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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年3月25日 (火)

「クッション」の有無

 少し前に「アスペ的発言で定型が傷つく理由」の記事に書いたことと同じ事になりそうですが、やっぱりパートナーにきつく責められてしまう感じがして、なんでそんなことで責められなければならないんだろうとため息になる、ということが時々あることに改めて気がつきます。

 今日も親についての介護のことで、私がある状況について彼女に説明したんですが、「それ、どういうことなの?」「なんでそんなことをするの?」「そんなことできるの?」「こういうときどうするの?」「こうなっちゃったら大変じゃない」……など、「キツイ顔」で次々に「怒られる」んです。

 説明をしていくと、彼女もそれはそういうことなのかと理解はしてくれるし、その上で「こういうことは気をつけた方が良い」などと必要なアドバイスをくれたりするので、そのことはよいのですが、でもどうしても「不当に傷つけられた」という感覚が残ってしまうんですね。

 なんでそういう感覚になってしまうかというと、彼女の言い方がどうしても最初からいきなり「なんでそんなことをするの!」と責め立てるような調子に聞こえてしまうからです。で、それに答えても次々に「じゃあこれはどうなの!「これは?!」と「責め立てられる」。

 別に私は事態を悪くしようとしているわけではないわけで、状況を良くしようとして努力している訳なのですが、そういうことは一切「無視されている」印象になってしまい、最初から「おまえのやることはどうもあやしい。ちゃんと考えるべき事を考えてやっているのか?」と疑いをかけられて、責められるような、そんな「印象」になってしまうんです。これは辛いです。

 けれども彼女の方にはそんな風に私を責めている気持ちは(多分)全然ないんですね。ただ自分が分からないこと、心配なことをそのまま思いつくままに聞き、「状況を理解したい」と考えてくれているだけなんです。それで、彼女が真剣に考えてくれればくれるほど、心配してくれればしてくれるほど、その言い方は矢継ぎ早になって、聞き方もきつくなる。それで彼女にはそのつもりは全然無いのに、私には「責められている」感じになってしまう。

 改めて少し冷静になってから考えると、やっぱり彼女のやり方には「クッションがない」ということを思います。「私はこういうことがわからない。こういうことが心配だ」と思ったときに、「相手はどういう考え方でやっているんだろうか?いい加減な態度なのか、努力してるけど足りないところがあるのか、あるいは単に自分が理解できていないだけのことなのか」ということを判断しながら、それにあわせて言い方を変える、ということがないのです。


 たとえばいい加減な態度だと思えれば、それはきつく責める言い方になるのは分かります。でも「努力していても足りないところがある」場合には、頭から責めるのは可哀想ですよね。わかるように説明してあげることが大事になる。分からないことは説明されれば分かることが多いわけですし、分かればその方向で努力する姿勢が最初からあるのですから、責められる必要はない。さらに「自分が理解していないだけ」の可能性があるのなら、相手に教えてもらう、といった態度が大事になります。

 この場合分けの仕方について、もしかするとアスペの方にはうまく伝わらない可能性もあるのかなと思いますが、定型的にはそこは言い方を変える必要のあるところで、それがないと「私の気持ちを考えずにただ責められた」という感じになってしまったりする部分なのです。もちろん定型もそこはいつも上手に出来るわけではなく、相手が善意で努力しているのに、そのことに気づかずに責めてしまったりして、関係を悪くすることが時々あるのですけれど、そういう「失敗」を通してできるだけそうならないようにという「修行」も続けています。

 そう考えると、やっぱり「クッション」がないという感じがするんです。パートナーの場合、「自分が分からない」「自分が心配だ」ということをそのまま疑問としてストレートにぶつけてくる。そこで問題になるのは「事実はどうなんだ?」ということで、「相手がどういう姿勢でそれに対応しようとしているか」ということの判断は全然そこに入らない感じなのです。「クッション」というのはそこの部分のことです。

