2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« またもや「人間性」について | トップページ | 関係の違いと距離感 »

2014年9月20日 (土)

誠実さへの信頼

 パートナーの話を聞いていて最近しみじみ感じていることの一つは,彼女にとって得体のしれない定型社会の中で,ずっと傷つけられ,繰り返し人間不信にもなり,その中で必死で自分を守る方法を探り続けてきたということです。

 彼女の話し方に私が傷つく思いをすることはしばしばあったりしたわけですが,そのことを指摘すると,「なんで定型が同じことを言うときには問題にならなくて,自分が言うと問題になるのか」ということを聞いてきたりしました。私は全く違うと思っていたので,彼女の言うその意味が私にはなかなかわからなかったのですが,時間をかけて少しずつ,「ああ,彼女にとっては同じことなんだな」ということが感じられることが増えてきました。

 パートナーが偉いなあと思うのは,そういう厳しい状況の中を,それでも一生懸命に誠実に生きてきたことです。その誠実さを感じるひとつの例は,自分なりに一生懸命やってきた子育てについて,結果的に定型アスぺのずれが災いして子どもを苦しめた面がある,ということを知った後,私が痛々しく思うほどに,子どもに対して申し訳ないと思い続けていることです。

 彼女が子どもを想う気持ち,心配する気持ちはほんとうに強いものがあります。ですから,今どうやって子どもに接したらいいのかについては本当に戸惑ってしまっていることを感じますし,そのことに苦しんでいるんですね。その誠実さを私はほんとに信頼できるんです。

 もちろんそういう状態であっても,時々子どもについて話をする中で,彼女の子どもについての評価でまた私がショックを受けることもなくなっているわけではありません。「どうしてそういう見方をしてしまうのかな」と思ってしまうんです。でも,実はそういう見方をすること自体が,自分が傷つくことを彼女が避けようとしてだったりするんですね。

 なんか抽象的で分かりにくいですね!またもう少しわかりやすく書けることがあれば,改めて考えてみたいと思います。今回はちょっと生々しすぎてかけそうにないので…… (^ ^;)ゞ

« またもや「人間性」について | トップページ | 関係の違いと距離感 »

コメント

トマトです。

私はASを知ったきっかけが、お人好しでユニークな故・ASの人だったので、どうしてもASに対する見方が好意的な視点からはじまると感じます。

ASの人はなかなかコミュに癖が強いんだけどとにかく「良いところを探そう」という姿勢です。

しかし、もともとが暴君、自己中心、ずるい、攻撃タイプなどのマイナス面が強い性格にアスペルガーという障害がかぶさると、家族はもちろん人間関係がズタズタに破壊されてしまう・・・けれどAS本人は訳がわからないという、解決しようのない不幸があります。

反対に、定型もマイナス面が強い人がASの人と暮らしたり接したりすると、ASの人への暴力やいじめにつながり解決しようのない不幸になると思います。

和解や維持には、根っこの部分での相互理解したい気持ちが必要で、その根っこの部部が無ければ、もしくはズレきっていれば、
早く離れたほうが良い・・・にしかならないと思います。

定型同士でも、ASと定型でも。

これは人それぞれでしょうが・・私個人は、より具体的なリアリティのある話の方が、さまざまなことを掴みやすいタイプです。
ですから、アスペ父を持つ娘さんのハードな実話から、ただ加害者・被害者の視点ではなく まだ気づかなかったASの人の感覚や、定型に通訳されきれなかった思考のヒントを、このお父さんの言葉から感じます。

自閉脳という言葉をあるブログで知りましたが、対応できない言葉や、嫌だと思う言葉をとにかくはじきかえしてしまい、自分の理解や受け入れられるごく限定された言葉でしか会話が成り立たない脳の仕組み・・・というような解説でした。

それは、防備ともとれるでしょうね。

トマトさん

 改めて思うことは,定型とかアスぺとかいうことは,その人の性格に独特の
 「定型的な」とか「アスぺ的な」といった「色」を付けるけれども,
 「定型だからいい(悪い)」とか「アスぺだからいい(悪い)」といった話は
 成り立たないんだろうなということですね。

 その意味では定型アスぺに関係なく,その人の「人間性」がどうなのか,
 ということがお互いの関係を考える上で大事なように私も思います。
 そこで定型アスぺのずれをこえて向き合える関係になれるのか,
 そこがそもそもものすごく困難なのかの分かれ道ができるのかも。

 もちろん相性とかも関係するでしょうから,
 具体的に見なければ,一般的にどうこう言えるものではないでしょうけれども。

 

トマトです。

そうですね。定型とASのどうしようもない概念や感覚のズレに苦労しながら、関係維持をしている家族やカップルや友人という人々もまた多いのですから、決別や破壊に至らない理由があるわけです。

個人的な見解ですが、保護欲の強いタイプや、人を守ったり世話したりすることが自分の生きがいや励みになるタイプの人が、それから好奇心の強い人がASの人に魅かれやすいかなと感じます。

私は好奇心タイプだと思います。
ASの男性が、好きな女性への不満や欠点を聞かれたとき「機動力が悪いところ」と答えたのですが、そういう表現にとても興味をそそられます。

定型語に通訳すると「いつもすぐ会いたいのに、彼女は車を運転できないから、常に公共交通機関を使わなくてはならない。待ち時間は長くなるし、一緒に居られる時間も制限される。郊外の店や、行きたいスポットに迅速に行けない・・そういう意味の機動性」
だそうです。
(AS男性は運転の仕方が危険なので、運転を止められていた)

いつも「謎」をくれるASの人は、私の目や耳をくぎずけにします。
しかし・・・これは距離感を自由自在にとれる立場の者の呑気な立場としての意見です。

トマト様

AS男性は運転が危険というのは、特徴なんですか?

うちの父は…ひどいものでした。ぶつけたりする事故はしょっちゅう起こしてました。そうだとしたら今後運転をして欲しくないですね…

食べ物への執着が強くて、まずい店にはその場でクレームつけるので嫌でした。
『こんな飯を食って死んだら死にきれない!』と爆発します。

アスベの父を持つ娘さんへ

ASの人にも安全運転に忠実な人は居ますので、ここは人それぞれでしょうね。
注意欠陥多動性障害(ADHD)を合わせ持っているASの人は、運転しない方が良いと思います。

お父さんの「こんな飯」の「こんな」のところにどんなこだわりがあったのかなぁと思ったりします。店で爆発してクレームつけるほどの。

我慢のコントロールはASの人にとって難しいのでしょうね。
我慢具合が自覚しずらいでしょうから。
すぐ爆発してしまったり、限界を超えた我慢を我慢と自覚できなかったり・・・。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449293/57442281

この記事へのトラックバック一覧です: 誠実さへの信頼:

« またもや「人間性」について | トップページ | 関係の違いと距離感 »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