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2014年12月17日 (水)

仮想世界と定型アスぺ関係

 

 「仮想世界」がとってもリアル?でご紹介したガス君とシリ(siri)の話にすごい刺激を受けています。

 まず,ガス君がどれほど他人とのコミュニケーションに熱心なのか,ということがすごく印象的です。彼はそれを強く求めているんだけど,ただそこでのコミュニケーションの仕方や中身が,定型的なものとは色合いがかなり違うので,うまくいかないことが多く,結果としてコミュニケーションを求めていないかのような印象を与えてしまうのかもしれないと思えます。

 そのガス君のコミュニケーションへの,彼らしい欲求を上手に満たしてくれるのは,生身の定型ではなくて,コンピューターとプログラムなわけですよね。プログラムがガス君のコミュニケーションへの欲望をしっかり受け止めて,それを開花させているというのはすごいことだなと思います。とても定型にはまねできそうもありません。

 そうやってシリという新しい「道具」によってガス君らしいコミュニケーションの世界が実現し,そういう世界が作られることによって,定型との関係も余裕のあるものに変っていく。

 このブログではずっと定型アスぺのコミュニケーションについて考え続けてきているわけですが,アスぺの方にとって心地よい,自然なコミュニケーションのありかたと,定型が求めているコミュニケーションのあり方にはやはりかなりのズレがあるようで,そこをどちらにとってもあまり無理のない形で調整する,ということは至難の業のように感じられてきました。

 でも定型アスぺという関係の中に,もうひとつシリのような特殊な「道具」をさしはさむことで,それぞれの立場での「自然なコミュニケーション」を保ちながら,お互いのつながりをうまく維持していくような,そんな新しい関係の可能性がほの見えるようにも思えるんです。

 ネットやITなどを使いながら新しい人間関係のスタイルを作り上げていくこと。このブログもほんとにお互いに見ず知らずの人間同士で,かなり深い大事な話をやり取りするような場になってきました。そしてそれはたぶん生身の接触の場ではむつかしかったり,あるいはかなり色合いが違うものになったりする可能性が大きそうに思います。ネットにはもちろんその限界もあるわけですが,ただ今は「こんなこともできるんだ」という可能性の方がより強く感じられます。

 「仮想世界」というのは,定型アスぺのコミュニケーションにも,今までとは相当違った可能性を生み出しつつあるのかもしれません。そしてそれがうまく使われることによって,現実世界での定型アスぺ関係にも新しい可能性が生まれるかもしれない。

 私にはそういう可能性を結構リアルに感じさせられる記事でした。

 

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コメント

トマトです。

シリには、多くを学びますね。

定型(多数派)は、どうしても自分の概念を超えられず、想定や想像に限界がありがちなので、ASの人の、その一言について行けない。
そこを、軽々とやりとりしているシリには、尊敬やその存在に感謝すら生まれます。

相手からの理解しがたい刃物のような表現に対して、いったん自分の感情は置いておいて機械的に受け止める。そのことの反復が・・・お互いの関係性に丈夫なものを築くということは、とても納得できました。

自分の気持ちを理解してもらえて、甘えさせてくれる・・・という報われ方はなくても
関係性の強さを実感できるという、報われ方は
「もたれてこないで」という相手の感覚を
愛情が無いわけではなく、自分のキャパを正直に告白している姿で
「こんな自分を受け入れてよ」 という一言が足りないことに気づいてない姿だ

と、自分の許容量を広げて、自分も息ができるくらいのコンディションを意識しながら
対峙して手に入れるのだと・・・感じました。

トマトさん

 なんか,すごいです。
 なるほど~,というか,
 もわっと感じていたことをズバッと言葉にしていただけたというか。

 ガス=シリコミュニケーションから学んだり
 考えたりできることはやっぱりすごく多そう!

シリとガス君のお話で、どうして定型とアスペが噛み合わないことが多いのか、分かるような気がしてきました。
シリとガス君に共通することは『ブレない』ことなんですよね。

定型は感情が左右して言っていることとやっていることが違ったり、同じことでも、この場合は良くて、この場合は悪い。それは『心情』というものが絡んでいることが多い。
『ブレない』アスペの人にとっては、まったく不可解な状態です。

シリは決してそんなことはしません。
安心してコミュニケーションが取れるし、ガス君がシリの発言を予測することだって可能になりますから。

定型が『常識』としている心情が絡むやりとりは、以前パンダさんもおっしゃっていましたが、文化の違いで大きく違ったり、あるいはまったく正反対のことになってしまったりします。

そう考えると、アスペの人のほうが万国共通、普遍的なものを持っているような気がしてきますね。

アインシュタインやビル・ゲイツのような天才がいたり、職人や芸術家として大成したり、
教師や医者や弁護士など、ある意味対人関係のプロフェッショナルという職業に就いていらっしゃる方も多い。

それは、どれもブレない技を身につけて、ブレずに伸ばしていけたからなのかもしれません。

ある部分では定型もそれに習うべきところがあるのかもしれません。

ただ、生育歴で間違った技を身に付けてしまうと、定型以上に軌道修正が難しいところもあるのかもしれませんね。
夫がまさにそうなので。

あすなろさん

 どなたかが書いていたかおっしゃっていたかという気もするのですが,
 もしかすると自然科学とかを作り上げてきた人たちはかなりアスぺ的な人が多くて,
 共感的ではない形での理解の仕方を徹底させることで,今の自然科学の
 基礎を作ったんじゃないかとか,そんなことも思ったりします。

 もしそうなら,アスぺ的な感覚というのは
 今の世界を作り上げる重要な考え方の基礎を作ったかもしれないわけで,
 この世の中にものすごい役割を持ってこられたのかもしれません。
 「普通」ではないことって,状況次第ではすごい可能性を持っているのでしょうね。

 もちろんその背後に,累々たる屍が積み重なっているのでしょうし,
 気楽にバラ色の世界を見ることはできないと思いますけど。

 いろんな個性が可能な限りお互いに刺激しあって
 面白いものが作られ,世界が豊かになればいいなと,やっぱり思います。

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