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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年6月 2日 (月)

直観的な感情理解

 定型に比べると、アスぺの方は自分や他人の感情を意識したり、言葉で理解したり、交流したり、調整したりということについて、どうも「苦手」だったり、ぴんと来なかったりされる方が多い、ということは、このブログでやり取りさせていただいた経験から言えば、たぶん言えそうです。

 ただ、それは「感情が無い」ということとも違いますし、相手の人の感情をまったく理解しないということでもなく、ただ「意識する」「言葉にする」「調整する」といった方向に行きにくい、ということなのじゃないかなと感じています。

 ではそのアスぺ的な(?)感情の理解のされ方はどんな特徴があるのだろうかと考えてふと思ったのですが、「直観的な理解」という感じなんじゃないでしょうか。

 以前使った例を比喩で使えば、私は自転車に乗れますが、どうやって倒れずに自転車をこぐことができるのかをちゃんと言葉で説明しなさい、といわれると私には無理です ('◇')ゞ それは言葉では曰く言い難いもので、「いや、なんとなく、こんな風に」とか、体でやってみるとか、なんかそんな表現しかできない。感情も同じで自分の中で感情があって、それをなんとなく感じ取れることと、それを人に説明できることとはイコールではない。

 直観型の天才、長嶋茂雄の愉快なエピソードのひとつに、電話でバッティングの仕方を相手に説明した話を聞いたことがあるのですが、電話で話をしながら、電話口で相手に一生懸命「こうやって打つんだ」と形をして見せていたというんですね、もちろん相手には何も見えないわけですが、直観型の天才はそこになかなか気づかない (笑)

 つまり、直観タイプの場合、言葉でいろい分析して相手に説明する、といったことにならない。自分はまさに「直観的」に分るわけで、だから逆に言えば人に伝えるのはむつかしいわけです。で、ひとに言葉で説明がむつかしいということは、改めて自分で言葉を使って意識して理解することもしにくいことになります。(意識するって、言ってみれば自分で自分に語ったり説明するようなものですから)

 

 なんで私がそういうことを思ったかというと、パートナーがこんな話をしたからでした。私がネットでドラマを見ていたのですが、その時の音楽とかを聞いて、彼女はそれがとても苦手だというのです。なぜかというと、その音楽とかが自分のとてもいやな思い出と結びついてしまっていて、とても嫌な気持ちになってしまうからだということでした。それから彼女は「そういうことは定型の人にもあるんでしょ?」と聞きました。

 確かにそういうことは定型でもあります。有名どころでは「トラウマ」なんかそういう仕組みが関係していますよね。そういう場合、頭では「これは関係ないことだから不快感や恐怖感を持つのはおかしい」と分かっていても、体が勝手に反応してしまってどうしようもありません。

 ただ、なんとなく私はそのことを今まで感じ続けてきたのですが、パートナーの場合、そういう感じになることがとても多く、また強いように思えるのです。

 直観的な判断というのは、理屈で「これこれこういうことだから、こうなって、こうなって…」というふうに、だんだん考えていくのではなくて、ある時「これはこうだ!」と突然ひらめいてしまうわけです。「だんだんわかる」というより「一挙にわかる」感じになり、白黒がはっきりしている。で、一旦ある理解が成り立つと、それは崩れにくいし、細かく調整するという感じにもなりにくい。

 定型はたぶん感情がかかわるような理解について、直観的な判断ではなくて、だんだんと言葉でやりとりしながら細かく理解していくような方向に進んでいくんだと思います。で、そこでアスぺの方はそちらの方向にあまり進まずに、直観的な理解で進んでいかれると考えてみると、ちょっとわかりやすくなる気がします。

 昨日書いたことにつなげていえば、アスぺの方が定型のやりとりに「表と裏」を感じてショックを受けられる理由も、ここからちょっとわかるかもしれません。

 定型の目から見ればこの「表と裏の使いわけ」は、表現を柔らかくすることで「クッションを作る」という工夫の一つでもあります。そしてそんな風に「表」と「裏」の二つの表現をお互いに組み合わせて使う、というのも「直観的」ではないやりかたです。「白か黒か」という形ではなくて、「灰色」とか「いろんな色が混じった状態」をわざわざ作るわけですから。

 でも直観的なスタイルで感情問題を判断される方は、それはとても分かりにくくて、その結果なにか嘘をつかれているように感じてしまうのでしょう。「白か黒かはっきり分けて考える」タイプの方にとっては、「白でもない、黒でもない。じゃいったい何なの?」ということになるからです。パートナーと話をしていると、なんかそんな疑問を投げかけられることが多いような気もします。

