我が家は我が家の形で家族関係が築けたらいいのかな・・・と模索中です。

アスペ父を持つ娘様

人間相手に、変わる、変わらない、言い切れることはない…
確かにそうですね。
可能性は0ではないかもしれない…
しかし、元夫の場合は 絶望的と思いました。 そしてカサンドラ。 病院へいく回数は年に数回と減りましたし、お薬も手元にはお守りのように持ってますが、ほとんど飲まなくなりました。
しかし、時折むなしさや怒り、せつなさ、どうしようもない気持ちがわきます。
娘様のように、ズレを面白いと思えるようになると、気持ちも楽になるのでしょうね。

早くそのような域に達していきたいですが、元夫にそっくりな我が子を見ていると、忘れようにもなかなか忘れられない状況です。

コクーン様

変わることを求めるという表現は的確ではなかったかもしれません。
お互い歩み寄れるところを探す、という感じです。
もちろん 一方的に変わってくれという訳ではないです。

言葉のやりとりって、とっても難しいですよね。

日本語は、ひとつの物事を指していても、いろんな表現の言葉がある。多彩で豊かではあるけれど、選び方、使い方次第で、相手に誤解を招く事もしばしば。私も自分が発した言葉の後に、「あっ、しまった。的確じゃなかった・・・訂正、修正したい・・・。」と思うこともしばしばです。相手によると、それが揚げ足取りのようになってしまいます。注意しなきゃと思っていますが、完璧にはいきませんよね。

それくらい、コミュニケーションって難しく、人の中で経験を積まないと身につかないものだと実感しています。人との衝突を恐れていては磨かれることはない。

我が長女は、ひょっとしたらADHDの要素を持っているのではないかと感じていますが、誰しも生育環境などが影響して、いろんなもののグレーゾーンにいるといってもいいのではないかと思えます。私だって完璧な定型だとは自分で思っていません。

でも、しっかりと向き合ってきたおかげか、コミュニケーション能力は親子ともに磨かれてきたと感じています。言葉でどれだけ人が傷つくのかも肌身で感じてきましたよ。向き合わない彼は、いつまでたっても磨かれることがありませんが、それは彼の問題。私の問題ではないので、彼が「困った」と助けを求めない限り、お節介に助けようとする必要はないと自分に言い聞かせて納得しています。親子関係と夫婦関係は違いますものね。

どんぐりさん、元ご主人を忘れる必要はないし、経験ですから消すことも忘れることもできないでしょう。あくまでも通過点ですから。「ああ、世の中にこんな人もいたんだわ。私とは合わなかったな・・・。結婚してみないとわからないこともあるものね。」くらいに考えられるようになると、今後の道が開けてくるのではないかな?と思いますが、いかがでしょう。

どんぐりさん

大丈夫ですか?また辛い気持ちになってませんか…?

私はどんぐりさんのお考えを否定するつもりで書いたのではなく「変わった方もきっといらっしゃる、けど変わらなかった人がお互いの努力が足りなかった訳じゃない」「他人よりもどんぐりさんが一番、元旦那様を理解していらっしゃるはずだから、変わらなかった私の父やどんぐりさんの元旦那様……一方で変わった方もいらっしゃるだけのこと」と、いうことをです
だから、変わらなかったからといって、もう肩を落とさないで下さい
どんぐりさんは沢山頑張りました
今も抱えている思いは20年という長い月日をかけても報われなかった沢山のことがあったんだろうな……とパンダさんとのやりとりを見て感じたので……

虚しさや怒り、切なさ……私もありますよ…?
フッと一瞬、そんな気持ちになること、今だってあります
だって長かった、苦しかった期間、苦しみも深かった……
私が悪かったのか?私の対応に問題があったのか?
どうしたら上手くいったのか?やりきれない想いは、自分にも非があるような錯覚にも陥る……
でも、掲示板に過去を綴るうちに確信しました
後で振り返ったって「私はそのときを精一杯に生きた」と、自信になりました
その上で「結果として変わらなかった」
私は、決して正しい道を歩んだとはいえないけれど、コクーンさんに以前おっしゃって頂いた「経験に勝るものはない」というように、今では薬物を使用してたことだって「普通の人が経験しないことを私はしたんだ、だから普通に生きることに遅れをとるのは当然なんだ」と前向きに考えられるようになりました
その想いの奥底には……父に悩み、薬物をやって自分自身でも人生を狂わせた、長い長い月日を嘆きたくなる気持ちの上で……です
無理をしているだけかもしれません
でもこれ以上の月日を父のことで犠牲にするべきではない、と自分を奮い立たせてます

