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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年9月28日 (日)

二つの世界(1)

 二つの世界,もちろんアスぺ的世界と定型的世界のことですけれど,大雑把な話です。というのも「スペクトラム」というくらいですし,その二つの世界がすごくはっきりと分かれているわけではないし,定型と言われる人にもすごく定型的な人(?)からどっちかというとアスぺ的な人もいるでしょう。逆にアスぺと言われる人にも,比較的定型的でこの定型社会になんとか適応する人も,逆にすごく自閉的でこの定型社会では完全にはじかれてしまう人もいると思います。

 ですから,この二つの世界の区別は,ある二人を比べてみたときに,「この人の世界はよりアスぺ的だな」とか「こっちの人はより定型的だな」とか,そういう比較の中でその人の特徴を理解する手掛かりになるような区別という感じかもしれません。

 たとえばこんなたとえで言えるかも。PQRの三人が横に並んで立っています。Pさんは黒っぽい服を着ていて,Qさんは灰色,Rさんは白っぽい服です。そこでQさんがRさんと比較して自分がRさんと何が違うかを考えたとします。そうするとQさんはRさんと違って黒っぽい色だと思えますから,自分はよりPさんに近いと感じるでしょう。

 それで今度はQさんがPさんと比較して自分の特徴を考えたとします。そうすると,Pさんの黒っぽい服に対して,自分はより白っぽい色の服を着ていますから,そういう意味ではRさんに近いと思えるでしょう。

 じゃあQさんは「本当は」Pさんと同じグループなのか,それともRさんと同じグループなのか,ということについて,「これは絶対だ」という基準を決めるのはむつかしいですよね。Qさんはどちらの要素も持っているし,どちらにも属しているように見える。

 じゃあPさんのグループはすごくはっきりしているのかというと,もしPさんの左側にもっと黒っぽい服を着たOさんがいて,Oさんと自分が何が違うのかを考えたとします。そうすると,今度は自分がQさんと共通点を持っている「白っぽい」服を着ているように見えて来るでしょう。

 そんなふうにもし「スペクトラム」というような,「色の濃い薄い」に相当するような関係が成り立っているのだとすれば,二つの世界を比べるときに,その人を誰と比べるかによってその人がどちらに属して見えるかが変ってきます。で,そのときに大事だと思えるのは,どちらに属するかは変わるけれど,その比較の軸に据えられているのが「黒(っぽい)」か「白(っぽい)」という両極だという点は変わらないということです。

 アスぺと定型の比較は,そんな風に考えられる部分もあるんじゃないでしょうか。そうだから,たとえばお医者さんの診断なんかも,同じ人についてアスぺと判断されたり,別のお医者さんなら定型と判断されたりするようなことがいくらでも起こりうるし,「定職についていれば定型だ」というような(私から見れば)乱暴な(でもある意味では実用的な)診断基準で判断しているお医者さんがいるらしいのも,そういう「定型アスぺ」のあいまいさの結果だと思えます。

 男性はアスぺ的だ,とか「男性脳」みたいな見方も,似たようなものでしょう。比喩としては分らないでもないですが,やはり大雑把な話ですから,もちろんアスぺ=男性などとは言えないわけですし,細かく見ていけばいろんなつじつまが合わないことが出てきます。もともとアスぺ定型の関係は,男VS女のような,かなりはっきりした区別とは違うわけですから(まあ,おかまさんとかおなべさんを考えるとそこも微妙かも (笑))。

 さて,ここでは定型的な世界とアスぺ的な世界という意味を,なにかはっきり区別された二つの世界という意味ではなくて,まじりあう世界の特徴を理解するための「両極」というイメージで考えたいと思っています。ですから,以下の話はたとえばアスペルガーと言う診断をされた方の場合でも,もしそのパートナーの方がさらに強い自閉的な傾向をお持ちの場合には,そのパートナーの方がアスぺ的世界で,ご自身は定型的な世界という対比である程度考えられるようなものではないかと思います。(言い訳が長くなりましたので,ちょっと記事を分けようと思います (^ ^;)ゞ )

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コメント

仕事中でもいろいろ気になって、
こちらのブログを読み耽ってしまいます。
実は今夜、彼と話し合いをすることになっています。
ASと定型の話し合いは難しいとわかっているのですが、
これまで、話しても無駄だろうなと
避けていたことを、少し踏み込んでみようと思っています。
私もうまく思っていることを伝えられないかもしれないし、
彼に嫌な思いをさせたり、
お互いを傷付ける結果になるかもしれませんが、
なにも言わずに現状を維持するには限界を感じています。

ところで、こちらの記事の本題とはずれますが、
私はASは究極の男性脳という気がしています。
もともと男女は考え方が違いますよね。
『ベストパートナーになるために』という本をご存知でしょうか?
私はその本を読んで、男女の思考の違いにかなり衝撃を受けました。
定型の男性は男性的思考に多かれ少なかれ柔軟性をもてているけれど、
ASの男性は、極端な男性的思考なんじゃないかと思いました。
たまたま私の恋人に当てはまっただけかもしれませんが^ ^;

他の記事にありましたが、
同じものを表と裏から見ているというのも、
すごく納得しました。

人間社会(特に日本社会)は、
コミュニケーション力、察する力が、会社でも友人関係でも要求されます。

定型が多数派が占めているからそれが常識となって、
そうじゃないASやその他の病気など少数派なので、
『違っている・間違っている・おかしい』などと言われてしまうんですよね。

なんだか、定型の人みんなに、
もっと柔軟性があればいいのかな〜と思いました。
でも、少数派の人にばかり合わせるのもやっぱり違うのかなとも思ったり…。

なんだかまとまらない独り言になってしまいました(。-_-。)


ルルさん

掲示板の方には女子高生のルルさんが投稿されていて、混乱しました(笑)。

そろそろお会いになる時間でしょうか。何かが変わるきっかけになると良いですね。何がどう変わるか、私には予想できませんけれど、何とかまずはお互いの関係で「今は」辛いところがあるという理解が共通のものになれば良いですが、その事がまず一筋縄ではいかないみたいです。

私とパートナーとのやりとりでは、私が「今こういう問題があるんじゃないか」と言うと、しばしば決定的な否定をされたように感じるみたいなんです。私としては「いや、そうじゃなくって、その問題をこれから一緒にかんがえていきたいということなんだけど」と言うんですが、それがなかなか伝わらない感じがします。

そこをどうやったら乗りきれるのか、あるいは全く違うアプローチが不可欠なのか、まだよくわかりません。

少数派に一方的に合わせるのもどうかということ、私もそう思います。お互いの問題なんですからね。うちでは「お互い様」という理解は何とか共通してきているように 思います。でもまだ問題山積の感じがしますけど(ToT)

今はどうしたら彼女の抱え込んだ辛さを和らげる手伝いができるのだろうかということに悩む日々ですね。

何にせよ、ルルさんのところでも何か次の一歩が見つかりますように。

パンダさん、お返事ありがとうございます。

ルルさんが他にいらっしゃるのを知らなかったので
今回の投稿から改名しますね。ルル改めアネモネにします。
(アネモネさんもいらっしゃったらどうしよう・・・
そのときはまたおしえてください^^;)

私の場合は、単純にお互いのことを分かり合いたいんですよね。
(でもそれってアスペと定型にとって一番難しいことなのかもしれませんね…)

私の感覚では、配偶者には私のことを一番理解していてほしい、
また、私も配偶者の一番の理解者でありたいと思っています。

昨日の話、どこに書けばいいかわからなかったので
掲示板の方に投稿させていただきますね。

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