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アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年8月24日 (日)

いろんな「つながり方」

 ひととひととのつながり方をあらわす言葉っていろいろ思いつきます。カップルに関する言葉で言えば「(運命の)赤い糸」「愛」「似たもの夫婦」「蚤の夫婦」「腐れ縁」「子はかすがい」「なれあい」「妥協」「打算」「金の切れ目は縁の切れ目(? 笑)」「共白髪」「おしどり夫婦」「夫唱婦随」「友達夫婦」「空気のような存在」「お互い自分の一部」……。

 男女の中は必ずしも安定したものではなくて,うつろいやすかったり,壊れやすかったりもしますから,それを長持ちさせるための工夫もいろいろです。昔だったら「仲人を立てる」とかもそうでしょうね。問題が起こらないような監視役だったり,起こった時のための相談相手や調停役をあらかじめ決めておくのでしょう。

 結婚式もそんな工夫のひとつとしても見られますよね。神前でも仏前でも人前でもいいですけど,お互いに「誓い」を立てて,親せきや友人や職場の人などにそのことを披露して,「これからずっと二人で努力します」と宣言するわけですし。

 経済的にも法律的にも結婚している場合とそうでない場合では,いろんな違いが出てきます。税金とか補助とか年金とか,遺産の相続とか,いろんなことですごく大きな違いが出てくる。だいたいは結婚している方が圧倒的に有利なわけですよね。あの手この手で「夫婦でいる方が得だよ」という状況を作っている。

 あと,昔読んだ話で「へえ~!」とある意味感心したんですが(笑),他の動物と違って人間が年中「発情期」にあるのも,夫婦関係を長持ちさせるためだという考え方があるみたいです。もともとセックスと言うのは「子孫を残す」ことがもともとの目的なわけですけど,人間の場合はそれに関係なくそれ自体がひとつの楽しみになったり,コミュニケーションの手段になったりする。そうやって子作りに関係ないときにもお互いの魅力を保ち,関係をつなぐ手段にしているというわけです。

 それで,この「カップルを続ける」ためにどうしようとするか,ということについて,もしかすると定型アスぺの間でやっぱり大きなずれがあるかもなあと思ったんですね。

 定型の場合は,多かれ少なかれ「愛」というものがキーワードになるような気がします。それは精神的な愛も身体的な愛もあるでしょうけれど。もちろんむかしは結婚なんて「家同士の関係」で,本人同士が好きか嫌いかとかはあんまり関係なかったりした時代もあるんでしょうけれど,結婚後にお互いをいつくしみあえる関係や愛し合える関係を育てていけるかどうかはやっぱり重要な問題だったんじゃないかと想像します。

 で,そういうことが結構重要だからこそ,「愛」がそこに得られなくなったり,失ったりすれば,すごくなやんだり,苦しんだりするわけでしょうし,そのことに絶望的な状況になったりしてあきらめざるを得なくなれば,あとは「子どものため」とか「お金のため」とか「世間体のため」とか,なんか別の理由を見つけたくなるのかもしれません。

 それに対してアスぺの方はどうなのかな,と考えてみるのですが,アスぺの方にとって「愛」ってなんなんだろう?ということはまだまだよくわかりません。共通する部分もあるんだろうと思いますが,違いも大きそうな気がする。

 ただし,今までいただいたコメントから感じたり,あるいはアスぺの方のブログを拝見したり,パートナーのことを考えたりすると,アスぺの方にしばしば感じられる,「今ある状態をできるだけ保とうと努力する」という姿勢がかなり大きな意味をもっているんじゃないだろうかと,そんなことを思いました。

 あくまで定型的な感覚と比べて,ということですけれど,アスぺの方は「愛につながりの意味を求めようとする」ということはあまりなくて,一度カップルになれば「その状態を維持すること」それ自体に結構大事な価値が生まれるんじゃないかと言う気がするんです。

 そうすると,定型カップルの場合は,「愛し合う」関係がずっと続けばすごく幸せなのでしょうけれど,まあそういうことはふつう(?)そんなに多くはないでしょうから,どっかで「なれ合い」とか「打算」が入り始め,あるいは場合によってはもう「打算」しかなくなるかもしれません。

 ところがアスぺの方の場合は,「カップルという状態でいること」自体にすごく意味があるとすれば,それはある意味で年月を重ねても「揺るがず,変化しない関係」でしょう。そこには「打算」みたいなことがあんまり入ってこないから,別の言い方をすればむしろ「純粋」だと言えなくもなさそうです。

 そんな目で見てみると,「アスペルガーと定形を共に生きる」の中でご紹介した,東山カレンさんと伸夫さんの「離婚をめぐる手紙」のやりとりが,結構リアルに感じられるようになります。お互いにカップルでいることにどんな意味を感じていたのか。そしてそこで相手に何を求め,あるいは何を与えようとしていたのか,ということについてのものすごいずれが,あのお二人の手紙の書き方や内容のビックリするくらいの違いによく表れているような気がします。

 

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