「必ず変わる」とか、もし言い切られてしまえば、心の持ちようや離れることになった家族によっては「じゃあ変わらなかった私達は何かが足りなかったの?」と言いたくもなります
だから私は、変わる人もいれば変わらない人もいるとの解釈をしています
だってうちは「変わらなかった」
それは実感としてあるんだから「変わるものを変えられなかった」と嘆くより、自分や家族を信じて「変わらなかった」という結果を受け止めたいので
どんぐりさんも自分が納得できる解釈でいいと思います
「変わる」「変わらない」というより、どんぐりさん自身の努力をどんぐりさん自身が認め、許してあげて下さい
どんな言葉がどんぐりさんの心を救えるかわかりませんが、どうか1日でも早く心穏やかになることを願っております


コクーン様

忘れたいわけではないのですが、いい意味で、あんなこともあったな… と、ある意味懐かしむような気持ちになれたらいいかもしれません。

離れて数年たってもなお、気になるのは、本音はやはり、思う気持ちがあるからです。
どうにかならなかったのかなと考えることは多いです。 それがなければここへやってくることもないかなと思います。

アスペ父を持つ娘様

ありがとうございます。 なんだか読んでいて涙が出ました。娘様には、私の心の奥底をかなり読まれてる気がします…。

もちろん娘様が私のことを否定しようとしてコメントされたわけではないことはちゃんとわかっています。大丈夫です。

変わる、変わらないは、完璧に望む変わるはなくとも なにかズレながらも、頑張ろうとする姿はあるかもしれません。
それが、彼を見ていてしんどそうでした。私もできるだけ、彼に沿おうと頑張りましたが…病院行きでしたし(笑)
だとしたら、ありのままを受けとめるしかないのかという葛藤を抱えながら、悲しいすれ違いばかりでした。 だから、結局変わらなかったのですが、、
ここまで頑張って、あっと驚く裏切りもありましたから一年間は、誰も信じられなくなり、どうやって数年で、立ち直れたかわからないくらいです。
生きるだけで精一杯でした。 這いつくばっていただけです

まだ完璧に気持ちは癒えてませんが、娘様が言われる通り、変わる、変わらない問題は、決めつけてはなりませんが、なにか心にひっかかり、トゲがささる思いです。

どんぐりさんのお気持ち、よーくわかりますよ。私だって同じですもの。彼のことが嫌いになれたら、あっさりと離婚できるだろうに・・・と思っています。カサンドラを乗り越えたと自覚したとき、私との口論に嫌気をさしている彼に私が伝えた言葉。

「私と一緒にいるのが嫌だったら、娘達が自立して独立するまで我慢して。それまで我慢ができないのなら、「僕は君がいなくても、もう大丈夫だから」と言ってくれたら、その時別れてあげる。」まるで、ベイマックスですね。ご覧になりました?日本版主題歌になっているAIの「story」を聴いて、号泣してしまった私です。ごめんなさい、余談でした。

私も主人が頑張れば頑張るほど、しんどそうに見えて、彼に楽になって欲しくて、助けたくって、私の解釈で寄り添おうとしてました。それが無理とわかってからは、ありのままを受け入れるしかないと自分の感情と葛藤しながら、悲しいすれ違いで感情が高ぶり、楽になるどころか、更に苦しみもがき続けていました。そんな様子を見ている娘たちにも、嫌な思いを沢山させてきたんだということを、アスペ父を持つ娘さんの掲示板書き込みに出会って知ることとなり、深刻化することは免れ、救われました。夫婦と親子の関係は、やはり違うのですね。

