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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年9月24日 (火)

必要とされると感じること

 最近、だんだんと以前には感じられなかったことが感じられるようになってきているように思います。それはアスペ定型カップルで、特に定型の側からよく問題になると思える、「この人にとって私は意味があるんだろうか?」という疑問についてです。

 ここでも何度も書いてきたように思うのですが、何故か自分が相手には必要のない人間であるように感じられてしまう。求められていないように感じられてしまう。少なくとも私の場合は典型的に(?)そうで、もう完全に拒絶され、避けられていると信じていましたし、それは私が離婚を真剣に考える理由の一つでもありました。

 パートナーに聞くとそんなことはないと言うのですが、でもそれが全然分からない。私から見ると明らかに「あなたは私には意味がない」と態度で示され続けているように思えたわけです。

 それが最近、「ああ、彼女は私を必要としてくれているんだな」ということがなんとなく感じられるようになってきたんですね。不思議といえば不思議です。ちょっとしたきっかけがいくつかなかったわけではないですが、なにか劇的なことが起こったということでもありません。むしろなんだか静かに進行した変化のような気がします。

 今もこれを書きながらちょっと不思議な体験をしているのですが、以前なぜあれほど自分が不必要とされていると感じていたか、ということがなんだか実感として分からなくなりかけているようなところがあります。たとえて言えば、自転車に乗れるようになった後、自転車に乗れない頃の自分がよく分からなくなる、みたいな、あるいはそれまで嫌いで食べられなかった食べ物が好きになってみると、何で自分があれほど嫌いだったのかが分からなくなってしまう、みたいな、そんな感じでしょうか。あんまり上手な比喩ではない気もしますが、そんなような種類の変化が自分の中で進んでいるのかもしれません。

 なんなんでしょうね。何かを諦めたのでしょうか?今ふと思い出す最近のパートナーのことばは、「この人格を変えろといわれても、もうどうしようもないんだから」というようなことばです。そうそう、先日の散歩の時にはこんなことも言っていました。以前子どもの友達が遊びに来たときに、その友達と子どもとのやりとりを彼女はすごくよく観察していて、その特徴を話してくれたんですね。それで私が「すごい観察力だね」と言ったら、「そうせざるを得ないからそうやってきたんだけど、それでも(定型のコミュニケーションは)分かんないわけだから、もうほんとにわからないんだよね。だから絶対無理なんだから」と言うんです。

 そういうのを聞いて、「ああ、そうなんだろうなあ」となんだか納得してしまう自分がいました。

 「ああもう無理なのか。それじゃあさようなら」という「諦め」とは違います。「ああ、ほんとにそうなんだね」となんだか納得して、それを受け入れられる感じが出てきたような気がします。なんかそういう自分の中の変化ともつながっているんだろうと思います。それと並行して、「ああ、この人は自分のことを必要としてくれているんだなあ」と感じられるようになった気がするんです。

 ですから、多分この「必要とする」ということの意味が、以前とは理解が替わってきているんでしょうね。以前は自分が必要とするような形で相手も自分を必要としてくれることがどうしても必要だった。それが「形は全然違うんだけど、でもやっぱり必要としてくれているんだ」という風に、もうすこしパートナーに合わせる形でそのことを感じ取れるようになったのかもしれません。

 書きながら隔靴掻痒の感じが残りますし、その変化をすっきりと自分なりに理解するのは相当難しそうな気もしますが、でも変わりつつある感覚はあるんですね。うーん、いつもながら曖昧な話ですみません m(_ _)m

 

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コメント

diamondパンダ さま

こんにちは、アスペルガールと申します。

先日はブログコメント返信有難うございました!
そちらへも返信させて頂こうと思っておりますが、
先に他の気になる記事にコメントしてみました。

---以下引用-------------------

>以前は自分が必要とするような形で相手も自分を必要としてくれることが
>どうしても必要だった。それが「形は全然違うんだけど、
>でもやっぱり必要としてくれているんだ」という風に、もうすこし
>パートナーに合わせる形でそのことを感じ取れるようになったのかもしれません。

-----------------------------

そもそも1人で居たいタイプで、
本を読んでいる時が安心するタイプの彼女が結婚した時点で必要なんでは?

不必要だったのなら、初めから、近づきすらしないと思うんですよね。

定型とか非定型とかではなく、
男性は自分を必要として欲しいと感じたい気持ちは理解できます。

で、これは、とても簡単な方法で、男性は満たされてくれたりします。

 1、相談をする(絶対的に『名案だねっ!』といえる相談です。) 
 2、少し面倒な頼みごとをする(『俺って良いやつ』と感じてもらう。)
 3、たまーに、『あなたが居て本当本当に良かった』と伝える。

私は、男女って分かり合えないからこそ、楽しいだと思うんですよね。

パンダさんは、大切に想えて、楽しめる彼女が居て幸せかもしれません。
男女間でのクイズ(反応のすれ違い)は多ければ多いほど楽しい。

これは、アスぺ男性と定型女性には口が裂けても言えませんが、
逆の場合は、男性が追いかける形で上手く行ってるような気もしました。


私は、基本的には、ご返答頂けると、嬉しいです☆彡

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