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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年8月20日 (水)

アスぺ同士の関係って?

 

みみりんさんからこんなコメントを頂きました。

 「自閉傾向が弱い当事者と強い当事者とで定型とアスペの問題と同じことは、実際に起きます。うちの場合、明らかに私の方が自閉傾向が強いのです。夫は、十分に社会適応していますし、おそらく診断は下りないと思います。(私も社会適応だけで判断されたら下りないかもしれません。)そう言えば、東山伸夫さんも、診断下りなかったんですよね?細かいことですが、夫婦共に自閉傾向がある場合、その強弱に関係無く、互いにパートナーに不快感を与えることがあると思います。(というか、うちがそうだと思います。)」


 ここ,私がずっととても気になっていたことなのです。

 ここで,いわゆる「自閉症スペクトラム」の考え方を単純に理解して,すべての人を自閉度1~自閉度10まで,どれかに当てはめられるとします。そしてたとえば自閉度4を超えると社会生活でトラブルが多くなり,自閉度6を超えると定職に就くことが困難になり,自閉度8以上は自立した社会生活はできない,とか,(あくまで適当にたとえ話として書いているだけです)そんな「診断」が可能だとします。


 そうすると,大体今の診断と言うのは「社会生活が送れるかどうか」が重要な判断基準になっているようにも感じられますから,上の例で言えば自閉度5以下の人は,たとえアスぺ定型問題に当事者カップルが悩んでいたとしても,診断的にはアスペルガーなどという形にはならないことになります。東山伸夫さんもそのケースなのでしょう。私のパートナーも診断は受けていませんが,同じかもしれません。でもやっぱりたとえそうでも「定型アスぺ問題」は明らかに存在していると思わざるを得ません。

 さて,仮にそんな風に単純に数字で自閉度を考えたとしたとき,カップルの一方が自閉度1で,もう一方が自閉度2だとすれば,お互いにそれほど問題なく社会生活を送れるわけですし,比較すれば自閉度1の人の方が相手よりもより社交的で,それに比べると自閉度2の相手の人はちょっと非社交的でときどき一人でいることも好き,というような「定型カップル」になるかもしれません。

 ところが自閉度1の人が自閉度5の人とカップルになると,自閉度の差は4になりますし,さらに自閉度5の人は会社でもトラブルにあいやすかったり,ぎりぎり定職について社会生活はできますが,ちょっと「生きにくさ」を感じる状態になっています。自閉度1の定型の人は,パートナーとのコミュニケーションにしばしば違和感を感じ,「共感」的な関係が作りにくいと悩んだり,そんな風になるかもしれませんが,周囲の人にそのことをぐちっても,「まあそういうことはよくあるよ。人嫌いの人だっていくらでもいるし」とか,あんまりその深刻さを理解してもらえない状態になります(カサンドラ症候群になりやすい状況?)。

 これが同じ自閉度の差が4のカップルでも,一方が自閉度3(定型)で,相手の人が自閉度7だとすると,相手の方は社会生活がかなり困難になって,受診すれば診断も下りる可能性が高くなります。そうするとこの二人のカップルが抱える困難は「定型アスぺ問題」であることが診断上も言えることになります。

 では同じ自閉度の差4のカップルで,片方が自閉度6,相手の方が自閉度10だったらどうなるでしょうか。一方の方はぎりぎりアスペルガーの診断が下りるくらいで,相手の方は完璧に(?)診断が下りる状態ということになりますが,この場合そこで抱える問題は「アスぺ=アスぺ問題」なんでしょうか?それとも自閉度3と自閉度7のカップルが抱える「定型アスぺ問題」と似たような困難をこのカップルでも抱えることになるのでしょうか。

 もうちょっと具体的に言えば,たとえば定型アスぺ問題で,定型側は「共感」を大事にして,アスぺ側は「自立」を大事にして,その結果相手に対する気遣いの仕方も全然変わってきて,病気の時に定型側は「相手を気遣っていろいろ励ましたり話しかけたりもする」感じになり,アスぺの側は「静かに放っておいてあげる」感じになり,そうなると定型の方は寂しい思いをする,という「アスぺ定型問題」が起こったりします。

 そのように「相手の振る舞いに,なにか自分が切り捨てられたような寂しさを感じるか」ということについて,自閉度6と自閉度10のカップルでも,自閉度6の方が人に対して求めるかかわりの強さは自閉度10の人より強い,ということになりますから,そのカップルでは自閉度6の人が相手に対して「自分が切り捨てられたような寂しさ」を感じるかもしれないわけですね。

 で,みみりんさんが下さったコメントによれば,そういう可能性もあるということになりそうです。

 自閉のレベルが単純にスペクトラムで並べられるのだとすれば(まあ,実際はもっと複雑ないろんなことが絡むと思いますけど,とりあえずわかりやすく考えるために),定型アスぺ問題も,「それぞれのカップルが抱える自閉度の差の大きさ」という視点から考えられる面もあるのかもしれません。もしそうなら「自閉かどうか」とか「アスぺか定型か」というシンプルな問題ではなくて,「お互いの自閉度(逆に言えば定型度)の差がどのくらい大きいか」ということが重要な問題のひとつなのかもしれないわけですね。

みみりんさんのコメントからは,他にもいろいろ考えるべき大事なことがありそうに思いますが,とりあえずまずはそんなところで考えてみました。
 
 

 

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コメント

私は同じアスペルガー症候群の女性に「あなたは自閉度が高すぎて付き合いきれない」という風に言われて絶交されてしまったことがあります。その女性曰く「私は非典型的なアスペルガーと言われていて、軽度」とのことでした。