 逆に言えば、定型同士の遣り取りは、そこのクッションの部分をすごく重視しているんですね。もちろん定型にもそこが上手な人と下手な人はあるし、同じ人でも人生経験を積むことで「だんだん上手になる」ということもあるし、そのときの気分によってクッションを入れる気持ちの余裕がなくなる場合もありますが、でも「クッションが大事だ」という感覚は持っている。文化が違うと「何をクッションにするか」も異なっていたりしますから、そこで自分のクッションが通用せず、相手のクッションは理解できず、カルチャーショックになる、というようなことも起こりますけれど、どちらの文化の人にしても、その人たちが持っている「クッション」を大事にしていることには変わりがない。

 でもアスペ定型間のズレの場合、「どういうクッションを使うか」のズレではなくて、「クッションのあるなし」というズレのような印象を今のところ持ってしまいます。ほんとうにそうい理解で良いのか、あるいは単に私が「アスペ的なクッション」をまだ理解できていないだけのことなのか、その辺はこれから考えていかないといけないことだなと思います。

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コメント

トマトです。

「ものの言い方」というのは、療育の部分に関わって来るので、大人になってからではなかなか身につかないと思いますし
奥様も仕事では「こう言い方をしてはいけない」とコントロールされているのかも知れません。

ASの人にみられる特質のひとつに、極端な仕分けの状態があり、「この人には言える」となれば定型にとっては容赦が無い極端さに見えると思います。
逆に限定された相手以外には「聞かれても言わない」という極端さにも通じると思います。

モノの言い方の極端さは、打撃が強く身体がジーンとくるような悲しいショック状態におちいりますが、本当に・・・どうしようもありませんね。
相手もそういう概念がなく悪気もないのですから。
 こればかりは、慣れろとか割り切れと言われても、感情が反応してしまうので
本当に・・・悲しいことです。

かずきです。

なんだか、本当に申し訳ない感じです。
余裕が無くてもそうですが、真剣に相手の事を、と考えれば考えるほどやってしまうヤツです。
読み取れなくてもどかしくて、自分に腹が立っている状態なのに、相手にぶつけてしまっているようなときもあれば、
純粋に何も考えず聞いた事で傷つけてしまっていたり。

こういう体験をWEBなどで読む度に、
もっと大人になりたいと、思います。
努力でカバー出来る範囲でカバーしきれるといいのですが…

トマトさん

>奥様も仕事では「こう言い方をしてはいけない」とコントロールされているのかも知れません。

 これは多分、ほんとにそうだと思うんです。
 だから仕事の電話とか聞いてると、「なんだ、普通にできるんじゃん」と思ってしまい、
 「ということは相手が僕だからあんな言い方をするのか」という理解になり、
 自分だけが嫌われている、と思ってしまうような展開があったんですね。
 そうじゃない、ということが分かりはじめるまでほんとに時間がかかりました。

>こればかりは、慣れろとか割り切れと言われても、感情が反応してしまうので本当に・・・悲しいことです。

 はい。それでも最近、なんかところどころでこちらにクッションが作られてきている
 と感じるところも出てきました。そのあたり、なにかコツがあるのかどうか、
 模索していきたいと思いますが。

かずきさん

 ありがとうございます。
 「申し訳ない」とかずきさんに言われてなんか恐縮してしまうと同時に、
 「ああ、こういう定型の気持ちを分かっていただけるんだ」とほっとします。

 相手にぴったりあわせて行動することは中々難しいことですけれど、
 「うまくできなくて申し訳ないなあ」という気持ちをお互いに持っていて、
 それが相手に伝わっていれば、関係は随分と違うんじゃないでしょうか。
 かずきさんにこんなふうに言っていただいて、そう感じました。

トマトです。

パンダさんの言われる「クッション」というのは、相手の気持ちも配慮しつつ、お互いの関係性の安泰も考慮しつつ・・・自分の主張や質問をするという言葉の使い回しや表情ですよね。

