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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2014年1月21日 (火)

思い遣りの調整のズレ方

 パートナーが一生懸命私のことを思いやってやってくれていることに、私が全く気がつかず、むしろ逆に「なんでこんなことを押しつけがましくやってくるんだろう」といらだつことがしばしばありました。また彼女が子どものために必死でやっていることについて、「そんなやり方をすれば子どもが息苦しくなって大変になる。なんでそんな風に自分のやり方で子どもを支配するんだろう」と心配になって彼女に意見を言うけどケンカになるだけ、ということも繰り返されました。

 最近も彼女の気の使い方が私には理解できず、気づかないことがあって、そのことに気がついた彼女がショックを受けて、そういう気遣いの仕方をやめることにした、ということがありました。で、そのときの彼女の行動の変化が私にはまた不思議に思えたりしたんです。

 少し具体的に言うと、家事分担でお互いの都合で相手の分担についてもやってあげることがありますが、彼女が私の分担をやってくれるときに、自分の分だけを完成させて、私の分は私がするように残しておく、というような、私にはちょっと不思議な対応をされたりしたんです。

 私は別にそういう時に「相手の分も一緒にやっておく」という気の使い方については全然違和感がありませんでしたので、「え?どうして?」という感じになって聞いてみたんですが、彼女が言うには「こういう小さなところで気を使い始めると、その次も、その次も、となって歯止めがきかなくなる」ということでした。そしてそれをどんどん進めていくと、結局私の意に添わない結果になると言うわけです。

 なるほどなあと思いました。そして定型の場合は「相手のために何かをする」という場合、人によっても程度の差はあるにせよ、まあだいたいは様子を見ながら「この程度まではOKかな。」とか「このやりかたでOKかな。」とか、相手の反応を見てやりかたや程度を調整しながらやっていることに気がつきました。

 多分彼女の場合、そういう定型的なやり方は苦手なんですね。それで彼女なりの信念で「これは相手のためになる」と思ったことをやってくれるし、たとえば私がしんどそうにしているときなど、ますますそういうやりかたで頑張ってくれることになります。けれども私との関係ではそれは気遣いのポイントがずれてしまっていることがありますから、彼女が誠実に頑張れば頑張るほど、その努力の方向がずれていってしまって、私の側からすると「何を彼女はこんなことにこれほどこだわっているんだろう?」と不思議に思う、という結果になってしまうことがあるわけです。まさかそれが「私のために一生懸命やってくれていることだ」と気づかずに。

 こういう「お互いの調整の仕方」がずれちゃってうまくいかないことが、アスペ定型間にはしばしばあると思えるのですが、あすかさんの彼が「いつもは何か問題があると、もう会うのをやめると言い関係を切って解決を図ろうとする彼ですが、その時はかなりの勢いで怒りながらも何故か扉を閉めないで私の目の前に何とか留まっているのです。」というふうに振る舞われるのも、なんか分かる感じがしてきます。

 彼は定型的な調整の仕方は苦手なので、そこでこじれてしまったら、あとは解決法としては「もう会うのをやめる」という風になりやすい。もちろん定型同士で問題がこじれにこじれてしまったら、やはり「決別」にはなりますけど、多分その時期がすごくはやく訪れるんですね。だけど彼にとってあすかさんは特別の存在で、そこに特別の思いがあったから、必死の思いで「目の前になんとか留まって」いたんだろうと思います。

 思い遣りの細かい調整をやりたがる定型と、そこは苦手ですぱっと割り切りがちなアスペの方と、その調整のスタイルの違いを踏まえて、なおかつどうやってお互いにあまり無理のない調整の仕方を考えられるのか。そういう問題がそこにありそうです。

 

 

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コメント

パンダさん
お互いにあまり無理のない調整の仕方を考える、ということは本当に大切ですね。
一見すると、定型が合わせてあげないと上手くいかない関係、といった上からの目線で考えてしまいがちですが、相手も無理してがんばっていることも沢山ありますし。(定型にとっては当たり前で自然なことなので、向こうの努力にはなかなか気付けないのが、またもどかしいところです。)
あまりにお互い努力ばかりでは疲れ切って続かないでしょうし、違いを楽しむつもりで、あえて別々の感覚をそのまま活かすようにできたら理想ですね。
彼は第三者がいる場面を嫌い、仕事でもプライベートでも極力一対一の人間関係を選んでいるのも、お互いが個と個でいるためかもしれません。その方が多数派と少数派に分かれず、お互い個人の違いレベルでそれぞれ尊重し易いのかなと。別々の感覚を極力活かす、彼なりの環境選びなのかもしれません。

