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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年12月14日 (土)

優しさ

 お互いの「善意」がなかなか通じ合わないことの多いアスペ定型間だと思いますが、「優しさ」ということについてもやっぱりズレが生まれやすいんだろうなと思います。彼女も昨日、「優しさ」ということの意味が違うのかもしれない、と言っていました。

 これはあくまでお互い様、ということを前提にの話ですが、定形パンダとしての感じ方では、私が「優しく」接しようとしているつもりがおもわぬ拒絶を受けてしまい、そのことでとても傷つくことがありましたし、彼女にとっては何気ない発言や振る舞いで傷つくこともありました。そういうことが積み重なると、彼女の「優しさ」というものが実感としてわからなくなってしまいます。

 でも、昨日話をしていても感じましたが、やはり彼女も彼女なりに、彼女のやり方で、本当に一生懸命努力してきたし、また今も努力して居るんだということがわかります。彼女の思いつくスタイルで、私のこともとても考えてくれている。

 彼女の実際の言葉やふるまいが、結果としては定形パンダが求めているものとは全然違っていたり、場合によってはそれを否定するようなものであったりすると、そのことの辛さが先に立って、それが彼女なりの「思い遣り」なのだということは見えなくなってしまうわけですが、こうやって折に触れて何度も彼女が本当に頑張っているのだ、ということを伝えられ、また努力してくれる姿に触れると、その結果が私が求めているものとはずれていたりしても、だんだんと彼女の彼女なりの真剣な努力の方に私の目が向くようにもなるし、気持ちも少しずつそちらに反応するようになってきた気がします。

 そういうことの延長にだと思うのですが、今日は、「ああ、彼女は優しい人なんだな」ということが、ふと実感として感じられました。この感覚が果たしてこれからも続いたり、深まったりしていくのか、あるいは一時のあわい思いとして、また辛いことがあったりするとはかなく消えてしまったりするのか、そこは何とも分かりませんが、今はそうです。

 考えてみると、定型同士の世界でも、自分がいくら誠意を持って頑張ったつもりでも、まったく認めてもらえなかったり、ひどいときには全然反対の評価を受けたりすることがあります。そういう場合はもちろん辛い思いをするわけですが、アスペの方が定型の世界で生きるということは、ずっとそういう世界で生きるなければならないということを意味しているのかもしれません。

 もちろんそれは「定型が悪い」という話とも違って、定型は定型で実際にアスペの方の言動で深く傷ついたりするわけですから、そのことで相手を否定的に見てしまうことは自然なことでもあるでしょう。それはお互いにとっての「自然なこと」がずれるために生み出されてしまう、悲しい現実なのだと思います。

 その悲しい現実の中で、それでも相手の、相手なりの「誠意」や「優しさ」にお互いに気づけるか、またそれを多少なりとも実感できるかは、ひとつの大きなテーマなのではないでしょうか。それができれば、お互いの関係は随分変わったものになるのではないかと、そこに希望を感じたりします。とてもむつかしいことですけれど。 

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コメント

パンダさん

待望(?)していた内容の記事をありがとうございます。(*^-^)

読ませていただいて、心が温かくなりました。
よかった~って、安心していたりします。

話がずれてしまったならごめんなさい。
私は、パンダさんの御本は予約させていただいて、発売と同時に読ませていただいたのですが、すごく涙が流れた言葉があります。今も流れます。

その言葉は、伸夫さんがカレンさんに贈られた、
「唯一無二」という言葉です。

私には、究極に近い愛の言葉に感じました。
伸夫さんがアスペルガーであれば、言葉への正確さや、自分の気持ちへの正直さはかなり精密であることが想像できます。
また、伸夫さんのご職業からも考えると、私の考えが及ばないくらいの厳密さがあるようにも感じます。

辞書によると、唯一無二とは、この世でただ一つしかないこと。ほかに同類のものがなく、その一つ以外並ぶものがないこと。
伸夫さんにとり、カレンさんはそのような方なのだなと思うと、言葉にできないくらいの愛情を感じました。そして、涙が止まりませんでした。
何万回愛しているよといわれるよりも、私は嬉しく感じます。
今もその気持ちは変わりません。

