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  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年11月18日 (火)

家族の中の幸せ

 なんだか考えてみればあまりに当たり前にも思えることにふと気が付きました。

 ここでコメントを下さる方の多くは女性の方のようなので,どこまで男性についてそれが言えるのかはちょっと分りませんし,定型アスぺの間でも個人差にはとどまらないニュアンスの違いみたいなものがあるかもしれませんけれど,それでも多かれ少なかれみんなが苦しんでいるのは「家族の中での幸せ」という問題なんだなあ,ということです。

 何をいまさら,馬鹿じゃないの!というあきれた声も上がりそうですし,逆にそういう見方は問題の広がりや大きさを見失っている,という逆のお叱りもありそうな気がしますけれど,とりあえず今の段階での私の素朴な感覚としては,そういう言葉が一番しっくりくる感じがします。

 私のパートナーは家族に重度の障がい者を抱えてずっと苦労してきましたし,そういうこともあって高齢者のケアに関わる仕事が彼女の支えになっています。高齢者をめぐっては単に身体的な問題ではなく,その方の抱えてきた家族問題があらわになってきて,対応をむつかしくするようですが,そんないろんな困難を抱えて「普通の生活」が出来なくなっている人に手を貸して,すこしでも「普通の生活」に近づくようなお手伝いをしたいと思っているようです。

 その彼女にとっての「家族」は,お父さんが高機能の自閉症だったこともあって,「暖かい思いやりの交わされる団欒の家庭」というイメージにはなりません。ただ,必死の思いで日々を生き抜いてきたつながりです。そうやって日々を成り立たせていくことが,本当に大事なことで,その大事なことを一緒にするのが「家族」という特別な存在です。

 ですから,彼女にとっての私は,私が期待するような「愛する夫」という甘いものではなく,「家族」なんです。彼女は彼女なりに私のことをいろいろ考えてくれますが,それは「愛するが故」というような甘いものではなく,「家族」だから当然のことなのです。彼女は彼女なりに子どものことを本当に心配して子育てをしてきましたが,それも「家族」として当然のことなのです。

 その「家族」のイメージは彼女にとって揺るぎのないものだったと思います。私は彼女の子どもとの関わり方について「その接し方は子どもにはよくない」と感じ,「かわいそう」だと思い,何度もそれを伝えようとしてきて,ほとんどまったくと言っていいほどにそれが伝わらずに呆然としたのですが,彼女はその子育てを楽しみ,そこに喜びも感じていたようです。だから,私がそれ以上に何を文句を言ってきているのか,意味が分からなかったのでしょう。

 彼女にとって家族として本当に必要なことはそこで満たされているはずだったのです。そうやって一生懸命やっているのに,私がなぜそこに文句をつけるのか,なぜ自分の努力を認めてくれないのか,そのことには傷つき続けただろうと思います。

 私との関係でも彼女は「家族として」一生懸命に対応してくれた。ただそれは私が求めていたものとはずれがあり,逆に私が長期の出張から帰ってくると一種のパニックのように「拒絶的」な態度になってしまったり,私からすれば精神的に否定されながら,事務的に事をこなしているだけのような印象になってしまいました。

 それで私は不満を語らざるを得なくなる。でもそれは彼女の家族のイメージからすれば,得体のしれない非難です。こんなにも誠実に,こんなにも一生懸命頑張って家族を支えてきているのに,自分はなぜそれを認めてもらえないのだろうか。今思えばそういう意味のことを,彼女は繰り返し語っていました。

 私が子育てで大事だからと彼女に伝えようとしたことは,たとえば子どもの笑顔を大切にすると言った,私にとってはなんのむつかしさも感じないようなことです。子どもが寝る時に子どもにせがまれて布団の中で絵本を読んだりでたらめの「創作物語」を語って聞かせる。我ながらへたくそだなあと思うそんな話でも,子どもはすごく楽しみにしてくれる。そういう至福の時に,冷たく「もう遅いから早く寝なさい」と怒ったように言われる。

 私は訳が分からず,彼女は私と子どもが仲良くしていることに嫉妬しているんだろうか,とさえ考えてみました。でも違うんですね,たぶん。彼女にとってちゃんと規則正しく生活することはとても大事なことなのです。いつまでも話し込んで起きていることは子どもにとって良くないことなのです。その彼女にとって一番大切なことを無視する子育てを彼女がみとめられないのも当然かもしれません。

 正直なところ,自分のことだけでなく,子どものことを考えて離婚をすることも何度も考えました。でもその子どもがひしと母親にしがみつく姿を見ると,それはできませんでした。子どもはやっぱり母親を求めていたんです。だから私はそれを引き離すことはできなかった。

 その結果,子どもの中にたまっていた矛盾が思春期に吹き出してきます。そういう展開になる不安を感じ続けていたために,実際にそうなって私が子どもに対して感じた罪悪感は本当に深いもので,初めて鬱になりましたし,パートナーはなぜそんな展開になったのか訳が分からずに苦しみ続けました。

