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アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年8月26日 (月)

我慢というややこしいもの

 ええっと、今まさに玄さん、トマトさん、そして新たに帆掛け舟さんが参入して展開している議論ですが、私もものすごく重要な議論だと思っていて、いずれ私も考えを整理していきたいと思っています。なのにここではちょっとそこからは激しくずれた、どっちかというとお気楽記事になってしまうのですが、それは決してみなさんの議論が重要じゃないからとか、興味ないし、とかそういう気持ちではない、ということを最初に言い訳させていただいて……

 昼にたまたまネットで見て面白くて反射的にアップした「我慢」についての記事ですけど、当たり前だけど、だれでも多かれ少なかれ「我慢」してるんですよね。別に我慢はアスペ定型問題の専売特許ではない……当たり前ですけど。

 ただ、面白い(?)ことは、同じ「我慢」と言っても、「ここは我慢が当然」と感じられる場合と、「我慢が大事」と無理にこらえる場合と、「ならぬ堪忍するが堪忍」みたいな感じで超人的にする我慢と、なんかいろいろな「我慢」イメージがあるのも確かですよね。

 でも一体何が「当然の我慢」なのか、とか、そういうことを考え出すととたんにややこしくなってくる。人によっても違うし、時代によっても違うし(私の個人的趣味の歴史物でいえば、「葉隠」という、昔のサムライの道徳教科書みたいな本があって、たしか山本常朝とかいう人が自分の若い頃の話とかして、それを聞いた人が本にまとめたんですけど、有名なところでは「武士道とは死ぬことと見つけたり」とかいう話ですね。主君に死ねと言われたら、もうその意味とか何とか、そいうことを考えることすらおかしいんだ。ただひたすら主君に言われたとおりに死ぬ。とか、そんなことを言ったりする。私から見れば「ひえ~」の世界です (^ ^;)ゞ。その中に「最近の若い者はなっとらん」というお小言の一つに、おまえ達、根性がなさすぎ、というのがあって、「自分たちが若い頃は、胆力を鍛えるために自分で自分の太股を刀で刺したんだ」とか自慢するわけです(痛そう!それに太股の動脈間違って切ったら即死だし!)。でもそのころはそれが「我慢が当然」だったんでしょうね)、文化が違っても違うし、とにかく多種多様です。

 それで、「当然」と思えない我慢を続けていくと、やっぱり精神的ダメージが大きくなっていって、もうどうしようもなく「被害者意識」が作られていったりもして、ほんとに大変です。我が家でもそうでしたけど、結局パートナーも私も両方がお互いに被害者意識に凝り固まってたりしましたしね。

 じゃあ、今はすっかりそれがなくなったかというと、なんかまだ根深くどっかに巣くっているような感じもするんです。で、精神的な余裕がないときなんかにふと顔を出したりする。たしかに「相当少なくなった」とまでは言えると思うんですけど、まあそこまでですね。

 人間の心というのは実にやっかいなものです (T T) or (^ ^;)ゞ or (^o^) or ???

 

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コメント

ハハ、ありがとうございます!
お邪魔かなぁと思いつつも、せっかくの機会ですので乗っからせていただいています。パンダさんのまとめも楽しみにしておりますね~^^(プレッシャー?(笑))

別にASや定型に関わらず、人が2人以上いれば、自分ルールを適用したい(意識変革せず楽したい)のはお互い様で、その「お互い様」を双方しっかり認識するのが大事ですよね~、ほんとに。

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