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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年8月27日 (火)

プルーンさんから

プルーンさんからパンダ個人宛にメールを頂きました。そこにプルーンさんのこの間のコメントを巡るみなさんの議論について、あえてお返事を控えられた事情その他が書かれており、またそこで展開された議論にも誤解に基づくものがあったということでした。
 
 「パンダさんが必要と判断なさるのであれば、このメールの内容を、どのような形であれ、公開してくださって構いません。」と書かれていますが、その後生じうるいろいろな議論については(今の時点では?)対応されることがむつかしいとのことです。

 ということで、残念ながらこの場で「誤解は誤解として解きながら、さらに次の一歩を模索する」、という流れは現時点では難しそうです。とはいえ、いただいたメールの内容からすると、コメントの議論にご参加いただいた皆さんや、それを読んでいろいろ考えられたみなさんには、そういう「誤解」によって議論がずれた方向に展開した可能性もありうることを知って置いていただくことが、今後いろいろな議論を重ね、考えていく上でも必要かもしれない、と私個人として判断しました。
 
 以下、誤解を含んでいた可能性があるポイントについて、私が理解できた形で書いておきますので、どうぞご参考になさって下さい。

1.プルーンさんは「アドバイス」ではなく「共感」
 (お姫様だっこ)を求めに来た、のではないとのこと

 プルーンさんが最初にご自身の体験を書かれたのは、記事の内容から想起された事例の一つとして投稿してみたということ。けれどもその後の展開で本来の意味が変わってしまった。

2.プルーンさんは自分が典型的な定型であるとは
  考えていないこと

 プルーンさんはご自身としては自分をアスペの傾向があると思われているので、「典型的な定型」の事例として論じられることには強い違和感が続いた。

 また誤解の可能性の話とは別になりますが、かずきさんの次の「I(アイ)メッセージだ」という理解のコメントには喜ばれたとのことでした。

 「「自分が何をしても何をやっても苦しみは無くならなくて、だからといって逃げることも許されず、改善しようと起こしたアクションでさえ事態の悪化を招き、誰も助けてくれず、誰も分かってくれず、所詮人は他人事。八方塞がり?いやいや、全方塞がり。自分の周りにある球体の網からは、逃げ出す事も立ち止まることも、隠れることも許されず、楽になる方法で思い浮かぶのはひとつだけ。そんな状態だった頃、私のコメントのような事をぶつけられても、 到底私も受け入れられなかったと思います。この状態が、プルーンさんに通じるものが少しでもあるのなら、プルーンさんの反応は、とても大人な対応に思えます。私には「噛みつく」ように見えなかったので…。 確かに感情的ではありましたが「私は悲しかった」とIメッセージ(私はこう思う)なので、相手を非難?攻撃?しているとは私には読みとれないです。」
 
 以上の点についてもまたご議論はあるだろうと思いますが、プルーンさんとしてはこの場が荒れるような感じにはしたくない、とのお気持ちもあるとのことで、残念ながら現段階ではコメントでのやりとりの方向にはならないように感じられました。

 私個人はその理由は何であれ、対話的関係(真剣という意味で厳しいやりとりは当然そこに含まれると思います)が成り立たない場合には、当事者抜きで議論が展開するのは誰にとってもよい結果にならないだろうと感じます。また当たり前のことですが、たとえば私がプルーンさんのメッセンジャーになることも不可能ですし、また適切でもないように思いますので、以上に書いた点だけ、プルーンさんに確認させていただいた上でみなさんにお伝えするに留めたいと思います。
 
 プルーンさんは今後もこのブログは覗いてくださるようですし、私としてはまたいつか、改めて対話が可能な状況になってコメンテーターとして復活される日が来ることを楽しみにさせていただきます。それまでは「一息入れる」ということで……。

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コメント

緑さんへ トマトです。

私から見ても、玄さんもするりさんもかずきさんも、
AS側からみてわかりやすいだけでなく、定型への配慮や、
ロムの人への配慮があると思います。
一貫して誠実さ、真心を感じます。
悪意がないこと、人を傷つけるつもりはないことがよくわかります。

私が今回言ったのは。帆掛け船さんのひとつのブラックジョーク(のつもり)に対して、自分はマイナスの印象を持った。ということと。参考のひとつにしてもらえるかどうかは解りませんが、定型例え話のひとつのデータにしてもらえばというつもりでした。(上手くいかなかったですけど)

定型の心理や言動を、ASの人がASの人に通訳、咀嚼するときの「例え話」がAS同士で「ウケる」「上手い言い方ですね」と盛り上がっているときに限り「その例え話が定型の意識、認識とはほど遠く、何故こんな例え話になってしまうのか解らないなぁ」と「愚弄感を感じる」ということが多い・・・という場面限定で言ったのです。

全てのASの人の全てのコメントや全ての「例え話」について言っているのではありませんので。

面白さを感じるポイントや好ましさを感じるポイント、同感ポイント、逆に反発などを感じるポイントは、人の数だけさまざまでしょう。

この人のコメントは解りやすい・解りにくい、と意見もそれぞれでしょう。

ただ・・・沢山の人の中でASの人は「感情」をベースにした会話は良い方向に発展しにくい。
定型は、理論的なやりとりの持続が苦手で「感情」を杖にして話を前に進めることを、ASの人にも、ついしてしまう。という傾向は明確事項であると。

そこのところの混乱を、さてとどうしましょう・・・という展開だと思います。

とても個人的な感想を言えば、玄さんやかずきさんと嘲笑とは結びつかないし、するりさんが帆掛け船さんの例えを、爆笑したりしばらく笑い続けたりしたと言われても、それで定型とのやりとりの適切なコツを掴んだとあれば、それを否定するものではありません。

ただ・・私個人は、帆掛け船さんの例えには、魏楼や嘲笑を感じたので「傷つく」と、ASの皆さんには不適切な返しをした。ただ、パンダさんの「嘲笑とかの意味を持たない発言ではないか」というコメントで「意味をもたないのなら、ごく素直な例え話なのか」という気づきもあった。ということです。

緑さんの、自然に感じる疑問や、素直な意見が、もしかしたら定型に解りにくい、もしくは誤解につながる言い方に聞こえている可能性があれば、 実生活において
なんとか緑さんの本意を察して、対応できる定型の人との出会いを願うばかりです。


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