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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年12月19日 (金)

言っておくけどね

 パートナーと話をしていると,突然激しく挑発され,喧嘩を売られているような気分になることがあります。それでこちらもそれに引きずられて応答が多少は喧嘩腰にならざるを得ず,そうすると今度は彼女の方から私が「なんで怒るの?」と責められて大混乱,ということがよくありましたし,前よりだいぶ少なくなったとはいえ,今でもそれはなくなっていません。

 彼女が言うには少なくとも本人には喧嘩を売る気持ちはないらしいのに,なんで喧嘩を売られた気持ちになるのか,ずっと不思議なんですが,ひとつちょっと思ったことがありました。

 私がお医者さんについてある経験をして,そのことについて話していたときのことです。そのお医者さんの行動について私がよくわかんなくて,どうしてなのかな,という感じでそのことを彼女に話した時,彼女が「あの,言っておくけどね」という前置きをしたうえで,福祉関係で接触があるお医者さんについての経験から「お医者さんというのは……だ」と話しました。

 この「あの,言っておくけどね」という言い方は,定型的な感覚では「私はいろいろ説明しているのに,あなたは全然理解していないようだ。そしておかしな主張をしてくる。理解力の乏しいあなたに,私はあなたが理解できないあることについて強く教えておきたい。よく聞いて理解しなさい」というような「上から目線」の「お叱りの言葉」に聞こえてしまいます。つまり「常識のないあなたに私は我慢して教えてやるんだ」という感じの態度に感じられるわけです。

 それで,こちらとしては特にそんなに繰り返し同じようなことで自分の理解力のなさをさらけ出した記憶はないし,今回もある経験をちょっと話して「あれ?どうしてかな」というささやかな疑問を述べただけだったのに,「もう,何度説明しても分らないやつだ!」という怒りを持って接しられたような気分になってしまったわけです。

 それは私としては「なんでそこまで怒られなければならないの?」と感じて随分不当な扱いを受けた気持になるので,どうしても抗弁したくなるんです。今日はそれをしませんでしたが,でもそれをすると,今度は「何で怒ってるの?」と言われるのが落ちでしょう。そうなると,もともと議論したかった話はどっかに飛んでしまって,「怒った」「怒ってない」の不毛な話になってしまい,徒労感に終わる,ということが繰り返されてしまいます。

 で,今回気づいたことは,そういう不毛なパターンに陥る一つのきっかけが「あの,言っておくけどね」というような,別に言わなくてもいい(というか定型的には言ってはならない)言葉を彼女がわざわざ付け加えて話をすることだなと思えたわけです。

 じゃあ,なぜ彼女は別に必要もないそういう言葉を付け加えて話をするのか,ということなんですが,これを書きながら少し感じたことがあります。それは彼女のその話し方は,定型の相手から繰り返し言われ続けてきた話し方なんじゃないか,ということです。で,彼女は単に「普通はこういう場合,そういう言い方をするのか」と理解して,それを「普通」の場面で使っているに過ぎない可能性を感じました。

 こんな場面を想像してみます。定型が定型的な感覚で,アスぺの彼女が理解できないことに対して繰り返し婉曲に「注意」をしたとします。ところが定型アスぺの感覚のズレで,彼女には自分の何が問題にされているのかがつかみづらく,彼女なりに努力しても結局同じ「失敗」を繰り返してしまう。そうすると定型はだんだんがまんできなくなってきて,「もう,何度言っても分らないやつだ。」と怒りを持ってくる。

 ところがやはり彼女の方は言われていることの意味がわからないので,それを彼女なりに理解しようとして定型から見ると頓珍漢に感じられる質問などをすることになる。その質問を聞いて定型の方は「なんでこんな当たり前のことが伝わらないんだ」といら立ち,相手の理解力のなさを責める感じも含めて「あのね,言っておくけどね」と「当たり前」のことを相手に宣告する,という形になる……

 この展開を彼女がこんなふうに理解したとしたらどうでしょうか。「自分にはよくわかってることについて,相手の人は知識を持っていないようだ,と思われる時,説明する前に<あのね,言っておくけどね>という言葉をつけるのが普通のやり方なんだ」

 そうすると,今回の例については,彼女はお医者さんの行動パターンについて経験上知っていて,そのことについて私は知らないようだと思えた。そこで「あなたは知らないかもしれないけれど,実態はこういうことになってるよ」ということを素朴に伝えようとして,「あのね,言っておくけどね」と最初に話をした。