お互いがそうであれば、さらに幸せなことだと思います。
いつか、私も唯一無二の存在だと思ってもらえるように、日々精進して生きていきたいと思っています。

>今日は、「ああ、彼女は優しい人なんだな」ということが、ふと実感として感じられました。
>相手の、相手なりの「誠意」や「優しさ」にお互いに気づけるか、またそれを多少なりとも実感できるか

パンダさんが奥様の優しさが実感として感じることができて、よかったと思いました。このようなことが実感できると、これからパンダさんに見えてくる世界、パンダさんが感じる世界が変わってくるのではないかと思います。
時に、凸凹があっても、ベースにこの実感を持たれたことがあると、それまでとは違ってくるように思います。
そして、気づくことができて、実感できているパンダさんや私は幸せではないかと思います。

相手の方に変わってもらうより、まずは自分を変えたいと、私は思っています。
自分が変わることにより、二人の気持ちや相性に寄るところもあると思いますが、相手も変わってくれることがあると感じているので。
大切な人とだけではなくて、相手の方を感じるセンサーは、鈍化させることなく研ぎ澄ませて、生きていきたいと思います。

そして、ふと思ったのですが、人間の気持ちや態度は、相手によることはあると感じます。だから、私は相手から愛される存在でありたいと願う気持ちを忘れないで、そうなれるように日々精進して生きていきたいと思います。

相手の幸せは相手が決めることで、自分の物差しでは計れないものだと私は思っています。
そう思うようになって、相手の好意(厚意・行為)が、さらに素直にそのまま受け入れられるようになりました。

パンダさん、うまくコメントができませんが、気持ちが伝わると嬉しいです。
パンダさんの記事をずっと読ませていただいている中で、時々、奥様のパンダさんへの愛情を感じることがありましたので、本当によかったと心から感じています。

星さん

 暖かいコメントありがとうございました。
 そんな風にこのブログをずっと見守って下さってきた方がいらっしゃったということは
 ほんとうにありがたいことだと思います。なにか恐縮してしまいます。

 彼女は子育てでも本気で子どものことを心配し、心を込めてきたのに、
 結果としてそれが子どもの思いとうまく噛み合うことが出来ず、
 かえって苦しめてしまった、と感じてそのことに苦しんでいます。

 私も当時は彼女の対応がどうしても納得いかず、批判し続けたのですが、
 でもそれは彼女の罪なのかと言えば、やっぱり今の私にはそう思えません。
 本当に彼女なりに真剣に、誠実に頑張ったのですから。
 そして、そこに深刻な思いのズレがあることに誰も気づけなかった状況では、
 彼女にも私たちにも他にどうすることも出来ませんでしたから。
 
 それなのに誰も望まないいろんな苦しみが生まれてしまうということは
 もう、ただ悲しいこととしか言いようがありません。

 今改めてズレを知ることでお互いの「努力」が感じられるようになってきて、
 そのことがこれからさらにどんなふうに育っていくのか、
 星さんの経験にもまた学ばせていただきながら、
 ゆっくり考えていきたいともいます。

 どうもありがとうございました。

パンダさん

言葉足らずの私のコメントに、お返事を下さりありがとうございました。
私の伝えたかったことを汲み取っていただけて、感謝しています。

パンダさんのコメントを読ませていただいて、奥様が今なお苦しまれていることを思うと、胸が痛くなり、涙が流れて仕方ありません。

パンダさん御一家のお幸せと、奥様のお心の平安を、本当に心から祈っています。

星さん

 どうもありがとうございます。
 
  「お互いにしんどさを抱えているよね」
 
 ということは、彼女との間で理解が共有されているように思います。
 「で、どうしたらいいの?」ということについては
 ほんとに手探りですけれど……

パンダさん
「薬と人生のスタイル」でのお言葉、ありがとうございました。

>星さんの姿勢もそんな印象を受けました。

私は、無意識に、おっしゃって下さるような姿勢をしていたようなので、パンダさんのお言葉にびっくりしました。
パンダさんがそう見て下さることに、驚きながらも、嬉しく感じました。ありがとうございます。

