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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年9月27日 (金)

目の付け所が違う

 パートナーと一緒に暮らしていて、全く正反対の印象を持つことが時々あります。それは人の理解についてなのですが、時々すごく鋭いことを指摘されて、へえ、となることがある一方で、たとえば彼女自身の「感情状態」について、私が感じ取ること(たとえばちょっといらいらしているな、とか、しんどそうだなとか)を彼女自身は感じていなかったりします。

 この彼女自身の感情状態については、「表現の仕方が違うのだから、それはパンダの読み違いなのだ」という可能性もある訳なんですけれど、でも「しんどそう」とか「イライラした感じ」の時には単に表情だけでなくて、実際の行動もそういう感じになることが多いように思えるので、単なる私の勘違いとも思えないんですね。実際、最近彼女は「自分ではすぐに気づかない(気づくのに時間が必要)」という風にいうようになったりもしましたし。

 逆に私の方が自分の状態について気づいていないことを彼女から指摘されることもあります。指摘された時には「え?そうかな?」と思うことも結構あって、ちょっとしてから、「ああ、いわれる通りかな」と思えてきたりします。そういう意味では別に彼女だけに言えることではなくて、「お互い様」なんでしょうけれど、ただなんとなく「気づきやすさ」のポイントに違いがあるような気もするんですね。

 何が違うんだろうかとちょっと今考えてみましたがまだよく分かりません。

 この「自分の感情状態に気づくかどうか」ということは、自分の感情を理解してコントロールする、ということとも深く関係していると思うので(カウンセリングなんかはそういう作業でもありますよね。自分がなにに葛藤してどんな気持ちなのかを理解することが、その葛藤に対処するための大事な手段になるわけですから)、その「気づき方」とか「気づくポイント」に定型アスペ間で違いがあれば、お互いの「感情的」交流の仕方にもズレが生じてうまく行かないことが多くなるだろうと思うんです。

 いや、こういうことを書くと、また玄さんには「こいつはまだしつこく感情の問題にこだわっている、変な奴だなあ」といわれそうで (^ ^;)ゞ、 やっぱりこのこだわり方自体が定型的なのかもしれないですね。ただ、定型の側から定型アスペ問題を理解しようとすると、どうしてもそのあたりを通過しないと理解が難しいように思うんです。まあ、そのこと自体が「目の付け所の違い」のひとつを表しているのかもしれません。

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