あの状態に戻りたくはありません。振り返れば、ものすごく頑張ってきた自分がいたと、自分で自分を褒めたたえたい気分です。自意識過剰みたいですね。頑張って向き合おうとしたから、カサンドラになっちゃったんですよ~。いい奥さんにならなくていいんだ、彼の責任を引き受けることはないんだ。先回りするんじゃなくて、彼が困ったときに助けてあげたんでいいんだよね。助けを求められる前に助けようとしていたから、彼に伝わってなかったんだって考えられるようになりました。

彼の事ではなく、まず自分のことを先に考え、大事にしようと思えるようになりました。

そうすると、娘たちと私の関係は、さらに穏やかなものになりましたよ。

考え方次第ですね。私事が何かのきっかけ、参考になればいいな・・・と思って、コメントさせてもらいました。

まず救われなきゃいけないのは、困っている人ですから。

ちなみに、彼からは「僕は大丈夫だから」という言葉は出てきません。

一応「変わる」と思われてる人の中には私のコメントに気に障る方もいらっしゃるかもしれないので追記しますね
パンダさんココチさん、あすなろさんコクーンさん……変化があったとのご報告、私も嬉しく拝見させて頂いてます!
一方で「変わらなかった」自分の家族との比較といいますか、努力が報われなかった長い月日に……一瞬、虚しさを感じたのも事実です
持ち前のポジティブ思考で「他人様と自分の家族は人格も状況も違うんだ!」と理解していますので、水を指すようなコメントになってしまったこと、どうかご理解頂ければ幸いです
皆様もきっと、この出来事が他の方の励みになれば…また前向きな希望に繋がれば、との思いでコメントされてること、伝わっています
だから本当に応援しています!
またご報告楽しみにしていますね!


どんぐりさん

田代まさしさん、ご存知ですよね?
何度も薬物で捕まり「もう救いようがない」と思われてる方も多いと思います
でも、それは結果論であって「じゃあ彼が全く薬物を断とうとしなかったのか?」というと、私は違うと思います
彼は恐らく、何度だってやめようと思った
でも何度も失敗した

『頑張ってできたこと』を繰り返せば、人は自信に繋がりますが『頑張ってもできなかったこと』を繰り返せば……人はどうなりますか?

ちなみに薬物は「意志の問題だ」そう言う方も多いです
もしそうであれば「本人が意志をもたない限り、周囲が願ったところで解決しない問題」になります
しかしながら、専門家では「意志の問題じゃない、脳の問題なんだ」という見方がある
私は「意志の問題」とは言えないです
それは「意志の問題」と言ってしまえば「自分は意志が弱い」と思い込み、当事者が余計に苦しむことも考えられるからです
ちなみに私は意志の弱い、三日坊主です(笑)
でも薬物をやめている
薬物依存って、今も明確な治療法はなくて、解明されてないんですよ
今も研究と試行錯誤が行われている

アスペと薬物問題を一緒にしちゃ失礼だし、不適切かなとも思いましたが…問題の難関度レベルは同じくらいに思えるのと、薬物依存に悩む家族の状況にも似てる…とも感じました
「薬もうやめる」その言葉を家族は信じたい、でも裏切られる、訳のわからない行動、理解不能の言動、警察に捕まっても更正しない
家族は諦めるしかないのか?もう見放すべきなのか?必死で悩み、また本人は言う「今度こそ本当にやめるから…」
その言葉をまた信じて依存治療の施設に行く、でも同じ施設の仲間に刺激され薬物をやり、またしても裏切られる……
どうしたらいいのか?何がいけなかったのか?家族の対応がダメだったのか?親がいけなかったのか?環境がそうさせるのか?どこで間違えたのか?
出来ることはやった、だから何かのせいにしたくなる……
それは当然の気持ちなんです

どんぐりさんが今も抱える思いは、最善を尽くした証拠だと思いますよ
精一杯、這いつくばって頑張った……それを何がいけなかった、足りなかった、そんなはことはないと、私は自分自身に、家族に対しても、そう思っています

一方で同じ薬物依存者にも、パクられてやめた人、治療でやめた人、それでもやめられない人……様々です
死ぬまでやめられない人だっています
それは、男女とも一概に言えないケースバイケースなんです……

