2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« 喜び合えること | トップページ | 言葉と気持ち »

2013年8月 7日 (水)

「知ること」の難しさ

 学生時代、他の学部に潜り込んでカウンセリング実習の授業を受けたことがありますが、講師が面白いことを言っていました。

 あるクライエントさんが見た夢をあるカウンセラーに話したそうですが、その中に、棺が出てきたんだそうです。そのクライエントさんは開けるべきかどうか、迷ったという話だったか、あるいはカウンセラーがどう話すべきか迷ったという話だったかどちらかは忘れたのですが (^ ^;)ゞ、 さて、これは果たして中を開けてみるべきかどうか、という問いが出されたんですね。

 つまり、棺の中には、多分そのクライエントさんにとって大事な何かが「隠されている」。それが何かは私たちにはわからないし、クライエントさん自身もそこは見ないように「覆い隠してきた」部分で、自分自身でも分からない。でも夢という形だけれど、「自分にとって大事なもの(あるいは大事なこと)を、私はそこに隠したままにしている」ということに気がついたというわけです。

 隠しておかなければならないようなものですから、何か大事なものだし、でもきっと危険なものかもしれない。扱い方を間違えれば大混乱になってしまうかも知れない。そんな話っていくつかの「物語り」でも出てきますよね。たとえば水滸伝とかも、始まりは伏魔殿に閉じこめられていた108の魔星を役人が開けて逃がしてしまい、それが108人の英雄になって活躍するという話です。魔星ですから危険なのですが、この場合は盗賊の形で英雄となり、最後は滅びていくことになる。

 自分にとって危険かも知れないけど、何か大事なものがそこにあることに気がついた。そのとき蓋を開けて中をはっきりと見るべきなのかどうか。そのときの講師の答えは、「開けずにそっとしておく事も大事だ」というようなことだったと思います。

 絶対に開けてはいけない、という話ではなかったと思います。それは状況とか、クライエントさんの状態とかにもよる。でも少なくとも例えばカウンセラーとか、他人が無理に開けてみせる、というようなことはすべきではないわけですよね。その後の私の勝手な理解では、開けてみてもいいときには、自然と蓋が開いて中が見えるようになるんだろう、と思います。それはその人自身が中を開けてみる「気持ちの準備」ができてきているときだと思うからです。

 この話、一応定型の人の気持ちの整理についての話なわけですけれど、多分アスペの方にも通じるところがあるんだろうなという気がします。とても微妙で難しいところですけれど、共通する部分はあるんだろうなと。ただ、そこも定型的な感覚で理解しすぎるとまたズレが出てくるのだろうとも感じます。そのズレがなんなのか、まだ私にはよくわからないのですが。

« 喜び合えること | トップページ | 言葉と気持ち »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449293/52779828

この記事へのトラックバック一覧です: 「知ること」の難しさ:

« 喜び合えること | トップページ | 言葉と気持ち »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