もしそういうことなら,彼女は私の無知を責める気持ちや理解力のなさをなじる気持ちは全然なくて,定型なら「ああ,もしかしてあなたはあんまり経験がないからわかりにくいのかもしれないけど,実態としてはこういうことみたいだよ」とでも言うところ,「あのね,言っておくけどね」という言い方をして,親切心で実態を教えてあげようとしただけ,ということになります。だからそれについて相手がムキになって何かを言ってくる意味が分からないのも当然ということになる。

 まあ,この私の理解の仕方がどこまで実態に合っているのかはまだよく分りませんが,なんとなく可能性としてはありそうな気もしますし,もしかすればこういうパターンのことが結構いろんなところで起こっているのかもしれないという気もします。つまり,彼女からすれば定型からいつも言われている言い方で普通に応じただけなのに,その言い方で相手がショックを受けたり怒ってしまって困惑する。

 で,実際はその「定型からいつも言われている言い方」というのは,定型の側からすれば「物わかりの悪い彼女」に対して「最終警告」に近い形で厳しくいうときの言い方で,それは定型の側は自分が言われるとショックを受けたり,あるいは喧嘩を売られたりする気持ちになるような言い方なんだ,というわけです。その「最終警告」みたいな意味あいを彼女は全然考えていないので,その言葉の「効果」についても予測しようがなく,その後の展開は訳の分らないものにしか思えなくなる。

 こんなたとえ話をふと思いつきました。彼女のその「挑発的な言い方」は,実際は定型が彼女に対して繰り返してきた言い方にすぎず,彼女は全然感情を含めずに,その言い方をそのままこちらに返してきただけで,言ってみれば彼女は「鏡」になったにすぎないというものです。鏡自体は別に感情も何もなくて,ただありのままを映し出しているだけです。

 ところがそれを見ているこちらの側からすると,そこに写っているもの(自分の顔とか)から感情を感じ取ってしまい,それを鏡が持っている感情と勘違いしてしまう。つまり,定型の側は自分(たち)の感情パターンを相手の中に勝手に投げ入れて,そして映し返されたその自分(たち)の感情に自分(たち)自身が反応してしまうという,意味のない独り相撲をしているという構図がそこにある可能性を感じます。

 ちょっとこういう見方でどこまで理解できるか,注意してみたいと思います。

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コメント

すごい気づきですね!
私の身に起こっていることも、この理由で考えると納得できることが多々あります。
私たち夫婦も、パンダさんご夫妻と似たような経緯で揉めます。
夫は気に入らないことがあると、イライラした態度で物をカチカチたたいたり、普通の会話で突然声を荒げたりします。その態度が嫌でこちらが怒り出すと、最終的に私が突然怒り出したことが喧嘩の原因と言われて謝る羽目に。全く腑に落ちませんでした。
パンダさんの説で考えると、夫は幼い頃から父親にそういう態度を取られていたんですよね。それをそのまま倣っているだけ。怒るという感情が無くても自然とそういう態度になってしまう。その中には、理不尽な
扱いを受け続けてきた苛立ちも無意識に入っているのかもしれません。
しかし、彼は怒っているという意識がないのです。
つい先日、夫が仕事帰りに電話をしてきました。電話口でずっと、「死ね、死んでしまえ、この役立たず、死んでくれ!」と私を罵り続けているのです。
酔っていたのと、その前に夫の頼み事を事情があって聞けなかったので、このことで気分を害していたようですが、このブログを拝見するようになってから、夫の言葉を真に受けない余裕ができるようになっていたので、聞き流していました。その後もそのことには触れませんでした。
夫はインフルになっていて、極限状態でやっと帰ってきたので、もう意識朦朧だったんだとおもいます。そういう状態で出てきた言葉は、夫がこれまで掛けられた言葉か、そういう風に自分を追い込まなくてはいけない状況に晒されてきたことの証なんじゃないかと、パンダさんの記事を読んで思いました。
その言葉を発する背景を想像する。
これはその言葉を向けられた自分を守るためにも大事なことじゃないかとおもいます。

トマトです。

あすなろさんの
『その言葉を発する背景を想像する。
その言葉を向けられた自分を守るためにも大事なことじゃないかとおもいます』
というコメントは、ASと定型の関係維持の核となる部分だと思います。

