2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« 新しいステップ? | トップページ | フツー対自分のみ »

2013年5月 3日 (金)

伝わる?

 私とパートナーの個人的(個カップル的?)な経験の話が、一体他の皆さんにどんな風にお役に立つのか、相変わらずよくは分からないままに感じたことを好き勝手に書いています。もちろん好き勝手に書くと言っても、当然プライベートなことの全てを書けるわけではありませんし、私の目を通して理解できたことしか書けないのですから、どうしたって見方に偏りを避けることも出来ません。その結果、もしかするとみなさんに誤解を与えるようなこともあるのかもしれませんし、まあそこは「ブログ」というものの限界もありますから、仕方ないのでしょうね。

 ところで最近、パートナーと議論(という言葉を今日は彼女は使いました)をしていて、また変化が出てきた感じです。というのは、これまでは私の方から「ちょっと話をしてもいい?」とか、「話したいことがあるんだけど」という感じで話を始めることがほとんどだったのですが、このところ、彼女の方から議論を始めてくれるようになったんです。

 彼女が今日も言っていましたが、その議論というのは彼女にとって疲れるし、苦しい作業なんだそうです。私の方は議論によって自分の頭を整理したり、相手との理解を深めあったりするのが好きな方なので、その議論がしんどい作業だという彼女の話を聞くと、なんだか申し訳ない気持ちにもなっていました。でも彼女が「しんどいけど、大事だと思うからつきあう」と言ってくれていたので私の方から話しかけてきていました。それが今度はたとえしんどくても、彼女の方から議論したい、という風になってきたんですね。

 どういうときにそうなるのかと考えてみると、昨夜もそうでしたが、お互いの考え方や感じ方、理解がずれて、あまりのズレにいらいらして口論みたいになったあと、少し時間をおいてとか、翌日にとか、彼女の方から話しかけて議論が始まるという感じです。時間をおけばお互いにある程度冷静になっていますから、話もよりスムーズに(と言ってもアスペと定型のコミュニケーションペースでですけれど)進みます。

 今日の話の中で私が一番嬉しかったことは、彼女の「自分はアスペだと思う」という訴えから始まって、手探りでお互いの理解のし直しや、ズレの発見みたいなことをやってきたことについて、彼女がそのお陰で職場でもうまく対応できることが増えたし、周囲のアスペと思える人に役立つアドバイスもできるようになってきたと言ってくれたことでした。

 これまでこのブログについて彼女に話したり、あるいはお互いの問題について彼女と「議論」したりし続けてきて、私の方は理解が深まったり、自分自身が変化したりしたことが随分多くあるという実感を持っていたのですが、そのことで彼女がプラスの変化をしたと自分自身感じているということは、聞いたことがなかったんですね。むしろ議論のときの「しんどそうな様子」、議論が終わったときの「ああ、ようやく終わった」というような深いため息なんかを見聞きし続けてきていたので、彼女にとってはしんどいだけなのかなあ、という思いが消えなかったわけです。

 ところがその話をすると、彼女は「今までもずっと同じ事を言ってきたじゃない」というんですね。でもそう言われても私には全然ぴんとこなくて、たしかに職場のアスペの人にアドバイスした話とか、そういうのは聞いた覚えがあるんですが、それが私とのコミュニケーションの中で得た理解によって、という風には言われた記憶がないわけなんです。

 つまりそういうところでも、彼女は伝えたと思っているし、私の方はそういう文脈の話だったとは全然気づかないままで聞いているという、またもや見事なズレが起こっていたことになります。

 その話からのつながりで出てきた話ですが、私の方は「こういう簡単な言い方なら当たり前に伝わるだろう」と思って話していることが全然伝わってなくて驚く、ということが今も続いていますけれど、それに対して彼女の方は「相手には自分の気持ちは伝わらないということが大前提で伝えている」と言っていました。それは子どもの頃から徹底して自分の伝えたいことが回りに理解してもらえないという経験から、身に染みついた態度のようです。

 そうすると、彼女が「伝えた」と言っても、そもそも定型に対しては伝わりにくい表現なんでしょうし、さらに「どうせ伝わらない」という気持ちがあれば、ますます伝わりにくくなるという悪循環が生まれているだろうと思うんですね。いつかどこかでそれが「あ、伝わる」という感じが出てきて、良い方の循環に切り替わってくれるといいんだけどなあ。

« 新しいステップ? | トップページ | フツー対自分のみ »

コメント

会話で伝わるのは、三割って思ってます。
歩留まり悪すぎではありますが、伝わっているというのは思いこみ。事故のもとなので。
気を付けているのは、話の内容や経緯よりも、互いの「目的」部分の確認です。その部分への突っ込みや表明は、意外に悪くない展開になり「会話した」感が得られます。過去の点検の話題や、次の行動の確認もスムースにできますし、定型の方にも「行動の意図」や「将来像」の共有ができるので有益と思います。

玄さんの「話の内容や経緯よりも、互いの「目的」部分の確認」という点は、定型同士でも気をつけなければならないことだと思います。
定型、ASに関わらず、伝わっているという思いこみは事故のもと。ホントです。

あまりに伝わってなかった・・・という徒労感をつづけざまに体感すると、ASの人が言う「共感とは定型の持つ幻影」という言葉がリアルになってくるなぁと思ったりします。
要は「解った!」「通じ合った!」「同じ気持ち!」と感じた時、さり気なく、そのテーマについて、もうひとつの角度から確認のための質問をすると良いのかもしれませんね。

それと、話の前提が、定型は「世間一般と自分が同化した所のフツー」からスタートしているのに対して、ASは「あくまで自分のみ」からスタートしていることが多いので、会話の一カ所が一致しても、結果的に全然違う解釈をしていたということはあると思います。


コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449293/51474258

この記事へのトラックバック一覧です: 伝わる?:

« 新しいステップ? | トップページ | フツー対自分のみ »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