「で、どうしたらいいの?」のお答えには、ならないかなとは思いますが、「言葉」について、私が感じていることを、少し書かせていただきますね。

私は、大切な人(彼)との関係の中で、
言葉が自由自在に使える人は、言葉を便利な道具としてどうにでも使え、言葉で作る世界は、いくらでも作ることができることに気が付きました。
私もそうしようと思えば多分できる。だからあまり言葉(のみ)を信用しなくなりました。
言葉と同じくらい自分の感覚を重視するようになっていました。もちろん、言葉は大切なもので、全てを否定しているのではありません。(*^-^)

私は、そう思うようになって、言葉でのコミュニケーションと同じくらい、言語外のコミュニケーションも重視するようになっていました。
最近では、自分の気持ちをどんなに筆舌を尽くしても、表現できる適切な言葉が見つからないこともあります。
自分の気持ちと違う意味に伝わるかもしれないと感じるときには、発信することに、ためらいさえ覚えることもあります。

時間の経過の中で、自然に、触覚や体性感覚を使ったノンバーバルコミュニケーションは、言葉でのコミュニケーション同じくらい、私には大切な心地よいものになっています。
いつも、こちらから語りかけるようなコメントになってしまって、本当にすみません。(*_ _)人

星さん

 どうもありがとうございます。

>時間の経過の中で、自然に、触覚や体性感覚を使ったノンバーバルコミュニケーションは、言葉でのコミュニケーション同じくらい、私には大切な心地よいものになっています。

 これは私も同じ気持ちなのですが、そのノンバーバルコミュニケーションの部分で
 彼女となかなか噛み合わない(感覚がすごく違う)のが、辛いところです。
 そこが噛み合ってくれば、私はかなりハッピーだと思うんですが (^ ^;)ゞ

パンダさん

お二人が、感覚が違うだろうことは、過去記事からも推測できていたのにすみません。
(*_ _)人ゴメンナサイ

私がお伝えしたかったのは、深いかかわりだけでなく、
例えば、手の平のマッサージだったり、足つぼマッサージ・・・、嬉しい時のハイタッチとか、少しでもコミュニケーションができないかなと・・・。

細やかな触れ合いだけど、どこかで気持ちがほぐれてくることがあり、パンダさんが「奥様の大切な秘密の場所」へ初めて連れて行ってもらった時のような気持ちが、湧き起ってこないかなと思ったりしたので。そこから、良い循環が始まるとよいなぁと感じたので。
パンダさんが、今、現実に求めていることとは、違うかもしれませんけど。
感覚は環境で良くも悪くも変化すると、精神科医や臨床心理士さんから、お聞きしたことがあったので、書いてみました。

私は、私のバッグを持ってくれるだけでも、一緒にドライブするだけでも嬉しくなってしまうタイプなので、長い間苦しんでこられた、今のパンダさんとはズレがあるのかもしれません。

それと、私のコメントは、どうしても、こちらのブログのコメントの内容を、お知りになられるであろう奥様のお気持ちのことも、考えてしまい、パンダさんのお気持ちに添うようなコメントがあまりできなくて、本当に申し訳ないと思っています。
パンダさんも、奥様も、お二人とも傷つき、どちらも長い間苦しんでこられたことを思うと、そうなってしまいます。あまりお役に立てなくてごめんなさい。

話は変わりますが、パンダさんは「認知行動療法」のことは、ご存じですか。

娘さんが自閉症スペクトラムで、旦那様がアスペルガーで、自称、娘さんと旦那様が大好きな、定型の奥様のが言われるには、旦那様が、娘さんの小学校の心理センターで、娘さんのことで、きっかけがあり、自らすすんで、「認知行動療法」を受けられるようになられたそうです。

