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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年4月21日 (月)

理解と折り合い

 私の場合,アスペ的な発想を定型的な感覚に翻訳して理解する方法を探り続けています。自分とは違うんだけど,「こういう前提があれば,そう考えたり感じたり言ったりすることは理解できるなあ」と思えることを増やしていくようなことですね。そうやってコミュニケーションの幅を拡げたり,厚みを厚くしたりすることが出来ないだろうかと考えているわけです。

 そういう模索はこれからも続くと思いますけれど,一方でそれをいくら続けたところで「これでもうちゃんと理解し合える」という「終点」があるわけではないでしょう。もちろん定型同士だってそういう「終点」はないと思いますが,アスペ定型間ではもう一段の難しさがそこに加わるはずです。そしてそれが消えることはない。

 お互いに理解し合おうとする姿勢はとても大事だと思うし,これからも大切にしていきたいことですが,同時にそれはやはりかなり大変な作業でもあります。時にはあまりの難しさにくじけそうになることだってある。その大変な作業を24時間ずっと続けることも不可能でしょう。

 そんなふうに「終点」があるわけでもないし,24時間理解し続けようとすることも不可能だとすれば,当然アスペ定型のカップルが一緒に生きて行くには,お互いに通じ合わない状態のままにやりとりをしなければならないことが多いことになります。で,それはそれとして,そういうものとして考えて,無理矢理その場で理解し合おうとせずに,分からないなりになんとか折り合いをつけるような工夫が実はとても大事なのではないかと思いました。

 「理解しようとすること」と「理解できないままでおりあいをつけること」と,その二つのバランスって,結構現実的には大きい問題なのかなと感じます。

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