いわば・・・「電話で話しながらメモをとる」という、ASの方が苦手とされる、一度にいろいろ出来ますかいな、というシングルフォーカスという部分でしょうから
あまり分析してもこれといったAS全般の正解は無いのでないかと思います。

そこらへんは、もう「そんな言い方しなくったって・・」シリーズで、
奥様と話すときは「ソファーに横たわり目をつぶる」とかパンダさんなりの工夫が、定型の人に一番の参考になると思います。

かずきさんは、ご主人とかを想定されて、申し訳ないとおっしゃられているのでしょうか。
そうでしたら、そのことをご主人や対象者の方が知るだけで、とても心が和むと思います。
「ごめんね」「申し訳ない」という気持ちや言葉は、何故か「こちらこそ」という歩み寄りを生む言葉なので。
かずきさんとご主人も、パンダさんと奥様のように日々、一緒にいろいろ感じながら暮らしておられるのでしょうね。
私の勝手なイメージですが、そういうご夫婦をほんとに尊敬します。

かずきです。

パンダさん。

私がパンダさんに直接ではないにせよ、そういった対応を私もしてしまっている相手が居るので
後からにはなってしまいますが、「申し訳なかった」と毎晩のように布団の中で猛省の日々です。

あの時ああいうべきだった、あの言い方は誤解された、傷つけた…
とっさには出来なくても、ゆっくり考えれば出来るんです。
その、「とっさ」に出来なくちゃ意味がないんですけどね。

でも、責めてるつもりはないんだ、と知識で知ってくれているだけで、
話が少しだけでも前に転がることがあるので、
そういう方が居てくれるという事がありがたいと思っています。


トマトさん。

夫も含め、今まで傷つけてきた人の大半に対して、でしょうか。
傷つけた事も、私のせいで関係が壊れた事も、ある程度はその会話まで覚えていますから。
申し訳ない、と本当に思います。

取り返しのつかない(例えば小学生、中学生時代の友人だった)相手でも、
今でも申し訳なかったと思っていますし、機会があればきちんと謝りと思います。
…相手が覚えているかは不明なのでそれが得策かは分かりませんし、
ただ私の気が済むだけ、という自己中心的な考えなので実際するかどうかは悩ましいですが。

夫や子供に対しては、出来るだけ速やかに謝ることにしています。
それでも、気付かず傷つけていたり追い詰めていたりする事もあるんだと思います。

それに気付かない事が、本当に、申し訳ないです。

だからなのか、言いたい事が通じた時、涙が出る位嬉しいです。
何で泣くのか、って聞かれても困るんですけどね^^;
今まで申し訳なかったな、と思って、としか答えられないので。
(大抵「意味が分からない」と言われますが)

たまに、「分かって上げられなくてごめん」と夫に言われることがあります。
「こちらこそ」の歩み寄りは、私にも発生します。
「分かるように伝えられなくてごめんなさい」と素直に思えますから。

あ、でも
完全に私が悪いと思っている時に言われると
「私が悪いのになんで謝るの??」と混乱します。

歩み寄りは「相手も悪い」と思っている時にしか発生しませんね^^;

思っている事を素直に言葉にすることも大切だと感じています。
「ありがとう」「ごめんなさい」は、特にですね。

トマトさん かずきさん

>そのことをご主人や対象者の方が知るだけで、とても心が和むと思います。「ごめんね」「申し訳ない」という気持ちや言葉は、何故か「こちらこそ」という歩み寄りを生む言葉なので。

>たまに、「分かって上げられなくてごめん」と夫に言われることがあります。「こちらこそ」の歩み寄りは、私にも発生します。

 当たり前といえば当たり前のことなんだけど、実際に定型アスペ間の緊張した関係の中で、そういう「歩み寄り」がほんとにできることがあるんだ、と確かめられるというのは、なんだかとても大きな意味があるように感じました。