二か月ほど続けられた頃、旦那様は、旦那様独自的思考と、現実生活のちぐはぐな部分を手に取るように理解しはじめたと、「わかっていれば苦痛が減る」と、ストレスや消耗、疲労が格段に変わってきたと言われるそうです。
旦那様に、人間的、精神的な余裕ができてきたら、安定してきて、安定した自覚が喜びになり、前向きに考えるようなられて、ご自分自身とお仕事でいっぱいいっぱいだった旦那様が、奥様を以前よりずっと沢山かまってくれるようになり、数倍甘やかしてくれるようにもなり、とても幸せだと、おっしゃられていたので、何かの参考になればと思い、書いてみました。

既に、されたことがあったならばごめんなさいの話なのですが。


星さん

 いろいろお気遣いいただいてありがとうございます。
 定型もそうですけれど、アスペの方もほんとに様々という感じがして、
 みなさんそれぞれに手探りになりますよね。

 とても面白い(?)タイミングだったんですが、
 ちょうどこう書いて下さったことに関して彼女との会話がありました。

>例えば、手の平のマッサージだったり、足つぼマッサージ・・・、嬉しい時のハイタッチとか、少しでもコミュニケーションができないかなと・・・。

 彼女が背中が痛そうにさすっていたので、
 まあ、だめかな、とは思いつつも
 「さすってあげようか?」と聞いてみたんです。

 そしたら案の定「いらない」と言われました。
 遠慮じゃなくて、積極的にいらないということだよね、と確かめると
 そうだというんです。

 じゃあ、たとえば肩が凝ったときにも揉んでもらうのはだめなの?
 と一応聞いてみたんですが、
 誰かが親切で言ってくれるときは「関係を悪くしないために
 我慢して揉んでもらう」ということでした。
 もちろん、親しい人ならやってほしくないという意味ですね。

 あと、どうしても自分では揉めず、プロにやってもらって
 明らかに効果があると思えるときは
 これもその「結果」のために我慢してやってもらうそうです。

 というわけで、あくまで「結果」のためのことで、
 いいコミュニケーションの手段にはならないようです。

 こういう感覚のズレはほんとに多いです。

>パンダさんは「認知行動療法」のことは、ご存じですか。

 自分がお世話になったことはありませんが、
 知り合いでそれをやっている人はいます。
 話を聞いていると、とても具体的に問題への対処法を考えるようなので、
 特に「どういう手順でやったらいいのか」ということを
 頭で理解することが得意なアスペの方などには
 分かりやすくて効果がでることがあるのかな、と想像します。
 それで具体的に問題が解決する部分が出てくれば、
 その方のように、その分ストレスも軽くなっていくでしょうしね。

 我が家でそれにお世話になると言うことについては
 いろいろな状況とか事情で今はまだ考えられませんけれど、
 また参考にさせていただきます。
 どうもありがとうございました。

パンダさん

丁寧でわかりやすいお返事をくださって、ありがとうございます。
感謝しています。

本当に、人はそれぞれですね。

>誰かが親切で言ってくれるときは「関係を悪くしないために
 我慢して揉んでもらう」ということでした。

好意を申し出られた方に、ご配慮されている、奥様のお人柄が伝わってくるお言葉に受け取れました。
実際にお目にかかったことのない方を、私の想像で語らせていただくのは失礼なことと思いながら、奥様はお気持ちの優しい繊細な方のように感じました。
パンダさんが出会われた頃の奥様は、温かさの中にも、凛とした清浄な感じのされる方だったのではないかなと、ふと思いました。

やはり、認知行動療法はご存じだったのですね。(*^-^)

星さん

>パンダさんが出会われた頃の奥様は、温かさの中にも、凛とした清浄な感じのされる方だった

 これ、温かさ、という言葉がぴったりかどうかはわかりませんが、
 清浄感についてはほんとにそういう感じがしました。
 なんというか「サラサラした感じ」なんですね。
 そこが強く惹かれた理由の大きなものだったと思います。

>好意を申し出られた方に、ご配慮されている、奥様のお人柄

 これは仕事上など、かなり頑張って意識的にそうするみたいです。
 逆に言うと、親しい関係ではそれが「嘘くさく」かんじるのかもしれません。
 私に対して自然な感情として「そうしたい」という風には思えないようです。
 そうすることは「仕事の関係」みたいになってしまう、といったことを言います。