私はこれまで、
ショック状態で唖然となる→日本語間違いだと自分に言い聞かす→呼吸をととのえて数日後にきわめてフツーに接遇する
というパターンをとってきました。


あすなろさん

>私の身に起こっていることも、この理由で考えると納得できることが多々あります。

 ああ,そうなんですね!
 なんかこんなふうな見方で見ると,定型の側(非アスぺの側)からは
 なとなく分った気になることが増えるように感じましたが,
 あすなろさんもそう感じてくださったようで,ちょっと力づけられました。

 アスぺの方から見てどうなのかはまだ全然わかりませんけどね。

>このブログを拝見するようになってから、夫の言葉を真に受けない余裕ができるようになっていたので、聞き流していました。

 パートナーの方の発言は,ほんとに息をのむような激しい発言ですけれど,
 (私なら,そういうことを言われたらもう完全に切れまくっていたと思います (^ ^;)ゞ )
 このブログがそんなものすごいシビアな状況に対しても
 お役に立つこともあると知って,ほんとによかったと思います。
 
 そんな経験の交流がこれからも積み重なっていってほしいですね。


トマトさん

>私はこれまで、ショック状態で唖然となる→日本語間違いだと自分に言い聞かす→呼吸をととのえて数日後にきわめてフツーに接遇する というパターンをとってきました。

 ショック状態から気持ちを立て直すまでに,やっぱり時間が掛かりますよね。
 同時にその切り替えはやっぱり少しずつ早くなってくるようにも感じます。
 そのうちに,ショックをほとんど感じずに済むようにもなるのかどうか,
 どうやったらあまりショックを感じずに済むようになるのか,
 なんか手探りです。

鮭です。
私もよくパートナーに説明する際の口調が、
上から目線とよく指摘を受けてしまいます。

パンダさんのシチュエーションとは少し異なるかもですが、
私の場合は説明の冒頭に「だから、~。」という
話し方をよくしてしまい、パートナーから
「『だから、』って言うけど今回初めて聞くけど?」
という具合です。

もちろん上から見下す意図はないのです。
ほぼ無意識に出てしまいます。
「えーっと」というような繋ぎ言葉のような感覚です。
パンダさんのご指摘の子供の頃からの受けていた指摘が
当たり前になるという感覚は自分の中ではありませんでしたが、
無意識に出てしまうのはそれが普通になっているからなのかもしれませんね。

私だけかもしれませんが、少し考えると
「だから」は相手に言ってるのではなく、
自分自身への言い聞かせのような気もします。
(説明方法を考えて整理して、いざ言葉に出すときに
整理したものを今から言うよっていう「だから」。
本来は頭のなかに止めて置くべきものが出てしまう??)
はたまた、アスペルガーなので、
自分のよく知っていて何度も経験があることは
相手が知らなくてもどうだろうがお構い無しに
「だから」になってしまうのかもしれません…。
この辺りは自分でもなぜそういうことを
前に着けてしまうのか、よく分かりません…。

もちろん「当たり前なのにどうして分からないの!」って感じるときもあるので、
その時は語気を強めて話しているつもりです。

なので、「ぽろっ」ていう感じで出てくるものは
そういう見下す意味合いはないと説明して、
自分でも使わないようにしようとしているのですが、
冷静でないときなどは抑えきれず出てしまって、
その時は全体的に強い口調になっているので、
無意識か意図的なのか
パートナーには判別できない状況になってしまいますね…。


あとは「あなたは定型なのにそれに気づくことが出来ないの?」って感じる時が時々あって、そういう時にそういう口調になるときがあります。
その時も「定型なのに~」と感じたことを伝えるよりも先にその口調で返事してしまうので、パートナーの頭には「?」がついてしまいます…。。。

鮭さん

>「だから」は相手に言ってるのではなく、自分自身への言い聞かせのような気もします。
(説明方法を考えて整理して、いざ言葉に出すときに整理したものを今から言うよっていう「だから」。本来は頭のなかに止めて置くべきものが出てしまう??)

 これ,もしかするとアスぺの方のコミュニケーションの取り方を考える時に
 かなり大事な手がかりになるかもしれないと感じました。

 なんというか,自分の中での思考の世界と,他の人とのコミュニケーションと,
 その区切り方にもしかすると定型アスぺでズレがある可能性も想像します。

 そのあたり,私のパートナーがどうやら自分の中で考えたことを
 私に話したような気持になってしまっていることがあるらしいこととも
 つながりを感じます。

 もちろん,あくまで可能性の話で,考える手掛かりの一つ
 というところに留まりますけれど。

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