 もしそういうことがある程度言えるのだとすれば、定型アスぺのやりとりで、感情的な問題の理解について、定型の側があまり理屈にこだわるようだと、関係がつくりにくいかもしれません。逆に定型でも言葉にたよらない直観的な理解が得意な方は、比較的うまくいきやすいかもしれない。ただ、その場合は「相性」がとても大きな意味を持つのでしょうね。お互いに「ピンとくる」、「馬が合う」感覚の持ち主の場合には直観的な通じ合いでわりにスムーズにいくのでしょうけれど、そこがずれてしまうと調整はむつかしくなる。

 そういえば私とパートナーの恋愛時期も、そういう「感覚的(直観的)なつながり」が大きかったような気がしてきました。そこですごく深くつながった感じがあった。

 でもだんだんと共同生活を続けて来て、よくわからない感覚的な細かいずれが積み重なってくると、そこでは「直観的な調整」というのはむつかしいので、「言葉で調整する」ことを試み始めるんだけど、だいたいそれは失敗してしまう。で、私の方はなぜそれが失敗するのかわけがわからず、定型同士だとうまくいくことがまったく通用しないので、途方に暮れる、という感じになるわけですね。


 うーんと、こういう理解の仕方もまた直観的というより「言葉でああでもないこうでもないと考える」形ですから、アスぺのみなさんとどこまで共有できるスタイルなのか、ちょっと私にはわかりません。その意味では自己満足かもしれませんが、自分のなかではなんとなく整理できる部分があるように感じます。
 

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コメント

パンダさん


『定型に比べると、アスぺの方は自分や他人の感情を意識したり、言葉で理解したり、交流したり、調整したりということについて、どうも「苦手」だったり、ぴんと来なかったりされる方が多い、ということは、このブログでやり取りさせていただいた経験から言えば、たぶん言えそうです。』

『ただ、それは「感情が無い」ということとも違いますし、相手の人の感情をまったく理解しないということでもなく、ただ「意識する」「言葉にする」「調整する」といった方向に行きにくい、ということなのじゃないかなと感じています。』


パンダさん、先日、私に起こった体験がどのような感情から起きたものなのかが、自分自身うまくつかめないでいます。
一週間以上、その時の自分の気持ちを言葉にしようと整理していますが、未だ、できていません。
その体験というのは、彼といたある場面(状況)で、突然涙が流れてきました。
何度か流れてきました。何度か流れるので、彼も「大丈夫か?」と優しくたずねてくれましたが、私は、「大丈夫」と何度か答え、そして、しばらくして「悲しいから涙が流れているわけではないのはわかる」としか答えられませんでした。

彼に心配をかけていてはいけないと思い、彼にきちんと説明をしたくて、その時の情景(状況)などを思い浮かべながら、自分の感情について考え、分析してみたりするのですが、はっきりとした答えがわかりません。
悲しい、辛い涙ではないことはわかります。
喜びや幸せを感じた涙だとはわかります。
安心、幸せ、嬉しい、感謝、喜び、どれも当てはまるのですが、涙が流れてきたわけがはっきりとつかみきれません。
こんな経験は初めてで、戸惑っています。

考えてみて、今思っているのは、
本人(私)が、無意識の状態で心の奥底や体の芯で、顕在式で感じている以上に、とても幸せだと感じていたから、自然と私の心(気持ち)が動き、幸せな気持ちが溢れてきて、涙が流れたのではないのかなと思っていますが、こんなことはあるのでしょうか?


パンダさん、話が変わりますが、
交際中のカップルではなく、ご夫婦という、安定した関係でありながら、一途に奥様と一緒に生きていくことを模索されているパンダさんのお姿に、今更ですがとても感動しています。

記事に書かれていることは、お二人の様々な相違点についてが多いのですが、根底に奥様への一途な思いや奥様への愛情を感じて、とても心が動いてしまいます。
私の今の状況もあるのでしょうが、十代のころ描いていた、「ただ一人の男性と添い遂げたい」という思いが、心によみがえってきています。
現実には、十代のころのその思いは叶ってはいないのですが、長い歳月が経過して、また、このブログ(パンダさんの奥様への思い)などをを通して、私の思いが原点にもどっています。
時間の経過と共に、色々と開花されていく方も多い中、古風な考え方ですが、出逢う時期は様々でしょうが、この人だと思う人と相思相愛になれた時、その一人の人との関係を深めて、共に歳をとっていくということは、とても幸せなことで、究極の愛かなと、私は思っています。今は、ある時期からでも、そんな生き方ができたら幸せだと感じています。

