2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« 二種類のジグソーパズル | トップページ | 布団の上げ方 »

2014年12月 4日 (木)

定型アスぺで共有する足場

 碧さんから記事「共感はやさしさの条件?」へのコメントを戴きました。私にはすごく分りやすくて,今まで混乱していたことにすっと筋が通る感じがしたりしました。そして最後の一文に,何か強く心を打たれてしまいました。

「私の①は一緒にいるということです。一人でもいいけれど、特別で好ましく思うから一緒にいるんです。そして、大切に思うから相手の助けになろうと行動するんです。」

 ここで①と書かれているのは, 辞書から引用された「好意」の意味の一つで,「その人にいだく親しみや好ましく思う気持ち。愛情の婉曲的な表現としても用いられる。」というものです。さらにこの好意について,実際の場面では定型からは「共感」や「心配」といった、一回一回気持ちのやり取りを要求されるような形で表出」されるもので,「言葉で現れることが多」いものです。

 定型の場合はそれこそ「好きだよ」とか「大事に思っている」とか,言葉でその思いを表現することが多いと感じられているわけですが,碧さん自身はそういうことはしないということでしょう。でもだからといってそれは好意がないからではなくて,その表し方が全然違い「一緒にいる」こと自体が大変な好意だというわけです。

 このこともまた私が気になって,このブログの記事でも何度か取り上げて考えてきたことですが,でも今回碧さんから改めてそういう説明を受けて,私の気持ちがずっと強く動かされて,それがパートナーへの思いとつながったんです。頭での理解ではなくて,またひとつ気持ちでの理解になった感じがします。

 なんでなんだろうと考えてみるんですが,ひとつには,やっぱり何人の方から,繰り返し同じことを言われることが大事なように思います。パートナーからは内容としては似たようなことを何度も聞いているはずなんですが,頭ではある程度理解できても,なんだかぴんと来なかった。

 それから「大切に思うから相手の助けになろうと行動するんです。」という碧さんのストレートな言葉がなんだか心に響いたんです。

 これまでのアスぺの方からの説明では,アスぺの方の他の人に対する行為は「感情が伴わずに,頭で考えてやっていること」だという面が強調されていたように感じました。自分の気持ちは別にして,ただ定型社会でそれが求められているから,そういう振る舞いをしているだけだということです。

 でも,「共感はやさしさの条件?」の記事でも書きましたように,その理解だけで考えると,アスぺの方がなんで他の人を援助したりするのか,ということが分んなくなってしまうわけです。「それもなんかの打算でやっているの?」という「疑惑」が出てきてしまうのだけれど,実際のアスぺの方がそういう「打算」で援助をしているとはやっぱり思えない。

 そこで碧さんのこのストレートな言葉で,「うん,そうなんだよな。それなら分るよ」という納得の気持ちが私の中に生まれたのかもしれません。で,それと同時に,今まで繰り返して切実にパートナーが訴えてきたけれど,なにか私には届かなかった彼女のそういう「大切に思う」気持ちが,ストレートに私の中に伝わってきた感じがして,すごく心を揺さぶられたんですね。

 
 定型であろうと,アスぺであろうと,自分にとって特別な人に対して,その人を大切に思う気持ちがあることに変わりはない。もちろん定型にもそういう気持ちが強い人と弱い人の個人差があるように,アスぺの方にも個人による違いはあるのでしょう。でも「大切に思う気持ち」があること自体は間違いないのだろうと,今はそんなふうに私は感じられます。

 ただ,それをどう表現するか,どんなふうに行動するかに大きなズレがあって,そこでせっかくの「大切に思う気持ち」がまったく伝わらなくなったり,逆に相手を傷つけてしまうことすらある。そしてお互いに傷つけあいを深めていくような悲劇的な展開も起こる。


 そうなってしまったときに,それでももしお互いの関係を切ってしまう気持ちになれなかった場合には,何をお互いの関係修復の足場にできるのか。そのことを私はずっと考え続けてきたように思います。そして今の時点でたどり着きつつある足場は,「相手を大切に思う気持ち」という,ものすごく単純なものです。

 全ての人にそれが言えるのかどうかは私にはよく分りませんが,少なくとも私のパートナーとの間では,そこは信じられるものにだんだんとなってきました。定型アスぺのずれによって,実際の行動ではその気持ちが逆の結果を生む場合も少なくないわけですが,でも,それは「悪意」なのではありません。ただ「分らない」からそうなるだけのこと,と思えるようになってきます。

 もしそうだとすれば,次のステップはどうやったら相手の人の「大切に思う気持ち」をうまく感じ取れるようになるかの工夫と,それから相手の人に自分からの「大切に思う気持ち」をどうやったらうまく伝えられるようになるかの工夫でしょう。

 
 もちろん,現実には本当に「悪意」で相手に接する場合もありうるでしょう。相手が「悪意」でしてきていることを,こちらが無理やり「善意」だと思い込んで対応しても,なにもいいことは起きません。詐欺のようにただだまされ,利用されるだけのことです。そこを見分ける力も,同時に必要になってくるように思います。

« 二種類のジグソーパズル | トップページ | 布団の上げ方 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 定型アスぺで共有する足場:

« 二種類のジグソーパズル | トップページ | 布団の上げ方 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