 定型的な関係は、ほんとに意識して、無理してやらないといけないし、
 だからある意味では「計算してやること」にもなってしまうし、
 それを親しい人に向けることに抵抗感があるのでしょう。多分。

 このへん、難しいところです……

パンダさん

お返事ありがとうございます。

>そこが強く惹かれた理由の大きなものだったと思います。

そうだったのですね。よかったです。(*v.v)。

>それを親しい人に向けることに抵抗感があるのでしょう。多分。

私は、奥様はパンダさんを信頼されているように感じるのですが・・・。
奥様が素を見せても大丈夫な方が、パンダさんなのではないでょうか。

私もそうですが、本来の自分の姿、素の姿を見せることは、とても勇気がいることだと思うからです。
色々あったけれど、今も奥様のことが好きで、奥様に関心を持ってくれるパンダさんだからかなと。

>定型的な関係は、ほんとに意識して、無理してやらないといけないし、

膨大なSST的なことを自ら考えて、行いながらの、世間での日常生活は、かなり疲れるものではないかと思います。

パンダさんのコメントから、パンダさんが、奥様に今でも惹かれるのが、わかる気がします。
パンダさんも寂しいとわかっているのに、色々と、私の主観に満ちた考えを述べてしまい、本当に申し訳ありません。

星さん

>私は、奥様はパンダさんを信頼されているように感じるのですが・・・。奥様が素を見せても大丈夫な方が、パンダさんなのではないでょうか。

 ありがとうございます m(_ _)m
 彼女自身、そういうこと(信頼の話)を言ってくれることがあります。そしてやっぱり他の人に対してより「素」を見せてくれているんだろうと思います。

 ただやっぱりその「素」で私が傷ついてしまう、ということも現実にあるし、彼女もそのことが分かってきているので、完全に「素」にはなれないと彼女も言っています。

 私も気持ちとしては彼女が「素」でいられたらいいのに(お互いに、ですけれど)、と思いつつ、その「素」を受け止め切れない自分もあるのは否定しようもない現実で、そこでやっぱり悩みますね。

>膨大なSST的なこと

 すみません、なんかすごい常識的なことなのかもしれませんが、このSSTって私知りませんでした (^ ^;)ゞ あ、もしかしてソーシャル・スキル・トレーニングのこととかでしょうか?

>パンダさんも寂しいとわかっているのに、色々と、私の主観に満ちた考えを述べてしまい、本当に申し訳ありません。

 あ、いえいえ、私も主観に充ち満ちたことしか書いてませんし…… (^ ^;)ゞ

パンダさん

>あ、もしかしてソーシャル・スキル・トレーニングのこととかでしょうか?

そうです。(*^-^)

>その「素」を受け止め切れない自分もあるのは否定しようもない現実で、そこでやっぱり悩みますね

ありのままを受け入れることも大切だけど、お互いの違いを受け入れ(違いを知るだけではなく)、自分のやり方を強制せず、お互いが自分を酷使ししないで、相手のためにできる最善を尽くせるように、少しずつでもなれたらよいかなと思いました。

アストン博士のお言葉によれば、「良い関係を築いているAS/非ASのカップルはたくさんいる」そうです。
うまくいっていないカップルの場合は、その理由はASにあるのではなく、むしろ人間の複雑さに由来していることが多いそうです。
そして、博士は、
「ASが二人の関係に影響を与えていることを認め、良い面を喜び、どちらも責めるべきでないと理解しているカップルは、危機を乗り越え成長していきます。その確率は、非AS同士のカップルに引けをとりません。
また、ASは人間を良くも悪くもしません。ASだから優しくなる、あるいはずるくなるということもありません。誠実・正直・勤勉かどうかもASには無関係です。ASの有無にかかわらず、人間にはそれぞれ独特の個性があります。ASの場合、性格のいくつかの側面が強く出ることはありますが、ASは性格そのものを作りません。」と言葉を続けられています。