あすかさん

>(定型にとっては当たり前で自然なことなので、向こうの努力にはなかなか気付けないのが、またもどかしいところです。)

 ほんとにそうですね。パートナーにもときどき、「定型は共感できるとか言うけど、
 私のこの苦労については共感してくれないわけ?」とか言われました (^ ^;)ゞ
 これ、まったくもって仰るとおりで、反論しようがない……

>彼は第三者がいる場面を嫌い、仕事でもプライベートでも極力一対一の人間関係を選んでいるのも、お互いが個と個でいるためかもしれません。

 これは少し場面が違うのかもしれませんが、パートナーの話では
 一対一の話ではなくて、複数の人が話を始めると、
 話の流れが読めなくてついていけなくなると言ってました。
 で、なんの話なのか分からなくなった状態で「あなたはどう思うの?」とか
 話を振られると、「あ、ごめん、ちょっと聞いてなかった」とか
 いろいろ誤魔化しのセリフを言ったりとぼけたりする術を身につけているのだとか。
 

パンダさん

なるほど!
そう言えば会話をするときには前置きとして、聞いてくれる?などと付けないで突然話しかけたりすると、スルーされてしまうことが多かったのは、その為かもしれないですね。
聞いてくれている時には、「集中してます」という独特の雰囲気を出しながら耳を傾けてくれます。複数で話されると集中してもわからなくなってくるのは想像できますね。納得です。

トマトです。

アスペルガールさんのコメントでも、あすかさんのコメントにもありますように
ASの人には、主語や目的語を省略してものを言うと、こちらの主旨が伝わらず、つまりは定型いわくの「思いやりや謝罪」も伝わらないことが多いなと、思い当たります。

「さっきはごめんね」の「さっきとはハテ、いつの何についてやら」とか。
話しのくだりで出て来た乱暴な言葉や大きな声が「そこだけに強いストレスを受けてしまう」とか。
定型が何気なく言う「あっ、ごめんごめん」や「ちょっとすみませーん」の意味がわからず「ナゼ謝罪シテイルノダ、アヤマルクライナラシナケレバヨイ」と受け取るなど。

反対に、ASの人の思いやりや親切も定型はマイナスにとってしまいがちです。

先日、ASらしき社員さんも交え、会社の人5人で喫茶店に行きました。
ウェイターさんが皆の注文したドリンクを持って来てくれました。
「コーヒーの方は?」とウェイターさんが聞き
「はい」と頼んだ人が手を上げる。

とはならず

ASらしき社員さんがウェィターさんに「コーヒーは松永さんと井上さんと山本さん(仮名)で、で紅茶がトマトさんと私です」と、テキパキと指示します。
これは間違いなく、ASらしき社員さんの親切だと感じました。

戸惑うウェイターさん、ポカンとする社員さん。

私はASらしき社員さんに言いました。
「ありがとうねウェイターさんに伝えてくれて。でも、このウェイターさんは私たちを知らないから、どの人が松永さんか解らないですよ」

「あっ、そうかぁ!」

わっはっは! となれば良いのに、ASらしき社員さんは周囲の社員さんに「おまえ、何言ってんだ!」「そんなジョークはいらん」とか叱責を受ける。

お互いの思いやりや、優しさや、親切が、お互いに理解されなくて
肯定されず否定される場面は多過ぎて、
「まぁ、ここは笑っときましょうよ」と自分にも周囲にも言うしかないですわねぇ。


パンダです

 お互いに笑い飛ばせる関係になれたら、それはもう「解決」かもしれないですね。
 もっとも、そういうことを笑い飛ばすような感覚を
 アスペの方と共有できるのかどうか、そこは「あれ?どうだっけ?」で、
 どっちかわかりません…… (^ ^;)ゞ どっちでしたっけ?

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