「変わらなかった、私の家族」を「運命」だとの言葉でも片付けられたくないし、「報われない」その言葉でも納得できない……でも誰のせいにも思えない……
確信が持てるのは精一杯やった自分と家族の努力だけ
単純に「努力しても変わらないこと」だってある

なんか、どんぐりさんの気持ち…複雑な心境を察すると、つまらない話になってしまい、ごめんなさい


ココチです。
忙しかったのと、パンダさんの記事に呼応して書こうと思うと 相当力量が入りそうだったので 書けないでいました。
その点は 今も変わらないのですが、私の書いて来たことが 「 変わる 変わらない問題」のつもりでも 私が「変わると信じている人」というわけでもないと思うので ちょっと出てきました。
(夜更けに書いているので、まずい書き方にならないといいのですが……)

実際 何年か前に こちらにはじめておじゃました時は、「うまく行くようになりました」というご夫婦のことが話題になっていた時に、「(家庭内で)距離を置いている うちのようなケースもあります」と書きました。夫がアスペだとわかった頃で、かつ それまでさんざん試みて来ていた後(30年位)だったからです。変わったと思うことはあっても 定型が期待するようなのとは違うので、割り切った方がいいと思ったからです。(今回 変わったとおっしゃっている方たちも、その時の私と似たような状況で、そういう意味も含めて おっしゃっているように見えるのですが……)

その頃は、アスペと言っても 夫と夫によく似たタイプの男性しか知りませんでした。その後実生活やブログやマスメディアなどを通して 想像を超えた様々なアスペルガーの方たちを知るようになりました。そこから来る 私の見方の変化はありますね。もっと幅を持って見られるようになったというか。

あと (蛇足かもしれませんが)時々思い出すのは 左利きの問題です。
幼児の時 左利きの人は 案外多いと思うんですが、周りの大人が お箸などを持ち替えさせているうちに そのうちできるようになっちゃいますよね。
でも 中には 同じようにしても、 変わらないし 無理に変えようとすると 今度は 吃音が出て来たりすることもあるようですね。
たぶん そういう場合は、生まれつき 左利きの素因が強いのだと思います。
でも 見かけは同じなので 試してみないとわからない。
アスペルガーの方にも素因の強弱等があるでしょうから、見かけがどう見えても 試して見ないとわからないところがありますし、どう変化するかは 必ずしもパートナーの影響だけではない。

そこに、パートナーには左右できない様々な要素がさらに加わっている。
私は そんな風に思っています。

世の中には アスペの家族に もっと関心というものを持った方がいい、たとえば子供の療育にもっと責任を感じて取り組んだ方がいい、というひとたちも きっといると思うんです。
でもたぶん そういう人はこのブログは読んでいない。
その逆の人たちが読んでいると思うので、私がらくになったような見方を心がけても 行きすぎることはないに違いない と思って書いてみました。

>どんぐりさん

うまくいったという体験談が、立場の違う方に逆にプレッシャーを与えてしまうということもあるのですね。
浅慮をお許しください。
おそらくどんぐりさんも、それを責めているわけではなく、どうにもならない気持ちを抱いて苦しんでいらっしゃるのだということが分かりますが。

ちょうど阪神大震災から20年と、テレビでも様々な話題になっていますが、もしかしたら、うまくいったという体験談は、防災対策として役立つものでは?と思いました。
震災時、子どもを庇って脇に避けたら家具の下敷きにならずに済んだという体験談がありましたが、その逆に隣に寝ていた家族を救えずに失った方もいるわけですよね。
仕方ないこととわかっていてもご家族を亡くした方には、救われた方の体験がとても辛いものになると思います。
誰も、家族を救えなかった方を責める人はいないのに。
その差は偶然に過ぎません。

しかし救われた人の体験は、今後に生かしていく手がかりにはなります。

過去の選択は、その本人にとって、最善であって、特に窮地に陥っていれば、それしか選択はなかったのでしょう。
大切なのはこれからであって、もしも他の人の体験がつらいのなら、それは今取り入れるべきものではないのだと思います。

いろんな情報があり、それを利用できる人も利用できない人もいます。
何を選んでいくのがいいのかは、本人にしかわからないし、自分にとって一番良いものを選ぶというのも難しいことです。
でも、それによって過去を悔いるようなことはしなくていいと思います。辛いところを越えて、今があるのですから、ここから先を考えていきましょう。