 もちろんそんなふうに「歩み寄る」気持ちになれるまでがいろいろ大変なんだろうと思えるけど、でもその大変さの先には「歩み寄り」への道が見えてくる場合も確かにある、というわけですよね。

 それにしてもかずきさんのパートナーさん、そんなふうに「分かって上げられなくてごめん」と言われる気持ち、私にはよくわかります。私もしばしばそんな気持ちになるので。もしかすると性格が似てるのかも。

こんにちは。初めまして。
こちらのブログ時折り見て参考にさせていただいています。^^

知り合ってから1年になる9歳年上の男性の方がいます。
ボランティアグループのリーダーさんなのですが、
彼はもしかしてアスペルガーさんかな?と

彼はメールで連絡をとる時に必ずCメールで
「短文で少しずつお願い。」と言っていたり

教員免許を持っていて夜間学校の先生を
していて高学歴なのに
ひょっとして短文しか理解できない?って
コトに最初は理解不能だったのですが
何となくアスペルガーなのかな?…って
気づき始めてからわかりやすい短文や文章で
やりとりするようになりました。

それでも私が勝手に「怒っている」と
思い込んでいるコトがあったり^^;
誤解を解くのが大変な時もあります。

お話しする時も目をまじまじと見て
「遠まわしに言わないで、
オブラートに包むのやめようよ。」と
真剣に言われた事もあり、理解不能でしたが
これも納得してきました。

周囲の人たちとは距離を置いてつきあって
いる感じです。
周りからは「頑固」というふうに言われていたりします。

顔をまじまじと見ながら笑顔で
「目の下にくまがあるおばさん~^^」と言われたり
「くまお母さん」とか
聞きもしないのに
「○○さんは女性である前に〇○さんだから。」とか
「僕は人を信用できない。」とか
何度か普通なら傷つく言葉や
意味不明な言葉を言っていたり。
理解にいつも悩みます。

こんな時は「どういう意味」なのか本人に聞いてみるのが
よいのでしょうか?
(たいてい私がスル―するか心の中にしまっている。)

時折、面白いコトも言ったり
人間的に楽しい人だなと思っているので
相手のためにも距離感を保ちながらやっていけたらと
思っています。

「歩み寄り」をしすぎるとお互い傷つくことも最近感じています。
わかろうとすればするほど空回りする時があります。

初めてなのにダラダラ書いてしまってすみません。
ありがとうございます。

めぐみさん

 はじめまして。どうぞよろしくお願いします。

>相手のためにも距離感を保ちながらやっていけたらと思っています。「歩み寄り」をしすぎるとお互い傷つくことも最近感じています。わかろうとすればするほど空回りする時があります。

 その方がアスペルガーかどうかはもちろん私には何とも言えませんけれど、
 でも書かれていることに限って言えば
 私が今までに抱いてきたアスペの方のイメージと
 そんなに矛盾はしない感じではありました。
 あくまで私の限られた感覚にすぎないので、ほんとに何とも言えませんけどね。

 距離を保つ必要を感じられていることについても
 「関係が親しくなると崩壊する」という、かずきさんが感じられていることに
 つながって見えてきます。

 もしかするとその相手の方も、かずきさんと同じ感じを持っていらっしゃるのかも。

 また皆さんのコメントなど、参考にしていただけることがあると良いですね。

パンダさん : はじめましてお返事、ありがとうございます。

もし、相手の方がかずきさんと同じ感じを持っているのだと
したら私もリーダーの男性の方もお互い苦しんでいるの
かもしれません。

ボランティア内のお仕事上で

「報告・連絡・相談」でお互いつまづきます。

私から
「この内容は報告しておかないとリーダーは困るかな?」
―と相手のことを考えて報告するのですが、

相手の方からは新しい情報を得ても報告がないので
数日後…
「なんでそんな重要なコト早く教えてくれなかったの!?」って
私が驚いてしまったりするんです。
(すぐに報告があれば私は、もうその事項について
調べたり、動いたりを続ける必要がなかった。)

単に「みんなで会議する時でいいじゃん。」という感覚から
なのか?連絡しておかないと相手が困ることを
察することができないのか…?両方なのか

こんな時は
「毎回すぐに報告が欲しいです。お願いします。
なぜなら…」
と理由つきで伝えれば良いのでしょうか?