だから、パンダさんには、良い意味でいつまでも、いつまでも、奥様に、奥様との関係に、こだわって(求めて)欲しいと思ってしまいます。(*v.v)。
空気が読めていないかな?と思いながらも、書き込ませていただきました。

一人の人間(女性)として、いつも色々と考える機会を与えていただき、自分の原点の気持ちにもどるきっかけをいただけたことを、とても感謝しています。

私は、気の利いたコメントができなくて、本当に申し訳ないと思いながら、いつもコメントさせていただいています・・・。(*_ _)人
パンダさん、お許しくださいませ。

パンダさん

二か所、訂正させてください。

「本人(私)が、無意識の状態で心の奥底や体の芯で、顕在式で感じている以上に、」

「本人(私)が、無意識の状態で心の奥底や体の芯で、顕在意識で感じている以上に、」


そして、


「また、このブログ(パンダさんの奥様への思い)などをを通して、私の思いが原点にもどっています。」

「また、このブログ(パンダさんの奥様への思い)などを通して、私の思いが原点にもどっています。」

に訂正をさせてくださいね。


パンダさん、本当に、おっちょこちょいでごめんなさい。(*_ _)人

こんなおっちょこちょい(個性)の私を受け入れてくれている彼に、日々とても感謝している星でした。(*^-^)


星さん

 いろいろお気遣い有難うございます m(_ _)m

>本人(私)が、無意識の状態で心の奥底や体の芯で、顕在意識で感じている以上に

 なんか生き物にとって意識される世界なんてほんのほんの一部にすぎなくて,
 (だいたい複雑な脳を持たない動物には最初から無理なわけですし)
 言ってみれば氷山の一角にもならないくらいにちっぽけなものではないでしょうか。
 でも人間はそのほんの一部のことで,これだけ複雑な社会を作っているのだ
 という風にも言えるとは思いますけど。

 なんにしても,意識できる世界はほんの一部だし,
 その中でも言葉にできる世界なんてさらに小さな部分なんでしょうね。
 芸術とかはそのどうにも言葉にならない世界を,形や色や音や動きなどで
 表そうとしているんだろうなと思います。

 禅仏教なんて,そういう言葉にならない世界を重視しているんだと思いますが,
 それさえもお経で表してみたり,禅問答で導いたりもするわけですから,
 面白いというか,一筋縄ではいかないというか……

 それに「言葉にするのはもったいない」と感じられる体験というのも
 ありますよね。たぶん。


 「おっちょこちょい」については
 わたしも人に負けない自信があります ('◇')ゞ
 道も覚えられなくて,「一度行ったところは二度と行けない」という癖がありますし,
 パートナーには常々あきれられています (笑)
 

パンダさん

横レスみたいになってしまいますが・・すみません。

星さんのコメントを読んで、とても感動しました~。
ほんと、夫婦の関係を大事にしたい、と思うからこそ、パンダさんは、奥様のちょっとした言葉、行動が気になるってことですよね~。

夫婦で一生を添い遂げるということ、とても素敵で、私も夫との関係で、今の目標です。

私は、逆に、
昔は、パンダさんのように夫の言葉や行動が、細部にわたり、気になって、深読みみたいにしてたのですが
とにかく、それを叩き壊すように、息子の思春期不登校は強烈だったので、
夫より息子~って感じで、息子の子育てに翻弄されました・・
それが落ち着いて今、夫の言動が気にならない~って状態です。
夫のことが、どうでもいいから気にならない、のでなく
大事な人だからこそ、どんな言動でも、その元に私との絆があるから、こだわらないって感じなんです。
こんな感じも、受容だろうな・・って思います。


パンダさん

お言葉をありがとうございます。
コメントができたと思ったら、操作の手違いで消えたりして、返事が遅くなってしまって、ごめんなさい。


『なんにしても,意識できる世界はほんの一部だし,
 その中でも言葉にできる世界なんてさらに小さな部分なんでしょうね。』

こうして他人様の言葉として読ませていただくと、私自身が意識できている、言葉にできていることは、氷山の一角にしか過ぎないのだと、あらためて認識しています。

そう考えると、あのときの数回の涙は、「私の潜在意識の中にある彼への思いが、私の心の容量を超えてしまって、あふれて出てきた涙」なのだなと思っています。

折を見て、彼には涙の理由を伝えてみようと思います。

繊細でよく気が付く人なのですが、純朴で、不器用なところもある人なので、そんな彼からの愛情がとても嬉しくて、幸せに感じて、自覚している以上に、心(潜在意識)に彼への思いが蓄積されていったのでしょうね。