アスペルガー症候群同士でも不快感を与え合う可能性はあると思います。育ってくる過程で身につけてきた「常識」の違いで、私も彼女に不快な思いをさせられましたし(その彼女の行動は支援者曰く不適切な行動だとのこと)、私も彼女に不快感を散々与えたようです。

彼女は初対面のときから私のことを「自閉度が高すぎるから親しくなれるわけがない」と思ったそうなのですが、一時期、私たちはとても親しかったです。ですが彼女にいろいろなことを「非常識だ」と指摘されましたし(全てが定型発達社会と比べて正解だったかは別として)、私も彼女の行動に疑問を抱いていたことがいくつかありました。

彼女は医師に「非典型的」と言われていて、私は医師に「典型的」と言われたので、その差異もあると思うのですが、彼女は自閉文化が通じる人のように見えてどこか定型発達的で、素でやりとりするのが難しい相手でした。また彼女は相手が定型発達でもそうでなくても接し方を変えることができず、「定型発達の人に接するときのルール」で私にも接してきたので、理解できない部分が多かったのです。(私も相手がアスペルガー症候群だからといって完璧に接し方を変えたりはできませんが)

女性の自閉症スペクトラム障害者は、女性性に隠れてしまって発見しづらいらしく、典型例になるケースが珍しいそうです。「夫婦」となると必然的に男女ですから、典型的でないアスペルガーと典型的なアスペルガーとのすれ違いやコミュニケーションの難しさは発生しやすいかもしれません。当事者でブログを書いている人たちの中には、「家庭内にはアスペルガー症候群の診断がついた人しかいなくてコミュニケーションがとても楽」という人もいるみたいですが、珍しい例だと思います。

白崎やよいさん

>私も彼女に不快な思いをさせられました

 やっぱりアスぺの方同士なら「同じ感覚がベースにある」から
 お互いに適切な距離がとれやすいとかで,
 うまくいきやすいことがあるかと思えば,そう簡単なことではないのですね?

 その白崎さんが感じられた「不快」な部分と言うのは
 果たして定型アスぺの関係で定型(あるいはアスぺの方)が感じる
 「不快」さと共通するのか,そこは違うのかも知りたいところです。

 うーん,ほんとに私は知らないことだらけです。

パンダさん、お返事ありがとうございます。

アスペルガー症候群同士では、適切な距離感はまず保てないと思ったほうがよさそうだと最近思っています。件の女性は踏み込まれることを嫌うくせにガンガン踏み込んできて、「このくらいの距離感で話したい人なのか?」と思って踏み込み返すと「踏み込まれた!!」とヒステリックに騒ぐ人で、「適切な距離感の維持」が自分で全くできていない例でした。

私は距離感を遠く保ちがちなので、親しい人ができにくいのですが、それが彼女には心地よかった時期もあったようです。が、結局は彼女のものすごい擦り寄りで距離感がめちゃくちゃになり、しかも彼女はそれを私のせいだと思い込んでしまっていたので、友人関係の維持ができませんでした。

> その白崎さんが感じられた「不快」な部分と言うのは
> 果たして定型アスぺの関係で定型(あるいはアスぺの方)が感じる
> 「不快」さと共通するのか,そこは違うのかも知りたいところです。
定型側、アスペルガー側、両方の面があると思います。彼女なりの「定型発達者のルール」に則って彼女が私を教育しようとしたときは、私はいつも上手く理解ができなかったので、アスペルガー側の不快さに近かったと思います。

また、彼女も心配をかけても連絡をしない人なので(この記事の人です→http://asshiro.blog116.fc2.com/blog-entry-191.html)、そのとき私が不満に思った部分は定型発達側の気持ちに近かったのかなあと思います。

あとは、
>アスぺの方同士なら「同じ感覚がベースにある」
この部分ですが、必ずしも同じ感覚がベースだとは限らないようです。「似たような感覚」を持っている当事者はいますが、理解できない感覚がベースになっている人もいます。それは徹底的な人間不信だったり、攻撃性だったり……経験によるので人それぞれなのですが、「なんでこの人こうなんだろう?」と理解できない思いを抱えることが、当事者同士でも結構よくあります。

自分のコメントが記事になっていて、ビックリしました。(^_^;)
取り上げて頂いて、ありがとうございます。

自閉度の数値化、分かり易くて、しかも面白いですね。
でも、現実には、単純に数値化できないと思います。

どうしてかというと、例えば、
「映画やドラマ等の理解力」を観点に考えると、
私は自閉傾向強、夫は定型並みです。

でも、
「予定変更の苦手さ」を観点にすると、
私は自閉傾向弱、夫は強、
と、逆転します。

どの人も、自閉の特徴一つ一つに対して、
数値がバラバラになってしまうのです。


「相手の振る舞いに,自分が切り捨てられたような寂しさを感じる」
の件ですが、
これは、アスペ定型問題の前に、
性別による違いがあると思います。

男性は、定型であっても、
相談を受けた時、相手への心の寄り添いよりも、
解決策を提示しようとすると思います。

一方、女性は、アスペルガーであっても、
悩み事がある時、解決法と共に、気持ちの寄り添いを求める気持ちが
男性よりも強く出ると思います。

ですから、男性に自閉傾向があって、
感情面に対するフォローをせずに、具体策だけを提案されると
女性は、よけいに
「自分が切り捨てられたような寂しさ」
を感じるのではないかと思います。


それから、白崎やよいさんの1件目のコメントで
「夫婦共に自閉傾向がある場合、その強弱に関係無く、互いにパートナーに不快感を与える」
の例が、分かり易く説明されていると思いました。
ありがとうございます。

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