(男性はいつも「聞かれれば教える。」とかよく言っています。)

メールではなく電話のほうが良いのでしょうか?
メールだとASの方は責めているように感じてしまうの
でしょうか?そんなつもりは無いのに…もどかしいです。
(私は、「9歳も年上のリーダーの男性を傷つけちゃったかな?」
って感覚と「すぐ怒る人」と捉えられているコトで悲しく
なりました。)

お互いメールでうまく伝わらないので最後には「直接会って話そう」
って相手からメールが来たり。
(さらに推測するとお互い会うの迷惑かな?って考えてる^^;)

直接話したら話したで、また新たな問題で心にひっかかる
コトがあったり…

距離は本当に大事なんですね。

私の思い込みで、男性がASじゃないなら
本当はそれが1番だと思っています。

もしくは、ASですって言ってもらったほうが抵抗が軽くなって
私はお互いやりやすい。

他のボランティアメンバーとはこんなやりとりのしにくさは
感じないんです。

他のメンバーからは「距離を置きなさい。あの人は自分の
やりたいコトしか関心がないから。利用されるよ。」って
言われたことがあります。

また、長くなってしまいました。ありがとうございます。

めぐみさん

 ご質問に私なりの考えを書いてみますが、あくまで個人的な限られた経験から
 「こうかもしれないなあ」と思っただけのことで、決して「正解」を提供できるとは
 思っていません。もし参考になるようなら使って下さいね。
 他の方からはまた違う視点からのご意見もあると思います。

>こんな時は「毎回すぐに報告が欲しいです。お願いします。なぜなら…」と理由つきで伝えれば良いのでしょうか?

 「毎回すぐに」という言い方は多分「曖昧」に聞こえそうに思います。
 私たちだって、「あらゆることについてすべて報告しなさい」と言われたら、
 どこまで報告しなきゃいけないか、迷うと思うんです。
 その辺「毎回すぐに」という言い方は定型的には「この範囲のことなら」
 という暗黙の了解が実はいわずもがなで共有されるんだと思うんですね。
 でもアスペの方との間ではその「暗黙の(定型は言う必要もない)」了解が
 やっぱりなかなか共有されないんだろうと思います。

 ですから、「毎回」ではなく、めぐみさんが必要と思ったことについて、
 めぐみさんが「毎回」、「いついつまでにこれこれを教えて下さい」
 とお願いする形の方がより可能性が出てきそうな気がします。
 それでもうまく行かない場合もあるかもしれませんが。

>(男性はいつも「聞かれれば教える。」とかよく言っています。)

 やはり「その都度尋ねる」ことがいいのかもしれませんね。

>メールではなく電話のほうが良いのでしょうか?メールだとASの方は責めているように感じてしまうのでしょうか?そんなつもりは無いのに…もどかしいです。(私は、「9歳も年上のリーダーの男性を傷つけちゃったかな?」って感覚と「すぐ怒る人」と捉えられているコトで悲しくなりました。)

 これは人によっても違いそうな気がするので、よくわかりません。
 その方がどちらを好まれるか、直接お聞きになっても良いのではないでしょうか?

