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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年7月11日 (木)

いじらしさ

 ええっと、最近また毎日今までになく多くのかたが熱心に何頁も読んで下さっているようなのですが(いつの間にかもうヒット数も48万頁を超えていてもうw(゚o゚)wです)、 コメントの中のするりさんの言葉を読んで、「あ~、このブログにも意味があるんだなあ。僕の願いを共有して下さる方がしっかりいらっしゃるんだなあ」とすごく深く感じて、ちょっと感動してしまいました。それは次の文章です。

「それはそれで「現実」かもしれませんが、一方でその「現実」を踏まえた上でベターな線を探る、ということも多くのAS当事者がなさっていることだと思うのです。特にここに集まってらっしゃる方たちや、社会適応しようとなさっている方達は。」

 ここではAS当事者の話として書かれていますが、定型の方でもそういう方たちが読んで下さっているのだろうと、これまでのコメントなどから推測しています。それから、

 「でも、そういう姿・・・ 「定型的共感」を持ってしたら、そういう姿を「いじらしいな」、と思いませんか?」

 と書かれていることも、実は最近私のパートナーのこれまでの生き方、今の生き方を改めて考えたときに、ほんとにそういう感じになってきていたんですね。別にのろけを言いたいわけではなくて、ほんとに「冷静に」そう感じるのですが (^ ^;)ゞ、彼女の生き方をアスペと定型のズレの問題を前提にして、アスペ的な生き方としてりかいするようになると、どれほど一生懸命、誠実に生きようとしているのか、ということを感じずにはおれないのです。

 でもそうやって彼女なりに誠実に生きようとする結果が、定型には(そして私もその一人なわけですが)ほんとに理解されないできた。そのことでずっと苦しみながら、でも必死で生きてきたのだと思うと、もう「いじらしい」という表現がぴったりの感じがします。それに比べて自分がいかにひねくれた人間なのだろう、という風にも思えたりするんです。

 もちろん変にひとを美化するのも自分を卑下するのも、結局誰にとってもいい結果にはならないだろうと思いますし、そこは私なりに慎重に考えたいと思っていますが、でもある見方からすれば、素朴にそういう風に感じることも出来る、ということはなんか否定できない気がしています。

 そういうそれぞれが持っている良さ、すばらしさを、お互いに自然に感じあえるようになれば、関係はすごく変わってくるでしょうね。そのことだけで問題が解決するわけではないと思うけど、問題に向かう上で大事な足がかりになるように思えます。

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コメント

パンダさん

取り上げていただき、ありがとうございます。

私、いつも思うんですよ。

定型の方はせっかく持って生まれた「共感」という素質を、宝の持ち腐れにするのではなく、最大限有効活用したらいい。

逆にこちらはこちらで、「論理性(これは生まれ持ったものかは疑問ですが)」で分からないことを解決していけばいい。


その際、気をつけないといけないことは「共感なんてただの幻想に過ぎん」とか、「論理で全て心が分かるわけない。心はないのか」とか、そういった話にならないことだと思います。
いくらこれをやったところで出口は見つかりません。お互いの命綱を失って遭難するだけです(苦笑)


個々人にとって「最もしっくりくる方法」でアプローチする、それで平穏に物事が解決する確率が増えたら、それが一番いいですよね。


すいません、↑のコメントはするりでした。

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