 こんなにも誠実に子どものために一生懸命にやったつもりが,子どもに本当に苦しみを与えてしまったと感じて,彼女の受けた衝撃はたぶん計り知れないものです。そして私に対しても,まったく意図しない苦しみを与えてきたということで,彼女は打撃を受けています。アスぺ定型のずれを知ることは,私たちの関係を劇的に変えましたけれど,しかし彼女にとって,「じゃあどうすればいいのか」は見えてきません。「結局自分がアスペルガーだからいけないんだ」という思いから逃れられないようです。

 いろんな言葉で,そういうことじゃないんだ,と伝えようとするのですが,彼女の受けたダメージに届くものが私にはまだ見つかりません。

 カサンドラに苦しむ方も,なんでお互いが幸せになるためにこれほどの誠意を尽くして訴えても相手に伝わらないのかという思いを抱え,その苦しみを理解されないことに苦しんでいるというところがあるのではないかと想像しますし,アスぺ父を持つ娘さんが自分の身を痛めつけながら家族の幸福を願い続けたにもかかわらず,むしろどんどん状況が厳しくなっていって,得られたのは今は「苦しみという代償」としか思えないものだったり……

 アスぺ父さんも,多分自分にとっては理解できない周囲からの「迫害」や「拒絶」を,激しく暴力的に攻撃的に跳ね返して身を守ろうとされているのでしょうね。彼なりに大事な娘に「生きる道」を教えながら,それも受け入れられない事態に皮肉な態度で対処するしかない,そんなイメージを抱きます(ここは定型アスぺの感じ方のズレも絡みそうですから,むつかしいところですが)。

 すでに離婚をされた方も,ご自分がお互いの幸せを願ってあれほどの努力を積み重ねたのに,それがほんとうに悲しい結末にならざるを得なかったことに,どうにも気持ちの整理がつきかねる場合もあるのだと思います。何で自分がそんなにも苦しめられなければならなかったのか,そこに納得のいく答えが見つからない。本当に他の道はなかったのかについても割り切れる思いに至らない。

 そんなふうに考えてみると,みんな身近な人,特に「家族」と幸せに生きたいという願いを持って,それゆえに苦しんでいるのかなと思えます。その点ではたぶん定型アスぺのカップル間に大きな違いはない。ただ家族に何を求めているのか,何によってそれが得られるのかについてのイメージや感覚に大きなズレが隠れていて,結果としてお互いの心が傷つけられ,反目が生まれ,さらなる傷つけあいにも発展してしまうのかもしれません。

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コメント

何だかパンダさんの奥様が言っていたことが、私の父と共通する部分を感じます
私の父も「俺が一番の被害者だ」というように『自分は家族に精一杯尽くしたのに裏切られた』とのことを言うんですよ
私はそんなことを言う父の意味がわかりませんでした
どう考えても普通の感覚でいれば、親としての父の言動に共感できるものは、全くといっていいほどなかった

別居してからだって、ただいつも母に一方的に、子供の躾に対して『こうしなきゃダメだ』『お前のここがダメなんだ』等……押し付けるばかり

『自分が正しい』と信じて疑わない

一体、自分の言動を自覚して言ってるのか?といいたくなる


しかし、私が掲示板のほうで自分を振り返る中……気付いたことがあります

私自身も彼氏から『訳がわからない』と言われてきました
焦り、不安、怒り、悲しみ、否定、プレッシャー…等の相手から受けた負の感覚・感情を全て『怒り』として相手にぶつけてました

父は何でここで怒るの?と思うことが多かったんですが、自分を振り返り、父もそうだったのかなと思うと、つじつまが合うところが多いです

そう考えると、父も私も『歪んだ人間性』なんだなと……そうならなきゃ自分を守れなかった、父にもたくさん辛いことがあったのかな、と思いました


あれほどの苦しい思いを強いられてきたアスぺ父を持つ娘さんが,
こんなふうにお父さんの辛さを思われたということに
ある意味で衝撃的とも言えるくらいに,すごさを感じました。
一瞬涙腺が熱くなる思いもしました。

人間って,どれほどの可能性を秘めているんだろうと,
そんなことも考えてみたくなるようなことです。

アスぺ父を持つ娘さんの偉さと言うべきなのかもしれませんが。

 ……相手に理解してもらう為には先ず、相手を知り理解する必要が有ります。
 何故なら、相手が理解出来る範囲で説明しなければ達成しえないからです。例え話が上手く伝わるか伝わらないかも同じ理由であるかと。

 小さい頃に習ったと思うのですよ。
『相手の話は、よく聞き(理解し)ましょう』

SHINさん

コメントありがとうございます。
お書きいただいたことはその通りで、もっともなことと思いましたが、
何に対するご意見なのかの文脈が私はうまく理解できませんでした。
またよろしかったら教えてください。

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