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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年4月 2日 (水)

非共感的な支え合い

 介護の問題など、身近に抱える問題を考えていく上で、これまでの自分の人間理解ではどうしても追いつかない状態に置かれるとき、パートナーの見方が本当に力になっています。「共感的に支えてもらう」とか、そういうことで力になってもらっているというのとは違って、現実に生きていく上で大事な力をもらっているように感じるんですね。

 定型的な「共感的関係」ではない形で、お互いがお互いを必要とし、また支える関係というものを改めて見つめていけるのかもしれません。もちろん、いわゆる「自閉度」の違いとか、定型側の性格の違いによって、具体的になにがそういう関係になるのかはカップル毎にずいぶん違うかもしれません。

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コメント

パンダさんへ。 トマトです。

そうですね。「支えてもらってる」という実感を自己責任で持つという感じでしょうか。

ASの男性同僚の人とペアで仕事をした時、その「目の付けどころ」「考え方」がとても新鮮で感心したしありがたかったので、感謝を伝えると、違和感ありありで受け入れ難そうな雰囲気だったので
「勝手に嬉しくなっている」「勝手に学んでいる」と言うと、ASの男性同僚は「その、勝手に・・というのは良いですね」と答えてくれました。

現実に、私が今現在の仕事を「かけがえのない天職」と感じるようになったのは、ASの男性同僚の人のおかげです。
でも、定型流儀で伝えても「そうですか、僕もあなたの役に立ったのですね、嬉しいなぁ」などとは100%思ってくれないでしょうから「勝手に感じて、勝手に感謝してますから」と、心の中で手を合わせるしかありませんが。


トマトさん

 自己責任というと、パートナーは高齢者福祉の現場には向いているのかもしれませんね。
 子どもを相手にする仕事だと、子どもの笑顔とかがご褒美になったりするけど、
 高齢者の場合はすごく複雑な家庭だったりすることもめずらしくないらしくて、
 なんだか壮絶な家族対立とか、もう認知症で妄想状態とか、
 とてもじゃないけど、それに拘わる職員の方が「感謝される」ような状態ではなく、
 むしろ下手をすれば恨まれたり疑われたりすらするみたいですから、
 「感謝されることを励みに頑張る」という姿勢だと、やりきれなくなるでしょう。

 それでも「少しでも高齢者の生活の質を保つために」ということで
 めげずに頑張れるんだから、大したものです。

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