>お互いメールでうまく伝わらないので最後には「直接会って話そう」って相手からメールが来たり。(さらに推測するとお互い会うの迷惑かな?って考えてる^^;)

 「お互い会うのが迷惑かな?」と考えられているのは
 男性の方がということでよいでしょうか?
 もしそうだとすると「直接会って話そう」と言われていますから、
 それはその通りに受け取った方がよさそうに思います。

>直接話したら話したで、また新たな問題で心にひっかかるコトがあったり…

 それは多かれ少なかれ、ずっと続くことのように思います。
 だんだん慣れては来ることはあるでしょうけれど、無くなることはなさそう。
 ほんとにお互いに「謎の存在」なわけですから……
 ま、いつまでも新鮮な関係が続くと言えば言えるか (^ ^;)ゞ

めぐみさんへ トマトです。

まさしく、私もボランティアサークルでAS(だろうなと確信を持っている)の女性メンバーさんが居ます。
適時に報・連・相ができにくく「急ぎの件でも全く答えが返って来ない」「ではどうするのかと聴いても黙り込んだまま」「無表情なので気持ちも解らない」「全く楽しく無さそうなのに、仕事のシフトをサークルに合わせて休みを取り皆勤賞で参加する」

彼女から上手に距離を置く人も入れば、リーダーや相棒的な人はそうもいかず、かなりのストレスや混乱が生じて来ました。
そこで彼女が周囲に言われたのが「ずるい」「結局人を利用している」という評価です。

AS(的も含む)の人が、サークルの軸になると混乱をきたします。
そして、見つめれば見つめるほど、話せば話すほど、メールをやりとりするほど疑問と不満がつのる・・というパターンに陥ります。

様々な経緯があり彼女と出逢って3年目の春。
私は、彼女と一緒に別のサークルに移ることにしました。
今日の夕方、その話しを彼女と供に別サークルの代表と詰めて来ます。

別のサークルの代表は、個人的に「変っている人が好きなんだ」と言って、自閉症やメンタルな人の参加や活躍の場作りに積極的で(医療・福祉関係のサークルでは全くありませんが)、彼女のことも「いいなぁ、○○さんは」が口癖でした。

私は、彼女のために今のサークルを辞めて、別のサークルを移るのではなく、あくまでも自分の関心のある内容で自分の持ち味が活かせる処で、彼女もラクに居られて自分もラクに居られる場所が、たまたまあった・・・ということです。

彼女は、私が彼女に理解を示したので、私にしか話しかけなくなったし、私が彼女の話しを引き出す係みたいになったし、それは良いのですが、どう説明しても、他のメンバーと彼女との橋渡しは限界で苦痛で疲弊していたからです。

私自身も・・・・サークル活動を楽しみたかった。

定型のメンバーは、彼女に対してはどんどん意地悪になっちゃうし。
彼女は、私の前では悩みや苦しみを口にしながら、皆の前では無言・無表情で居座るし。

私も、彼女との言葉のやりとりは、意味不明のこともあって、その都度その言葉の意味にひっかかっていても疲れるしで、うんうんふんふんと「解らなければうなづく」という、つきあいを続けて来ました。

彼女は「自分が周囲を混乱させている」ということは思いつかないし、「自ら退会する」という選択肢を持たないのだなと思いました。
ただ「自分は一生懸命やっている。他のメンバーさんの軽率さや気まぐれには困ったものだ」と考えているようでした。

彼女をかばった発言をすると、それに関しての感謝より、私に反論したり私を非難したメンバーさんに対して「トマトさまに向って無礼なことを言うのは絶対許さん」というものすごい忠誠心に燃えた怒りを、だれも気づかない程度の声でつぶやいたり、私にメールしてきました。

こんな彼女、放っとけない・・・・・と思ってしまったのです。
だから、まずは私のやりたいことが出来て、さらに私も彼女も受け入れてもらえる、そんなサークルが見つかったので、春のお引っ越しを決心しました。

「あちらのサークルへ一緒に行こう」と私が彼女を誘うと、嬉しそうに二つ返事でYESと言った
・・・・・・わけでは全然なくて「又どーしてですか?」と、今までの経緯はふまず
「考えさせて下さい」と、コトの変化に対しての抵抗感も見せましたので「ゆっくり考えて下さい」と数日間待って「私も別のサークルに行きます」と返事をもらいました。

