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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年9月20日 (金)

つらつら思うこと

 パートナーがこの間のやりとりの中心的な部分を読んでくれた上で、彼女が心配していたような、自分(パンダ)に向けられた批判への応答にむきになってのめり込んでいたという訳ではなく、私はあくまでもこの場をよく維持しようと努力していたのだ、と感じ取ってくれました。その結果、ドクターストップならぬパートナーストップも一旦解禁になりました。私自身、ときどき書きたいこともあったりしたので、またぼちぼち書いていきたいと思います。

 いずれにしても今回の「炎上」も私にとってはもちろん理想的なコミュニケーションの形では全くありませんでした。「アスペと定型のコミュニケーションを考える」というブログの趣旨から考えて、時にほんとうにぎりぎりの真剣な議論が交わされることは、この難しい問題を前向きに考えていく上で避けられないし、避けるべきでもなく、むしろ当然のことだと思います。ただ、二つの点で、今回のやりとりはそのようなアスペ定型問題に関する前向きな「真剣な議論」にはなれなかったように感じています。

 一つ目は、基本的なことですが、提起された問題はアスペ定型間のズレの問題が重要なきっかけだったことは間違いないにしても、遣り取りの中でなんどか確認もされたように、そこで展開されたやりとりに生み出されたズレは、どうも「アスペ定型間のズレ」とは違う質のズレだったように思えるということです。それは「アスペ定型間のズレ」というより、むしろネット上でよく発生する激しい対立の進み方に共通するものを私は強く感じ続けていました。

 実際、あのやりとりのなかで、議論がアスペの方と定型の側とに別れての議論という形にはならず、どちらの主張にもどちらの側からも賛同があり、あるいは批判がありました。その意味で今回の「炎上」の仕方は、「アスペ定型間のズレ」の問題として考えるよりも、一般的にネット上で発生しやすい対立にどう対応すべきなのか、という問題として考えるべき事なのだと思えるわけです。その意味でブログのテーマとはずれた、かなり質の異なる議論の展開が見られたということが一つです。そしてそのような「炎上」的やりとりは、私は「真剣な議論」と感じることが出来ません。

 二つ目は、「真剣な議論」は、問題の解決を願うからこそ行われるものだと思いますし、「真剣な議論」というのは、「お互いに理解しきれない者同士」であることを大前提にしながら、それでも少しずつ理解に向かって共に歩んでいく作業だと思います。そのためには粘り強く相手を理解しようとすることがどうしても必要になり、一方的に相手を切り捨てて済ませるような議論はそれとは相容れないと思えることです。

 意図せずに傷つけ合うことがたやすく起こってしまうのが、アスペ定型間のコミュニケーションでは普通に起こることです。どんなに気をつけていても、それを完全に防ぐことはほとんど不可能です。そのことを大前提にして、それでもなお、「意図せずに傷つけた」ことについてはお互いにちゃんと向き合って考えることが必要なわけですし、そのためにはその傷を受けた者同士では伝わるが、相手には伝わらない議論に留まっていては先がない、と思えるわけです。

 もちろん、私自身何度か書いてきましたし、ここはパートナーとも意見が一致するところですが、分かる人には分かるという感じで、いわゆる「毒吐き」を行う場を人が必要とすることは事実だと思います。そうやって毒吐きをしながら、自分が何にどのように悩んでいるのかが初めて自分に納得がいったりもするのですし。実際ネット上にもそういう場はいくつもあると思います。というか、そういう場の方が多いのだろうと思います。

 この場でも、問題を真剣に議論するためには、「あなたは私にはこういう風に見えてしまっているのですよ」ということを、そのことを気づいてくれない相手に理解してもらうために、「毒吐きを<紹介>する」ことは意味のあることと思います。でも相手と一緒にそのことの意味を考えるために毒吐きを紹介することと、相手に対して毒吐きをこの場で行うことは、全く違うことだというのが私の理解です。

 このブログが「真剣な議論」にとっては必要な場合がある、と考えるのはもちろんその「紹介」のほうの毒吐きです。けれども残念なことに、今回のやりとりでは毒吐きが「紹介」にならずに、少なくとも結果としては単に相手を傷つけるだけの毒吐きになってしまう、ということが起こりました。それは「一方的に相手を決めつけて、切り捨てて済ませる」ことになるわけですし、このブログで模索しようとしている「真剣な議論」とは全く異質なものです。真剣な議論は、「決して安易に相手を決めつけない」し、「相手を切り捨てない」し、相手と向き合い続けようとするという姿勢によって初めて可能になるものだと私は思います。

 ただしそのような「真剣な議論」を続けるためには、適度な距離を保つことも必要になるでしょう。人間、常に「向き合い続ける」などということはできるわけないと思うのです。そしてそのことを相手に絶えず求め続けることもよくないだろうと思えます。ときどき距離を置いてもう一度気持ちを整理したり、考え直してみたりしながら、また時が来れば相手に向き合う。そういうバランスの取り方が大事だと思えるんですね。実際にはこのへん、難しいところだとは思いますが、でも必要だと私は思うのです。

 以上、「真剣な議論」ということについて、つらつら思うことを書いてみました。あと私が持っているこのブログの基本イメージは「ムーミン谷」に書かせていただいたようなことになるかと思います。玄さんが書いて下さったように、私はその谷の警察官や裁判官の役割をしたいとは思っていませんし、自分がそんな特権的な「正義」を背負っているという気持ちもありません。私自身、昨日もまた夜中にパートナーと話し合うことにもなりましたが、アスペ定型という難問に向き合っておろおろし、迷いながら道を探している当事者の一人でしかないわけですし。ただ、こういう場を作っている人間として(?パンダとして?)、谷の雰囲気が守られ、育っていくようにしていきたいと思っています。

 この谷でみなさんの全ての要求が満たされるなどと言うことは考えたこともありません。そんな万能の場を作りたいと考えたことも全くありません。その限界を強く感じられる方があっても当然です。ただ、そんな限界だらけの場を、ほんとに大事に思って下さる方がいらっしゃることも感じています。それは私が自分の気持ちの整理のためにこのブログを始めた頃にはほとんど想像もしないことでした。なりゆきをご心配下さった皆さまには、改めてこの場で御礼を申し上げます。これからもぼちぼちと、時々真剣にもなりながら、でも変に深刻にはならずに相変わらずの記事を書いていきたいと思います。よろしければまたおつきあい下さい。

 

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