ASとは何なのか、それが二人の関係にどう影響するかが明らかになると、カップルは移行期に入り、この時期は二人にとって非常に重要な時期になるそうです。
対処の仕方や認識、コミュニケーション、行動をどう変えるかは人それぞれです。個人的にさまざまな選択肢をせまられることになる。
博士は、最終的には
①好きになる
②我慢する
③去る
の三つに分かれるでしょう。シンプルな選択肢ですが、二人とも同じ答えを選ぶとは限らないと言われています。

博士曰く、「好きになる」が一番良い選択肢で、また最も選ばれている選択肢だそうです。
「好きになる」とは、二人がASを受け入れ、その影響を共に学び、相互理解をこれまで以上に深めることを指すそうです。

ふと、二人の相性によるものが大きいのかなと感じました。
人間ですから、同じ状況が起きたとしても、どうしても対応(反応)は、相手によるということがありますから。
お互いを思いあっているパンダさんご夫婦ですから、いつかきっと、夜は明けて明るい朝がくると思います。
パンダさんは既にご存じのことかなと思いましたが、アストン博士のお言葉を少し書かせていただきました。(*^-^)

私は「好きになる」を選びます。(どのカップルも、AS・非ASに関わらず、人間ですから、私たち各々の発達の凹凸の違いによるズレは、いくらかはあると思いますので。)

星さん

 どうもありがとうございます。

>ASとは何なのか、それが二人の関係にどう影響するかが明らかになると、カップルは移行期に入り、この時期は二人にとって非常に重要な時期になるそうです。

 そうですね。
 私にしっくりくる言葉で言えば、「ASとは何か」というより「アスペ定型のズレは何か」
 ということなのですが、どっちにしても「そういう問題がお互いの間にあるんだ」
 という理解が共有されるかどうかによって、その後の展開はすごく変わってくるし、
 そこで改めて

①好きになる
②我慢する
③去る

 というような選択肢が問題になるのかなと思っています。
 あらかじめどれかの選択肢に決めてしまうことは無理ですものね。
 どれが「正しい道」だとか、そういう話でもないと思いますし。

 そこでお互いの違いをどんな風に受け止め、工夫して受け入れあえるのか、
 ということについて、皆さんのコメントから学ばせていただくことも多いです。

>私は「好きになる」を選びます。(どのカップルも、AS・非ASに関わらず、人間ですから、私たち各々の発達の凹凸の違いによるズレは、いくらかはあると思いますので。)

 これはあくまで「私の場合」ということにすぎないのですが、
 「好きになる」というのは、選ぶ、というより「好きになっちゃった」
 という予期せぬ結果(?……笑)のようなものかなという気がしています。
 「あ、自分はこの人を好きなんだ」と、そうなってみて気づくとか、
 それまで気がついてなかったけど「ほんとはそうなんだ」と気づくみたいな。

 なんか中学生の恋愛観みたいでちょっと恥ずかしいかも (^ ^;)ゞ

パンダさん

>「好きになる」というのは、選ぶ、というより「好きになっちゃった」

パンダさん、もちろん私もそうですよ。(*v.v)。
私が「好きになる」を選ぶといったのは、あくまで、アストン博士の三つの中で選ぶならば、「好きになる」すなわち、博士の「好きになる」の説明のお言葉でいうなら、「二人がASを受け入れ、その影響を共に学び、相互理解をこれまで以上に深めることを指すそうです。」といった道を選ぶということだったのですが・・・。

人を好きになるのは、好きになろうと思っても好きになれるものでもないですからね。(*^-^)
人を好きにることは理屈ではできないことでしたから。
各々、理屈ではなくてなぜか惹かれて(惹かれあって)しまう人がいるのでしょうね。

先に相手が好きになってくれていたとしても、好きになってくれたから好きになったのではなく、自らがその人を好きになっていたし。(*v.v)。

>そこでお互いの違いをどんな風に受け止め、工夫して受け入れあえるのか、
 ということについて、皆さんのコメントから学ばせていただくことも多いです。

そうですよね。(*^-^)

