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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年6月23日 (月)

アスペルガー者にとっての世界観

 ひとさんからコメントをいただいて,主宰されているブログをのぞかせていただきました。アスぺ当事者の方のブログはちょっと久しぶりに読ませていただいた気がします。ご自分の体験や感じ方をいろいろ書いていらっしゃる内容を見て,なんだか以前の私よりも随分とリアルに「ああ,やっぱりそうなんだ!」と感じることがたくさんあって,とても勉強にもなりました。


 「アスペルガーと定型を共に生きる」も紹介もしてくださっています。あんなふうに読んでいただければ本にした甲斐があったと感じます。またいろいろな本を紹介されているのも参考になりましたし,米田さんの「アスペルガーの人はなぜ生きづらいのか」という本に興味を持ちました。アマゾンの「なか見検索」でちょっと覗いてみたら


 「本書で十分には扱いきれなかった問題の一つに,アスペルガー者にとっての世界観や価値観の問題があります。……これはむしろ,いつか当事者自身が提起して,探求していくべきことなのでしょうが」


 という一文もあって(おわりに),興味を惹かれました。ひとさんのブログもそういう探求の一つでもあるのだろうと感じます。あと私が思ったのは,米田さんの「あとがき」ではあまり強調されていないように思いましたが,「アスペルガー者にとっての世界観や価値観」を考えるという作業は,実は「定型者にとっての世界観や価値観を振り返る」ことでもある,ということを私はすごく感じています。お互いがお互いの鏡になるとでも言えばいいでしょうか。

 また「自分をアスペルガーとして(あるいは定型として?)理解する」ことについて,周囲から無理やり「おまえは○○だ」というような「押しつけ」的な形でそれをさせられる状態は多くの場合問題を生みそう,ということを何度かここで書いてきましたが,ひとさんはまたちょっと違った視点からその問題を書かれています。


>「自分は他の人と違う」っていうことを早く知っていれば、そういう前提で世界を見ることができたんでしょうけど最近までわからなかったので、とても苦労しています。

 お互いに「同じだ」という前提だけで違いに目を向けられない状態は,アスぺの方にとってもかえってむつかしい状態を持続させてしまうということですよね。ひとさんのブログには定型の考え方に出会って,「え?そういう感じ方をするわけ?」と驚かれる経験がいくつも書かれていて,すごく参考になりますが,「こういう基本的なことでものすごく感じ方が違うんだ」という大事な発見も,「同じだ」という前提だけからはなかなか得られないのですよね。

 押しつけ的に言うことはよくないとして,でもやっぱりお互いの大事な「個性」のひとつとして,それぞれが「アスぺ」でありあるいは「定型」である,ということを確認しあうことは,お互いにとってとても大事なことなのだと改めて思いました。

>自分も無理は最小限に、そして相手(定型発達者)にも極力無理はさせないっていうような状況を目指せればと思います。

 お互いのマイナスを最小限に抑える努力と,お互いの関係をプラスにしていこうとする姿勢と,その二つの関係ってどんなものなんでしょう。そんなことをちょっと考えました。

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コメント

私のブログにリンクを貼っていただいてありがとうございます。

ブログに自分の発達障害のことを書くことで、一人でも自分のような思いをする人が減ればいいと思っています。
そこまでの影響力は持てそうにないですが。
ただ、今でも「こんな思いをするなら死んでおけばよかった」と思っているので、他の人にそういう思いをさせたくないんですよね。

アスペルガー者の世界観、価値観…


たぶん…
私自身にもアスペの人に近いような考え方があるから、彼に惹かれ引きずってしまうんだと思います。
彼にも「似てるとこがある!!」と何度も言われてたし…

人に変な気を使って接する事を極端に嫌ったり、思ったままの事を言って人から起こられた経験があったり、自分は自分、他人は他人って冷たく割り切ってたり。物事を極端に白か黒でしか考えられず、グレーで曖昧にする事ができなかったり…


大人になり仕事をして行くうちに、それなりに人に合わせたり、思ってもないお世辞も言えるようになったんですが、やはり「自分に嘘をついてる!自分らしくない!!」ってイライラして…
仕事上はなんとかやってるけど、ストレス過多になると鬱を繰り返して。


価値観はかなり違うように思いますが、他人に対する考え方が似てるんでしょうね(^_^;)身内は親以外には優しくしたい気持ちはある…

似てるけど違うってのが余計にしんどい事になるんでしょうねぇ…

ひとさん

>ブログに自分の発達障害のことを書くことで、一人でも自分のような思いをする人が減ればいいと思っています。

自分が何か辛い体験をしたとき、他の人には同じことを繰り返して欲しくないと思う気持ちは、それも一種の「共感的」な姿勢とも言えるような気がするんですが、もしそうなら、この点でひとさんと私たちと、「共感的な姿勢」が一致しているのかもしれないと思いました。

> ただ、今でも「こんな思いをするなら死んでおけばよかった」と思っているので、他の人にそういう思いをさせたくないんですよね。

アスペ定型のずれた関係のなかで、アスペの方もどれほど深刻に辛い思いを重ねてこられているか、改めてそのことを思わずにはいられませんでした。

ただしこのように書くこと自体が、「定型的な共感的表現」かもしれないので、ひとさんにとってもしかすると意味がないか、場合によってはマイナスの意味を持つのだろうかという迷いも私にはあります。(そういう思いもしないズレをパートナーとは度々経験しましたので…)

でも、私の意図はアスペの方の理解をまた少しでも進められたかもしれないという「前向き」の意味で書きましたので、そのことをちょっと補足させてください。蛇足かもしれませんが……(^_^ゞ

にゃんこさん

> 私自身にもアスペの人に近いような考え方があるから、彼に惹かれ引きずってしまうんだと思います。

これ、私も同じ思いがあります。知り合って一目惚れだったころはほんとにそんな感じが続きました。

トマトです。

ひとさん のブログを拝見して、定型には、ASの人の感じ方や考えの基本的な部分が「読みやすく理解しやすく納得しやすい」内容だと思いました。

ASの人との関係で悩んでいる定型者には、いろいろヒントになる箇所があると思います。

ひとさんの、文章のリズムが個人的に好きです。


パンダさん

自分の気持ちが「共感的」だというのは考えてもみませんでした。
そう思われて不快とか、そういうこともないですが、自分としては「一方的な気持ち」というふうに捉えています。
最初から「誰かと共感する」みたいなことを放棄してしまっているのかも知れません。

トマトさん

そう言っていただいて、とても光栄です。
ただ、私の考えは大部分の「発達障害者のことが書いてある本」とは違う部分が多いので、発達障害者の中で多数派ではないなと感じています。

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