2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« 当事者のバイタリティ | トップページ | 進むことも引くこともできない »

2014年7月26日 (土)

抱きしめるVS拘束する

 パートナーの話でふたつほどすごく納得することがありました。

 定型の場合,個人差も大きいでしょうが,多かれ少なかれこういう歌詞の感覚はあったりしないでしょうか。

「こんな私だから 抱きしめていてね.あなたお願いよ 席を立たないで.息がかかるほど そばにいてほしい」(ロマンス,阿久悠)

 Yahoo!Japan知恵袋にはこんなのもありました(笑)

「息が詰まる程、骨が折れてしまうほどギュっと抱きしめられました。やっと。ほんとにやっと会えたし、次にいつ会えるか分らなくてせつないて熱い彼との初めての抱擁でしたー。まさに目を閉じて幸せを噛みしめ、「時を止まれ」の心境でしたよ。感動的・・・。」

 抱きしめる(抱きしめられる)というのはたんなるスキンシップよりもさらに強いことで,ふと思い出しましたが,私が子どものころ,大きなけがをしそうになって,幸いほとんど大きな傷もなく,無事だったのですが,その時,母親に涙ながらに強く抱きしめられたことがありました。

 抱きしめる,抱きしめられる,というのは,定型にとっては「安心」とか「幸せ」につながる場合がおおいわけですよね。

 パートナーの場合もたとえば子どもが小さいときに抱いたりとかはありましたし,今でも猫を軽く「抱きしめる」ことがあります。(なんで?私はだめなの?と聞くと「猫はかわいいから」と言われましたが (笑)) だからアスぺの方もそういうことが全然ない,ということではないのでしょう。少なくとも,自分がコントロール可能な(いつ抱くか,いつやめるか)状況では。

 でも,少なくとも彼女の場合は基本的には抱きしめられる,ということは「拘束される」という感覚になるようです。だから,子どもの頃も,抱かれることはいやだったんですね。「抱かれるというのは,心地よい感覚ではない」というようなことを彼女は言います。

 それで「定型の人は,ほかの人から拘束されることが好きなわけ?」と聞くのです。これですっといろんなことにつながってきました。

 身体接触だけではなく,定型的な人間関係って,お互いに「拘束しあう」ことが大事で,つまりそれが社会的な「関係」であったり,個人同士の「絆」であったり「信頼感」であったりするんだなと。

 たとえば恋愛もそうですけど,お互いに相手を拘束しあうわけです。で,拘束されることに喜びを感じる。「あなたは私だけのもの」「私はあなただけのもの」というような世界ですね。

 親友同士の関係だって,相手に対する「信頼」があるわけですが,それは「本当に大事なところで分かり合える仲だ」ということだったりしますが,同時に「相手は自分のことを考えてくれる」とか,「自分の味方になってくれる」といった感覚ともつながっている。

 だから,親友に対してはそういう「期待」が暗黙の裡にあるわけです。それでその期待が外れると,「裏切られた」という感覚にもなる。お互いに期待しあって,期待に応えられる自分であろうとして,そこからはずれることは「裏切りだ」という思いがあって,それで関係が成り立っているようなところがある。(もちろん,さらに深くなれば「どんな場合であっても,たとえお前が自分を裏切ったとしても,自分はお前を受け入れる」というようなことにもなるんでしょうけれど)

 相手に「拘束」されるかわりに,自分も相手を「拘束」して,その関係に「安心」したり,心地よさを感じたりする。そんなつながり方を,定型はいろんなレベルでものすごく使っているんだと思うんです。で,定型の社会はそういうものがないと成り立たないところがある。(変な話ですが,SMの世界って,こういうところにつながることなんですね,きっと。)

 だとすれば,「抱きしめられる」ことを「拘束」とだけ感じてしまい,「心地よくない」と感じるパートナーが,定型的な社会の中に入っていきにくいのはよくわかります。「拘束しあうこと」に特別な意味を感じ,そういう関係が成り立つ場合に「心地よさ」を感じられるようでなければ,定型的な「親密な関係」はできないからで,定型社会は単なる「約束事」でなりたっているわけではなくて,そういう「親密な関係」をあちこちに作りながら成り立っているからです。

 パートナーの場合は,ですから,その「約束事」の部分では,ある程度は学習することで対応ができるようになっていき,苦労しながらも社会生活をこなしていっているのですが,でもそこに定型的な「親密な関係」の話が入ってくると,困ってしまうのですね。なんでそんな「不快」な関係を求めるのかがわからないわけですから。(あ,「深い関係」=「不快関係」……って,すみません,だじゃれです)

 ふたつめはちょっと長くなったので記事を改めます。
 

 

 

« 当事者のバイタリティ | トップページ | 進むことも引くこともできない »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449293/56901387

この記事へのトラックバック一覧です: 抱きしめるVS拘束する:

« 当事者のバイタリティ | トップページ | 進むことも引くこともできない »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