いつも、本当にありがとうございます。
コメントをしてくださって、感謝しています。

先ほどのコメントは星です。

おっちょこちょいで、ごめんなさい。

星さん

>人を好きになるのは、好きになろうと思っても好きになれるものでもないですからね。

 ああそうですよね。ちょっとほっとしました。
 多分、

>博士曰く、「好きになる」が一番良い選択肢で、また最も選ばれている選択肢だそうです。「好きになる」とは、二人がASを受け入れ、その影響を共に学び、相互理解をこれまで以上に深めることを指すそうです。

 と書かれていたので、「好きになる」道を「意識的に選択する」という話なのかなと理解したんだと思います。星さんも書かれているように、好きになるのは意識的にそうする話とは違うと思うので、ここのアストンさんの言われていることが理解できなくて、ちょっと不思議な感じがしたのだと思います。いま、改めて拝見しても、やっぱりアストンさんのこの「好きになる」ということの説明はもうひとつよく分からないのですが (^ ^;)ゞ 「好意的に向き合おう」というような意味ならちょっと分かる感じはします。

パンダさん

>「好きになる」道を「意識的に選択する」という話なのかなと理解したんだと思います。
>いま、改めて拝見しても、やっぱりアストンさんのこの「好きになる」ということの説明はもうひとつよく分からないのですが (^ ^;)ゞ

そうなんですね。(*^-^)
もう一度その項を読み返してみましたが、はっきりとは書かれていませんでした。
私が推測するには、意識的に選択するというよりは、カウンセリングの結果としてではないかと思います。
パンダさんのコメントを読ませていただいて、考えてみたのですが、私は、「二人がASを受け入れ、その影響を共に学び、相互理解をこれまで以上に深めること」を、アストンさんが、「好きになる」という言葉に定義したという感覚で受け取っていたようです。
パンダさんが言われるように、一般的な言葉そのものの意味と、説明は確かにあまり重ならないですよね。
私は文章を全て読んでいるから、そう思えたのかもしれません。
私の引用の仕方があまりうまくなくて、パンダさんに伝わりにくかったのならごめんなさい。

>ああそうですよね。ちょっとほっとしました。

パンダさん、ここはしっかり安心してくださいよ~(笑)(*^.^*)
私は意識的に相手を選択して、人を好きになれるような器用な人間ではありませんから。(*v.v)。

パンダさん、コメントありがとうございます。
人を好きなることを考えることができて、感謝しています。

星さん

>私は、「二人がASを受け入れ、その影響を共に学び、相互理解をこれまで以上に深めること」を、アストンさんが、「好きになる」という言葉に定義したという感覚で受け取っていたようです。パンダさんが言われるように、一般的な言葉そのものの意味と、説明は確かにあまり重ならないですよね。

 はい、私もやっぱりそんな印象を持ちました。

 私のパートナーは、私のことを男性として今好きかと言われると、そういうことはないと言っています(笑?泣? (^ ^;)ゞ)。で、そのことの意味は「心がときめく」とか、そういうことはないということらしいです。

 たしかに「心がときめく」みたいな意味で言うと、私も彼女に対してそんな感覚は今はあんまりないですね。でも彼女には幸せになってもらいたいと思うし、もちろん一緒に幸せになることが一番うれしい、という意味では「好き」と言えるのかもしれません。そこは「博愛精神」ではなくて、やっぱり「彼女に対する思い」なんだと思うので。

 なんか「好き」もいろいろなのかもしれませんね。

パンダさん

>そこは「博愛精神」ではなくて、やっぱり「彼女に対する思い」なんだと思うので。

そうですよね。(*^-^)
やはり凡人の私たちには、対自分の大切な人への想いが基本でしょうね(笑)(*v.v)。
「博愛精神」の言葉で、ふと思い出したのですが、私はカトリック教徒ではありませんが、コルベ神父の生き方に触れてよく涙していました。
マザーデレサの生き方も尊敬しています。
そのつながりで、渡辺和子さんのご著書にもご縁ができていました。

今年は色々とありがとうございました。
とても感謝しています。
来年もよろしくお願いいたします。

良いお年お迎えくださいませ。(*^.^*)

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