こうして、パンダさんのブログでコメントさせていただくと、自分の内面を整理できたり、気持ちを認識(再認識)できたりするので、本当に有り難く思っています。

十代の頃の「私の原点の気持ち」を思い出させてくれた人なので、今まで以上に彼を大切にしていきたいと思います。


パンダさん、いつもコメントを下さって、ありがとうございます。
感謝しています。

梅雨の時期なので、体調を崩されないようにご自愛くださいね。

星さん

何ヶ月も前に、星さんから愛について、コメントをいただきました。
お返事ができずにいることを、心苦しく思っています。
人の言葉を理解するのに、私には、時間が必要です。
それは数日だったり、数年だったり、それ以上のこともあります。
でも、お礼だけは、すぐにお伝えするべきでした。
本当に、ごめんなさい。
星さんの思う愛を、聞かせてくださったことに、感謝しています。
ありがとうございます。

涙は、私にとっても、不思議なものです。
大切な人が、亡くなって何年も経って、初めて、夢に現れました。
並んで歩いて、星を見ました。
手に触れたら、とても温かく、目が覚めても、感触が残っていました。
そのとき、涙が流れましたが、理由はよくわかりません。
私は星さんのおっしゃる、一途な思いや、男女間の愛を、感じたことがありません。
でも、その人は、私にとって大切な人です。

いつか、私の思う愛についても、言葉にしてお伝えできることを、望んでいます。
星さん、いつも、言葉を探すきっかけをくださり、ありがとうございます。

コルテオさん


お言葉、ありがとうございました。
とてもうれしく拝見させていただきました。(*v.v)。

私の言葉を理解しようとしてくださっていることを、本当にありがたく思っています。
ですから、決して心苦しく思ったりしないで下さいね。


もう少しお伝えしたいことがありますが、夜も更けてきて、少し思考力が鈍くなってきています。
すみませんが、もう少しお時間をくださいますか。

コルテオさん、いつも丁寧なお言葉をくださり、本当にありがとうございます。
コルテオさんの温かさが伝わってくるようです。


おやすみなさい。


コルテオさん

『私は星さんのおっしゃる、一途な思いや、男女間の愛を、感じたことがありません。
でも、その人は、私にとって大切な人です。』

コメントをいただいて、記憶を遡ってみました。
私の前のコメントの表現が悪かったかもしれません。ごめんなさい。
16歳のころの気持ちなので、純粋な愛情が近い言葉で、ドロドロとした大人の男女間の愛のようなものではなく、「小さな恋のメロディ」的なピュアな感じが近いかなと思います。

少し話は変わりますが、
例えば、私とコルテオさんの根底に同じような気持ちがあるとし、
その気持ちを
私は「愛する」と表し
コルテオさんは「好き」と表しているかもしれない。

また、同じような行為を、私とコルテオさんがお互いにしていて、
私はその行為に至る気持ちに気が付いていて、
コルテオさんはご自身の気持ちを自覚されていないこともあるのかもしれない。
作為的だったり、故意にだまそうとしている場合は別ですが、
同じような行為をしている時の根底にある思いは、同じような気持ちであることが多いのではないのかなと思います。
だから、私は、「感じたことがない=ない」とは思っていません。

その亡くなられた大切な方のことを、何年も経った今でも、コルテオさんが、「大切な人」だと思われていることは、人によっては、「その亡くなられた大切な方への一途な思い」と表現されることも、多々あると思います。
こうして考えていますと、同じ気持ちを表す言葉は、人それぞれで違うことがわりとあることで、
同じような行為をしている根底には、同じような気持ちが存在していることがわりとあることかなと思っています。

コルテオさんの大切な方は亡くなられていて、お伝えすることができない状況なので、失礼な言葉になるかもしれませんが、
色々な気持ちを言葉にして伝えることも大切ですが、大切な人だと思っている人に、「私はあなたのことを大切に思っている」ことを伝えることが、大切なことなのかなと思います。


