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2014年11月23日 (日)

くぼみ=あばた? えくぼ?

私は自分の子どもに大事なことを色々教えられることが多いのですが(って、立場逆!? (笑)) 、先日「へぇ!!」と唸ってしまったのは、嫌いで食べられなかった食べ物を普通に食べられるようになった話でした。なんかある種のコツをつかんだらしいのです。

そのコツというのは「注目のポイントを変える」、というようなことらしいんですね。

自分自身を振り返って考えてみても、子どもの頃嫌いで食べられなかったものが、大人になったら食べられたり、時にはむしろ好物になっちゃったりすることがあります。例えばビールとか、大人は何でこんな苦い変な味を嬉しそうに飲むんだろうと、不思議に思いながら飲んでいた(あれ?)のが、そのうちにその旨さを感じるようにいつの間にかなっていました。

当然、ビール自体の味は同じです。苦いということも同じように感じていて、別に苦味を甘味に感じるようになった訳じゃありません。でも子どもの頃は不味く感じていたその味を、旨く感じるように変わったんですね、自分の方が。ビールが変わったんじゃなくて。そして子どもの頃は気づかなかった、例えば「喉ごし」とか、注目のポイントがいつの間にか変わっています。

私の場合は、意識しないで「いつの間にか」変わっていたわけですが、どうやら私の子どもは意識的にその注目のポイントを変えるらしいんです。そうすると、以前は気づかなかった「楽しみ方」が見えてきて、嫌っていたポイントにはあんまりとらわれなくなるんだそうです。

それを聞いて私は「それって、大発見じゃん!!」と感動してしまいました(笑) 、

パートナーと知り合った頃、当時は気づいていませんでしたが、極端にこちらの内面に自分の都合で入り込んできてかき回す母親に苦労していた私は、パートナーの距離の取り方にものすごくひかれたんですね。変に内面に踏み込んでこない関わられ方が凄く私の救いになった。そして多分、親とのとても厳しい葛藤を経てきていることも、私の側からは共感のポイントだったように思います。

ところが時間がたち、今度は自分たちの子どもを巡る彼女との葛藤の積み重ねなどを経て、今度はその同じ距離感が、「非共感的」とか「拒否的」とか、別のイメージで捉えられるようになっていったらしく、「救われる」どころか「苦しめられる」理由に見えてきてしまったわけです。

ビールが好きになったのとはちょうど逆向きのような変化ですよね。彼女の基本的な距離感は多分以前から一貫しているんでしょうが、ただ私の方の受け止め方が変わったんでしょう。そう言えば「あばたもえくぼ」といいますが、「えくぼもあばた」になっちゃうのかも。あるいは同じ「くぼみ」があるときは魅力的なえくぼに、そして別の時には嫌なあばたに見えるというような感じかな。

で、私の場合は、そういう変化は今こうやって改めて振り返って考えられるようになるまでは、ほぼ無意識に起こって来たもので、自分自身の力ではどうすることもできなかった訳です。ある意味もう逆らいようのない運命のようなものだったのかも知れません。

でも、子どもの「嫌いだったものを食べられるようになる意識的な工夫」の話のように、もしかすると意識して注目のポイントを変えてみるなどの工夫によって、マイナスのイメージでしかとらえられなくなっていることについても、多少なりとも柔軟な感じ方が可能になるかも知れません。

まあ、まだ頭で考えてみた可能性の話で、実際はどこまでそうなのかはわかりませんけど。でもちょっと注目してみる価値はありそうです。

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