ココチです。
すみません、最後のところ、「アスペの家族に」から「アスペの家族で」にかえて読んでください。

アスペ父を持つ娘様

娘様が皆さんに対して最初に書かれた言葉、私に変わっていってくださった気がして…細やかな心遣いありがとうございます。
娘様は、本当に、相手の気持ちが自分のことのように感じられる方なのかな…と熱いものがこみあげる気持ちがします。

娘様が一瞬のむなしさを感じたように、私も確かに何かしら心の琴線が揺さぶられる思いになったのは事実です。
変わる、変わらない、何をもってのレベルなのか、いろいろな思いが吹き出したのもまた事実です。

薬物中毒とアスペのことを並行しながら、わかりやすく一生懸命、娘様の思いを説明してくださり、それもまた 理解しやすかったし とにかく娘様の一生懸命な思いに、凍りついた何かがほぐれる思いがしました、
元夫本人から癒されることがないことが、残念ですが 日本のどこかに、気持ちを少しでもわかってもらえる方がいるのは、唯一の救いであり癒しでもあります。ありがとうございます。

どんぐりさん

薬物の話(あー!失敗したかも!)と思っていたので(あぁ、よかった…!)と思いました…(汗)
こちらこそ、つまらない話にフォローして頂き、ありがとうございます!(笑)m(__)m

なんというか…「離れることになった」という、どんぐりさんと共通する部分で、何となく気持ちが分かるような…と思い、書き込みした次第です

皆さんが「変わる」と表現した出来事だって、もしかしたら他の方が同じ出来事に遭遇したところで「変わった」と思えないこともあるかもしれません
人格が違うんですから、そういう感性や受け取り方の違いがあっても不思議ではないと思うんです
(また水を差す言い方に受け取れたら、ごめんなさい)

どんぐりさんは何事も真剣に取り組むタイプだと感じました
「何をもってのレベルなのか」と言われてるように、相手の感性を、ご自身で理解しようとされている

私はかなり適当なタイプなので…アスペの理解も大雑把だし、相手の感性の理解をするより、自分に都合の良い解釈をしてしまいがちですから……
難しいこと考えたくない、悩みたくない、グレて薬物に走ったのがいい例です(笑)
掲示板で私の過去を知った方は、私が本当にずっと苦しんでいたと思われてるような気がしますが…苦しいからこそ、グレて薬物もやった!
だから家族のことを考えなければ、楽しかったし、辛くなかった
楽な人生を歩もうとする、本当に適当な人間なんです
だからこそ、後々に苦い思いをする……そんな行動パターンを現在修正中です

一方で、どんぐりさんは今も苦悩の中でも、皆様の出来事にも理解しようと取り組む姿勢があり、旦那様のことも…きっとそれ以上に真剣に取り組んでいらっしゃったんだな……と痛感してしまいました
だから旦那様の葛藤もダイレクトに感じてしまい、旦那様を気遣う気持ち……でも自分も苦しくなってしまう……どうしようもなくなってしまったんだろうと思いました
旦那様を想いながらも苦しんで、沢山の思い出や、犠牲になってしまったものも、大きすぎる分……今も傷が癒えないのは当然なのかもしれません……
それだけ、どんぐりさんは一生懸命に向き合ったんだと、私は本当に感じましたよ?
私なんかが上手いアドバイスは出来ないですが……見てる人は見てます
神様が見てるかもしれません!
私は逃げて向き合う問題を後回しにした分、今にツケが回ってきたように……どんぐりさんの一生懸命に頑張ったツケは絶対に来ると、私は信じています

また長くなりました(汗)

お互いの明るい未来を願っています…☆

あすなろ様

大震災での救われた例 なるほどな、と思いました。あすなろさんたちの成功例が防災策として 今後役立っていけばよいですね。
今後を考えていくこと、先が大切なこともよくわかっています。
モヤモヤと抱えてる思いは解決できないまま、次へ進むのは難しく感じますが 一歩でも踏み出せたらいいなと思います。

たくさんのアドバイスありがとうございました

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