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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年10月25日 (金)

配慮のジレンマ

 パートナーが自分のことばで私が傷つくことについて、とても気にして避けようとしている、ということについてはすでにご紹介しました。彼女に言わせると、私の話し方も以前に比べると彼女を傷つけることは少ないようです。もちろんなくなったわけではなく、先日も彼女の話を聞いていて、私が過去に自分ではまったく意図せずに彼女を傷つけていたことにまた気がついて、本当に申し訳なかったと思ってそう言ったら、「そんな風に言われるのが私にはすごく辛いということが分かってもらえないのか」とまた嘆かれてしまいました。(どうして彼女がそう感じるのか、後に尋ねましたが、半分くらい分かるようで、まだ本当に分かった気持ちにはなれていません)

 いずれにせよ傷つけ合うことは少しずつでも減ってきていて、今ではかなり少なくなってきたかなあと思えるのですが、その努力の仕方にはやはりお互いに違いがあるようです。

 私の場合は、自分の「常識」で彼女の誠意の有無を判断できないと言う理解が積み重なるにつれて、以前なら「なんでそんなことを言うんだ」と思って少しムキになって反論したようなことでも、とりあえずは「ああそうなの?」と受けて、分かりそうになかったらそのまま置いておいたり、何か理解できるかもと思ったときには尋ね方を工夫しながら彼女の「考え方」を理解するように心がけたりするようになってきています。そんな風にムキになって反論しない姿勢が、彼女にとってはいいようなんですね(もちろん定型間だって、いきなりムキになって反論されたらちょっと嫌でしょうけれど、それともちょっと違う部分がありそうです)。

 それに対して彼女の方は、自分の言葉で私が落ち込んだりするのを見ると、それに関連しそうなことについてはそもそも「言わない」という形で対処しているらしいんです。彼女に言わせると、「傷つけた」のは分かる。でもなんで傷つけたのかは理解できない。それは自分には理解できないことだ。だから私を傷つけないために、たとえ自分が思ったことでも「言わない」というやり方になる、ということのようなのです。

 そうすると、そう言う形での彼女の「配慮」が進んでいくと、そのうちに「何も話が出来ない」ということになりかねないんじゃないかと心配なんですね (^ ^;)ゞ

 私としては「話さない」という形ではなく、思ったこと、感じたことは素直に伝え合いたいと思うし、ただそうやって素直に伝え合うことで「相手が自分を傷つけようとしている」という誤解をしないで済むようなやりとりの仕方を工夫したいんです。そうじゃないと、「物言わぬは腹のふくるる業なり」じゃないですけど、ただ我慢ばかりしていては決していい結果にはならないようにも思えます。

 けれどもその話をすると、彼女は別に我慢する訳じゃない、ただ感じなくする(思わなくする、という言い方もしたかも)だけだ、というようなこと(正確には再現できません)を言います。それって感情を抑えつけて「見ないことにする」こととどう違うんだろうとか、私にはよく理解できませんし、やっぱり感じたことを素直に伝え会えない関係は寂しいと感じてしまいます。

 こういうことを言うと、「一体どうしろっていうの?」と彼女には言われてしまいそうです。

 なんか「感情」の割り切り方も違うのかなあ。

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コメント

diamondパンダ さま

こんばんは、アスペルガールです。

どんどんコメントしてますが、
返信はしたいなぁ~と思ってくださったらで大丈夫です。

自分の意見を書くことによって、
私自身の内面を知るに至っています。
パンダさんのブログに感謝。

この『傷つく』ですが、
大切な人の意見だからこそ傷つくのではないでしょうか?

どうでも良い人には何言われても、
人ってあまり傷つかないような気がしています。

その人が大切であればあるほど、
その一言一言に傷ついてしまう。

そう考えると、お互いに傷つけあえるというのは、
お互いに大切に想っている証拠なのではないでしょうか?

好きの反対は、嫌いではなく、無関心だとよく言われますから。

だから、傷ついたと感じた時に、
あぁ、好きだからこそ、傷ついたんだなぁと思えれば、
お互いに、(間接的ではありますが、)
お互いの大切さの確認にもなるのではないでしょうか。

私は感情をある程度捨てれます。
感じなくも出来ます。

というよりも、自分が何かを言った際に生じる、
相手の心の揺れが大きいすぎると、
その、心の揺れに飲み込まれてしまう、ための防御策でもあります。

顔色でもなく、言葉でもなく、しぐさでもなく、
心の振動のようなものを体感として感じるから、
『言わない』ことで解決できるなら、そうします。

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