今は、驚くほど心が軽くなって、改めて「あぁ、実は3年間これほどまでにしんどかったのか」とやっと自覚した次第です。

めぐみさんには、何の参考にもならない話しで申し訳ないのですが「サークル」つながりの世間話と思ってください。

ではでは。


パンダさん
詳しい回答をありがとうございます。
とても詳しいので、参考になります。

トマトさん
似たようなケースを教えて下さってありがとうございます。
じっくり繰り返し読ませていただきました。本当に参考になります。

>ASの方への曖昧表現は通じないんですね。
例として)
「会議の日程変更が出たら早く連絡をお願いします。他の予定が入らないようにスケジュール帳に書いて予定を入れますので。」などかなと思います。

私は、相手にどう思われるのかを常に気にしながら控えめに話してしまうほうなので
かなり厳しさを感じでいます。(私は実はACっぽいのかもしれません)

最近、同じ上の会議に出席するようになったり、補佐的な立場になりつつあるところなんです。他のメンバーとの橋渡しにもなりつつあります。

(男性は「○○さんが会議に出席してくれたら僕、報告事項減るから楽になるしー。」やったラッキーのような感じでハッキリ言われました。他のメンバーからは「そのうちリーダーの座をあなたに投げるつもりかもよ。」なんて声も…かなり不安になりました。リーダーがいるから私は頑張れると思って活動していたからです。
でも、私は最近考えを改め、新しい提案をした時などは「自分のやりたい事だからやる」って決めてから提案する事にしています。)

>お互い新鮮…
そうですね。そうかもしれません謎なところを知りたくなる私です。なにしろ子供以外から大人に「おばさん」なんて言われたの生まれて初めて…。こんなに私に対して気を遣わない人は初めてです^^;びっくり。(悪い兆候?)
一年前の態度と違うんですよね。前は何だかもっと真面目な感じでソワソワしてる感じでした。

メールで「それは急に知ってショックだったのweep」って涙顔入りで素直に答えてくることもあったり。変にエラそうに「とーぜん!」って答えだったり。

男性も新鮮だと思っているなら良いのですが。重荷にはなっていないかたまに心配になります。(「あなたは優しすぎる」と他の人からは言われますが…。)
これからは疑問に思った事ははっきり傷つけないように聞いてみることにします。

サークルのリーダーとなるとやはり大変ですよね。
トマトさんのおっしゃるようなケースも過去にあったようです。

みんなで決めた意見について発表した後、日程の譲歩を求められた時に
比較的大きな会議中に「黙り込んでしまった」ということがあったそうです。

会議中に私や他の人か提案した事項について
「そんなの興味ない。」って回答だったのが、1、2か月後には
「やるんでしょ?」って乗り気だったりします。
もうその頃には、みんなやりたい事を取り消してしまっている^^;

今、私が提案してやろうとしている事(交流会)に対しても
「交流会成功させましょう。」「○○さんのやる事なら応援する。」と前には言っていたのに、内容を説明すると「ファシリテーターって興味ないんだ。今までそういうこと散々してきたし。」説明もろくに聞かずに「不安だな…」って言われてしまいました。部下に対してやる気を無くさせる発言…普通はしないと思うんですが…。

――私のやろうとしてる事も根気よく少しずつ説明していけば?
と私は考えているのですが甘いのかもしれませんね。^^;
男性が少しも乗り気にならなくても仕方ない、男性の得意な分野で活躍(目立ちたい。人前で話す事など)してもらえたら…手伝ってもらおう。手伝ってもらいたい。と思いながら進めています。私は基本みんなに少しでも手伝ってもらいたいしお互いサポートしたいです。

交流会の事は押し切らずにやる・やらないを冷静に決断していけたらと思います。

言葉で伝えなければ伝わらない。でもうまく伝わらない、
日々周囲の状況も変化していきますから難しいコトですね。

ありがとうございます。
思い返してみれば、距離…うまく保てていないのかもしれません。

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