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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年7月21日 (月)

当事者のバイタリティ

 パートナーが沖田×華さんの漫画「ますます毎日やらかしています。アスペルガーで漫画家で」 を買ってきて見せてくれました。ご存知の方も多いと思いますが,自分の発達障害者としてのいろいろな苦労などを,赤裸々に,でもむしろ面白いエピソードとしてたくましく描き続けられています。

 こういう,世間的にはマイナスに見られがちなものを,逆にたくましく楽しむように見て,積極的に生きていくのって,たとえば「バリバラ」なんかでもエネルギッシュにやられていますよね。狸穴猫さんの「アスペルガーライフblog」なんかも似た雰囲気を感じたりするんですが,そんなバイタリティ溢れた(?)いきかた(行き方・生き方)はすごいなあと思います。 

 定型の側も,アスぺの方の側も,無理やり相手に自分を合わせる形ではなく,お互いの「自然」を大事にしながら改めて関係を模索しようとすれば,そのお互いの「自然」のずれを,「障害」の問題として見てそのギャップをどう埋めるか,を考えるのではなくて,むしろずれを楽しんでしまう,という方向でしょうか。

 もちろんアスぺ定型問題にものすごく苦しんでいる時期には,それを「楽しもう」なんて想像もできないと思いますし,そういう状態にある人が「楽しみなさい」とか言われたらふつうはたまらないだろうと思います。特にアスぺ定型問題の大変さを実感していない人からそういわれたりすれば,もう反発とか憤りしか生まれないだろうと思います。

 沖田×華さんやバリバラのみなさん,狸穴猫さんについてはそういう反発などが生まれにくいだろうと思えるのは,やっぱり当事者だからでしょうね。沖田さんなどもこれまでかなり大変な時期を過ごしてこられた,その先にあの漫画があるわけです。だから単に口先でそう言っているのではないことが伝わってくるんでしょう。

 どうやったらああいうたくましさを持つことができるのか。もちろん個性とかも関係するんでしょうけれど,それだけではなくて,なんか工夫できることもあるんじゃないかなという気もします。今までこのブログではあまりそういうことについては考えてこなかったかもしれないですが,これからはちょっとずつでも考えてみたいことです。

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コメント

トマトです。

狸穴猫さんとか、非常に柔軟にものごとを分析される方でさらに表現のタッチが明るい人は、周囲の人の救いの存在ですね。

たとえ過去に壮絶なつらい悲惨な経験をされていても、その良い持ち味を失わない・・という傾向は、もしかしたらASの人の方が多いのではないかなと思います。

ひとつには、周囲の影響を受けにくい、という事があるかもしれません。

もちろんフラッシュバックや鬱などの二次障害も抱えてのこだと思いますが、それでも生まれながらの陽の気性(楽観性や親切や優しさやユーモラスに表出できるなど)を、持ち続けてるASの人には、
定型のように経験値や努力で練られて形成された人間味とは、もひとつ別の
「持って生まれた持ち味」のような、断固とした人間味を感じるのです。

関心や得意分野でなければ、ささいなことでも目の前の課題やプレッシャーを乗り越える力が弱い・・・とされるASの傾向。
しかし、壮絶なつらい体験をしても、生まれながらの人間性や能力が、壊されにくい。という点は、長い目で見れば定型より、はるかに強いと感じます。

トマトさん

>定型のように経験値や努力で練られて形成された人間味とは、もひとつ別の
「持って生まれた持ち味」のような、断固とした人間味

 こういう比較の視点,考えさせられます。
 今日の記事でも関連すると思えることをちょっと書いてみました。

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