『いつか、私の思う愛についても、言葉にしてお伝えできることを、望んでいます。』

とても嬉しいお言葉です。
コルテオさんの思う愛についてうかがってみたいので、お伝えして下さることを、私も望んでいます。


『手に触れたら、とても温かく、目が覚めても、感触が残っていました。
そのとき、涙が流れましたが、理由はよくわかりません。』

コルテオさんの涙は、どんな涙なのでしょうね。(*^-^)
コルテオさんの感情を動かしてしまうほどに、コルテオさんには大切な人なのでしょうね。
その人に逢いたい、その人の暖かさに触れたいというような、その人を求める思慕の涙なのでしょうか。
また理由がわかったら教えてくださいますか。

私もまだ、大切な人に涙が流れた理由を伝えられていません。次に逢った時にでも、さりげなく伝えてみようかなと思っています。

話は少しそれてしまいますが、
私は「純粋な愛情」的なものを、パンダさん、繭さん、カレンさんご夫婦の間、トマトさんと亡くなられたご友人の男性間にも、感じています。
なぜなのか、理由ははっきりわからないので書けませんが・・・。
純粋という言葉がなぜか浮かびます。
(目上の方に失礼なお言葉かもしれませんが、皆様お許しください。)

コルテオさん、いつも大切な人とのことを考えるきっかけをくださって、ありがとうございます。
空の星になられているコルテオさんの大切な方に、コルテオさんの思いはきっと届いていると思います。
どんな形であれ、二人の間で伝わっていれば良いのではないかと思います。

お返事が遅くなって本当にごめんなさい。
不器用で、おっちょこちょいなので、時間がかかってしまいます。
私の気持ちがコルテオさんに伝わると、嬉しいです。
いつも本当にありがとうございます。

星さん
お返事をくださり、ありがとうございます。
私の表現が、よくありませんでした。私は「男女間の愛」を、「恋」の意味で使いました。
「好き」が、わからないのです。そもそも性別が、意識されにくいからかもしれません。

星さんの仰る通り、大切に思っていると伝えることは、大切だと感じます。
ただ私には、それをするのに、苦痛が伴います。自分の感覚に、背いてしまうからです。
大切、と言葉にした瞬間、私の中にある、大切に思う、の感覚が、粉々になります。
強く感じるほど、何も言えなくなります。
でも、大切と伝えられないことの方が、苦しいと、大切な人が亡くなって、知りました。

恐らく「大切」も、異なった意味合いで、使っているように思います。
涙にも、理解されがたい経路が、あるように感じます。
私の関心が向かうのは、誰にも共通の形となって現れる前の、その人に唯一の心です。
私の中では、違うことや、わからないことに、尊さがあります。
愛は、星さんには「同じ」を、私には「異なる」を通じて、現れるのかもしれません。

お返事について、お詫びの言葉は、どうか、仰らないでください。
いつも、待っていただいているのは、私の方です。

コルテオさんへ

お返事ありがとうございます。

コルテオさんの感覚について語ってくださって、ありがとうございます。
とても嬉しく拝見いたしました。

大切だと伝えることも苦痛をともなうのに、大切な方に、大切と伝えられないことの方がさらに苦しいことがわかって、とてもお辛いでしょうね。
言葉でお伝えすることが苦痛をともなうのであれば、言葉ではなくても、何らかの形で、コルテオさんが大切に思う方に、ご自身の中のお気持ちが伝えられるとよいですね。


ただ、コルテオさんのご自身の感覚は、大切に尊重して欲しいと思います。
そして、大切な方の感覚も、ご自身の感覚と同様に大切に尊重して欲しく思います。

そして、大切な人と自分の感覚を、お互いに、このように伝え合うことは、二人の関係を育んでいく上で、大切なことのように思います。
お互いの感覚を知り、二人で(各々でも)試行錯誤しながらでも、二人なりのバランスがとれるようになれたら、私は嬉しく思います。

感覚の違いはあって当たり前だと、その違いがあっても、お互いが求め合える人に出逢えれば幸せなことだと感じています。

お互いを思いやる心があれば、乗り越えられないものはないと思います。


今夜は七夕です。
コルテオさんの大切な方も、天空から舞い降りて、目には見えないけれど、きっとコルテオさんに逢いに来られていると思います。
眠られていて、季節のお花の良い香りがしたら、きっと傍らに寄り添われていると思います。

いつも真摯なお言葉をありがとうございます。
感謝しながら、嬉しく拝見させていただいています。

私の言葉から、私の思いが伝わると幸いです。

よろしければ、これからも色々とコルテオさんのことを教えて下さると、ありがたいです。
私の大切な人との関係に活かせるように感じていますので、よろしくお願いします。(*^-^)

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